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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
「M&C」を見てきました

お休みをいただいた先週末、実は3日間で海外に行っていました。行き先はオーストラリア・ケアンズ。南太平洋を見に行きました。グレートバリア・リーフと、それから映画の中の海。オーストラリアでは12月1日から公開の「マスター・アンド・コマンダー」を見に。

ケアンズ旅行記の方はいずれ、遡りで12月7日〜9日付けにupさせていただくとして、やはりこのHPの管理人としては先にご報告すべきは映画のこと。
映画の日本公開までまだ2ヶ月もありますので、基本的にはまず、ねたバレなしのご報告をしようと思います。
ただし、ストーリー的にはねたバレがなくとも、私なりの感想を先に読んでしまわれると、それなりに先入観が入る可能性はあると思います。
そこで、映画の感想は2回にわけてupすることにしました。今日upするものは、先入観の入る余地が低い感想。そして第二弾はいちおう【未見注意】の警告を付記した上で、多少先入観の入る可能性のある、けれどもストーリー的にはねたバレなしの感想を上げようと思っています。

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映画を見終わって最初に思ったのは「感謝」でした。
この映画をこのように作ったピーター・ウィアー監督と、そしてこのような映画を許した20世紀FOXのトム・ロスマン会長に、深い感謝を。
この映画は制作費1億ドルをかけたハリウッドの超大作としては破格です。はっきり言って全くハリウッドらしくない作品。
ハリウッドで映画化された英国冒険小説の中ではいちばん地味で。そして、最も原作スピリットが生きている作品だと思います。

英国の冒険小説をハリウッドが映画化すると、やたらドンパチの派手な勧善懲悪になってしまい、原作にはきちんと描かれている、勇敢な行為の裏にある苦渋であるとか、勝利の代償というものはないがしろにされがち、それがハリウッドの好みでありアメリカ人の好みなのだ…と私はずっと思っていました。
「マスター&コマンダー」について、英国の新聞が「この作品は原作そのものではない。だが見事に原作のスピリットが生きている」と評した時、正直、半信半疑でした。でもこの新聞評は本当でした。

もちろん原作よりはストーリー展開は派手になっていますし、一般向けに甘くもなっています。でもその程度は英国でTVドラマ化された「ホーンブロワー」と同程度、いやひょっとすると「M&C」の方がより地味かもしれません。
よくもこんな地味な映画が作れたもの…というか、そりゃあこれだけハリウッドらしくなかったら途中共同製作会社から横ヤリが入るのも当たり前(この記事は11月13日にご紹介しました)、でもその横ヤリに対して最後までウィアー監督の演出方針を守り通してくれたFOX社には本当に感謝。
初めて英国冒険小説のスピリットが生きているハリウッド映画に出会えたと思っています。

以下ポイントごとに印象を書いていこうと思います。

ジャックとスティーブンについて:
外見的には原作と異なる、と心配されていたジャックとスティーブンですが、どうしてどうして、中身はしっかりジャックとスティーブンでした。
ラッセルの外見や公開されているスチール写真はこわもてかつかっこ良すぎに見えますが、動き始めると明るく陽気で豪快、艦長の威厳と存在感を保持しつつ、でも時々(ソフィーの愛する)子供のような無邪気な顔もかいま見えたりして「あぁこの人やっぱりジャックだわ」と納得してしまいます。
スティーブンは、いや本来ポール・ベタニーってかなりかっこいい俳優さんだと思うんですが、その鋭さやかっこよさが今回は完全になりを潜めていまして、ふだんは患者に頼られる穏やかな医者の顔をしているんです。時々ちょっととぼけた味も出たりして、ところがご存じの通りスティーブンは必要とあれば非情にもなれる人なので、そういうシーンになると鋭さや一瞬の怖さがのぞく…この切り替えがなかなか見事です。
ただスティーブンに関して言えば、残念ながら今回はストーリーの展開上(すべて艦の上で話が進むため)、彼が諜報員としての顔を見せることはありません。ブラジルで達者なポルトガル語を披露したり、銃の腕を見せたりするシーンはありますが。

ストーリーについて:
原作とされている10巻「The Far Side of the World」については、1月下旬に早川書房から翻訳出版が決定したようですが、映画のストーリー展開は原作からかなりはずれますし、結末も異なります。というより映画「The Far Side of the World」は、原作10巻の大枠(設定とキャラクターと海軍省からの命令書とサプライズ号の航路)だけを借りてきて、もう一つ別の話を作った…と考えていただいて良いのではないかと思います。
先ほど書いた通り、ストーリー展開は原作よりは派手になっています。でもこれは映画である以上は致し方ないですね…まぁ原作はちょっとはずしすぎかもしれませんから(苦笑)。

サプライズ号の仲間たちについて:
映画「M&C」のいちばんの魅力はこれなのではないかと私は思います。上手く言葉に表現しにくいのですが、英語で言うところのcompanionship、日本語だと例えば会社だと社風とか、スポーツだとチームワークとか、一体感とか。つまりはジャック・オーブリーを艦長とするサプライズ号の乗組員たちが団体として持っている雰囲気とか団結力とか一体感とかそういうものなんですが、これが実に良く出ている映画だと思います。
見終わった時に、もう一度見に行きたいと思わされる原動力はこれ。映画を見ている間はサプライズ号と一緒に航海しているような気分になり、彼らと一緒にいられる。見終わってしばらくたつと、また彼らに会いたくなって、やっぱりもう一度見に行こうか…と言う気になる。そんな感じです。

以下原作8巻について、ちょっとネタバレしますが、この件を語るにはどうしても必要なことなのでお許しください。

サプライズ号は3巻でジャックの指揮艦でしたが、その後4巻で彼は戦列艦の艦長に出世し、いくつかの艦を渡り歩いた後、8巻で思いがけずも再びサプライズ号に戻ることになります。
10巻現在のサプライズ号の乗組員たちは、ボンデンやキリック、一部のかつての部下たちをのぞいては3巻のメンバーとは入れ替わっているのですが、8巻の冒頭で別の艦で英国を出航して以来9巻、10巻と3巻連続同一メンバーで航海を続けている設定になっています。ボライソー・シリーズで言えば7巻のテンペスト号状態、ラミジ・シリーズで言えばカリプソ号状態を想像していただければ良いと思います。
もとからこじんまりとしたフリゲート艦のこと、乗組員たちは互いにすっかり馴染みになっていますし、軍医の奇行にも慣れているし、上下を問わず和気藹々といった雰囲気です。もちろん軍艦としての規律は一本ぴしっと通っていますが、ジャックがあぁいう性格であることもあって、一般に言う英国海軍の鉄の規律をご存じの方は、驚かれるかもしれません。

この項、もう少し詳しく語りたいのですが、あまり皆さんに先入観を入れてしまってもいけませんので、日付を変えて、ねたバレ注意報付きで語りたいと思います。

年末を控え仕事が詰まっています。次回更新についてはまた何日かお待ちいただくことになるかもしれません。あしからずご了承くださいますよう。


2003年12月14日(日)