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神は自粛をするか (1-5)
月の見えない日 剣八とやちる 051024 子供の頃よく歌った唄 勇音と荻堂 051025 蝉を食らう蟻 やちると弓親 051027 思い出と変わらない場所 恋次 051028 まな板の上 ルキア 051031 信じることで傷つくなら 二番隊 051101 両の目が焼けた 東仙と狛村 051104 そして僕らは日常へ帰る 十番隊 051107 欲望羨望誘惑嫉妬 檜佐木と吉良 051110 神は自粛をするか ギン 051114 NEW
配布元 キョウダイ
月の見えない日
「剣ちゃん」 左肩の上でやちるが囁いた。剣八は聴いていることを示すように軽く頭を揺らす。そうすると剣八のざんばらな黒髪がやちるの横で揺れ、やちるはくすぐったそうに笑い声をあげた。 「今夜は、少し暗いね」 「月がねえからな」 剣八の返事に頷いて、やちるは夜空を見上げる。銀色の砂を撒き散らしたかのような星々がそれぞれ勝手気ままに瞬き、なのに音はなくただしんと静まりかえっている。世界に二人きりのような、錯覚すらおぼえるほどに。 「星がすごいね」 「そうだな。だからそんなには暗くねえだろ」 「うん。きれいだね」 「そうだな」 星明かりだけでは剣八の表情はよく見えない。しかしその声の調子で、深さで、やちるは満足げに微笑んだ。体全体で剣八の頭に擦り寄ると、剣八はやちるの小さな体を支えなおそうと左手を伸ばす。 「もう眠いだろ。今夜の寝床を探さねえとな」 「平気。どこでもいいよ。剣ちゃんと一緒だもん」 剣八は左手に暖かい体温を感じ、笑みを浮かべた。 「そうだな」 やちるの体を頭の方に寄せると、手をそのままに剣八は大股で歩を速めた。
子供の頃よく歌った唄
埃くさい倉庫の中で、勇音は小さく唄を口ずさみながら備品を調べていた。天井近くの小さな窓から、光がくっきりと輪郭を持って倉庫内に入り込んでいる。その斜めに射し込む四角い光の柱の中で舞い上がり踊る埃がはっきりと見えている。他の部分は薄暗い。勇音はその暗さを気にするふうでもなく、備品一つ一つに顔を近づけて確認しては、手元の紙になにやら書き付けている。 ふと、その声が止む。勇音は屈めていた長身を伸ばし、扉を振り返った。それと同時に引っかかったような音を立て金属製の扉が開く。ゆっくりと開けられるそれの隙間から光があふれて倉庫内を照らし、勇音は眩しそうに眼を細めた。大きな光の四角の中に、黒い影がある。 「荻堂八席、どうしたんですか」 勇音は微笑んで声をかけた。影は音もなく倉庫内に入ると、扉を完全には閉めずに細く開けておく。その隙間から外界の光が薄く入り込み、白壁を照らした。 「幾つか薬を取りに来たんですよ。副隊長こそ暗い中で閉め切って、何をなさっているんですか」 先程より明るくなった室内で、荻堂の髪が光を柔らかく放っている。勇音はそれを見て笑みを深めたが、自分の髪もまた同じように仄暗い中にあるとは知らない。 「そろそろ不足しているものを補充しないといけないかなと思って、残存量を確認していたんです」 「扉を少しは開けておかないと、目が悪くなりますよ。それに、中に副隊長がおられることを知らない隊員が鍵をかけてしまうかもしれませんし」 「あ、確かに」 勇音は今気付いたように、両手を胸の前でぱちんと合わせた。荻堂はいつも通りの、感情の浮かばない顔で頷く。 「気を付けますね」 「お願いします」 そして勇音は作業に戻ろうと再び腰を屈めた。荻堂もまた手にした紙切れを見て壁際の棚を探し始める。そして何気ない声で荻堂は視線を棚から動かすことなく、 「あ、副隊長。こちらのことはお気になさらず唄をお続け下さい」 とさらりと言った。勇音は弾かれたように振り返る。荻堂は背を向けたままだ。思わず勇音は頬に手をやる。 「き、聞こえていたんですか」 「小さくですが」 「あ、うわあ、いえあの」 「何でしたらご一緒しましょうか」 荻堂は振り返りもせずに言う。捜し物が見つからないのか、棚を順繰りに見ている頭の動かし方。 「あの唄は小さい頃に唄っておりましたので」 勇音は少しきょとんとした。その顔にすぐに柔らかい笑みが浮かぶ。 「私も、そうです。よく妹と唄っていました」 視線を備品の箱に戻し、勇音は遠慮がちに小さな声で唄を口ずさみ始めた。その旋律に少し低い声が重なる。
蝉を食らう蟻
「どうなさいました」 弓親の問いかけに振り向いたやちるは、どこか遠いところを見ていた。視線が合わない。弓親はやちるの隣に屈み、やちるもまた膝を抱えて視線を戻した。 視線の先には、蝉に群がる蟻があった。 「ああ、夏も終わりますね」 蝉はまだ生きているのか、機械仕掛けのような細い脚を動かしている。しかし蟻は列を成してやってきては生きた蝉を食らう。弓親は冷めた目でそれを眺めた。自分の、幾分か輪郭がぼやけた影がその上に落ちている。もう季節は移り変わろうとしている。 「副隊長、戻りますよ」 弓親はやちるの肩に手をのせた。やちるは無言で振り返る。 「副隊長?」 やちるは顔を上げた。 「別に、こんなこと、毎年のことだって知ってるんだよ」 「そうですね」 「可哀相だとも別に思わないし、そんなものだよねって思うだけなんだよ」 「ええ」 「ただ、哀しいね」 「何がですか」 「生きるって哀しいね」 弓親は言葉を続けられずにただ口をつぐむ。やちるの眼は何の色もなく、ただそう感じたのだと言っている。弓親は両手を伸ばすとやちるを抱え、立ち上がった。 「そうかもしれませんし、そうではないかもしれませんよ」 そう答えたときに、ぶぶぶと震える音がした。 二人ともその方向を振り返ると、蝉が羽をならしてのたうち回り、僅かに飛び上がった。狂ったように回転しながら叫びのような音を立てながら、傍の茂みに落ちていく。 生きるのか。 弓親はその軌跡を見送り、そして背を向けた。
思い出と変わらない場所
並ぶ墓標を背に恋次は風に吹かれていた。目の前の、記憶と同じ風景を眺め、微動だにしない。遠い向こうの空はわずかに茜色に染まりつつある。そろそろ帰路につかないと、いくら速く走れるといっても、先に戻っている仲間達に追いつくのには明日の朝になってしまうだろう。考えた末、恋次は溜息をついた。そして墓標を振り返る。 墓標は、三つ。 薄暗い木立の中で、開けた風景と空を眺めるように立っている。 「もうお前らも、ここにはいねえんだろうな」 低い低い声で恋次は話しかける。 「なのに、ここも、ここからの眺めも全く変わってねえよ」 ここを去ったのは数十年も前のこと。任務で訪れた久々の”故郷”は、全く、本当に全く変わっていなかった。恋次は目の前が揺れたように感じる。過去の風景は同じままだというのに、自分の隣には誰もいない。気配も、残り香すらもなく。 この場所があまりに変わらないから。 自分達の変化を痛烈に感じてしまう。 「……もう少しだ、もう少し。そうしたら……あいつも連れてくるから」 恋次は硬く眼を閉じて、言い聞かせるように呟く。 返事はない。ただ、風が吹いて、墓標の上の枝を揺らした。
まな板の上
細長い、窓から流れ込んできた温い風に黒髪が揺れた。 ルキアは顔を上げ、細い細い窓から空を見上げる。空は青く、雲は白かった。小鳥が悠々と空を飛び、旋回してこちらに向かってきた。細い窓に降りてくると、ルキアを恐れることなく囀る。高い声が、無機質な牢の中に響き渡った。 「お前は、自由なのだな」 小さな声でルキアは呟いた。その声が思いもかけない大きさで響き、ルキアは更に声をひそめる。 「私はもう、運命も尽きたようだ」 長いまつげが白い肌に影を落とす。ルキアは頭を垂れて、眼を閉じた。 遠い現世に置いてきた、橙色の髪の少年を思い出す。 痛いほどの眼でこちらを見ていた、紅い髪の幼なじみを思い出す。 雨に濡れた、心の中で仄かに微かに憧れていた人の、冷たい躰を思い出す。 何も語らない、兄の背中を思い出す。 目を開けると、檸檬色の小さな鳥がつぶらな眼でルキアを見上げていた。思わず口元に笑みが浮かぶ。 「……ただ流されたのか。ただ翻弄されたのか。もう、それも分からないままだな」 ルキアがそっと細い指をのばすと、小鳥は一声鳴いて、窓から空へと飛び立っていった。
一つ一つがそれなりに長かったらしく、全部を収めきれなかったので半分にしてあります。頂いたこの御題は、私の中に存在するテーマと非常に近いものがあり、調子に乗って長々と書いてしまったものがいくつもありました。(時間も量も)短く、という目標からは大きく外れてしまったのですが、自分のテーマを見つめ直すという意味でとても良かったと思います。御題サイト様、本当にありがとうございます。 1〜5ですが、この中で気に入っているのは二番目、力を入れたのは三番目です。三番目はよく見ていた光景だからかもしれません。>後半へ
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