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2005年10月31日(月) 子ども。(後編)〜生まない理由

※ 前編はこちら

スーパーで、電車の中で、道端で。小さな子どもを連れた女性を見て、「あ、ぴりぴりしてるな」と感じることはよくある。
彼女は何メートルか離れたところでしゃがみこんで泣いたり、駄々をこねたりしている子どもを「もううんざり!」と言いたげな顔で見つめている。あるいは、人目をはばからず叱りつけている。
そんな光景を目にするたび、「子育ては根気と忍耐、なんだなあ」と思う。

しかし、母親たちの“ぴりぴり”の成分は言うことをきかない子どもに対する苛立ちだけではないだろう。「子どもを連れていることで周囲に迷惑をかけてはいけない、邪魔だと思われたくない」というプレッシャーに因るものも大きいのではないか。
以前新聞で、少子社会をテーマに書いた三十代の主婦の文章を読んだ。その中にこんなくだりがあった。

子供を産んだら、世界が一変した。
いい意味ではない。悪い方に一変したのだ。行きたい所にも行けない不自由な毎日だ。
何も、コンサートに行きたいだの、旅行に行きたいだのと言っているのではない。日常の買い物すら困難な状況なのだ。ベビーカーで入れる店が少ない。エレベーターがなければ、上の階にも行けない。よしんば入れる店があったとしても、周りの視線の冷たい事といったらない。中には子供好きな方もいて、寛大な目で見てくれる時もあるが、大多数の人はベビーカーを邪魔そうな目で見る。子供の散歩と自分の気分転換を兼ねて買い物に出たのに、疲れきって帰ってくる。子供を作らない人が増えているという事実に心底納得できるのは、こんな時だ。


これを読んで思い出したのが、マンションの隣室に越してきた女性が挨拶に見えたときのこと。
お子さんは?と訊かれ、いないと答えると、うちには幼稚園前の男の子がひとりいる、できるだけおとなしくさせるが、もしうるさかったら遠慮なく言ってください、と彼女はすまなさそうに言った。
私は慌てて「そんな、そんな。子どもなんですから、のびのびさせてあげてください」と返したが、ドアを閉めてからしみじみ思った。世のお母さんには大なり小なり、こんなふうに肩身の狭い思いをしているところがあるんだろうなあ……と。
「お勤めはされてるんですか」と訊かれたのも得心がいく。そのときは唐突な質問だなと少し違和感を覚えたのだが、彼女はおそらく私が日中家にいるかいないかを知りたかったのだ。
子どもはいないと答えたとき残念そうだったのは、近所に年の近い子がいてほしかったという理由だけではないだろう。「子育て中の人やその事情をわかっている人は、子育て経験のない人よりも子どもや子ども連れに寛容」というのが彼女の中にあったからだと思う。

* * * * *

酒井順子さんは著書『少子』の中で、自身が子どもをほしいと思わない理由のひとつに「子どもを持つ女性を見てうらやましいと思えない」を挙げている。

先に子持ち国に移民した人達が、私達未婚国の住民に、「こちらには来ない方がいい!」とメッセージを送ってくるのです。彼女達はやつれ果てた顔で、
「子育てってマジで孤独だし、大変……。私、向いてない……。できちゃったからって安易に産むものじゃないわよ」
と、言ってくる。まるで入植に失敗し「こんなはずでは」と肩を落とす移民が、故郷の弟に「おまえはそちらに残って頑張れ」と手紙を書くかのように。


その、子育て中の女性のストレスというのは“滅私”状態に置かれていることの苦痛もさることながら、周囲への気遣いに疲弊して、というところからきているものも小さくなさそうだ。
先ほど紹介した文章を書いた女性は「子育てがしづらい世の中なのだ」に続け、少子化を食い止めるには……とこう書いている。

もう少し子供連れに対し、寛大になってくれるだけでも、随分と変わってくるのではないだろうか。少子化が進み、では数少ない赤ちゃんを大切にしてくれるかといえば、そんなことは決してない。ギャーギャー泣いてうるさい、もの珍しい生き物でも見るような目で見られる時がある。(中略)
子供連れも、子供を連れていない人もストレスを感じずに暮らせるような世の中にする事が、やがてたくさんの子供の笑顔があふれる未来へとつながって行くのではないだろうか。
少子化を考えるという事は、社会が大人として成熟する事を考える事なのだと思う。


子どもや子どもを連れた人に対し、冷たくはないけれど温かいとも言えないであろう私は頭を垂れた。
考えさせられるところの多いとてもいい文章なので、ぜひ全文を読んでいただきたい(こちら)。

……おっ。来週、養老孟司さんの「なぜ日本は『少子高齢化』したか」というテーマの講演を聴きに行くのだけれど、図らずもいい予習になったぞ。


2005年10月28日(金) 子ども。(前編)〜紙一重

去年の秋に出産し、育児真っ只中のA子のストレスがかなりたまっているようだったので、気分転換に食事にでも行こうと誘った。
メンバーはB子を加えた三人。ひさびさに会ったA子がメールから想像していたよりもずっと元気そうだったので安心していたら、呑んでいるうちに「子育てがこんなにしんどいものだったとは……」とこぼしはじめた。
「生んでから何ヶ月かは歯を磨く暇もなかったんよ」
と私に訴えるように言う。しかし相槌は打つものの、何にそこまで忙しいのかわからない。小さな子どもを持つ女性は自分の時間などまったくないと口を揃えるし、見るからに大変そうでもあるが、歯も磨けないなんていくらなんでもおおげさなのではないかしらん。買い物に行けないとか髪を切りに行けないとかいう話なら、いくらでも聞くけれど。
そう思っていたら、離乳食作りの話を聞いてびっくり。火を通した食材をすりつぶしたり、裏ごししたり。具の形がなくなるくらいまでスープを煮込んだり、自分たちのとは別に子ども用の柔らかいごはんを炊いたり。メニューはもちろん、できるだけ多くの品目を摂れるよう考えたもの。それを毎食、ごはんは八十グラム、芋は、野菜は……とキッチンスケールで計量して与えているというのだ。
「ええー!」と声をあげる私とB子。といっても驚きの内容は違っており、育児未経験者の私は「赤ちゃんのごはんってそんな手間がかかるものなの?」とのけぞり、小学生の母親であるB子は「そらそんなことしてたら、ごはん作りだけで一日が終わってしまうわ」と突っ込んだ。
「キューピーとかのベビーフードも使ったらええやん、あれ便利やで」
「市販のものってなんか不安で。ジュース飲ませるときも生の果物絞ってるねん」
「私なんか面倒なときはミルクにパン浸したり、ヨーグルトにバナナ混ぜたりしたもんで済ませてたよ、あはは」
「えっ、そうなん!それでちゃんと育った?」
「当たり前やん。先長いのに、そんな完璧にやろうとしてたら体持たんで」

実際、A子はかなりまいっていたようだ。夫婦ふたりのときは掃除も適当だったが、子どもが生まれてからは毎日掃除機をかけなくては気がすまなくなった。ハウスダストがアレルギーの原因になるという話を聞いたからだ。外気浴もさせなくては、とどんなに眠くても疲れていても必ず散歩に連れて行く。
しかし、そうしていたら一日などあっという間で、「今日も“育児”しかしなかった……」とときどき途方もない虚しさに襲われるらしい。
つい最近、叱ってもいたずらをやめない一歳二ヶ月の女の子を団地五階の自宅窓から投げ落とした母親が逮捕されていたが、このニュースを他人事として聞くことができなかったという。
「子どもを虐待するのって、誰の目にも鬼のような母親ばっかりってわけじゃないと思う。ずっと食べ物を与えないとかいうのは考えられんけど、カッとなって衝動的に……っていうのは自分も紙一重かもしれんってぞっとすることあるんよ」
半年ほど前、息子を抱いて歩いているA子に街でばったり会ったことがある。そのとき、彼女が「この子さえいてくれたら、なんもいらんわ」と本当に愛しそうに頬ずりするのを見ていたので、この発言には驚いた。
息子は可愛いし、生んでよかったと心底思っている。けれど、ごはんを食べさせるときだけは憎くなるのだ、と彼女は言う。
食が細く、そのためか標準より少し小さい。そのことが気になって気になって、なんとか体重を増やそうとあの手この手で食べさせようとするのだが、子どもはちっとも欲しがらない。
もともと料理が苦手でコンプレックスを持っている。私の作るごはんはそんなにまずいのか。情けなくて、涙がぼろぼろこぼれた。
「なんで食べてくれへんのようっ、明日は十ヶ月検診やのに!!」
はっと気づくと、息子のほっぺたをぎゅうっとつねっていた。 (つづく


2005年10月26日(水) 文章のトレース(後編)

※ 前編はこちら

こういう状況に置かれたとき、人はどう対処するのだろう。
私は素通りできなかった。一読者として自分はどう行動すべきなのかを考えずにいられなかった。
Bの作者は私がどうすることを望むのだろうか。もし後になってこういうことがあったと知ったら、なんと言うだろう。Aの作者に忠告してほしかったと言うのか、そんなのは放っておけばいいと笑うのか、それともとにかく自分に知らせてほしかったと思うのか……。
いくら考えてもわからなかった。

そうかといって、看過することはできそうになかった。
Aの作者があまりに堂々と、しかも大量にBのログを“活用”しているので、
「もしかしてBの作者が名前や年齢、性別といった設定を変えて、別人のサイトとして運営しているのだろうか」
なんてことさえ頭をよぎった。ほんの一瞬とはいえ、そんな馬鹿げた可能性を思い浮かべてしまったくらい、あからさまだったのだ。
自分のすることが「出すぎた真似」になるのは怖い。しかし、何事もなかったかのようにこの場を立ち去るのがBの読者として誠意ある行動なのだろうか……。

意味なく起こる出来事はひとつもない、どんなことも起こるべくして起こるのだ、と信じている。
ロボット避けのタグで検索に引っ掛からないようにしてある、私が知るテキストリンク集に登録もない、誰かのリンクページに載っているのを見たこともない。私がAというサイトに遭遇する可能性などないも等しいはずなのである。
もしここを黙って通り過ぎるのが正しい選択であるとするならば、いったいなんのために“奇跡のようなめぐり合わせ”が起きたというのだろう。
ただいたずらにそれを発見して、嫌な気分を味わうために?そんな馬鹿な。

「私になんとかしろという天の采配ではないか」
そう私が考えたとしても、それほど突飛なことではないと思う。


しかし、悩んで悩んで悩み抜いた末、私はAの作者にもBの作者にも働きかけをしなかった。
私がBの作者の立場だったら、知らせてもらいたい。うちの畑でとれた作物をこっそり引っこ抜いて「自分が作りました」という顔をしてよそで売っている人がいたら、放っておくことはできない。その事実を知ることでものすごく不愉快な思いをするだろうが、覚悟の上だ。
しかし、人にその気分を味わわせる勇気は……持てなかった。

なにをありがたい、親切と感じるかは人によって違う。
「お宅の野菜がどこそこで売られてるわよ」と教えられ、「よくぞ知らせてくれた!」と相手方に乗り込んで行く人ばかりではないだろう。唇を噛みつつも事を荒立てまいとする人もきっと少なくない。そういう人にとってそんな情報を耳に入れられるのはいらぬおせっかいでしかないに違いない。日記を読むかぎり、Bの作者が前者のタイプであるとは思えなかった。
また、私がAに対してなにかアクションを起こすことで迷惑をかけることがあっては、という危惧もあった。


そのときはそれがもっともよかれと思えた選択だったのだ。
しかしその一方で、結果的に「見て見ぬふり」を選んだ自分は薄情者でなかったか、とも思い……。余計なお世話だと思われるのを恐れ、もっともらしい理由を作りだして無難なチョイスに自分を導いたのではないのか、と自問すると、完全否定することはできない。
「あれでよかったんだ」とは思えない。「ああしていればよかった」とも思わない。Aは現在休止中、ログもすべて削除されているが、私はいまだに自分の“正解”を探しつづけているような気がする。


2005年10月24日(月) 文章のトレース(前編)

遅ればせながら、「漫画『エデンの花』に『スラムダンク』からの盗用発覚」のニュースの詳細を知った。
新聞記事の見出しを読んだだけだったので、てっきりストーリーを真似たという話なのだろうと思っていたら、ワイドショー番組によると構図の盗用だったらしい。
ふと思い出したのは、林真理子さんのエッセイで読んだエピソード。パーティー会場で、『課長島耕作』の弘兼憲史さんがカメラであたりをパチパチ撮っている。雑誌に出た写真やイラストには版権というものがあるため、漫画を描く際にちょっと参考に、なんてことは許されない。だから漫画家の方々は自分の描きたいものは必ず自分で写真を撮るのだそうだ------というものだ。

「この作者がしているのは模倣を超えて、トレースですからねえ」
とあきれ顔のコメンテーター。
トレースとは、「原図を薄紙などに透かして敷き写すこと」である。盗用したほうとされたほうの絵を対比させてあったのだが、誰が見ても「これは言い逃れのしようがないね」と思うであろう酷似ぶりだった。


“文章のトレース”を見たことがある。
Aというサイトに初めてアクセスし、最新日記を読んだとき、「あれっ?」と思った。なぜなら、同じ話を以前ほかのサイトで読んだことがあったから。
そういえば、サイトのデザインもそこととてもよく似ている。でも、まさか……偶然よね?

しかし、過去ログを読み進めるにつれ、頭がパニックになってきた。覚えのある文章が次々と出てくるのである。
私が過去ログを読破した数少ないサイトのひとつにBというのがある。そこでむかしたしかに読んだ文章と目の前の文章が、そっくりだったのだ。

が、万が一にも私の記憶違いや思い込みであってはならない。とんでもない濡れ衣を着せることになる。私はAとBを左右に並べ、膨大な時間をかけてひとつひとつ照らし合わせていった。

「なんなのよ、これ……」

似ているとか影響を受けているとか、そんな生半可なものではない。Bの作者の年齢や立場を自分のそれに置き換えただけではないか。それに伴い、細部が多少変わっているが、コピーと言えるレベルであると私は思った。
一話、二話なら偶然の一致ということもあるかもしれないが、一年もの間、“トレース”しつづけていては、この作者も「オリジナルを知らない」とはさすがに言えまい。

……と思ったが、日記とは別のコンテンツの、メモ書きのようなページを読んで絶句した。
読者から「誰かに口調が似ている気がするけど、思い出せない」と言われた、誰のことでしょう、こっそり教えてくださいとか、日記とこの欄のイメージが違うともよく言われるが、どう違うのだろう、文体は同じような気がするんだけどなぁ?なんて書いてある。まったく悪びれがない。
日記の読み書きをしているといろいろなことに出くわすが、私はこのときほど怒り、そして不気味さを感じたことはない。 (つづく


2005年10月21日(金) 私はあなたの友だちではない

向かいの席の派遣社員が顧客との電話を切ったとたん、課のリーダーである女性社員がやってきた。やりとりを聞いていたらしく、彼女にダメ出しをはじめた。

「自分で気づいてるかどうかわからないけど、○○さんの話し方はすごくネチャーッとしてるのね。『よろしいですかァ』とか『コレコレなのでェ』とか、語尾がだらしなく伸びる。はっきり言うと、話し方に清潔感がないの」

向かいの彼女には申し訳ないけれど、「清潔感がない」という表現に、うまいこと言うなあ!と心の中で膝を打った。
実は、彼女の話し方は私も気になっていた。たしかに爽やかさもないのだが、「うん」「はあ」と相槌を打つこともしばしばで、電話の向こうの客の表情をつい想像してしまうことがあったのだ。


接客業の経験があるせいか、わりと応対が気にかかるほうだ。
先日美容院に電話をかけ、何時頃が空いてますかと尋ねたところ、「は?」と返ってきたのでびっくりした。
客に向かって失礼な、と言いたいのではない。誰が相手であろうと、何かを訊き返すときにそれはないだろう。

感じが悪いといえば、笑いながら話されるのも好きになれない。
もちろん、「あははは」と笑いながら接客する店員や社員はいない。この場合の笑いとは、苦笑のことである。
「鼻で笑う」というほど露骨なものではない。しかし、「何言ってんだか、この人は」「これだから素人は……」といった感情が仄見えることがある。そのとき、店員の顔や声は「困った人ね」を隠しきれずにかすかに笑っているのだ。
本人にそんなつもりはないのだろうが、なんだか小馬鹿にされたような気分になる。

あるいは。服や靴を買いに行くと、女性店員にものすごくなれなれしく話しかけられることがある。
「よくお似合いですよ」と言われたら、えへへ……じゃあ買っちゃおうかな?となるが、「ウン、それすっごくいい!」にはしらーっとなる。ただでさえまとわりつかれるのは好きでないのに、タメ口なんてきかれたら一気に買う気が失せてしまう。
化粧品売場の店員に「これなんかどう?カノジョ、色白いから似合うと思うよ」と口紅を差し出されたときも、見ず知らずの、しかも明らかに年下の女性にどうして“カノジョ”と呼ばれるのかがわからなくて、そのまま店を出てきたっけ……。
それが彼女流の接客なのだろう。フレンドリーに寄って行ってアドバイスすることで、喜ぶ客もいるのだと思う。たしかに彼女の見立てた色は悪くなかった。
でも、私はあなたの友だちではない。

* * * * *

これは客が店員に接するときにも言えることだ。
昔、ちょっといいなと思っていた男性が家まで送ると言ってくれたのだけれど、タクシーに乗り込み、彼が親ほどの年の運転手さんにタメ口で行き先を告げたとき、残念だなと思った。
客だからといって、縮こまることもふんぞり返ることもない。相手が年上であろうが年下であろうが、見ず知らずの人間であるという点をわきまえて、「です、ます」で話す。それが断然知的でかっこいい。

人と人の間には「間合い」というものがある。
たとえば店員と客、先生と生徒、親と子。初対面だったり、年齢や立場が違ったり……。
それぞれの関係にふさわしい言葉遣いや態度があるはずで、なんでもバリアフリーなのが好ましいわけではない。


2005年10月19日(水) 携帯もメールもなかった頃は

先週末、ある講演を聴くために関西大学に出向いた。
開始時刻まで間があったので、私は二十歳に戻った気分でキャンパスをぶらぶらしていたのだけれど、学生たちが携帯で話しながら歩いたり、メールを打ちながらご飯を食べたりしている姿を目にすると、否応なしに「時は流れたんだなあ」と思わされる。
だって私たちの頃には存在しなかった風景だもの。
学生生協が斡旋しているワンルームマンションの間取り図を眺めれば、「インターネット回線完備」と書いてある。構内にも学生が自由に使えるパソコンが百台も用意されている施設がある。ファックスすら自宅になかった私の大学時代とはえらい違いである。

「ってことは、この子たちはあの苦労を知らないのかあ……」


電話が恋の必須アイテムであることにいまも昔も変わりはない。しかし、携帯もメールもなかった時代に彼、彼女と連絡を取るのはいまほど容易ではなかった。
十数年前、私が京都で大学生をしていた頃はポケベルを持っている人がちらほら……という状況だったから、恋人と話したいと思えば自宅に電話をかけるしかなかった。
誰が電話をとるかわからないから、とても緊張する。私と同年代以上の男性であれば、彼女の父親が出やしないかとどきどきしながらかけた記憶をお持ちのことだろう。

電話を受ける側のときにも不都合がなかったわけではない。ベルの音を聞いて慌ててお風呂からあがったら、ちょうど父親が受話器を置いたところ。
「いまの電話、誰から?オオエ君が今晩かけてくれるって言ってたんだけど……」
「男だったが誰かは知らん。お前はおらんと言っといた」
「やっぱり私宛てだったのね!勝手に切っちゃうなんてひどいっ」
年頃の娘のいる家庭では日常的にこんなやりとりがなされていたに違いない。

自宅の電話にかけることの難点にはもうひとつ、電話可能な時間が限られているということもあった。
家族に悪印象を与えてはいけないから、かけられるのはせいぜい二十二時まで。サークルやバイトを終えて帰ったらすでにそのくらいの時間になってしまっているため、あきらめて布団にもぐりこんだ夜も数えきれないくらいあったように思う。
運よくその時間までにかけたりかかってきたりしても、長く話すことはできない。「ごめん、弟が電話使いたいらしいわ」なんて言われ、話の途中で切り上げなくてはならないことも時々あったし、それになんといっても家族の目……いや、耳がある。甘い言葉なんて囁いてもらえるわけがない。家だと落ちついて話せないと言って、彼はよく公衆電話からかけてきたっけ。

私は十八からずっとひとり暮らしをしていたのだけれど、コードレスもなかった頃はしばしば、着信音のボリュームを上げ、コードをめいいっぱい伸ばして電話機をバスルームの手前まで引っぱってきてからお風呂に入った。そう気軽にかけ直すことができないから、急いで飛び出せば間に合うように。
外出先から自宅の留守録を確認することもよくあった。好きな男の子から「なんだ、いないのかあ。じゃあまたね」なんてメッセージが入っていると、無念のあまり電話ボックスの中で悶絶したものである。
こういうもどかしさは、いま十代や二十代前半の人には想像もつかないのではないだろうか。

もっとも、いまの人はいまの人で、
「携帯がつながらない。電源を切ってなきゃならないような相手と一緒にいるんだろうか」
「メールの返事がないけど、いったい何してるんだ」
なんていう、私たちの頃にはなかった心配をしているのだろうけれど。でも、そういうやきもきは“いじらしさ”とはまたちょっと違うような気がする。

* * * * *

「ヒデキー!でんわー!小町ちゃんからやでー。ちょっとショーゴ、お兄ちゃん寝てんのとちゃうか、起こしてきたって。はよう、はよう!」

そんな声を聞きながら、受話器の向こうの場景を思い浮かべた。あは、大きな声だなあ、いかにも男の子ふたりのお母さんって感じ。彼は部屋で何をしていたのかしら、たぶん……ゲームだな。
彼が電話口に出てくれるのを息をつめて待ったこと、「もしもし」が耳に届いた瞬間の安堵をいまも覚えている。
たしかにいろいろ面倒で窮屈だったけれど、こういう思い出も悪くない。


2005年10月17日(月) 本の帯の価値

土曜の午後、大阪府吹田市にある関西大学千里山キャンパスに出かけた。読書教養講座という公開授業があり、その中で作家の出久根達郎さんの講演が行われることになっていたのだ。
いま出久根さんの名を聞いて、「小説、読んだことあるわ」と相槌を打った方はそれほど多くないのではないかという気がするのだが、読売新聞をお読みの方は「ああ、あの人か」とぴんときたかもしれない。家庭欄の人生相談の回答者を務めておられるのだ。
いつも理性的で温かいアドバイスをなさるので、どんな人なんだろうとエッセイを読んでみたところ、素朴な人柄がにじみでた落ちついた文章である。「あー、面白かった!」という読後感はないけれど、突拍子もないことは書かれていないという安心感がある。
その出久根さんの話を生で聞けるというので、雨の中、私はいそいそと出かけた。


見た目は顔が大きくて髪が薄くて、どこにでもいる普通のオジサン。しかし話がとても面白く、途中で何度も笑いが起こった。
出久根さんには「作家」以外にもうひとつ、「古書店主」という肩書きがある。エッセイにも古本商売にまつわる話がよく登場し、本にとても愛着を持っておられることが伝わってくるのであるが、それが生い立ちに深く関係していたことを今回初めて知った。

昭和十九年生まれの出久根さんは家が貧しかったため、本を買ってもらえなかった。そのため、小学生の頃は六キロ離れた隣町にある書店で立ち読みをするのがなによりの楽しみだった。
ある日、いつものように店頭で読んでいると、客のひとりが店主に「朝から晩までただ読みして……。どうせ買わないんだから、追い出してしまいなさいよ」と言うのが聞こえた。自分のことだとわかった出久根少年がびくびくしていると、店主は言った。
「いいのよ。あの子は将来のうちの店のお客さんだから」
どんなにみすぼらしい格好をしていても、お金を持っていないことがわかっていても、追い出されなかった。うれしかった。
このとき、少年は「僕は将来本屋さんになる」と決めたのだった。

といっても、最初から古書店主になるつもりだったわけではない。中学を卒業すると同時に集団就職で上京したのであるが、学校に斡旋された書店を訪ねて行ったら古本屋だったのだ。
新刊書を売る店とばかり思っていた少年はたいそうがっかりするのだけれど、結果的に古本と出会ったことによって二十数年後、「作家・出久根達郎」が生まれるのだから、人生というのは本当にうまくできている。十三年間古本屋修行をした後独立開業し、お得意様に郵送する在庫目録の後ろに書いた「古本屋の店番日記」が店の客だった新泉社という出版社の社長の目に留まるのである。

* * * * *

いい話をたくさん聴いたのだけれど、目から鱗が落ちたのをひとつだけ。
いわゆる古書店と、ブックオフに代表される中古本の流通チェーン店とはまったく別物で、前者は知識がものを言う商売。むずかしいのは値のつけ方で、腕の見せ所でもある……という話の中で、出久根さんは「本の帯を捨ててはいけない」とおっしゃった。
帯なしだと二千円で買い取られる本が、帯ありだと一万円の値がつくこともある。古書店業界では、帯が付いていてこそ「完本」なのである。

が、出久根さんはそのためだけに帯を付けておけと言っているのではなかった。
「帯もれっきとした本の一部。内容の紹介文やキャッチコピーを書いたり、デザインを考えたりした人がいる。カバーと絵が連続しているような工夫がこらされたものもある。本に尊敬の念を持ってほしい」

私は自分のことを本に愛着を持ち、大切にする人間だと思ってきた。線を引いたり書き込みをしたりはしないし、雑誌のように読んだらポイとやることもできない。待ち合わせ場所で友人に「お待たせ」と声をかけたら、彼女は読んでいた文庫本のページの右肩を大きく三角に折った。しおり代わりにそうしたのであるが、私はなんとも言えない悲しい気持ちになった……という話を書いたこともある(2004年10月29日付「本の尊厳」)。
しかしながら、帯は私にとって本を売るための広告であり、間に挟まれている新刊案内のリーフレットと同じ「販促物」に過ぎなかった。
だから本を読んでいる最中に外れたり破れたりしたら、ためらいなく捨てていた。本の一部だなんて考えたことがなかったのだ。
そういう見方もあるのだなあ……と軽いショックを受けた。


本好きが高じて脱サラし、古本屋を開業した友人がいる。国民健康保険にも加入できないほど余裕のない暮らしをしているが、店は手放したくないとなんとか踏ん張っている。
「どうして新刊書店ではなく、古本屋になったのだろう」とずっと不思議でならなかったのだが、出久根さんの話を聞きながら彼女の気持ちがなんとなくわかったような気がした。


2005年10月14日(金) さしさわりのない話題

先日、ほとんど話したことのない職場の女性とふたりで昼の休憩をとった。
親しい同僚と時間が合わないときはひとりで食べに行き、本でも読みながら気楽に過ごしたいというのが本音なのだけれど、その日はなんとなく一緒に行くことになってしまったのだ。
「どこにしましょうか」「なにか食べたいものありますか」なんて言いながら店を探しているうちはよかったのだが、席に着きオーダーを済ませたあたりから、「さて、なにを話そう……」が気になりはじめた。個人情報を扱う業務なので、外で仕事の話をすることはできない。

こういうシチュエーションではたいていの人が沈黙に気づまりを感じ、話が途切れないよう心を砕くのではないかと思うのだが、彼女はそういうタイプではなかったようだ。相槌は打ってくれるけれど、自分から話を広げたり新しい話題を提供したりといったことはなく、その日の休憩はいつもと同じ一時間とは思えないほど長く感じられた。


友人の結婚披露宴や二次会、夫の会社の行事に出席した際に初対面やそれに近い人と話をする機会があるけれど、しばしば話題探しに骨を折る。
私はあまりテレビを見ないのでドラマについては完全に聞き役になってしまうし、かといって趣味を訊かれても「本を読む」と「インターネット」では話を長持ちさせられる自信はない。

「小町さんはどんな作家を読まれるんですか」
「○○さんとか××さんとかが好きです」
「私も○○さんの小説、読みますよ。面白いですよね」
「実は小説のほうは読んだことないんです。読むのはもっぱらエッセイで」
「あ、そうなんですか。ネットって楽しいですか」
「ええ、パソコンがあったらいくらでも時間潰せますよ」
「なにするんですか、チャットですか」
「まあ、その……メールとか……」

それならば相手になにか質問しようと思う。すると、訊いてもかまわないだろうと思えることが意外と少ないことに気づく。
年齢がわかると話の糸口を見つけやすいが、出会ったばかりの人に「おいくつですか」とやるのはためらわれる。このあいだ友人が家に遊びに来たとき、私と夫と彼女は同い年なので「懐かしのアニメ特集」みたいな番組を見て、また国語や英語の教科書にどんな話が載っていたかというネタで大いに盛りあがったのだけれど、そういう展開は期待できない。
相手がよほど若くないかぎり、既婚か未婚かということも訊きづらい。「結婚されてるんですか」「いえ、親と一緒に住んでます」なんてことになると、立ち入りすぎたかなと思わなくてはならないので、話の流れで判明するまでおとなしく待つ。
彼女の口から「夫が……」「子どもが……」というフレーズが出てくると、少しは話が広がるのだけれど。


学生の頃はバイト先で知り合ったばかりの人とでも、どこの大学かだの、なんのサークルに入っているのかだの、彼氏はいるのかいないのかだの無邪気に訊いたり訊かれたりしたものだが、大人になったら「さしさわりのない話」の範囲がぐっと狭まった。
これは私だけの感覚ではないとみえ、そう親しくもない人に「お子さんは?」「ご主人はどちらにお勤めで?」といったことを訊かれることはまずない。以前、「昨日選挙行きました?どこに入れました?」と訊かれてものすごくびっくりしたことがあるが、こういう人は特別だろう。
そんなわけで結局、
「どのあたりに住んでおられるんですか」
「○○です」
「便利なところですよね、ご実家もお近くですか」
「いえ、五年前に夫の転勤で東京から来たので……」
「まあ、東京」
といった話でその場をしのぐことになる。

先日、十数年来の友人と「この年になったら、友だちは減ることはあっても増えることはないよね」という話になったのだけれど、こんなふうに互いに無難な話題を探しだしてきて、上っ面をなでるような会話をしているのでは無理ないかあ……。


2005年10月12日(水) 約束の残骸

電車で座っていたら、前に若い男の子が立った。
でれんだらんとした格好が見るからにいまどきの子という感じで、でもなんとなく可愛らしい。「十八、九かな?」と思いつつ何気なく視線を落とすと、彼の足首に紐状のものが巻かれているのに気がついた。
「こ、これは……」

驚いた。だって、“ミサンガ”がいまも存在していたなんて!
別名プロミス・バンド。コットンやウールで編まれた手首飾りである。自然に切れると願い事が叶うとされ、十数年前、私の大学時代にお守りのように身につけるのが流行っていたのだ。
あ、でも私たちの頃はみんな手首に巻いていたけど……と思い、顔を上げたら、彼の左手には時計、右手にはホワイトバンドにピンクバンドにイエローバンドが。なるほど、足しか空いてないってわけね。
だけど、どこに巻こうがミサンガはミサンガ。目の前の男の子は当時の私とちょうど同じくらいの年だ。私はなんだか無性にうれしくなった。

私自身はミサンガはつけなかった。でも、巻いてあげた。
アメ村で路上にずらっと並べられたミサンガの中から、彼は青と黄とオレンジと……とにかくものすごくにぎやかな色合いの一本を選んだ。
ちょっと派手すぎるんちゃう?と笑ったら、「目立つほうがええねん」と言って、その場で腕を突き出した。
その言葉にたぶん彼がこめた気持ちを想像して、私はニコニコしながら結んであげたのだった。

* * * * *

先日『探偵!ナイトスクープ』で、ミサンガに特別な思い出があるという十九歳の男の子からの依頼が取り上げられていた。
小学五年生のときに片思いをしていた女の子にミサンガを結んでもらったが、その後すぐに転校してしまったため、気持ちを伝えることができなかった。それから十年経つが、ミサンガはいまも手首に巻かれたまま。これがある限り、彼女を忘れられないような気がする。もうすぐ二十歳になるので会って気持ちを伝え、答えはどうあれ彼女にミサンガを切ってもらいたい。どうか彼女を探してください------という内容だった。

松村邦洋探偵の尽力で十年ぶりに再会できた彼女は、彼にミサンガを巻いてあげたことを覚えていなかった。しかも付き合っている人がいるという残念な、でも予想通りの結果。
しかしほろっときたのは、ハサミでミサンガを切ってもらった男の子が「なんか手首がスースーする」なんてことを精一杯の作り笑顔で言っているうちに、しゃがみこんで泣きだしたからだ。

「ありがとう、ありがとう……。よかった、これで終わった……」

擦り切れ、色褪せ、ぼろ雑巾のようになっていたミサンガ。でも、自分ではどうしても切ることができなかった。見るたび彼女を思い出して切なかったろうし、このまま他の誰も好きになれないのでは……という不安や焦りもあったに違いない。
涙の成分は無念より安堵ではなかったか。それらから解放されてこれで新しい一歩が踏み出せる、という気持ちが大きかったのだろうと思う。


小説やドラマの世界には、男と女が恋人時代に交わした「十年後の今日、この木の下で会おう」的な約束がしばしば登場するが、現実にはそんな約束はむやみにするものではないなあと思う。
互いがそれを心に持ち続け、再び出会うことができたならそりゃあ素敵だけれど、そんなドラマティックな展開にはまずならない。何年後の今日だとか何歳の誕生日だとかが訪れたときにようやく、自分が後生大事に抱えてきた「約束」という名の箱の中身が空っぽだったことに------可能性はとうの昔に失われていたのだということに------気づくのがオチだ。

私がミサンガを結んだ同い年の彼は社会人になったとき、「二年後、必ず迎えにくる」と言い残して大阪を発った。あれから十一年半経つが、まだ迎えにこない。
「あなたの一年はいったい何千日でできてるわけーー!!」

……なあんて。
もらった指輪が、私の“ミサンガ”だった。
思い出や約束の残骸に人はしばしば心を縛られ、過去に足止めされる。けれど、もう、ひとつの“空箱”さえ手元にないいまとなっては、あの日々もまた懐かしい。


2005年10月10日(月) 一見さんには味わえない

友人とお茶を飲んでいたら、『電車男』の話になった。
彼女はパソコンを持っておらず、インターネットをまったくやらない。よって、しばしば人の口の端にのぼる「2ちゃんねる」をつい最近までNHKのことだと信じて疑わなかったほどのネット音痴である(関西ではテレビの2CHはNHKなのだ)。
そんな彼女まであのドラマを見ていたなんて。そりゃあ視聴率も高いはずだわ……と頷いたらなんのことはない、一度見ただけだと言う。

「とてもついていけんかった」
と彼女が言うのはまったく無理もないのだけれど、面白かったのは、彼女が2ちゃんねるで使用されている例の言い回しを「言い間違い」だと思い込んでいたことだ。
ドラマを見たことのない方のために説明すると、掲示板の住人がレスを書き込むシーンでは画面の下部に映画の字幕のように入力中の文字が表示されるのであるが、たとえば、


834 名前: 電車男  投稿日:04/03/22 16:28

今さっき、女性からティーカプーが届きますた

837 名前: Mr.名無しさん  投稿日:04/03/22 19:33

電話だ。お礼の電話しる!

838 名前: 電車男  投稿日:04/03/22 21:35

無理ぽ。電話さっきから握ってるけど、手が動かないんじゃー!ヽ(`Д´)ノウワァァン

839 名前: Mr.名無しさん  投稿日:04/03/23 02:36

もちつけ!もしダメでも藻前には失うものは無いはずだ

840 名前: 電車男  投稿日:04/03/23 11:38

おまいら……本当にありがとう。俺、がんがる

というようなやりとりを見て、彼女は「なんだこれは!誤字だらけじゃないか」とびっくりしたらしい。そういえば、エルメス役の伊東美咲さんも会見で「(元の掲示板を読んだとき)わからない言葉がたくさんありました」と言っていたっけ……。
日記読みをしているとこういう表現を好んで使う人はいくらでも見かけるから、私はとりたててなんとも思わなかったけれど、普段ネットに親しんでいない人たちの目にあの世界はものすごく奇異に映ったようだ。


さて『電車男』と言えば、最近テレビでよく秋葉原の特集が組まれている。先日見た番組では、週五日アキバに通っているという二十代の男性が案内役だった。
彼がアニメショップに並ぶ美少女キャラのフィギュアを愛しそうに手に取る。
「フィギュアを買うときは、こうして(箱を高く掲げ、下から覗き込むようにして)スカートまわりをチェックするんですよ」
女性リポーターがなにをチェックするのかと尋ねたところ、
「パンティーがリアルに再現されているかどうかです」
彼女がおそるおそる「……で、それを買って帰ってどうするんですか」と訊くと、
「触ったり眺めたり、ですね。気がついたら二、三時間経っちゃってます」
との答え。
「生身の女性とどっちがいいんですか」
「うーん、どっちですかねえ。向こうから好きって言ってくれるんだったら、そりゃあ悪い気はしないですけど……」
真剣に迷うところがすごい。

つづいて男性がテレビカメラを案内したのが、メイド喫茶である。
知り合いに行ったことがあるという男性がおり、彼が「俺はああいうのはちょっと……」と苦笑していたので、相当特殊な空間なんだろうと予想してはいたが、やはりかなりユニークで、しかしなかなか興味深い場所であった。
ゴシック&ロリータなメイド服を着た女の子たちが店の入り口で、満面笑みで「お帰りなさいませ、ご主人様!」とお出迎え。これは「いらっしゃいませ」に当たるメイド喫茶特有のあいさつだそう。メイドは主人に仕える者であるからして、メイド喫茶は主人の「家」という設定なのだ。
よって、帰りも「ありがとうございました」ではなく、「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」である。ちなみに女性客は「お嬢様」と呼ばれる。

おしぼりをひざまずいて渡してくれたり、アイスコーヒーのミルクとシロップを運んできたときに入れてかきまぜてくれたりはするが、体に触れたりスカートの中を覗いたりは厳禁、写真撮影もだめ。
「ご主人様」「メイド」「奉仕」なんて単語が並ぶと、つい卑猥な連想をしてしまいそうになるが、意外にもそういうところではないようだ。
それどころか、オプション料金を払った男性客がとろけそうな顔をしてメイドさんと「あっち向いてホイ!」(もっとも、掛け声は「ジャンケンポン!」「あっち向いて萌え!」である)に興じたり、店内のプリクラで記念撮影をしたりしている光景は異様ではあるのだけれど、不思議にほのぼのしている。メイドさんのいるカウンターに近い席は「萌え席」と呼ばれ、競争率が高いという話にも笑ってしまう。

そんなふうに私が比較的温かい目で見ることができたのは、彼らに「性愛」がまるで感じられなかったからである。「あわよくばものにしてやろう」的な露骨なものがない。
「メイド喫茶を支えるのは、恋愛弱者な男性の“臆病な恋愛感情”である」
と言ったのは経済アナリストの森永卓郎さんだが、たしかに彼らがメイドさんに抱く感情はアイドルに対する憧れやときめきに似ていて、アニメの美少女キャラのフィギュアを愛でるのと同じように仮想世界でのプチ恋愛で充足している------そんな印象を受けた。

とはいえ、「はっと我に返る瞬間はないのだろうか」という疑問は拭いきれなかったけれど。だって、成人男性が五百円払ってネコ耳をつけた女の子と「あっち向いて萌え!」なんだもの。
……いや、きっとそこには一見さんには味わえない醍醐味があるのだろう。“ご主人様”になりきれなかった私の知人が「居たたまれなかった」と言った気持ちは、とてもよくわかる。

* * * * *

ここまで書いて思い出した。そういえば、私もメイド服を着て仕事をしていたことがある。
袖口のふくらんだ黒のワンピースに白いエプロン、フリルのついたカチューシャというもろメイドな格好で……といっても怪しい店ではない、デパ地下で働いていたのだ。
スカート丈がいまいちだったので勝手に裾上げし、カチューシャが似合うよう内巻きのボブにしていたのを思い出す。

あ、いやいや、もう十年も昔の話ですから、どうぞご安心を(?)。


2005年10月07日(金) くさいものには、やっぱり……ふた?

前回の日記の最後にちらっと触れた「洋式便器のふたは閉めるか、否か」にメッセージをいただいた。
閉める派、閉めない派、どちらの言い分にもそれなりに理があって、とても面白かった。

「閉める」の理由として挙がっていたのは、
・ ふたがついているから、なんの疑問もなく閉めていた
・ 開けたままだといかにも「使用後」という感じがする
・ 水を流すときにしぶきが飛びそう
・ Dr.コパが開けっ放しだと金運が下がると言っていた

一方、「閉めない」と答えた方の理由は、
・ ふたを手で触るのが嫌
・ 閉まっていたら、使用可か不可か(きれいか汚れているか)が一目でわからない
・ 面倒くさい
・ においがこもりそう
というものだった。

* * * * *

自宅と外とでは対処が違うと答えた方を除くと、閉める派のほうがやや優勢といったところだろうか。この結果を見て、ふうむと腕組みする私。
というのは、わが職場のトイレは広くて新しくて清掃が行き届いた、どこに出しても恥ずかしくないトイレである。私はそれをこれまでに何百回と使ってきたわけだけれど、ふたが閉まっているのを一度たりとも見たことがないのである。
ワンフロアに女性が百人以上いるため、いつ行っても順番待ちをしている状態であるが、どの個室に入っても誰の後に入っても、閉まっていたためしがない。いただいたメールで判断すると五回に三回は閉まっていても不思議はないのに、これはどういうわけだろう。

「あのふたって、閉めるのがマナーなんかな?」
“トイレットペーパーは絶対ダブル”の友人に訊いたら、「そんなことないでしょ」と平然と言う。
「だってあれ、ふたじゃなくて背もたれだし」

彼女があんまりきっぱり言うので、一瞬真に受けそうになったではないか。まあ、さすがに背もたれだとは思わないが、彼女の「あのふたはなんのためにあるわけ?」には私も同感である。
ふたがついているということは閉めろということなんだろうなあ、閉まっているのが“元の状態”なんだろうなあ、とは思う。しかしながら、「なぜふたがついているのか」については明快な答えが浮かばない。
流水の飛び散り防止のためなら、洋式よりよほどリスクの高そうな和式にふたがないのはおかしい。メーカーが捨て置けぬと考えるほど日本人が風水好きな国民であるとも思えない。そして私の場合は入った個室のふたが開いていても、男性が便座を上げたままにして出てきたときのような「使用後」感は受けないから、家に遊びに来た友人がそれを閉めた閉めなかったということで、彼女の行儀をどうこう思うことももちろんない。

翻って、「べつに閉めなくていいんじゃない?」と考える理由はいくつもある。
閉まっているとそれを開けるときに「もしかして流れていないのか……?」と無用の緊張を強いられること、閉めたままだと便器内の湿度が上がり、においの元となる汚れがつきやすくなるという話をテレビでやっていたこと(こんな調査結果もある)、そうすることによるメリットが見出せないこと、などだ。
というわけで、私が必ず閉めるようにしているのは、暖房便座のときとよそのお宅にお邪魔したとき。前者には「節電」という閉めるべき理由が存在し、後者は「無難」を選んだ結果である。

職場のトイレで誰ひとり閉めないのは、「どうせ数秒後に開けられるんだし」という思いに加え、「次の人の手間を省く」意味あいもあるのではないかと想像する。外出先でふたのないタイプの洋式便器をちょくちょく見かけるが、それが「閉めること」の必要性のなさを証明している気がする。
……のだけれど、実際のところはどうなんだろう。また例のところ(「和式トイレのレバー問題」参照)に電話して訊くのは恥ずかしいしなあ。


2005年10月05日(水) あなたはシングル?それともダブル?

週末、家に遊びに来た友人がトイレから戻ってくるなり言った。
「小町ちゃんとこって、シングルなんだ」
なんのことかと思ったら、トイレットペーパーの話。まるでなにかめずらしい発見をしたかのような口ぶりだったので、それがどうしたんだろうと思っていると、「私はダブル派なんだよね」と彼女。
それを聞いて思わず、
「へえ、リッチやなー。私、ダブルなんて買ったことないわ」
と言ったら、なにがリッチ?と不思議そうな顔をされてしまった。

ホテルやレストランでトイレを借りるとダブルのことがある。しかし、私はシングルひと筋三十余年、ペーパーを取り出すときの一連の動きがすっかり癖になっているものだから、ついいつもと同じように景気よくペーパーを引っ張り出してしまうのだ。そして切り取ったあと、妙に厚ぼったいことに気づいて、「……あ。長さ半分でよかったんだ」となる。
こんな私が自宅でダブルを使ったりしたら、またたく間に十二ロールを消費してしまうに違いない。だからダブルなんて絵柄付きと同じくらい贅沢な気がして、ちょっと買えない。

しかし、彼女は正反対のことを言う。実家にいた頃からずっとダブルできたため、職場のトイレなどでシングルを使うときは最中に破れてしまうのではないかという恐怖感から、やたらとカラカラいわせてしまうのだそうだ。だからダブルしか買わない、と。
「それに、シングルの紙ってゴワゴワしてない?ときどき、手で揉んでからでないと使えないくらい硬いのもあるよね」
「ごめんなー、うちの肌触り悪くてー!」(揉み込まねばならないほどではないと思うが)

たしかにダブルはフワフワしていて、いかにもオシリに優しそうだ。実際、痔主になった友人からダブルに変えたという話を聞いたこともある。
……と納得していたら、
「でも、本当はうちのマンション、ダブルは使っちゃいけないんだけどね」
と彼女が言う。
どういう意味かと思ったら、入居のときに大家さんに「パイプが詰まると困るから」という理由で言い渡されたのが、「お風呂で塩の使用は禁止」と「トイレットペーパーはシングルを使用」だったという。
えーっ、前者については温泉に行くと「塩マッサージはご遠慮ください」と張り紙に書いてあるのをよく見かけるからフンフンという感じだけれど、ペーパーのダブルもだめだなんて!
しかしさらに驚いたのは、彼女が過去に本当に詰まらせたことがあるというからだ。そのとき、修理屋さんが「ダブルは詰まりやすいんですよ」と言っていたそうである。……びっくり。

彼女によると、「関東はダブル、関西はシングルが圧倒的によく売れるってテレビでやってた」とのことだが、それは「肉じゃがは関東は豚、関西は牛で作る」と同程度には信憑性のあるデータなんだろうか。


個室の中の営みというのは、人によって「常識」がずいぶん違っている。
別の友人が結婚したばかりの頃、夫が便座を上げっぱなしにするのが我慢ならず、「使ったらちゃんと下ろしといてよ!」と文句を言ったら、「オマエが下げっぱなしにしてるんだろう!」と言い返されたそうだ。
その話を聞いて私は目から鱗が落ちる思いがしたが、そんな“事件”でもないかぎり、人は自分のやり方が正しい、ノーマルであると信じて疑わずに一生を終える。そのことは「和式トイレのレバー問題」について書いたときに証明済みである。

「シングルか、ダブルか」を論じたあと、私たちは、
「ペーパーはていねいにたたんで使うか、くしゃくしゃと丸めて使うか」
「ペーパーの切り取り線は要か、不要か」
「洋式を使ったあと便器のふたは開けたままか、閉めるか」
でかなり盛りあがったのだけれど、紙面が尽きたのでまたの機会に。


2005年10月03日(月) 書いてあることを、書いてある通りに。(後編)

※ 前編はこちら

一字一句違わぬ文章を読んでいるのに、人によってどうしてこれほど解釈が違ってくるのか。その謎を解こうとして、思い出した言葉がある。

「結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない」

ご存知、養老孟司さんの『バカの壁』の中の一節だ。
私たちが何かを理解しようとするときに最終的に突き当たる壁、すなわち“理解の限界”は自分の脳である、という意味だ。そして、「本当はわかっていないのにわかっていると思い込む」「自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断し、耳を貸さない」という状態を、養老さんは“バカの壁”と呼んでいる。
人はその壁を知らず知らずのうちに自分の周囲にたくさん立てており、そのことに気づいていないがために、ある人たちと話が通じないとかうまく付き合えないといったことが起こる。強固な壁の中に住むと壁の向こう側、すなわち自分と立場や考えを異にする人たちのことが理解できなくなるからだ------というようなことが書いてある本なのであるが、Amazonのカスタマーレビューを見て、私は本当に驚いた。不快感をあらわにした過激なコメントのなんと多いことよ。

「『あんたにゃわからんだろう』と酒飲みオヤジに説教されている嫌悪感」
「『私が東大で〜』という記述が鼻についた」
といったものについては、へええ、そういう感想を持つ人もいるんだなあと思うことができるが、
「先生はとうとう惚けてしまったのだろうか。名前の通り養老院にでも入るのだろうか」
「一句捧げる。バカが書き バカが惚れ込む 『バカの壁』」
「この爺さん、ただの解剖学者の分際で何を思い上がってるんでしょうか」
なんていうのを読むと、あなたにそこまで言わせるのはなんなのですか?とまじめに尋ねたくなる。
「バカで何が悪い!」「赤の他人にバカ呼ばわりされる筋合いはない」といったコメントもいくつも見かけたけれど、いったいどこにそんなことが書いてあったのだろう。
養老さんはバカの壁を立てている人がバカだなんてひとことも言っていない。それどころか、「バカの壁は誰にでもある。それを自覚することが大切なのだ」と言っているのだ。それをどうしてそんなふうに読み違えるのか。それも、わざわざ自分が不愉快になる方向に。


推測するに、「思考停止」が起こっているからではないだろうか。
『バカの壁』というタイトルを目にした時点で、もう半分ケンカを売られたような気分になってしまったのではないか。つまり、表紙の「バカ」という単語を見ただけで、「この本には自分のことをバカだと言うようなことが書いてあるのではないか」と思い込んでしまった。
そういう予断を持って読むと、本当にそのように読めてしまうものだ。「バカの壁は誰にでもあるのだ」というこの本の大前提とも言える著者の言葉は、当然頭に残らない。
これぞ養老さんの言う“バカの壁”、自分が知りたくないこと(この場合は、予断の枠外にあること)については自主的に情報を遮断してしまうという現象ではないだろうか。
これは、酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』のレビューを読んだときにも感じたことである。
「勝ち負けがそんなに大事?どう生きるかやなにをもって幸せとするかは人それぞれ違うのです」
という内容のコメントをたくさん見かけたけれど、そんなことは著者だって百も承知。そのことは、エッセイが「人間を勝ち負けで二分することが本当は不可能であることは、私も知っているのです」で始まり、「ここまで負け犬という単語を連呼してみると、勝ちだの負けだのということが、ほとほとどうでもいいことのように思えてくるものです」で終わっていることからもわかりそうなものなのに。

「バカ」も「負け犬」もプラスイメージの言葉ではないから、タイトルを見て読まず嫌いを起こす人が出るのは無理もない。
しかし、ではタイトルを誤ったかというと、私はそうは思わない。
たしかに、もしそれが『脳の壁』なんていうタイトルだったら、レビューの中の著者の人格を傷つけるような言葉は十分の一にも二十分の一にもなっているだろう。しかし、あのタイトルだから興味を引かれて買ってしまった、そして「あら。私もバカの壁をいくつも立ててるわ」とはっとした……という私と同じような人は少なくないはずである。


「いずれにせよ、クレジットを見る人がいたり、クレジットを見ない人がいたりでいいんじゃないか。ヒトはヒトなんだから。僕は映画が終わってさっと席を立って出ていくときに、まわりの人に嫌な顔をしないでもらいたい、と望んでいるだけのことです。「見るのはおかしい」とか、「見ないのはおかしい」とか、そういうレベルの話じゃないですよね」
(『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』所収「二本立ての映画っていいですよね」の後日付記 新潮文庫)

書いてあることを、書いてある通りに、読む。
これは言うよりずっとむずかしい。思い当たるふしがあると、人はつい先読みや深読みをしてしまうから。私も(映画のクレジットと夫婦別姓を除く話題では)正しく読めていないことがあるに違いない。
しかし、もし著者に抗議の手紙を送ろうと考えることがあったなら、自分の憤懣が思い込みからきているものでないと------そこにある文章に勝手に何かを足したり引いたりした結果生まれたものでないと------思えるまで読み直してから、ペンを取ろうと思う。正確なインプットができていなければ、適切なアウトプットなどできるわけがない。

他人が書いたものを読めば、ひとつやふたつ自分とは違う点が見つかる。が、それを「否定された」と受け取って近視眼的な読み方をしてしまうと損をする。私たちは「自分の脳に入ることしか理解できない」のだから。
『バカの壁』のレビューに並ぶ「老人の愚痴」「時間の無駄」「金返せ」といったコメントを見ると、もったいないなあと思う。本当にそれだけの感想しか持ちようのない本というのは、この世にそうはないだろうに。