Mako Hakkinenn's Voice
by Mako Hakkinenn



 「マツダイラ」未公開シーン
2005年11月30日(水)

 さて、昨日は無事に「マツダイラ」の新作をアップすることができましたが、昨日も書きました通り、今回もざっと書き上げた後、かなりのシーンやセリフをカットして贅肉を削ぎ落としました。最初に書き上げたバージョンでは、いわゆる「ポリー殺し」に関してもっと突っ込んだ描写や詳細が書いてあったのですが、よく考えてみると、命を助けてくれたとはいえ、初対面の人間に対してここまで事細かに話したりしないだろうと言うことで、今回は大幅にカットしました。しかし、いずれ事件の全貌は明らかになります。

 そしてもう一つ、実は最初のバージョンでは冒頭にマツダイラ本社での朝礼のシーンがあったのですが、これも読み直してみて必要ないだろうと言うことでカットしました。完成版では、福島君を社長室に呼んで、その席でF1プロジェクトを「グランプリ・ユニット」と「ジャパン・ユニット」に分割することを初めて明かしていますが、実は当初の内容では、本社の全体朝礼の場でそのことを明かしています。さらに朝礼ではF1プロジェクトのスタッフ増員も告知しています。そしてその朝礼の後、松平は社長室へ行って神宮と話をし、その後福島君を呼び出すという流れになっていました。

 では、今回はVoice読者限定で、その未公開シーンをお見せしましょう。



【マツダイラ第11話 未公開シーン】

 静岡県静岡市、マツダイラ本社───マツダイラ・モータースは本来市販車のチューニングパーツを製造・販売する会社で、全国10ヶ所に営業所があり、その他に約200店の販売代理店を抱えているが、静岡市郊外の丘にある本社には、事務館と工場を合わせて約100名の従業員が勤務している。その従業員全員が朝の8時から本社敷地内の広い駐車場に集まり、朝礼が行われていた。松平が従業員たちを見下ろすように朝礼台の上でマイクを持ち、朝礼台の両側に置かれた小型のスピーカーから割れるような声を響かせながら、朝礼を仕切っている。

「……えーすでに皆さんもご存じの通り、私はマツダイラF1の監督に就任することになり、代わって伊達宗政前取締役専務が来週から正式にマツダイラ・モータースの社長となります。ですから皆さんも来週からは、伊達さんを呼ぶ時は間違っても“専務”と呼ばないようにして下さい。」松平が威勢のいい声でそう言うと、従業員たちの間から笑いがこぼれた。朝礼台の横で両腕を後ろに組んで立っていた伊達も思わず苦笑する。
「……えーさて、我が社が誇る市販車『イエヤス』と『タケチヨ』の生産もすべて終了し、あとは発表と販売を残すのみとなりました。そこで、製造に関わった工場部門を中心に、F1プロジェクトのスタッフを増員したいと思います。詳細は後ほど書類を配布しますが、主にF1マシンの組み立て、整備などを行うスタッフを募集します。」松平の言葉に、従業員たちはざわめき始めた。松平は構わず話を続ける。
「F1プロジェクトは今後、本社ファクトリーでの作業と井川山中にあるK−6でテストなどを行う『ジャパン・ユニット』と、海外での他のF1チームとの合同テスト、及び再来年からはF1グランプリに帯同する『グランプリ・ユニット』の2チームに分けます。人数枠はジャパン・ユニットが10名、グランプリ・ユニットが8名です。グランプリ・ユニットに決定したメンバーは、通常業務が終了した後、事務館で行う2時間の英会話教育を受けてもらいます。特にグランプリ・ユニットは海外勤務になるので、なかなか日本に帰ってくることができなくなります。その辺も踏まえた上で、希望者は後で配布する書類の応募用紙に必要事項を明記し、総務課に提出して下さい。」

 従業員たちはお互い顔を見合わせ、ざわざわと話し合い始めた。マツダイラ・モータースには、自動車好きでモータースポーツに関心を持っている従業員が多い。マツダイラはこれまでにも国内のレースシーンで活躍し、昨年は世界三大レースのひとつに数えられるル・マン24時間耐久レースにも関わり、プライベート・チームに総合4位という快挙をもたらした。マツダイラには、そういったモータースポーツ活動に憧れて入社してきた者が多くいるのだ。そして社長の松平も、モータースポーツに対する情熱を持った者を積極的に採用してきた。それ故それらの者たちにとっては、世界最高峰のモータースポーツであるF1グランプリに参加するということは、まさに夢のような話なのだ。
「……えー最後に」松平はざわめく従業員たちに一言付け加えた。「私のことも、来週からは“監督”と呼ぶように。“社長”と呼ばれても返事しませんので。」その言葉に、再び従業員たちの間から笑いが起こった。



 ……さあ、いかがでしたか?読んでみると、朝礼の内容は福島君とのシーンですっきりとまとめることができるので、なくても問題ないシーンですよね。そして公開している完成版ではカットされていますが、福島君とのやりとりの中でも、当初は「朝礼でも話した通り」という松平のセリフが入っていました。このカットされた朝礼のシーンの名残が、完成版でもその後社長室にやってきた秘書のセリフに見られますね。皆さんは気づきましたか?

 他にもいくつかこういったシーンをカットしたのですが、他のカットしたシーンは残念ながら今後のストーリーに影響するので、まだ皆さんにお見せすることはできません。今後の展開をお楽しみに。



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 マツダイラ最新作を公開
2005年11月29日(火)

●「MAZDAIRA」最新作を公開

 本格F1小説「マツダイラ」の最新作、第11話「A Girl from Nice」をアップいたしました。珍しく公約通り11月中のアップができてホッとしています。

 さて、前回の「Visitors before dawn」から約4ヶ月ちょいと、比較的早く続編を上げることができたわけですが、本来はもっと早くアップしたかったんですよね。というのも、前回の終わりで「ハイウェイ狙撃事件」に関連するエピソードが再登場し、読者の皆さんの記憶が新しいうちに続編をアップしたいと思っていたんです。
 しかし、今回のエピソードは、読んでいただくとおわかりになると思いますが、特に人間模様というか感情の部分が物語の主体になっているため、ざっと書き上げてからの熟成にかなり時間を要してしまいました。

 今回のお話は、ある人物が松平の元を訪れ、それによって松平の過去の出来事が明らかになるというストーリーなのですが、すでに出来上がっている裏設定では、かなり重い背景を含んでいます。その裏設定は今回明らかにはされていないのですが、当然それを知っている登場人物は心の奥底に重い感情を抱いているわけで、表には出さないけど、内に秘めた複雑な感情を上手く表現するのに苦労しました。

 さらに、劇中ではカーチェイスのシーンも登場するのですが、やはり映画ばりのカーチェイスを文章で表現するというのは実に難しいものですな。頭の中では迫力のあるシーンが浮かんでいるのですが、それが文章になることで迫力が半減してしまい、なおかつ映画なら映像があるので一目瞭然のシーンを事細かに描写しなくてはならないと言うことで、このシーンだけで相当の文字数を消費しています。結果的に今の状態に落ち着いたのですが、読者の皆様にシーンの迫力と状況が上手く伝わればいいのですが……。

 で、11月18日付のVoiceでは、主な舞台は日本ですがイギリス・ノーサンプトンでのエピソードもあるとご紹介しましたが、上記のように各キャラクターの感情表現やカーチェイスの表現などを熟成させるためにかなりの文字数を使ってしまったので、今回は敢えなくそのシーンをカットし、次回に持ち越しとなりました。
 そのため、いつもなら読者を飽きさせないための工夫として、あるエピソードの間にまったく別のエピソードを挟み込んだりして、多角的な場面転換をしてきたのですが、今回は過去のエピソードが挿入されているものの、結果的にはすべてのチャプターで松平がメインで登場するという異例の構成になってしまいました。たぶん全チャプターに1人のキャラクターがメインで登場するのは、第1話のマキシ・レッドフォード以来ではなかろうかと。
 ちなみに今回、残念ながらノーサンプトンのシーンがカットされてしまったので、マキシ・レッドフォードの登場はありません。マキシ不在は第4話、第6話、第7話、第9話と意外に結構あるんですよね。ただまあ、第8話、第10話がオンステージだったのでバランスは取れているのではないでしょうか。ノーサンプトンでのマキシのシーンは次回第12話の冒頭に登場します。

 さて、11月18日付のVoiceで新しいキャラクターが登場すると書きましたが、ジョルノ、エマ、そして真衣が新たに登場しましたね。さらに名前だけではもう数人ストーリー上に浮上してきました。皆さん、そろそろ登場人物を整理するのが困難になってきていそうですね……。現在人物紹介を準備中ですので、もうしばらくご辛抱下さい。たぶん来年早々には何とか準備できると思います。
 そして同じVoiceの中で、以前にちょっとだけ登場した人物が再登場するとも書きましたが、そうです、第4話で登場した、彼ですね。さらにここ数年行方不明のモンテカルロさんの名前を拝借したのは、現在のところは名前だけですが、大物人物ですね。悪役っぽい感じですが……。

 ちなみにマツダイラF1のチーム体制の中に登場する人物ですが、歴史上の人物から名前を取っている人の中に混じって、神宮庄之助とカッズ・クーンとハイド・ボーンを除き、3人のBarの人物が入っています。さあ、それは誰でしょう。

 皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。こちらまでお寄せ下さい。



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 Makoはユニクロのヒートテック
2005年11月28日(月)

 もうすぐ11月も終わり本格的な冬が到来しますね。さて、皆さんはユニクロの「ヒートテック」というのをご存じですか?ヒートテックは暖かさが持続するというユニクロのオリジナル商品で、衣服内の蒸気を熱に変化させる特殊加工素材を使用している優れものです。

 ヒートテックには3つのラインアップがあり、吸湿温熱の機能を備えたヒートテックに抗菌・防臭加工をプラスした「ヒートテックプラス」、さらに保湿成分を配合し女性の肌に優しい「ヒートテックモイスト」があります。
 ヒートテックの商品にはクルーネックTシャツ、タートルネックTシャツ、ハイネックTシャツUネックTシャツの各半袖・長袖、キャミソール、タイツ、ハーフタイツ、ソックスなどがあり、僕はクルーネックTシャツを4枚購入しました。

 実際着てみると、確かにヒートテックTシャツを着ている上半身は熱を発しているようで、普段の自転車での通勤時や室内でも、上半身だけ暖かくてヒートテックを着ていない下半身が何だか冷えるというおかしな状態になっています。特に自転車で寒い外で風を切って走っているときなど、上半身はぬくぬくとしていて心地よかったです。それから、底冷えする夜などもヒートテックを着て寝れば、寒さで夜中に目覚めることもなく、朝までぐっすり寝られます。
 着た感触は、肌触りも柔らかく、かなり伸びるストレッチ加工になっていて脱着が楽です。また、洗濯した際も、外に干せば約30分ほどでほぼ乾いてしまうというのが便利ですね。

 これだと上半身だけが暖かくて下半身が冷えてしまうので、もう少し寒くなったらタイツも買おうかなと考えています。今までは何だかカッコ悪いのでタイツなど履いていなかったのですが、昔から冷え性で悩まされてきましたからねえ。もう30過ぎたことだし、タイツデビューしようかな。

 皆さんも是非ユニクロのヒートテック、お試しあれ。



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 大関・琴欧州誕生へ
2005年11月27日(日)

 日本相撲協会は大相撲九州場所千秋楽の今日、11勝を挙げた関脇・琴欧州の大関昇進についての理事会招集を北の湖理事長に要請しました。理事の間にも異論はなく30日の理事会、番付編成会議で欧州出身では初の「大関・琴欧州」が誕生することになります。日本相撲協会は「朝青龍と千代大海を倒した時点で審判部内で100%昇進賛成となった」と述べていました。

 琴欧州は今日の千秋楽で大関・魁皇に破れるも今場所11勝。名古屋場所、秋場所では優勝争いに最後まで加わるなど安定した力を発揮し、直近3場所で36勝と、昇進の目安となる33勝を上回りました。30日朝に福岡県久山町の佐渡ケ嶽部屋で伝達式が行われる見通しです。

 大関誕生は02年名古屋場所後の朝青龍以来、昭和以降では77人目。ブルガリア出身の琴欧州は02年九州場所の初土俵から所要19場所での昇進となり、年6場所制が定着した58年以降幕下付け出しを除いて最速。米国(小錦、曙、武蔵丸)、モンゴル(朝青龍)に続く外国出身大関が誕生します。

 また今日の取り組みでは朝青龍が千代大海を寄り切って14勝目。すでに決めている7連覇、15回目の優勝に花を添え、14日目に新記録を作った年間勝利も84勝に伸ばしました。さらに千秋楽で小結・旭天鵬が勝ち越し、三役が全員勝ち越したのは00年春場所以来となります。そして三賞は殊勲賞、敢闘賞を琴欧州がダブル受賞、敢闘賞はその他雅山、栃乃花が受賞し、技能賞には時天空が受賞しました。

 圧倒的な強さを誇る朝青龍に身長2メートル以上の琴欧州、2人の外国人力士が日本の国技である相撲で大活躍し、今後もこの2人による優勝争いになることは必至でしょう。朝青龍は現時点ではまったく死角なし、琴欧州も実力は昇り調子であることから、琴欧州が近い将来横綱に昇進して、再び大相撲の頂点は外国人力士に独占される可能性も高いと言えます。
 現在日本人力士では、魁皇、千代大海、栃東の3人が大関にいますが、終盤まで優勝争いに留まった千代大海は11勝4敗、魁皇は千秋楽で琴欧州を下すも10勝5敗、栃東に至っては4日目から休場という不甲斐なさ。しばらくは新しい日本人横綱の誕生は見られそうにありませんな。

 かつて優勝争いを繰り広げていた力士たちは、横綱最有力とまで言われていた武双山がすでに引退、出島が前頭2枚目、雅山が前頭3枚目、土佐ノ海が前頭10枚目と3役以下に下がってしまっています。関脇の琴光喜も一時は強さを見せたものですが最近ではすっかり影を潜めてしまいました。そのうちどんどん外国人力士が上位に上がってきて、国技が外国人に独占されてしまいそうで心配です。



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 朝青龍の大記録
2005年11月26日(土)

 福岡で行われている大相撲九州場所14日目、今日の結果次第では朝青龍の3つの偉大な大記録が一挙に決まることになります。まず一つ目の記録は前人未踏の7場所連続優勝、2つ目は史上初の年間6場所完全制覇、そして3つ目は年間最多勝ち星ですね。
 6連覇は元横綱・大鵬が1962〜63年、66〜67年に2度達成し、朝青龍が秋場所で並んでいました。年間勝ち星も一昨日12日目の時点で元横綱・北の湖が78年に記録した82勝に並んでいます。そして史上初の年間6場所完全制覇も、昨日13日目の時点でただ1人の1敗で単独首位。つまり昨日の時点ですでに3つの大記録に大手がかかっているというわけです。

 さて、今日の優勝争いに関係する取り組みは、前日に朝青龍に土を付けて2桁勝利を達成しヨーロッパ人初の大関昇進をほぼ手中に収めた関脇・琴欧州と星1つの差で朝青龍を追っている大関・千代大海、そして結びの一番は地元で角番脱出を果たした大関・魁皇と横綱・朝青龍。この2番で千代大海が破れ朝青龍が勝てば、明日の千秋楽を待たずに朝青龍の優勝が決定します。

 まずは琴欧州VS千代大海。千代大海は前日の相撲で、優勝戦線に残るために魁皇に対し立ち会いで変化して勝ちを得ましたが、今日の格下・琴欧州には真っ向から勝負を挑みます。ところが、2メートル以上もある琴欧州に盤石の体制を作られ、そのまま豪快な上手投げで破れました。
 そしてその後の魁皇VS朝青龍戦。朝青龍は盤石の体制で魁皇を寄り切り、千秋楽を待たずして通算15回目の優勝を決め、この瞬間3つの大記録がいっぺんに朝青龍の手中に入りました。朝青龍は魁皇を寄り切ったあと、感極まって涙を浮かべていましたね。

 しかし朝青龍、強いですねえ!もう15回も優勝しているんですか。優勝15回といえば、元横綱・輪島を抜き、単独5位ですからねえ。朝青龍の初優勝はちょうど3年前の平成14年九州場所。その後翌年の初場所で連続優勝。さらにこの年に1場所おきに優勝して早くも4回の優勝を果たします。翌平成16年には唯一九月場所だけ魁皇に優勝を奪われるも6場所中5回優勝。そして今場所ついに完全制覇を果たして早くも15勝ですよ。横綱・貴乃花が22勝ですから、25歳とまだまだ若いですし、歴代優勝回数更新も十分狙えますね。まさに大相撲界のミハエル・シューマッハですな。

 歴代記録といえば、今日の取り組みで大関・千代大海を下したブルガリア人関脇・琴欧州は、昨日も横綱・朝青龍を倒して質の高い11勝目を挙げ、ヨーロッパ人初の大関昇進はほぼ間違いないでしょう。この琴欧州の大関昇進も実は初土俵から19場所目と史上最速!何だか日本の国技である相撲で、外国人力士が輝かしい記録を次々に打ち立てていますな……。

 がんばれ!日本人力士!



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 今場所の大相撲は面白い
2005年11月25日(金)

 元横綱・貴乃花が引退してから相撲をほとんど見なくなっていたのですが、現在福岡で行われている大相撲九州場所はなかなか面白いですな。史上最多7場所連続優勝と史上初の年間6場所完全制覇、そして年間最多勝ち星82勝という3つの大記録に挑む横綱・朝青龍、ヨーロッパ人初の大関昇進を目指すブルガリア人力士・琴欧州(身長2メートル以上!)、久々に優勝争いに名乗りを上げた大関・千代大海、地元福岡で角番脱出と優勝を狙う大関・魁皇。今場所はこの4人の力士の戦いに注目していました。

 今日はその大相撲九州場所の13日目、注目していた4人の力士がそれぞれ直接対決を迎えた大一番が待っていました。まずはともに2敗の千代大海と魁皇の大関対決。優勝戦線に踏みとどまるためには絶対に負けられない千代大海は、立ち会いに変化して魁皇を下して2敗を守り、自力優勝の可能性が復活しました。魁皇は角番は脱出しましたが、この時点で優勝の可能性が消えます。

 そして今場所最大の大一番、勝てばヨーロッパ人初の大関昇進がほぼ確実となる関脇・琴欧州と、勝てば前人未踏の7場所連続優勝に史上初の年間6場所完全制覇に最多年間勝利数更新と3つの大記録が一気に手に入る横綱・朝青龍の対決。
 注目の取り組みは、立ち会いで両者がっぷり四つに組みますが、琴欧州が左上手をがっちり引き付けての寄り倒しで朝青龍に完勝。無敗の横綱に土を付け、目安とされる10勝目を挙げて、場所後の昇進に大きく前進しました。朝青龍の最多年間勝利数の更新は明日以降に持ち越しとなりました。

 今日の結果で、明日14日目に朝青龍が魁皇を下し千代大海が琴欧州に敗れると、朝青龍の7連覇が決まります。とりあえず琴欧州は2桁勝利で大関はほぼ確実だし、魁皇はカド番を脱出したし、朝青龍は3つの大記録に大手がかかっていますし、まだ千代大海も優勝の可能性を残していますし、今場所は久々に話題の多い場所になりましたな。



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 Mako、ゴルゴ13と決別!
2005年11月24日(木)

 今年の8月に引っ越しまして、今はかなり広くて快適な家に住んでいるのですが、新しい家では収納できるものはなるべく収納してしまい、より部屋を広く使おうと言うことで、引っ越しの際にカラーボックスの本棚を3つ処分してきました。

 その本棚には、主に昔集めた漫画がぎっしり入っていて、その3つの本棚は前のアパートの細長い廊下のような部屋に置いてありました。その細長い廊下のような部屋は一番窓際に面していて、ベランダの代わりにその部屋があるような作りになっていて、そこに入らない限りは3つの本棚は目につかないようになっていて、半ば倉庫のような感覚で使っていました。
 しかし、新しい部屋は広くなってベランダもついているのですが、前の部屋のように倉庫代わりの部屋がなかったので、漫画本がぎっしり入った3つの本棚を部屋に配置すると、とてもスペースがもったいないし見栄えもよくないと言うことで、思い切って捨ててしまったというわけです。

 さて、ということはその3つの本棚に入っていた漫画本の行き先がなくなってしまうわけですが、今まで色々漫画を集めてきて、忘れた頃に読み返したりすると結構懐かしかったり面白かったりしたので捨てずにとってあったのですが、とりあえず引っ越しの際はすべて引っ越し屋さんに段ボールに詰めてもらって、新居に持ってきておきました。
 で、その漫画本は段ボール箱6箱分にも及ぶ膨大な量だったのですが、ついに今回、その漫画本を「処分するもの」「とっておくもの」に分け、ブックオフに売ることにしました。

 僕は本に限らず、CDでも服でもなかなか捨てないタチなのですが、仕分けしてみると、やっぱり結構愛着のある漫画や面白い漫画などもあり、選定は結構苦労しました。そうやってどんどん買っていくうちにここまで貯まってしまったんですけどね。しかし、そんなことを言っていては減るものも減らないですし、これはもう読み返すことはないだろうと思ったものは、割り切って今回すっきりと処分してしまうことにしました。

 では、その仕分けした漫画のラインアップをご紹介しましょう。

■処分するもの

 ●「きまぐれオレンジロード」(まつもといずみ)……全18巻
 ●「ドクタースランプ」(鳥山明)………………………全18巻
 ●「ドラゴンボール」(鳥山明)……………………………38冊
 ●「みゆき」(あだち充)…………………………………全12巻
 ●「陽当たり良好」(あだち充)……………………………全5巻
 ●「ついでにとんちんかん」………………………………全18巻
 ●「ゴルゴ13」(さいとうたかを)…………………50冊以上


■とっておくもの

 ●「シティーハンター」(北条司)………………………全35巻
 ●「キャッツアイ」(北条司)……………………………全18巻
 ●「北斗の拳(文庫版)」(武論尊・原哲夫)…………全15巻
 ●「ウイングマン」(桂正和)……………………………全13巻
 ●「電影少女」(桂正和)…………………………………全15巻
 ●「ツルモク独身寮」(窪之内英策)……………………全11巻
 ●「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)………第3部完結分
 ●「コジコジ」(さくらももこ)……………………………全3巻
 ●吉田戦車の漫画………………………………………………10冊

 処分するものの中の「ゴルゴ13」は、ストイックな男のバイブルとして愛読していたのですが、さすがに延々と続きそうなのできりがないので、持っていた50冊以上にも及ぶ単行本をすべて手放すことにしました。
 「ゴルゴ13」は、極論で言えば世界的な歴史的背景が物語に反映されていて、漫画としては一番面白いと思うのですが、これだけ増えてしまうと置く場所に困ってしまいますね。1冊1冊読み直して厳選しようかとも思ったのですが、まあ漫画喫茶に行けば置いてありますし、それこそブックオフに行けば立ち読みできると思い、全部処分します。

 さらばゴルゴ13……。

 さて、これで6箱あった段ボール箱を3箱まで減らすことができました。これだけ減らせば、あとは押入れの中に収納できそうです。いずれは押入れの中に本棚を作って、そこに漫画を入れようかなと思っています。
 で、処分する方の段ボール箱3箱分をブックオフに持ち込んだのですが、小学生時代から集めていた古い本などもあって値段が付かないものも多かったですが、全部で1800円にもなりましたぞ!たぶんほとんど売れなくて500円ぐらいにしかならないと思っていたので、ちょっと得した気分でした。

 ちなみに、現在集めている漫画もあるんですよね。「エンジェルハート」「カウンタック」「頭文字D」「機動戦士ガンダムオリジン」……あー、また漫画が少しずつ増えていきます。



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 「誘惑の光景」展を観に行く
2005年11月23日(水)

 今日は自宅からクルマで約15分のところにある静岡県立美術館で開催中の「誘惑の光景」展に行ってきました。この展覧会は19世紀のロマン主義版画のウジューヌ・ドラクロワ、ジョン・マーティンなどの作品が展示されているもので、人間の「欲望への誘惑」をキーワードに、文学と芸術とが一体となった版画作品が展示されています。

 18世紀後半から19世紀半ば頃にかけて、ロマン主義の作家たちはさまざまな文学的主題を、挿絵として視覚的に表現しています。この展覧会ではイギリスとフランスの作家たちに焦点を当て、「失楽園」「聖書」「ファウスト」「シェイクスピア作品」の4つのテーマによって構成されています。

 昨年1月25日付のVoiceでもご紹介しましたが、僕はいわゆる石版や銅板を細かく削って描くエッヂングの作品が大好きなのですが、今回観た作品の多くは石版によるエッヂングで、以前観た「ローマ散策展」のビラネージよりもさらに精密に描かれており、エッヂングとは思えないほど滑らかで壮大でした。特にジョン・マーティンの「失楽園」は、登場人物の描写もさることながら、それよりもむしろ背景の描写に力が込められている作品が多く、遠くの山々や宮殿、さらにその向こうの雲など、版画とは思えないようなリアルな遠近感に吸い込まれてしまいそうでした。

 彼らがひとつの版の中で刻んだ風景は、技法は異なるものの、情熱に満ちた独自の光と影の世界を演出しています。「誘惑」を軸に展開される、劇的なモノクロームの迫力に満ちた人間ドラマが、小さなスペースの中に圧倒的なスケールで活き活きと描かれていました。
 また、先に述べたように、4つのテーマごとにブースが分かれており、さらにその各テーマをストーリーに沿って追っていくという構成になっていて、作品とともにストーリーのあらすじや場面解説も添えられていたので、簡略的ではありますが「失楽園」「聖書」「ファウスト」「シェイクスピア作品」それぞれの物語を把握しながらじっくりとその世界に浸ることができます。
 ドラクロワ、ジョン・マーティンの他にも、リチャード・ウェストール、ウィリアム・ブレイク、チオドール・シャセリオー、ジェイムス・バリー、ギュスターヴ・ドレ、トニー・ジョアノといった当時の名だたる版画家たちの作品が約120点も展示されていて、とても見ごたえがあり、すべて観て回るのに2時間以上も要しました。

 芸術の秋に、久々に美術館へ足を運んで、ヨーロッパの古典文学の世界へつかの間のトリップをすることができました。やはり時々こうやって現実世界から離れて、美術館の静寂な空気の中で芸術に浸ることは大事なことですよね。芸術は、人間だけが楽しむことのできる文化なのですから。



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 F1、スーパーアグリは自前シャシーか?
2005年11月22日(火)

 来シーズンからF1に新規参入することとなったホンダ系チーム「スーパー・アグリ・フォーミュラワン」ですが、とりあえず来季のエントリーは無事に済ませたものの、レギュレーションでは「シャシーは自前で製作したものを使用し、他チームのマシンの流用は認められない」と定められているため、当初予定されていたBAR・ホンダ(来季オールホンダ)と同じシャシーを使用することができません。そこで現在FIAと他の10チームによって、「他のチームからシャシーの知的所有権を買い、それを元にシャシーを製作する」という裏技が協議されてきました。

 しかし、チーム数を増やしたいFIA側はこの「知的所有権の売買」という案を容認しているものの、10チームのうちいくつかのチームが難色を示しているため、まだ確定はしていませんが、この案は認められない可能性が非常に高いと言った状況です。
 もしこの「知的所有権の売買」が認められないとなると、スーパー・アグリはBAR・ホンダからのマシン転用もできなくなるため、自分たちでオリジナルのシャシーを用意しなくてはならないということになり、今からマシン開発をしては来シーズンの開幕戦に間に合うはずもなく、現実的にスーパー・アグリの来季参戦は不可能ということになってしまいます。

 ところが!何とスーパー・アグリのチーム代表である鈴木亜久里氏は、自身が率いるARTAのイベントに出席し、来季使用シャシーについて、こういったケースも見越していたのか「すでに自前で開発している」ことを明らかにしたのです!

 これは、先に合流が発表された旧アロウズのチーフ・テクニカル・オフィサー、マーク・プレストンらが独自のデザインを進めているものを指すと思われますが、彼はアロウズではR&Dの責任者、その後マクラーレン・チームでもデザイナーとして働いた経験を持っており、さらに当時のテクニカル・グループも現在亜久里チームに加入しているとみられおり、基本的に旧アロウズ・チームで成功した3年前のアロウズシャシー「A23」がベースになるのではと言われています。
 とりあえずこれで、スーパー・アグリのマシンが来シーズンの開幕戦で無事グリッドに並ぶことは、ほぼ間違いないと言えるでしょう。

 ……しかし、アロウズ「A23」は、現マクラーレンのマイク・コフラン氏がアロウズのテクニカル・ディレクター当時に開発したシャシーで、2002年シーズンにハインツ・ハラルド・フレンツェンによってスペインとモナコの両グランプリで6位入賞を果たした秀作ではあるものの、来シーズンこれを使うとなれば4年落ちのシャシーですよ。ホンダ技術陣の支援も見込まれますが、相当の苦戦は必至と言わざるを得ませんね。

 まずはデビューシーズンということで、来シーズンは何とか踏ん張って次の年に繋げて欲しいものですね。そして佐藤琢磨が来シーズンこのマシンに乗ることがほぼ確定的ですが、琢磨も来シーズンは、さらに厳しいレースを強いられそうですな。割り切って来シーズンは1年辛抱して……いやいや、できれば戦闘力が低いマシンでも、何とか良い結果を出して欲しいものです。



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 片頭痛よさらば
2005年11月21日(月)

 ご存じの方も多いかと思いますが、僕は長年、年に2回やってくる片頭痛に悩み続けてきました。そこで今年の2月8日に初めて受診し、2月22日に2回目の受診をして、「マクサルトRDP錠」という片頭痛にしか効かない薬と「ミグシス錠」という脳の血管が広がるのを抑えて片頭痛を起こりにくくしていく薬を処方されたのですが、そのおかげで体質が改善されたのか、例年なら10月下旬から11月上旬にかけてやってくる片頭痛が、今年はまだ来ていません。それどころか、2月に受診して以来まったく頭痛が来ないので、自分が今まで長い間片頭痛に悩まされていたことすら、すっかり忘れていました。

 毎年季節の変わり目になると片頭痛がやってきて、そのたびに仕事に支障をきたしたり、友達と遊んでいる時に友達に心配掛けたりしていましたが、今はまったくその兆候はないようです。

 今後もしまた片頭痛が起こった時には、「マクサルトRDP錠」と「ミグシス錠」という効果的な回避手段ができたのでひとまず心配はしていませんが、このままずっと片頭痛が来なくなればいいなあと思っています。

 僕の片頭痛に関して色々と心配してくださった方々、ありがとうございました。



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 Qちゃん復活!
2005年11月20日(日)

  陸上・東京国際女子マラソンが今日国立競技場発着で行われ、高橋尚子(ファイテン)が大会歴代3位となる2時間24分39秒の好タイムをマークし、2年ぶりのマラソン復帰戦を優勝で飾りました!2年前のアテネオリンピック選考会を兼ねた25回大会では、高橋は2位に終わり、代表から漏れてしまいました。今回はその同じ場所で雪辱を晴らし、見事な復活劇を遂げました!

 36秒差の2位にジビレ・バルシュナイテ(リトアニア)が入り、2年前の大会で高橋に逆転勝ちしたエルフィネッシュ・アレム(エチオピア)は3位でした。レースは終盤、高橋とバルシュナイテ、アレムが先頭集団を作って競り合いましたが、高橋が35・7キロでスパート、そのまま差を広げてゴールしました。

 非常に切れ味鋭いスパートでしたね。高橋は上り坂に差しかかる直前の35・7キロで勝負に出ました。2年前、アレムに抜かれた因縁の坂です。高橋は「あの坂に負けたくないという思いがあった。自分自身の思い出との戦いだった」とレース後に語り、抜かれた39キロ付近で後ろを振り返っていました。「このまま逃げさせてほしい」とずっと願っていたそうです。

 高橋尚子は、恩師・小出義雄監督のもとを離れ、練習パートナーらと結成した「チームQ」で挑む初レースでした。以前「報道ステーション」でもその「チームQ」の特訓の模様が特集されていましたが、練習内容は最終的に自分で決断していたそうですが、迷いの連続だったようです。

 2年ぶりのレースで勝ったのはもちろん大きな前進ですが、最も価値があるのは、指導者につかない状況で鮮やかな復活を遂げたことでしょう。指導者への依存度が高いためですが、高橋はその壁も突き破りました。しかも、ふくらはぎなど右足の3か所の筋膜に炎症を起こした状態でです。

 一方、3位に終わったアレムは「風が強くて前に進まなかったため、こういう展開になってしまった」と語りました。2年前のこの大会では、終盤失速した高橋を抜いて優勝を飾りましたが、この日は中盤以降、向かい風に悩まされ、35・7キロでライバルに突き放されたようです。「高橋さんは2年前とは違って、すばらしい走りだった。優勝を祝福したい」と脱帽していました。

 世界最強の呼び声の高い日本女子のオリンピック代表権争いは、アテネオリンピックで金メダルを獲得した野口みずきを筆頭に、今後も熾烈を極めそうです。しかし、高橋尚子が今回復活を遂げたことで、確実に高橋尚子の北京が手の届くところまで見えてきたのは言うまでもありません。しかし、3枠の代表争いを勝ち抜くには、どの選考会を選ぶか慎重な戦略が必要となってくるのは間違いないでしょう。

 高橋は今回の東京国際優勝によって、来年12月のドーハ・アジア大会代表(2人)の権利を得ました。しかし、日本陸連は「別次元の問題だ」と出場は要請しない意向を示しています。北京オリンピック代表選考は07年夏の大阪世界選手権と同年冬からの国内レースで行われますが、暑さに強い高橋が大阪を選ぶかどうかが注目です。
 大阪世界選手権で日本人トップでメダルを獲れば北京オリンピック代表に内定する予定ですが、アテネオリンピック金メダリストで日本記録保持者の野口みずきは、高温多湿の大阪出場には消極的だそうです。一方、昨年ベルリンで高橋の記録を破った渋井陽子は大阪に意欲的な姿勢を見せているようです。

 今回復活した高橋、次は野口、渋井と勝負が待っています。



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 ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーヴォー
2005年11月19日(土)

 えー、早いもので今年もボジョレー・ヌーヴォーが解禁になりましたねえ。皆さんはもうお飲みになりましたか?(え?今頃その話題かって?)

 さて、ボジョレー・ヌーヴォーというと、2年前に「10年に一度の出来映え」と言われていたので僕も買って飲んでみたのですが、正直言えば、同じ値段を出すならもっと美味しいワインはたくさんあるよなあという印象でした。まあ、僕自身ワインの味がそんなにわかるわけではないんですけどね。

 で、昨年、今年も「今年は出来がいい!」と言われていて、じゃあ2年前の10年に一度というのはいったい何だったんだろうと思ってしまいますが、きっと近年は地球温暖化現象の影響で、毎年ブドウが豊作なんでしょうねえ。

 今年のボジョレー・ヌーヴォー、僕はランクが上のボジョレー・ヴィラージュ・ヌーヴォーを買って飲んでみました。確かに出来はよかったですね。というか、僕的には2年前の「10年に一度の出来映え」のボジョレーよりも、今年のボジョレーの方が好きですね。なんかこう、いかにもフレッシュで若々しく、「ボジョレー・ヌーヴォー」って感じがします。2年前のボジョレー・ヌーヴォーはボジョレーにしてはかなり濃厚で、ボジョレー・ヌーヴォーらしさが感じられなかったのかもしれません。

 ところで、2年前のボジョレー・ヌーヴォー解禁の時にもお話ししましたが、解禁日に店頭に並んでいるボジョレー・ヌーヴォーは、先発で空輸されてきたものなんですよね。で、今第2便で船便のボジョレー・ヌーヴォーがこちらに向かっていて、船が赤道を通過するためその熱で劣化してしまうので、安くなって売り出されるというわけです。

 で、その空輸で送られてきたボジョレー・ヌーヴォーと船便で送られてきたボジョレー・ヌーヴォーの違いは、わかる人にはわかると言われていたので、お酒の味の違いに詳しい僕が行きつけのショットバーのマスターにその違いがわかるかと尋ねてみたところ、ほとんどわからないのだそうです。ブラインドだったらまったくわからないと言っていました。

 ということは、別に船便の値下げしたボジョレー・ヌーヴォーを買っても全然問題なく楽しめると言うことなんですね。まあ、ボジョレー・ヌーヴォーは一種のイベントなので、解禁日に買って飲みたいものですけどね。

 そうそう、濃厚な赤ワインにはクセのあるブルーチーズが合いますが、ボジョレー・ヌーヴォーのような若いワインには、モッツァレラチーズぐらいで十分ですな。今回は決して納豆などと一緒に飲んだりはしませんでしたぞ!



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 マツダイラ最新作、今月中に公開
2005年11月18日(金)

 現在第10話まで公開されているF1小説「マツダイラ」ですが、その最新第11話を準備中です。今月中には公開できると思います。題名は未定ですが、新しいキャラクターも登場します。

 今回の主な舞台は日本。マツダイラF1に大きな動きが見られ、さらにケン・マツダイラの過去のエピソードが明らかとなります。その中で2人の新キャラが登場するのですが、このうちの一人が、あのマーカス・ミッドフィールドが狙撃された「ハイウェイ狙撃事件」に大きく関与しています。
 また、マツダイラF1の具体的なチーム体制も公表されるのですが、その中にはお馴染みのキャラクターの他に、Barに来られた方のハンドルネームに由来している名前、あるいは徳川家とゆかりのある歴史上の人物に由来している名前も連ねています。歴史に詳しい神宮さんでしたら、思い当たる名前も多いのではないでしょうか。

 さて、今回も毎度のことながら、日本以外にもエピソードは及んでいます。イギリスのノーサンプトンとイタリアのナポリです。ノーサンプトンといえばF1に詳しい方ならおわかりになるかもしれませんね。またイタリアのナポリといえば、賢明なマツダイラ読者の方でしたらピンと来る方もいらっしゃるでしょう。

 ところで、ケン・マツダイラの過去のエピソードが明らかになると書きましたが、そこで彼は興味深い特技を披露します。この特技、僕としては早朝の静岡にある日本平でよく見かける光景なんですよね。朝のダイラには、今回のケン・マツダイラのようなおっさんが結構多くいるんですよ。どんな特技を見せてくれるのかは、お楽しみと言うことで。

 そうそう、以前ちょこっとだけ登場したある人物も、今回再登場します。

 「マツダイラ」第11話、お楽しみに。



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 「大奥」は恐ろしい
2005年11月17日(木)

 今日はたまたまテレビでやっていたテレビドラマ「大奥〜華の乱〜」を初めて観ました。「大奥〜華の乱〜」は木曜後10時に放送されているフジテレビ系時代劇で、シリーズ第3弾の同作はサスペンス色の強い点が視聴者の関心を集めているそうです。
 内山理名扮する主人公の安子を中心に、将軍・徳川綱吉(谷原章介)や正室の信子(藤原紀香)、側室、柳沢吉保(北村一輝)ら個性豊かな登場人物が繰り広げる愛憎バトルが人気を集めています。

 いやそれにしても恐ろしいドラマでした。「大奥」というと、大昔に沖雅也が殿様役を演じていた頃のものを観た記憶がありますが、こんなに恐ろしい内容だったかな?
 今日放送の6話は、お世継ぎをめぐり側室・お伝の方(小池栄子)と安子のバトルがクライマックスを迎えたのですが、今までの内容を知らないので話の内容はさておき、自分の子どもを病気で失った安子(内山理名)と、同じように自分の子が原因不明の病に冒されて危篤状態に陥ってしまったお伝の方(小池栄子)が殴り合いのケンカをし、側にあった灯籠が倒れて炎が上がってもお構いなしに殴り合いを続けている様がとても恐ろしかったです。

 もう少しで屋敷が全焼するところだったぞ!

 で、実は安子はお伝の方が自分の子を毒殺し、お伝の方は安子が自分の子に毒を盛ったとお互い思っていたらしく、それが元で大げんかになったのですが、そのケンカの後に、正室の信子(藤原紀香)が不敵な笑みを浮かべて2人のケンカの様子を傍観していたのを安子が発見し、安子は自分の子とお伝の方の子を殺したのは正室の信子ではないかと疑いを持つようになります。

 で、驚いたのはそれらのシーンで流れた音楽!

 ケンカのシーンでは、オーケストラを使った荘厳で激しい時代劇風の音楽が使われていたのですが、その後炎の向こうで正室の信子(藤原紀香)が不敵な笑みを浮かべているカットで、突然エレキギターが「ギュイイイイン!」と鳴り、一気に曲調がハードロックになりました!

 大奥における女たちの壮絶なバトルは、まさにハードロックの世界!



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 サッカー日本代表VSアンゴラ(ネタバレなし)
2005年11月16日(水)

 サッカーの国際親善試合「キリンチャレンジカップ2005」は今日、ドイツ大会に初出場を決めたアフリカ勢のアンゴラを迎え、東京・国立競技場に5万2406人の観客を集めて行われ、今年最後の国際Aマッチを締めくくりました。日本は中田英(ボルトン)、中村(セルティック)ら海外組の主力を招集してアフリカ勢に挑みました。

 いや〜すごい試合でしたね〜!中田!中村!稲本!柳沢!そして大黒!(以下略)

 非常に素晴らしい試合だったと思います。見ごたえのある試合でしたな!

 ……で、肝心の結果はどうだったのかというと、これがねえ……現時点では書けないんですよ。なぜかと言いますと、ゆうきちさんが録画し忘れたらしく、まだ見ていないのだそうな。彼がいつになったら見られるのかはわかりませんが、とりあえず今のところは書けそうにありません。

 というわけで皆さん、試合の詳細はネットニュースなどをご覧下さい。



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 ハッキネン、来季もDTM参戦
2005年11月15日(火)

 メルセデス・モータースポーツは今日、同チームのミカ・ハッキネンが来シーズンも引き続きDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)にAMG・メルセデス・Cクラスで参戦することを明らかにしました。ハッキネンはマクラーレン・メルセデスで98、99年と2度のF1チャンピオンに輝いたあと、いったん現役を引退しましたが、今季からDTMで復帰していました。スパ・フランコルシャンのベルギー戦では見事初優勝を遂げています。

 ミカ・ハッキネンのDTMでのデビューシーズンは、開幕戦ホッケンハイムで8位入賞を果たし、第2戦ユーロ・スピードウェイで3位表彰台、第3戦スパ・フランコルシャンで優勝と序盤は登り調子の活躍を見せてきました。ところが第4戦ブルノでトラブルにより13位に終わり、続く第5戦オッシャースレーベンと第6戦ノリスリンクでは2戦連続リタイヤに終わってしまいます。その後第7戦ニュルブルクリンクでは4位入賞しますが、第8戦ザンドフールトと第9戦ユーロ・スピードウェイでは連続12位。第10戦イスタンブールでは久々に2位表彰台を獲得するも、最終戦ホッケンハイムで15位と、浮き沈みの激しいシーズンとなってしまいました。最終的には30ポイントを獲得して総合5位でした。

 今シーズンのDTMはハッキネンを始め、ジャン・アレジ(AMG・メルセデス)、ハインツ・ハロルト・フレンツェン(オペル)も優勝しましたが、全体を通してみればゲイリー・パフェット(AMG・メルセデス)とマティアス・エクストローム(オペル)の2人による争いで、最終的にパフェットが2位エクストロームに13ポイント差を付けてタイトルを獲得しました。

 そのゲイリー・パフェットは現在24歳のイギリス人ですが、バルセロナで11月末からスタートする今オフ最初のF1の合同テストで、マクラーレン・チームから2日間に渡るテストに招かれており、そのテストの結果次第では、今後マクラーレンかBMWのドイツ系チームからF1デビューを果たす可能性があります。そして今年DTMでチームメイトとして戦ったミカ・ハッキネンも「この1年、僕は近い立場でパフェットのことを見てきたが、彼はDTMでとてもうまくやったよ。彼はとても安定して速いし、最も重要な局面でも絶対にミスをしないんだ。あの能力はF1でも通じるものだと確信するね。だから僕は、彼には十分F1でやれるだけの能力があると思っているよ」とその力量に太鼓判を押しています。

 かつてキミ・ライコネンもハッキネンに力量を認められてF1で成功していますから、もしかしたらゲイリー・パフェットもF1で活躍する逸材かもしれませんね。何と言ってもハッキネンやジャン・アレジらを抑えてDTMを制した若武者ですからねえ。

 話が逸れましたが、ハッキネンには来年、更なる活躍を期待したいです。



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 F1、フィンランド・フィーバーの予感
2005年11月14日(月)

 これからのF1は、フィンランド人旋風が吹き荒れそうな予感です。

 歴代F1ドライバーの中で、フィンランド人ドライバーは7人。1974年にフィンランド人初のF1ドライバーとして登場したレオ・キヌーネンは、プライベート・サーティースで出走しますが、1回の完走と5回の予選落ちに終わります。彼はF1において、オープンフェイスのヘルメットを最後に着用してレースに臨んだドライバーとして知られています。
 続いて3年後の1977年に登場したミッコ・コザロウィツキーもRAM・フォードでデビューを果たしますが、スウェーデングランプリとイギリスグランプリに参戦するも予選落ちに終わります。

 そして翌年の1978年にデビューしたのが、フィンランド人として3人目のF1ドライバー、ケケ・ロズベルグです。彼はデビューから数年はなかなか芽が出ず、中堅チームを渡り歩き、4年で通算8ポイントしか獲得することが出来ませんでした。
 しかし82年、アラン・ジョーンズの引退を受けて招かれたテストでウイリアムズのシートを手にし、初優勝からワールドチャンピオンまで一気に駆け上がります。この年のタイトル争いは熾烈を極め、ロズベルグはわずか1回の優勝でチャンピオンとなったことはよく知られていますね。その後のチームの不調期にも耐え、85年には最後までタイトル争いに加わった後マクラーレンに移籍。この年を最後にF1を引退します。F1における元祖「フライング・フィン」として有名です。

 その後1988年にJJ・レート、91年にミカ・ハッキネン、94年にミカ・サロがデビューし、一時期F1には3人のフィンランド人が顔を揃えていましたが、その中でケケ・ロズベルグがマネージャーを務めていたミカ・ハッキネンが、マクラーレン・メルセデスで98、99年と2年連続でタイトルを獲得し、2代目「フライング・フィン」としてミハエル・シューマッハとともに一時代を築きます。
 そのハッキネンが2001年シーズンを最後に事実上の引退を表明し、その年にザウバーからデビューしたキミ・ライコネンを彼の後任としてマクラーレンに呼び寄せます。ライコネンはデビュー3年目、マクラーレンでは2年目の03年マレーシアグランプリで念願の初優勝を果たし、その後04年、05年と最後までタイトル争いを演じてきました。しかも04年、05年ともにマシンに信頼性があれば、ライコネンがタイトルを獲得していた可能性も十分あり、近い将来チャンピオンになることは間違いないでしょう。

 フィンランド人ドライバーは、98年にハッキネンが初めてタイトルを獲得した年から現在まで、理想的な連続性を持っていると言えます。ハッキネンは98,99年と2年連続でタイトルを獲得した後、2000年もミハエル・シューマッハと最後までタイトル争いを繰り広げました。翌2001年はマシンの戦闘力と信頼性が劣り平凡な結果に終わりましたが、翌年から若いライコネンがマクラーレンのポジションをスムーズに継承し、ライコネンも安定した速さを見せており、これまでのところ順調にフィンランド人の活躍が続いています。

 これにより、F1市場では今、フィンランド人ドライバーに対する評価が、非常に高まってきていると言えます。ルノーの秘蔵っ子であるヘイキ・コヴァライネンが来シーズンにザウバーを買収したBMWに移籍すると言われていて、かのケケ・ロズベルグの息子であるニコ・ロズベルグはウィリアムズからのF1デビューが秒読み段階となっています。
 ヘイキ・コヴァライネンとニコ・ロズベルグがF1にデビューすれば、再びF1にはライコネンを含めた3人のフィンランド人が顔を揃えることとなり、ライコネンを筆頭に若いフィンランド人がF1を牽引していくことは間違いないでしょう。
 ライコネンのいるマクラーレンはすでにトップチーム、ニコ・ロズベルグが行くウィリアムズはここ数年低迷していますが、近い将来必ず復活するでしょう。そしてコヴァライネンが行くBMWも、ワークスチームとして生まれ変わることで飛躍的に進化する可能性を十分秘めています。

 では、なぜフィンランド人は評価が高いのでしょうか。もちろんハッキネンからライコネンへの活躍の流れもありますが、フィンランド人ドライバーはF1以外のモータースポーツでも、非常に活躍しているからです。その中ではWRC(世界ラリー選手権)で1995年から4年連続でチャンピオンとなったトミ・マキネンがもっとも有名ですが、同じWRCに86、87、91、93年にタイトルを獲得したユハ・カンクネンもいます。他にも、前述のJJ・レートは88年イギリスF3チャンピオンで、95年と今年のル・マン24時間耐久レースで優勝、ヘイキ・コヴァライネンはトップ・フォーミュラレースであるワールドシリーズ・バイ・ニッサン(現ワールドシリーズ・バイ・ルノー)の2004年チャンピオン、そしてニコ・ロズベルグは昨年までの国際F3000選手権が発展したGP2シリーズでタイトルを獲得しました。

 ミカ・サロはF1での優勝経験はありませんでしたが、イギリスF3時代にはミカ・ハッキネンと熾烈な争いを演じ、F1ではチームに恵まれなかったものの、99年にはイギリスグランプリでミハエル・シューマッハが負傷し、代役としてフェラーリのシートを得た後、ドイツグランプリではレース中盤にキャリア初の首位走行を果たし、チャンピオン争い中のアーバインにチームオーダーでその座を譲ったために初優勝の夢は消えてしまいますが、自己最高位の2位を得ます。その後、イタリアグランプリでも3位で表彰台を獲得し、その実力を発揮しました。また、満を持してトヨタがF1デビューを果たした2002年は、開幕戦のオーストラリアグランプリでいきなり6位入賞し、デビュー戦でトヨタに初ポイントをもたらす活躍を見せました。
 
 F1キャリアにおいて適切なタイミングで適切なシートを得ることがいかに重要かということは言うまでもありませんが、少なくとも、フィンランド人ドライバーの多くがトップドライバーとしての資質を備えていると言うことは間違いないでしょう。果たして次のフィンランド人チャンピオンの栄光は、誰に輝くのでしょうか。未来のF1も楽しみがいっぱいです。



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 ぽよぎの新アイテム
2005年11月13日(日)

 えー、トップページにいるハーボットのぽよぎ君ですが、今まではうちの真っ白なトップページにあつらえたかのようなフレームがあったので、ずっと白いフレームを使っていたのですが、実はフレームにはたくさん種類がありまして、今日久しぶりにハーボットのフレーム屋さんに行ってみたら、光るフレームを発見したので、それに替えてみました。都会の夜景が光り輝き、遠くにはクルマのヘッドライトも見えます。なかなかきれいですね。今後は定期的にフレームを替えていこうかなと思っています。

 さて、実はもう一つぽよぎに新しいアイテムを買ってあげました。それは発明家のハーボット「シューポン」が発明した「シューダイス」というアイテムです。


シューダイス

 このシューダイスは、アクセスカウンターの、僕が適当に決めたキリ番やゾロ目以外の「マイ番」をゲットすると使えるようになるふしぎなサイコロです。僕が決めた6つの「マイ番」が出ると、このサイコロを振ってお祝いができるというものらしいです。それぞれの目で、お祝いの仕方もちがうようです。ちなみに僕もどんな風になるのかまだ見たことがありません。

 で、今回は皆様に、現在設定されている、僕が適当に決めた「マイ番」を発表しますので、皆様ぜひ狙ってみて下さいね。そして、どんなことが起こったのかBarに報告して頂けるとありがたいです。僕もどうなるのか見てみたいので狙います。また、すべてのマイ番が終わったら、また新たなマイ番を設定しますので、ずっと継続していく予定です。

■シューダイスが振れるマイ番

 020176

 020411

 020659

 020998

 021006

 021275



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 小ネタ係長の休日出勤
2005年11月12日(土)

■現代社会に実在したらすごい人物

 シャーロック・ホームズ。

 彼の並はずれた洞察力とずば抜けた推理力をもってすれば、現代の迷宮入り事件の多くが次々と解明されていくに違いない。今回は、そんなイギリスの作家コナン・ドイルが生んだ20世紀最大の名探偵、シャーロック・ホームズの驚異のプロファイリングテクニックを、とくとご覧いただこう。



ホームズ(声:露口茂)「……現場に落ちていたタバコの吸い殻から推測するに、犯人は左利きで背丈は170cm前後、右足を少し引きずるような歩き方で、常に杖を持ち歩いている。普段は葉巻をたしなむ習慣があり、アルコールはほとんど摂取していないようだ。また視力が弱く、姿勢も悪く常に背中が曲がっている。性格は極めておおざっぱで、細かいことをいちいち気にしない。犯行当時は相当長い距離を歩いてきたらしく、犯行後は馬車を拾って現場を離れたようだ。彼の家はかなり裕福な家庭で……」










なぜ吸い殻だけでそこまで……


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 F1小林製薬
2005年11月11日(金)

ライコネン「うちのエンジン、速いんだけどすぐ壊れちゃうんだよね……」

そんなときはコレッ!

小林製薬の「コワレナオール」!
気温が高い時などに、エンジンにピタッと貼るだけ!
有効成分イルモニアが火照った部分に働きかけ、
エンジンを急速に冷却してくれます!

小林製薬の「コワレナオール」!





ミハエル「今年のマシンはタイヤがグリップしなくてまいったよ……」

そんなときはコレッ!

小林製薬の「グリッポン」!
レース中のピットイン時に、タイヤにサッと塗るだけ!
有効成分ブリジン酸がタイヤの奥まで浸透し、
ゴムの劣化を食い止めてくれます!

小林製薬の「グリッポン」!





琢磨「来年はバトンが残留して、僕のレギュラーシートが心配……」

そんなときはコレッ!

小林製薬の「アグリン」!
シーズンオフに身体にシュッとひと吹き!
有効成分スーパーアグリチンの働きで
フレッシュなレギュラーシートが得られます!

小林製薬の「アグリン」!





レッドブル「今年はそこそこいい成績だったけど、来年落ち込まないか不安……」

そんなときはコレッ!

小林製薬の「クルサドール」!
クルマのシートに乗せておくだけ!簡単でしょ?
有効成分デビドリチルが直接作用し
安定した成績が長時間継続します!

レッドブル「うん!ニオイもきつくない!」

小林製薬の「クルサドール」!



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 Mako、アガシモデルのラケット採用か
2005年11月10日(木)

 久々にテニスの話題を。

 実は最近何かと週末は忙しくて全然テニスに行けなかったのですが、テニスに参加する前にそろそろ新しいラケットに買い換えたいと思っている今日この頃です。だいたいラケットの寿命は3年ぐらいと言われていますが、僕が今使っているラケットは99年に買ったもので、当時4万円以上もしたので未だに使っています。しかし、ラケットも他のスポーツ用品同様日々進化していて、よりスピンがかかりやすかったり、より鋭いストロークが可能になったりと何かと優れたラケットが続々と登場しているようです。

 ラケットの機能の特長は様々ありますが、例えばグリップからラケットの先端までの間で、どこに重心があるかによってもストロークは変わってきます。どこに重心があるのが理想的なのかというのは一概には言えず、使う人のスタイルによってグリップ付近に重心があったり、中央に重心がったり、先端に重心があったりと様々です。 僕の場合、先端に重心があるタイプの方が、遠心力を利用して少しの力で振り切ることができるので向いているようです。
 また、ガットが張られているフレームの面積も様々で、一回り小さいものはストローク向けでスピンがかかりやすくなります。逆に一回り大きいタイプは主に前衛でのボレー向きで、僕は硬式のダブルスをやっているので、軟式のように前衛は前衛、後衛は後衛のままではなく、毎回前衛と後衛が入れ替わるので、ボレーでも使える一回り大きいタイプが僕には向いています。……というか、フレームの面積が広ければ広いほど当たる面積が広いと言うことですからねえ。

 さらに、ラケットのボールが当たった瞬間の衝撃吸収構造も、ラケットによって異なります。ボールが当たった瞬間に上下がしなって吸収するタイプや、左右がしなって吸収するタイプ、あるいは先端部分だけがしなって吸収するタイプなどこちらも様々で、これに関しては実際に色々試してみて、フィーリングが合うものを選ぶのがいいです。

 さて、いいラケットを買おうと思うと値段もそれなりにするのですが、うちの近所にある某スポーツショップでは、ニューモデルを3日間無料で一人3本まで貸してくれるという「ラケットレンタルサービス」があり、買う前に実戦で使用してみて、色々試してみて吟味することができます。さらにこのお店には練習場も完備されていて、まずはそこで試打をして、レンタルしたいラケットを吟味することもできるのです。

 今日はちょっと時間が空いたのでこのお店に行って、ニューモデルのラケットを5本ほどチョイスし、とりあえず練習場で試打してみました。5本試していた限りでは、男子プロテニスプレイヤーのアンドレ・アガシが使っているモデルが一番しっくりくるようです。

 今度の週末はアガシモデルなどを持っていって実戦で使ってみよう。

 もちろんレンタルだということは内緒にしておき、アガシモデルを自慢します。



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 ビンセント・ギャロの精子
2005年11月09日(水)

 「バッファロー66」や「ブラウン・バニー」の監督としても知られる個性派俳優のビンセント・ギャロが、なんと自らの精子を売りに出したそうです。ギャロのオフィシャルグッズを扱うオフィシャルサイト「Vincent Gallo Merchandise」では、人工授精用にギャロの精子を100万ドル(約1億2000万円)で販売。50万ドルを追加で支払えば、自然受精、つまりセックスもOKだといいます。

 また、購入者の写真をギャロが気に入ればディスカウントも可能で、ブロンドや青い瞳、ドイツ軍人の直系、ユダヤ人は5万ドル割引されるそうです。その他、商品説明では、アートからスポーツまで多岐にわたるギャロの多才ぶりや、健康状態や外見、性器のサイズまで解説しており、“遺伝子”の性能の高さをアピールしているらしいです。

 冗談のようなサイトですが、「生まれてくる子供にはギャロという姓名をつけないこと」などという条件も書かれているので、エキセントリックで知られるギャロのこと、本気で精子を売ろうとしているのではないかとみられています。

 ……ものすごい自信ですねえ。1億2000万円ですよ!しかもセックスしたいならさらに500万!日本プロ野球選手の年俸並みですな。ということは、過去にギャロとセックスをしたことがある女性は、1億2500万円のセックスをしたということですか。……いや、たぶんその時は避妊しているだろうから、500万円のセックスですか。いやはや、さすがはビンセント・ギャロ。恐れ入りました。

 興味のある方は
こちらまで。


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 F1、ニューウェイがレッドブルに移籍
2005年11月08日(火)

 F1マクラーレンチームのテクニカル・ディレクター、エイドリアン・ニューウェイが、なんとレッドブルに移籍することになりました!ニューウェイは昨年からレッドブルの前身であるジャガーチームへの移籍問題で騒がれましたが、チーム名や体制こそ変わりましたが、いよいよ現実のものとなりました。

 エイドリアン・ニューウェイは、F1ファンならお馴染みの、エアロダイナミックスの鬼才として高い評価を受けている人物。来年1月にマクラーレンとは契約満了となりますが、これまでヨットのアメリカズカップなどに関心がある素振りをしていました。マクラーレンとの前回の契約延長は7月から1月までというわずか6ヶ月のものでしたが、これは他チームの2006年用マシン開発の戦力にならないようにとのロン・デニス代表による深謀があったからだと言われています。

 レッドブルへの移籍ということは、すでに元マクラーレンのデビッド・クルサードが今シーズンからレッドブルにいますので、クルサードとはウィリアムズ、マクラーレン、そしてレッドブルと、3度目のコンビネーションということになりますね。

 エイドリアン・ニューウェイはイングランド中部のストラットフォード・アポン・エイヴォンで生まれ、1980年にサウサンプトン大学の航空工学で一級優等学位を取得しました。そして卒業後すぐに才能を開花させます。まずマーチ・チームで彼の最初のプロジェクトであったマーチGTPスポーツカーをデザイン、IMSAタイトルを2年連続で獲得します。

 その後1983年にマーチのインディカー・プロジェクトに異動し、1984年型の車両開発。またしても彼のデザインは高い競争力を示し、1984年のインディ500を含む7勝を記録しました。翌年もニューウェイの85CシャシーがCARTタイトルを獲得し、1986年にもタイトルを奪取するに至って、彼のずば抜けたデザイナーとしての名声は不動のものとなりました。
 自身のデザインした車両がCARTレースで常勝するようになったことから、ニューウェイはマーチを退職する道を選び、欧州へと戻ってF1のマーチに再雇用され、今度はF1においてチーフデザイナーとして働くことになりました。
 F1でもニューウェイには技術革新によって、1988年の彼の力作が日本グランプリにおいて、1周のみとは言え、自然給気エンジン搭載車ながら、ターボ車(マクラーレンのアラン・プロスト)を抜きトップを走るほどの快挙を見せました。

 1990年にウイリアムズの優れたテクニカルディレクターであったパトリック・ヘッドがニューウェイとの契約を成立させ、莫大な予算と優れたドライバー、開発資源が自由に使えるようになり、ニューウェイとヘッドは1990年代初期において支配的なデザインパートナーとなります。1991年シーズン中盤には、ニューウェイのFW14が前年のチャンピオンであるマクラーレンと完全に肩を並べるまでになりましたが、シーズン序盤での信頼性に関わる問題とアイルトン・セナの才能に阻まれて、ナイジェル・マンセルがタイトルを奪取することはかないませんでした。
 しかし翌1992年にウィリアムズはF1を席巻、マンセルはドライバーズチャンピオンを獲得し、ニューウェイも初のコンストラクターズタイトルを手にしました。翌1993年にはFW15を駆るアラン・プロストによって2度目のタイトルを得ます。

 その後彼は1997年からマクラーレンに加入し、1998年型の車両に精力を集中します。シーズンオフに入り4ヶ月の後に、マクラーレンはグランプリ最強のマシンとなっていました。ミカ・ハッキネンが1998年と1999年にドライバーズ・タイトルを獲得、マクラーレンも1998年のコンストラクターズ・タイトルを獲得し、2000年にもハッキネンが最後までのフェラーリのミハエル・シューマッハとドライバーズタイトルを争いました。

 2000年から2004までは5年連続でミハエル・シューマッハ(フェラーリ)が王座に君臨し、今シーズンはフェルナンド・アロンソがチャンピオンに輝きましたが、少なくとも2000年、2004年、そして今シーズンに関して言えば、マシンに信頼性さえあればニューウェイのマシンはタイトル獲得も夢ではなかったでしょう。特に今シーズンは、タイトルこそアロンソとルノーに奪われましたが、マシンの速さは明らかにマクラーレンが勝っていたことは言うまでもありません。

 このように、エイドリアン・ニューウェイは「タイトル請負人」と言われ、F1界ではミハエル・シューマッハをドライバーに迎えるよりも、ニューウェイと契約した方が勝利への近道だと言われてきました。そのニューウェイが、いよいよ9年も在籍したマクラーレンから離れ、新たなチームとタッグを組むことになったのです。
 しかもそのチームは昨年ジャガーを買収し実質2年目の若いチームであるレッドブル。レッドブルは今シーズンはデビューイヤーでありながら、ベテランのデビッド・クルサードの働きもあってコンスタンスに入賞を果たす安定した強さを見せました。ニューウェイの加入によって、彼が初めて手がけることになる来シーズン中盤以降の改良型、そして完全にニューウェイ作となる2007年型マシンが大きく飛躍することはまず間違いないでしょう。

 2007年以降は、レッドブルが大化けするかもしれませんよ!



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 本田美奈子.さん死去
2005年11月07日(月)

 朝、いつものように「Yahooニュース」を立ち上げると、トピックスの欄の「本田美奈子.さん」という文字に目が行き、「お!いよいよ舞台復帰か?」などと思いながらよく見ると、その先には「死去」という文字が……。
 驚きました。92年にミュージカル「ミス・サイゴン」に出演したのを契機に、近年は舞台で活躍していたのですが、白血病のため今年1月に入院し、その後は入退院を繰り返しながら闘病生活を送っていましたが、ニュースなどを見ていたら、臍帯血手術などを行い、順調に回復して舞台復帰に向けての準備が進められているような様子だったのに、6日午前4時38分、急性骨髄性白血病でこの世を去ってしまいました。まだ38歳、これからの活躍が期待されていたのに、あまりにも突然のことでしたね。

 本田美奈子.さんは1985年に「殺意のバカンス」でデビューし、同年の「Temptation」で日本レコード大賞新人賞を受賞しました。「One way Generation」「孤独なハリケーン」「1986年のマリリン」などがヒット。パンチ力のある歌唱とセクシーな衣装が話題となり、「和製マドンナ」と呼ばれました。
 92年にミュージカル「ミス・サイゴン」の主役の座を射止め、以後、「レ・ミゼラブル」など数々のミュージカルに出演し高い評価を得ていました。

 彼女は人なつこい笑顔の裏側で努力の人だったそうです。「1986年のマリリン」のセクシーなダンスやファッションが当時話題を集めましたが、衣装や振り付けは彼女のアイデアだったそうです。他人の前では絶対に見せない努力のたまものですね。テレビサイズのアイドルから飛び出し、女性ロックバンド活動に挑んだり、ミュージカル女優に転身したのも、アーティストとしての進化の表れだったのでしょう。1万3000人以上のオーディションを経て主役に抜てきされた「ミス・サイゴン」では舞台セットに挟まれ、足の指の骨4本を折り、7針を縫う大ケガにもかかわらず舞台を務め上げたそうです。

 本田美奈子.さんの命を奪った急性骨髄性白血病は、骨髄でつくっている芽球という、さまざまな血液細胞(白血球、赤血球、血小板)になる大もとの細胞ががん化する病気で、正常な血液細胞がつくられなくなり、白血病細胞が血液や骨髄のなかで増殖するそうです。主な症状に感染症(口内炎、肺炎)、原因不明の発熱、呼吸困難、多臓器不全など。日本での発症頻度は10万人あたり約6人。骨髄移植は患者と提供者の白血球の型が一致する確率が低いですが、赤ちゃんのへその緒などの血液である臍帯血を移植した場合はその確率が高くなるそうです。こうしたことなどから、日本でも急速に広がっています。89年に俳優の渡辺謙、00年にタレントの吉井怜が発症しましたが、どちらも闘病生活を乗り越え、見事に復帰しています。

 彼女の死に際して、誰かが「天使が天国に帰っていったのだ」と表現していましたが、まさにその通りだと思いました。天国から僕たちに、美しい歌声を聞かせて欲しいですね。



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 Makoの洋食屋
2005年11月06日(日)

 今日は洋食屋のような夕飯を作ってみました。献立は、ほうれん草とベーコンのガーリックパスタ、ガーリックチキン、茹で野菜、そしてコンソメスープです。2人前で用意するものは次の通り。

 ・パスタ(7分)…………2人分
 ・ほうれん草………………3房
 ・ベーコン…………………100g
 ・鶏肉………………………200g
 ・ニンジン…………………半分
 ・ジャガイモ………………半分
 ・タマネギ…………………1個
 ・ニンニク…………………2片
 ・ローズマリーの葉………大さじ2杯分
 ・とろけるチーズ…………2枚
 ・コンソメの素(固形)…2個
 ・塩…………………………適量
 ・コショウ…………………適量
 ・オリーブオイル…………適量
 ・バジルの葉………………適量
 ・冷凍茹で野菜……………2人分(冷凍食品かよ!)

 今回のテーマは、如何にすべての料理を温かい状態で食卓に配膳し、なおかつ能率よく作業をこなしていくかという点です。そのため今回は、作業をおこなった順序も忠実に再現しながらお送りしましょう。ちなみにうちのコンロは2つ火にかけられます。(普通はそうですよね)

 まずは水洗いしたほうれん草を切らずに器に入れ、ラップをしてレンジの「葉野菜の下ごしらえ」にかけます。その後お椀2杯分のお湯を沸騰させ、そこに切ったタマネギとコンソメの素を2つ入れ、さらに十分味見をして味の濃さに気をつけながら塩・コショウで味を調整してコンソメスープを作ります。コンソメスープはタマネギが柔らかくなったらとりあえずコンロから外し、蓋をして鍋ごとどこかに置いておきます。

 次にベーコンを細かく切り、さらにレンジにかけてあったほうれん草も付け根の部分だけ切り捨て、あとは3センチぐらいずつに切っておきます。その後ニンニクを2片みじん切りにし、そのうちの半分をフライパンでオリーブオイルで炒めます。すぐさまベーコンとほうれん草もフライパンに加えて炒めます。このとき塩コショウを振りかけて味付けするのですが、こちらもほうれん草をつまんで慎重に味見をしながら味付けをし、「ちょっと味が薄いかな?」ぐらいのところで止めておきます。ベーコンとほうれん草に火が通ったら別のお皿に移しておきます。

 その後皮を剥いたニンジン半分と、皮を剥かないジャガイモ半分を一口サイズに切り、これらを器に入れ、ラップをしてレンジの「根野菜の下ごしらえ」にかけます。

 ここでパスタを茹で始めます。予め沸騰させておいたお湯にパスタを入れ、塩を多めに加え、キッチンタイマーで7分を計り始めます。
 その間に今度はガーリックチキンを作ります。まずは鶏肉を一口サイズより一回り大きめに切ります。次にフライパンにオリーブオイルをやや多めに入れ、さらに先程残しておいたニンニクの残り半分とローズマリーの葉を入れ、そこへ鶏肉、そしてレンジにかけてあったニンジン、ジャガイモを入れて炒めます。このときも塩・コショウで味付けをするのですが、やはり「ちょっと味が薄いかな?」ぐらいのところで止めておきます。鶏肉、ニンジン、ジャガイモに十分火が通ったらお皿に移します。このとき鶏肉、ガーリック、ローズマリーはもちろん、オリーブオイルもすべてお皿に入れます。このガーリックチキンはこれで完成ですが、かなり熱い状態なので先に配膳しておきます。

 今度はパスタの世話をします。7分で茹であがるパスタを使用していますが、タイマーが7分に近づいたら箸でパスタを1本つまんで堅さを確かめ、好みの硬さになるまで茹でます。パスタが茹であがったらすぐさま火を止めお湯をこぼし、オリーブオイルで和えておきます。

 続いてフライパンにパスタを移し、さらに先程調理しておいたベーコンとほうれん草を加えて軽く火を通しながら和えていきます。パスタ、ベーコン、ほうれん草がほどよく混ざったら、パスタ皿に盛りつけてパスタは完成!

 さて、最後はコンソメスープです。時間的にコンソメスープはそれほど冷めていないとは思いますが、念のためもう一度最後に火をかけ熱くします。その後、お椀にとろけるスライスチーズを1枚ずつ入れ、そこへアツアツのコンソメスープをかけるように入れ、最後にバジルの葉を振りかけて完成!

 冷凍食品の茹で野菜は、時間の空いたときにレンジにかけて用意し完成!(おい)

 ……茹で野菜に関しては冷凍食品で手を抜きましたが、まあそこは妥協と言うことで、とりあえずメイン料理が脂っこいものばかりなので、もう一品野菜系を加えるという意味合いで「凝るところは凝る、手を抜くところは手を抜く」ということでいいんじゃないかと自分に言い聞かせてます。

 で、ベーコンとほうれん草、それにガーリックチキンの味付けを「ちょっと味が薄いかな?」ぐらいで止めておいたのは、僕のこれまでの経験上、味見の時点では薄く感じても、食べてみると結構しっかり味が付いていることが多いからです。それに、実際に食べる時にも味が薄いようなら、塩を少し加えることで調節できますからね。しかし、食べる時に味を足すことはできても、味を引くことはできませんからねえ。味が濃すぎて塩辛くなってしまうよりは、薄味にしておいた方が失敗しないということですな。

 で、味の方は……自分で言うのも何ですが、なかなか美味しかったですぞ!



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 電子レンジでジャガバター
2005年11月05日(土)

 僕は神社などでやっているお祭りや夏の花火大会に行くのが大好きで、行くと必ずと言っていいほどフランクフルトとジャガバターを買って食べます。やはり夜店と言えばフランクフルト、ジャガバターは定番ですよね。

 で、なぜすっかり寒くなった11月という季節はずれな時期にこんなことを書くのかというと、実は今日は夕飯を食べないまま仕事をしていて、夜10時過ぎに帰宅したんです。しかし、今から何か料理を作るにも食材はお米とジャガイモぐらいしかなく、今から買いに行くのも面倒だということで、電子レンジを使ってジャガバターを作ろうと思い立ったのです。

 僕の自宅に電子レンジが入ったのは4年ほど前で、実家に電子レンジが導入されたのはわずか1年前なので、まだ電子レンジ歴は浅く、ほとんど「温め」や「解凍」でしか使ったことがないのですが、最近色々と電子レンジのかしこい使い方(というか通常機能なのですが)を覚えたので、今日は「根野菜の下ごしらえ」というモードを使います。

 用意するものはジャガイモ、キッチンペーパー、ラップ、そしてジャガイモを入れる器です。まずジャガイモを洗って表面の土をよく落とし、皮を剥かずに丸のまま水で濡らしたキッチンペーパーで巻きます。そのままそれを器に入れ、ラップをします。このときつまようじなどでラップに数ヶ所穴を開けておきます。その後レンジに入れ、だいたいどのレンジにもある「根野菜の下ごしらえ」というモードにし、あとは待つだけ。
 レンジが止まったら、器がとても熱い状態になっているので鍋つかみなどを使って器をレンジから取り出します。ここでまずはラップを剥がし、ジャガイモを覆っているキッチンペーパーを少しだけめくり、つまようじを刺して柔らかさを確かめます。まだ硬いようならもう一度ラップをしてさらに1分程度レンジにかけます。

 ジャガイモが十分柔らかくなっていたら、ラップとキッチンペーパーを外し、ジャガイモのど真ん中にお箸などでブッスリと差し、ジャガイモを割ります。そこに塩を適当に振りかけ、バターをたっぷり乗せれば出来上がり!

 「根野菜の下ごしらえ」って便利な機能ですよねえ〜!例えばカレーやシチュー、おでんなどの煮物を作る時などでも、ジャガイモ、ニンジン、大根などの根野菜はこのモードで下ごしらえして、その間に別のものを調理しておけば、煮込む時にすでに茹であがった状態になっているので時間の短縮になりますよね。

 同様にほうれん草などの葉野菜も「葉野菜の下ごしらえ」を使えば簡単にお浸しができてしまいますね。僕の大好きなブロッコリーは、先に硬い茎の部分をかけておき、途中から上の部分を入れることで柔らかさのバランスが保てるのだとか。

 ……今頃電子レンジの便利さに感動しています。



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 スティーヴ・マックィーン、死の真相
2005年11月04日(金)

 「荒野の七人」「大脱走」「栄光のル・マン」「タワーリング・インフェルノ」などで知られる名優スティーヴ・マックィーン、彼が1980年に50歳という若さでこの世を去ってから、早くも15年が経ちました。
 皆さんは、今日放送された「報道ステーション」のスティーヴ・マックィーン特集、ご覧になりましたか?僕は今日の特集を観て驚いてしまいました。日本では、スティーヴ・マックィーンの死因は肺ガンであるとされてきましたが、実は彼の命を奪ったのは、アスベスト吸引による中皮腫だったのです!

 スティーヴ・マックィーンは1930年、アメリカ・モータースポーツの聖地として知られるインディアナ州インディアナポリスに生まれました。飛行機の曲乗り師だった父は彼が生後6カ月で蒸発してしまい、マックィーンは母方の伯父のもと、ミズーリの牧場で育ちます。
 9歳、12歳の時にと母が二度再婚し、ロサンゼルスに移りますが、不良グループと付き合うようになり、14歳でカリフォルニアの少年院に収容され1年半を送ります。
 出所後は職を転々とし、兵役後もそんな状態がしばらく続きましたが、女友達の勧めで51年からネイバーフット・プレイハウスにて演技を学びます。更にHGスタジオやアクターズ・スタジオでも演劇を学び、舞台を経ての56年、「傷だらけの栄光」で映画デビューを飾ります。
 以後、CBSテレビの「拳銃無宿」で人気スターとなり、以後はアクション・スターとして数々の作品に出演。カー・レーサーとしても有名で、ブルース・リーやチャック・ノリスの門下生でもありました。日本には裁判に出廷するためだけに来日したこともあります。

 スティーヴ・マックィーンは黒澤明監督の「七人の侍」のリメイク、「荒野の七人」(1960)で一躍世界的スタートなり、日本でも有名になりました。その後1963年の「大脱走」、モータースポーツファンにとっては知る人も多い1971年の「栄光のル・マン」、さらにはパニック映画の金字塔と言われる1974年の「タワーリング・インフェルノ」など多くの名作に出演し、そのストイックで体当たりのアクションが人気を博しました。

 世界三大レースのひとつであるル・マン24時間耐久レースを舞台とした「栄光のル・マン」は、国際A級ライセンスを持ち、カー・レーサーでもあったマックィーンが、実際のレースにカメラを持ち込んで製作したセミ・ドキュメンタリー・タッチで完成させた大作であると言うことは有名な話ですね。
 この映画はマックィーン自らのプロデュースで、彼の率いるソーラー・プロが製作。70mmの大画面を使いきった見事な画面レイアウト、息を飲むような絶妙なタイミングのカット割りによって、耐久レースに挑むレーサー、メカニック、それを冷静に見つめる女たちが鮮烈に描かれていきます。どしゃ降りの雨の中にかすむポルシェのシルエット、爆発寸前のマシンから脱出する時の焦燥感等、過酷なレースの息づかいが実に鮮やかに描かれています。また、レース・シーンのみならず、影のある孤高の主人公を渋く演じたマックィーン始め、レーサーに扮した俳優たちの存在感が圧倒的に光っています。ラスト・シーンは映画史上に残る名場面と言われています。

 そのスティーヴ・マックィーンが、主演映画「ハンター」が製作された年に肺ガンによってこの世を去ったというニュースは、世界中に衝撃を与えました。まだ多くの国で中皮腫という病気が認知されておらず、これまでマックィーンを命を奪ったのは肺ガンであると信じられてきました。
 ところが、実際はアスベスト吸引による中皮腫が原因で、マックィーンはまだこれからというわずか50歳という若さでこの世を去ってしまったのです。

 「報道ステーション」では、スティーブ・マックィーンの最後の妻で彼の最期を看取ったニール・アダムスが出演していて、マックィーンの発病から闘病生活、そして死に至るまでの過程を語っていました。それによると、マックィーンは身体の不調を訴えて医師の診断を受けた時点で、すでに医師から「アスベスト吸引による中皮腫」であると告知されていたのだと言います。
 その後も彼は映画を撮り続けながら、病気と闘い、そして病気に打ち勝つために懸命の努力をしました。ところが、病気が徐々に進行するにつれ、アメリカ国内では危険を冒してまで手術をしてくれる病院がなくなり、マックィーンは映画「ハンター」を撮り終えた後、メキシコのファレスという小さな町の私立病院でようやく手術をしてくれる医者を見つけたのでした。
 しかし、その手術の甲斐もなく、手術の数時間後に彼の容態は急変し、1980年11月7日、スティーブ・マックィーンは帰らぬ人となってしまいました。

 では、スティーブ・マックィーンはどこでアスベストを吸飲してしまったのでしょうか。マックィーンは自分の病気を恨むことはなく、なぜ自分がこうなってしまったのか、どこでアスベストを吸ってしまったのか、その原因を探りました。
 マックィーン自身、2つの思い当たるものがありました。ひとつは17歳の時、兵役で軍艦に搭乗した際に、船の内側に断熱材として覆われていたアスベストを、清掃作業などで吸引していたというもの。船舶関係者にアスベスト被害者が多いのは、日本もアメリカも同じのようです。
 そしてもう一つは、スティーブ・マックィーンが大好きだったカーレースが関係しています。レース用のマスクやユニフォームには、耐火用としてアスベストが相当使われていたというのです。もしかしたらマックィーンは、あの「栄光のル・マン」のさなかにも、アスベストを吸引してしまっていたのかもしれませんね。

 スティーブ・マックィーンは、最後まで病気に打ち勝とうとしていました。遺作となってしまった「ハンター」ではすでに病気はかなり進行していましたが、それでもスタントマンを使わず、疾走するシカゴの地下鉄高架線のパンタグラフにぶら下がったり、トラクターとトランザムのチェイスを披露したりと壮絶なアクションシーンを体当たりで演じ、その反面、役柄である“賞金稼ぎ”という仕事では厳しいが、一旦家に帰ると人間臭い、いわゆるスーパーマン的ではないヒーロー像を人間味溢れる魅力で好演しています。

 「報道ステーション」では、死の5日前に録音された病床のスティーブ・マックィーンの肉声が公開されました。その中で彼は友人に「私は決して諦めない。必ずこの病気に打ち勝ってみせる」と力強く語っていました。スティーブ・マックィーンはクリント・イーストウッドと同い年。生きていれば、きっと俳優として、監督として、僕たちにより多くの名作を魅せてくれたことでしょう。



スティーヴ・マックィーン



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 「それマコ」掲示板連載再開は「F1小学校」
2005年11月03日(木)

 先月17日付のVoiceでも書きましたが、2000年から2001年にかけてMaxiさんのサイト(現在休止中)の掲示板で連載させていただいていた長編F1パロディ「それゆけ!マコ・ハッキネン」ですが、先月11日に当サイトで公開した集約版第8集でその連載分をすべてまとめることができましたので、来月をめどに掲示板での連載を再開する予定です。

 さて、その連載場所ですが、BarM−NESTで連載するのではなく、別のサイトの掲示板で連載します。そのサイトは、ヒデボーさんが運営する「F1小学校」です。もちろん以前ヒデボーさんともお話し、すでに許可をいただいています。
 「F1小学校」と当サイトは他の相互リンクさせていただいているサイト同様長いお付き合いがありますが、「それマコ」を「F1小学校」で連載させていただくことで、よりお互いが発展し、サイト間交流の架け橋になればと考えております。

 というわけで皆さん、連載が再開したら、是非「F1小学校」に足を運び、感想などを書き込んでいただけると嬉しいです。「F1小学校」は、僕にとってはヒデボーさんとともに数々のF1パロディを生み出したかけがえのない場所なので、是非皆さんのお力で、「F1小学校」を盛り上げていただきたいと思います。



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 月間エンピツランキングまたも上昇!
2005年11月02日(水)

 先月初めのVoiceで紹介しました通り、9月の月間エンピツランキングで106票獲得して269位となり最高位記録を更新しましたが、先月の月間エンピツランキングでは、さらに票を112票まで伸ばし、順位も242位(3165件中)まで上昇しました。もちろん得票数、月間順位ともに記録更新です!これもひとえに皆様の清き一票のおかげです。ありがとうございました。ちなみに先月もっとも多くの票を獲得した記事は「F1、2006年の新ルール」でした。

 ちなみにランキング2位から10位までの日記は、順位の入れ替わりはあるもののだいたい同じ面子で、その得票数は4000票から18000票の間で推移しています。しかし、ランキング首位の日記は毎回変わらず39417票と、2位に21000票以上もの大差を付けています。どうやら日記のあるホームページを拝見するに、私設のKinki・Kidsファンサイトのようですな。

 うーむ、やはりアイドルパワーは凄まじい……。



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 やってくれたぜ!スーパーアグリ!
2005年11月01日(火)

 F1界でかねてから噂されていた、来シーズンからF1に新規参戦するという、ホンダエンジンを搭載し、佐藤琢磨にオファーを出している、いわゆる「11番目のチーム」に関する発表が、遂に今日なされました!

 今日の午後3時から、元F1ドライバーの鈴木亜久里が東京・青山一丁目のホンダ本社で記者会見を実施し、来シーズンからコンストラクターとしてF1に挑戦することを正式発表しました。新チームは「SUPER AGURI FORMULA 1」と命名され、鈴木亜久里が代表に就き、総勢100名のスタッフで構成される模様です。チームのエントリー国は日本(東京)におかれ、ファクトリーはイギリス・リーフィールドにある旧・アロウズの施設を活用することになるようです。ただし、噂されていた施設のオーナー、ジョン・メナード氏が関わることはなく、完全に施設を売却したとのことでした。

 またマシン名称は「AGURI」に決まっており、パワフルなホンダV8を搭載します。現在はマシン開発を急いでおり、正式なチーム発表は来年1月末〜2月になる予定です。なお、タイヤは現段階では「未定」としており、これからブリヂストンと供給交渉を開始することになるようです。さらにドライバーに関しても現段階ではすべて未定。ただし、鈴木亜久里代表はドライバー選定について「もちろん佐藤琢磨君とも交渉をしているし、ほかのドライバーとも話し合いをしている」とコメントし、琢磨起用に積極的であることを明らかにしています。

■チーム名称:SUPER AGURI Formula 1
■エンジン:ホンダ(V8)
■エントリー国:日本・東京
■ファクトリー:イギリス・リーフィールド(旧アロウズ施設)
■ドライバー:未定(佐藤琢磨と交渉中)

 さてさて、やってくれましたね亜久里さん!今シーズンの第17戦中国グランプリ直前にその存在が明らかになってから、詳細はこれまでまったく謎のベールに包まれており、またマシン開発が来シーズンの開幕までに間に合わないのではないかとも言われていた「11番目のチーム」、やはりかねてからの噂通り、亜久里さんが来ましたか!これで佐藤琢磨の来季レギュラー続投はほぼ確定的とみられ、引き続き琢磨はホンダ戦士として戦うこととなるわけですから、もう亜久里様様ですな!

 いやいや、このニュースは単に「鈴木亜久里がF1チームを率いる」「佐藤琢磨の現役続行は安泰」という意味合い以上に、長いスパンで考えてみると、日本におけるF1にとっては、非常に大きな一歩になりまずぞ!

 だって考えてもみて下さい!鈴木亜久里が第一期ホンダ時代の本田宗一郎に次いで、日本人として2人目のF1チームの監督に就任したということですよ。それはどういうことかというと、チームが今後長期的にF1に参戦し続け、鈴木亜久里自身も監督の座に留まっていれば、鈴木亜久里はマクラーレンのロン・デニス、フェラーリのジャン・トッド、ウィリアムズのフランク・ウィリアムズ、あるいはルノーのフラビオ・ブリアトーレといった名物チーム監督らと並んで、「F1グランプリの新しい顔」となるわけですからねえ!
 しかもチーム名は「スーパーアグリ」!自分で命名して恥ずかしくはないのだろうかと思ったりもしますが、いずれにせよF1の歴史に、新たに「スーパーアグリ」というコンストラクター名が書き加えられると言うことなんですよね!

 鈴木亜久里率いる新チームは、一応ワークスチームというよりはプライベートチームという印象が強いですが、何と言っても世界一の自動車メーカーであるホンダの全面的サポートを受け、メインスポンサーにはIT企業の国内最大手のソフトバンクの名前が挙がっているため、近年プライベートとしてF1に参戦しては消えていったスチュワートやプロストよりは長生きするのではないかと思っています。

 さて、これまでのF1では、なかなか日本人ドライバーが良い結果を残せずに消えていきましたが、今回鈴木亜久里がチームを率いると言うことで日本人ドライバーの起用も積極的におこなっていくものとみられ、日本人ドライバーのF1の窓口は、かなり広くなったと言えるでしょう。何と言っても日本人ドライバーの活躍を願っている鈴木亜久里ですから、今後はより多くの日本人ドライバーがF1に登場してくるのではないでしょうか。

 で、気になるドライバーなんですが、現在のところ最有力の佐藤琢磨の他に、日本グランプリでジョーダンを初ドライブして好タイムを叩きだした山本左近、そして鈴木亜久里がIRLのチーム「スーパーアグリ・フェルナンデス」で起用しており、BAR・ホンダでのテストドライバー経験も持つ松浦孝亮の3人、加えて今シーズンBAR・ホンダのテストドライバーだったアンソニー・デビッドソンなどが候補に挙がっているとみられます。

 亜久里さんは「日本人2人というラインナップも考えられる」と言っていましたが、僕的にはチームも日本、エンジンも日本、タイヤも日本、監督も日本で、ドライバーまで2人とも日本人となると、あまりにも日本色が強すぎてしまうので、ドライバーラインナップは佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンの2人がいいのではないかと思います。
 というか、個人的に来シーズンは、アンソニー・デビッドソンもレギュラーシートに座らせてあげたいんですよねえ。デビッドソンは2年間BARのテストドライバーとしてよくやってきましたし、琢磨もテストドライバーを経てようやくBARでのレギュラーシートを手に入れたわけですからねえ。

 いずれにしても来年のF1は、非常に面白くなりそうです!



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