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神は自粛をするか (6-10)
月の見えない日 剣八とやちる 051024 子供の頃よく歌った唄 勇音と荻堂 051025 蝉を食らう蟻 やちると弓親 051027 思い出と変わらない場所 恋次 051028 まな板の上 ルキア 051031 信じることで傷つくなら 二番隊 051101 両の目が焼けた 東仙と狛村 051104 そして僕らは日常へ帰る 十番隊 051107 欲望羨望誘惑嫉妬 檜佐木と吉良 051110 神は自粛をするか ギン 051114 NEW
配布元 キョウダイ
信じることで傷つくなら
「雛森は目覚めたのか」 執務室に戻ってきた大前田に、砕蜂は振り返りもせずに窓の外を見ながら訊いた。大前田は一言、いえ、と否定の言葉を口にする。砕蜂は頷いた。 「日番谷隊長が時折見舞いに来るそうなんで、花だけ届けてもらうようにしましたよ……誰かいると、日番谷隊長も来づらいでしょうしね」 「そうか。それでいい」 砕蜂は頷くと、振り返って自分の机に向かう。そして大きな椅子に腰掛けると、体を背もたれに預けた。 午後の光は柔らかく、間接的に室内を照らす。どこかぼんやりとした輪郭のぼやけた室内は、どことなく眠気を誘う。このような夢を見ているのだろうか、と砕蜂は雛森のことを考えた。 「雛森は……傷はもう心配いらぬのだったな」 砕蜂の問いかけに、すでに机に向かって作業を始めていた大前田は顔を上げた。 「そうっすよ。ただ目覚めねえだけで」 「精神的なものなのか」 「じゃないっすかね」 だから香りの良い花を贈っておきましたけどね、と大前田は付け足す。砕蜂は口元を微かに緩めた。花の効果は大きいことを砕蜂は経験で知っている。 「夢くらい、良いものであればよいな」 「まあ、現実がこんなんですからね……起きたらもっと傷つくことになるでしょうしね」 「傷つくことを恐れて、人間不信にならねば良いがな」 かつての自分を思い、雛森の快活な笑顔を脳裏に浮かべて砕蜂が淡々と言う。大前田は鼻で笑い、平気じゃないすか、と言った。 「ちょいと傷があるくらいじゃねえと、いい女にはなれないんすから」 「ふん」 砕蜂も軽く笑う。そして知ったような口を、と笑みを浮かべたまま言った。
両の目が焼けた
空に輝く太陽のように、正義は高い遠いところに、しかし遍く輝いているのだろう。 その強い光に私の目は焼けてしまったに違いない。 なぜならば、この眼に映るものはその光しかないのだから。
「東仙」 天空に輝く太陽から眼を戻し、狛村は穏やかに笑みを含んだ声で尋ねた。 「ならば貴公の眼には、その光に照らされて、進むべき道がはっきりと見えているのだな」 「そうだよ、狛村」 東仙はその見えない眼を友人に向ける。その口元には微笑が浮かび、紡がれる言葉は柔らかく響く。 「私は、闇も光も判らなかった。最初からそれを持ってはいなかったからね。ただある日、自分の見えているものを理解したんだよ。友を失ったときに」 目の前に静かに佇む墓碑を眺め、狛村はただ頷く。気配だけでそれを察知する東仙もまた頷いた。草原を駆けてきた風が緑の匂いを巻き上げて二人の間を抜けていく。東仙の髪がなびいて揺れた。 「もう決めている。私は友が歩んでいた道を進むよ」 「その道に並んで儂の道があることを願っている」 狛村の言葉に、東仙はただ、ただひっそりと微笑みを浮かべた。
そして僕らは日常へ帰る
日番谷は筆を置くと、机に頬杖をついて副官の背を眺めた。 乱菊は珍しく真面目に机に向かい、山のように積み上げられた書類を処理している。まるであのような出来事など嘘だというような見慣れた背中だ。 先日、旅禍が現世へと帰った。朽木ルキアの処遇も決定したし、旅禍に関わり協力した人間については不問に付された。吉良についても、厳しく取り調べられたもののある種冷酷な判断がなされ、憐れみの視線を向けられながら彼は三番隊副隊長として働いている。 あれほどのことがありながらも、時間は確実に日々を押し流して自分達を日常へと帰らせている。 そんなこと、理解していただろうにと日番谷は自分に呆れる。理解していたはずなのに、日番谷は驚きを持ってその日常を迎え入れた。けれど、その理由も日番谷には判っていた。これまでの日常にいた人の幾人かは空へ消え、そして一人は深い眠りに沈んだまま。これでどうして日常と思えよう。それでも、この違和感すらも日常へと溶けていくのか。 「松本」 ふいに日番谷が声をかけると、乱菊はびくりと背筋を伸ばし、そしてばつが悪そうな顔をして振り返る。最近ようやく「うおぉう」という雄々しい驚きの声を上げなくなった。それくらいには彼女も、この日常とやらに慣れてきたのだろうか、と日番谷は頭の片隅で思う。少なくとも、物思いに沈んでいても誰かの呼びかけに反応できるくらいには。 「何でしょうか」 乱菊は完璧な笑顔で日番谷に首を傾げる。その完璧さに日番谷は眉を寄せるが、それについては何も言わない。 「休憩にしようぜ。眼が疲れた」 日番谷はただそう言って、頬杖をついたまま片手をひらひらとさせる。乱菊は嬉しげに、そうですね、お茶をいれてきますと言って給湯室へ出ていく。何も語ろうとはしないその背を眺めて、日番谷は溜息をついた。これすらも日常となるのだろうかと思いながら。
欲望羨望誘惑嫉妬
薄暗い三番隊執務室に入ると、吉良が一人で佇んでいた。 手には書類の束があり、それを机の上で揃えようとしたのだろう、両手で端を持ったまま、吉良は気の抜けた表情で机の前に立っている。 「吉良、もう暗いぞ。明かりくらい点けろ」 檜佐木は皺の寄った眉間を急いで緩め、軽い声で吉良を呼ぶ。びくりと体を揺らして吉良は振り返った。 「先輩……」 「大前田さんが飯奢ってくれるってよ。しかもすげえ珍しい酒つきだとさ。もう今日の仕事は終わってるんだろ。行こうぜ」 吉良は眉尻を下げて、歪んだ顔で笑った。薄暗い中でもその歪みは明らかに見えて、檜佐木は内心溜息をつく。 「すみません……でもほら、僕、この間松本さんと先輩に迷惑かけてしまいましたし、遠慮しておきます」 「何言ってんだよ。俺も乱菊さんも気にしてねぇし、大前田さんならお前を軽々運べるから気にすんな。脱ごうが寝ようが問題ねぇよ」 「でも……」 「ああもう、いいんだよ」 檜佐木は乱暴な足取りで室内に入り、吉良の前に立つとその頭を滅茶苦茶になで回す。慌てたように吉良が檜佐木の手を止めようとするが、檜佐木は両手で吉良の頭を掴むと少し背を屈めて視線を合わせた。 「お前は良くやってる。隊長がいなくなった辛さなら俺も良く知ってる。知ってるから言える。いいか、お前は良くやってるんだ。他でもない俺が言うんだぞてめぇ」 檜佐木の手の中の顔が更に歪み、それを誤魔化すように笑みを浮かべた。吉良の体から力が抜ける。床にへたりこんだ吉良にあわせ、檜佐木もその前に屈み込んだ。 「僕……市丸隊長が消えてから、すっきりしたんです」 「うん」 「本当に尊敬していたんです。助けられた時からずっとずっと、本当に。それなのに、どうして僕はこんなに、まるで悪い夢から覚めた時みたいにすっきりしているんでしょうか」 部屋の闇はじわじわと濃く深くなっている。吉良の乾いた笑みが闇に溶けるように消え、檜佐木はそれを静かな目で見ながら黙って頷く。 「憧れていたのに、羨むほどに憧れていたのに、越えたいだなんて思えないほどに強烈で、ただせめて近づくことのできるくらいには強くなりたくて。あんなに色んな思いを、良い物も悪い物も全てぐしゃぐしゃになってあったのに」 吉良は檜佐木を見て、泣きもせずにもう一度笑う。そして項垂れた。 「隊長が空に消えてから、もう何もなくなったんです。気持ちの良いくらいにすっきりと、さっぱりと。戸惑うくらいに」 項垂れて揺れる頭に手を伸ばし、檜佐木は今度は優しい手つきで軽く叩いた。 「お前も……ただ尊敬してるのかと思ってたけど、色々複雑だったんだなあ」 「すみません……僕なんかより、先輩の方が大変なのに」 「誰もがみんな大変なんだよ。比べるなんてくだらねえぞ」 顔を上げた吉良に、檜佐木は明瞭な響きで言う。 「阿散井や乱菊さん達が現世で何か掴んでくるだろう。そして奴らだって何もせずにいるはずはねえ。いいか、俺達は隊長達にまた必ず会うんだ。お前は市丸に必ず会う……そのときに、自分の中に何が残ってるのかはっきりするさ」 「先輩……」 檜佐木は立ち上がると、吉良に手を伸ばす。 「ほれ、行くぞ。もう腹減った。大前田さんの気が変わらねぇうちにさっさと行くぞ」 「……はい」 吉良は微かではあるが歪みのない笑みを口の端に浮かべた。そして檜佐木の手を取ると、ゆっくりと立ち上がる。
神は自粛をするか
それは凄惨な光景だった。 冷たくなった屍に朝露が降りる。それは既に乾いていた血を再び潤し、赤黒いそれは遠い地平線から射した一筋の朝の光に鈍く光った。朝焼けの東の空は酷く赤く、地上の光景をそのまま映したかのようだと空を見上げてギンは思う。 普段なら冷たい風が吹き抜ける草原は、見渡す限り滅却師の死体で埋め尽くされていた。
世界の崩壊の危機というものは意外に簡単に訪れるものだとギンは淡々と思った。滅却師殲滅の命令が下されたときに、多くの死神が悲痛な表情を浮かべる中、ギンは一人、しばらく同じ姿勢のまま命令を聞いていたために凝った首をくるりと回していた。首は乾いた音をたてた。 簡単に訪れた崩壊の危機の回避もまた、簡単に行われた。 それなりの犠牲を出しつつも、数でも武力でも圧倒的に死神は滅却師を滅ぼした。もう、再興は難しいだろうというところまで。 ただ地を空を血で染め上げるだけのことだった。後処理という名目で現世に残っていたギンは、赤く染まった中でただぼんやりと立っている。鼻孔に届くかすかな臓物と血の臭いも気にならない程度で、吹き渡る風が残酷なほど徹底的にそれを吹き飛ばしていく。そこには何の感情も入り込む余地はない。ただ太陽は昨日と同じ光で照らし、風は昨日と同じように吹いている。世界の存在が危うくなっていたなどと、どうでもよいことだと言うように。 「……あっけないわあ」 だいぶ高く昇った太陽を細めた目で眺め、ギンは呟く。先に帰った藍染は、門をくぐる直前にギンにだけ見える角度で薄く笑って言った。 ここまで僕達にさせておいて、怠惰な神は何をしているんだろうね。 余程この世界がどうでもいいらしい。 その言葉に、そのときギンは笑みだけで答えた。 ギンは周囲を見渡し、足下の血塗れの屍を見下ろした。 「神さんは、もう手出しはしぃひんて決めてはるんやろうねえ」 いてはるのなら、とギンは呟く。ギンは神の存在を信じてはいない。いるとしても、この世界を縛る絶対の二つの法則を作っただけで充分だろうと思う。時間が流れゆくことと、物事に終わりがあること。これ以上、何を望むというのだろう。血が流れようと死体が転がろうと、それを悪だとするのはただ人々の決めたことだというのに。ただ凄惨だと、感じるだけだというのに。 空を見上げると、悠々と飛んでいた鴉がしゃがれた声で鳴いた。
前半から> 残り半分です。最後の御題にとても惹かれ頂いた御題でした(題名にもなっていますが)。テーマとして全面に出ているのか、お伝えできるようになっているのか判りませんが、私の中に一貫としてあるテーマに非常に近かったのです。それが書き直しになったので泣きました。書き直しても結局多すぎて、二つに分ける結果となったわけですが。
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