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2006年02月05日(日) 「狭山事件」の新聞記事��

☆資料(差別事件としての部落 3.冤罪)狭山事件





婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1976 年 8月 20日号より)
土壌が無罪を立証
生越(おごせ)教授のスコップ鑑定


『スコップ鑑定(狭山事件)』生越(おごせ)忠氏

http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=18156&pg=20060216





婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1976 年 9月 3日号より)
狭山現地調査 「石川さんは無実」の確信あらた
 
 ・・・用もない関巡査部長が、無断で勝手口から上りこんでいるのをお母さんに見つかり、「一雄君に届けるものがあれば私が持って行ってあげるから」とつじつまをあわせ、お母さんが届け物を取りに行っている間にさっさと帰ってしまった---ということがあってから数日後に、にせの万年筆が出てきた---と。・・・
 佐野屋へ履いていったとされている地下足袋、じつは当時石川さんはひどい魚の目で、長ぐつの底に紙を入れ、魚の目の所だけ切り抜いて履いていたのだという。・・・
 石川さんの当日の行動範囲も、Nさんを殺害し、二百メートルもあるいも穴まで運んで行き、縄を二百メートル離れた人家まで取りに行き、死体をくくって逆さ吊りにし、脅迫状を書き直して自転車でN家へ届け、自転車を小屋に置いて歩いて帰る途中、スコップを盗み、穴を掘り、死体をいも穴から出して埋め、残土を処理して家へ帰る---大雨の中の夜の一人だけでの行動---人間わざではおよそ出来ない行動である。
 警察ははじめ共犯説をとりながら(犯人が確定しない時期に部落に見込み捜査をはじめ、共犯の証拠が危うくなると)石川さんの単独犯行として安易にデッチ上げていった。・・・

 警察犬の方向と反対方向に、石川さんの逃走路があったこと、その他・・・・





婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1976年10月8日号より)
 差別語うんだ生活実態
 森田 益子さんの話

『差別語うんだ生活実態』森田 益子さん




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1976 年 11月 12日号より)
石川さんに届け十万の歌声
寺尾差別判決から二年


・・・最高裁の上告棄却のたくらみを打ち破って、事実審理、口頭弁論を行わせるため、十一月末には弁護団、鑑定人が心血を注いだ意見書が提出される。石川さん、ご両親の訴えにこたえ、弁護団の努力をみのらせるため、休みなく運動をふくらませてゆかなくてはならないと思う。・・・
会場には、韓国青年同盟、たたかう「障害者」、アイヌの代表も参加し、差別され、抑圧されているものとして、ともにたたかう決意を述べた。・・・
 



婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1977年3月11日号より)
新潟日報社の差別報道
裁判長も「被差別」を「非差別」と
 狭山最高裁決戦のたたかいは重大な時を迎えていますが、マスコミがこの権力犯罪に果たした役割は無視できません。「新聞は警察より先に一雄を犯人扱いして報道した」と父富造さんは糾弾しています。私たちの働く新潟日報社(発行部数約30万、朝夕刊)も例外でなく、狭山事件当初から石川氏に対し「中学も行かず遊び歩く」「人間性一片もなし」等、犯人キャンペーン差別報道を展開。一方、二審冒頭無実が宣言されるや、沈黙、一片のニュースも流さない差別姿勢をつづけています。この日報社の差別姿勢・報道を許さず、当時看過した反省の上に、マスコミ内部から告発、糾弾することこそ石川氏を取り戻す道であり、私たちの姿勢と立ち上がりました。・・・

 二月十五日第十九回公判で証人調べの段階です。検察側証人の公安刑事の口から、日報社にスパイを置いているとの重大な事実が暴露されましたが、三好清一裁判長は公判調書に「被差別部落」を「非差別部落」と記載、認印まで押して公開しました。・・・「エタ・非人」の「非」をあてるという三好裁判長の部落差別。裁判長は「誤記だ。被差別部落民と会い声を聞く必要などない」と居直り、法廷内外に怒りを呼び起こしています。・・・




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1977 年 8月 19日号より)
石川一雄さんの上告棄却に
許せぬ最高裁の“暴挙”
当日 怒りの抗議集会開く
 最高裁第二小法廷(吉田豊裁判長)は九日、一九六三年五月、埼玉県下でおこった女子高生殺し「狭山事件」の被告、石川一雄さんに対し「被告が犯人であることに合理的な疑いをさしはさむ事実は認められない」として、同氏の上告を棄却する決定を下した。七四年十月末の寺尾高裁判決から二年九ヶ月、弁護団から強く要求されていた口頭弁論もなされぬまま、書面審理だけのぬきうちの決定であった。これにより、石川さんの二審判決で受けた「無期懲役」が確定するが、・・・各方面から大きな非難をあびている。・・・

 最高裁の決定は被告・弁護側が上告趣意書で強く無罪の根拠にあげていた�“鏈絞棉�落民に対する差別捜査�∩楮佐韻龍�要による任意性のない自白�0稻,癖�法で収集された証拠能力等についても、「差別的捜査の証拠はない」「被告の自白には犯人でなければ知りえない内容があり、真実性はきわめて高い」「総合的に評価すると被告が犯人であることに疑いはないとした(高裁)判決は正当である」として、弁護側の言い分を退け二審判決を全面的に支持した。

 この決定に対し弁護団は緊急の記者会見を開き、「寺尾差別判決を全面的に追認したものにすぎない。・・・」と・・・
 松井やより委員長(婦人民主クラブ)は・・・「上告棄却の理由では、差別捜査だったという証拠はないと言っているが、部落差別の形態は物的なものだけではない。差別は差別されるものがハダで感じるもので、この観点が最高裁の決定には完全にぬけおちている・・・」
 
 棄却決定の知らせを受けた直後に石川さんに面会してきた弁護団の中山武敏さんは、石川さんは冷静で思いのほか元気、「こんな不当な判決には決して負けない」と力強く語ったことを報告。また、「獄中で無罪を勝ち取るまでたたかいぬくので皆さんによろしく伝えてほしい。これで確定犯になるので、手紙も今までほどに自由にかけないかもしれないが、そのことも伝えてほしい。これからの闘いでは最高検がもっている足跡の連続撮影のスライドの開示を要求してもらいたい」との伝言を伝えた。

 「報告を聞いた時には思わず目頭が熱くなった。次に来るのは、残り一年の特別措置法による補助金の打ち切りだろう。私たち婦人は、極限の苦しさの中でこそ必ず先頭となって立ち上がる」(森田益子部落解放同盟中央委員)

 「まさかぬきうちに、こんな決定が下るとは思わなかったが、自分たちの運動の足らなかったことを反省しながら、最後の血の一滴までたたかう覚悟です。そうしなければ私たちが産み育てている子どもたちが今後いつ何どき、こういう目にあうとも限らないからです。権力の暴挙は絶対に許せない」(宮沢志津子長野県連婦人部長)




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1977 年 8月 19日号より)
石川一雄さんの上告棄却に
“ソンナバカナコト差別ダゾ”亀井兎夢さん

“ソンナバカナコト差別ダゾ”亀井兎夢さん
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=18156&pg=20060218 






婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1977 年 8月 26日号より)
上告棄却への怒り
八.一二 大阪府民集会
 ・・・府連書記長からたたかいの基調が述べられた。「・・・地名総鑑が、今まだはびこっている社会であることをわれわれは認識し、必ず勝利することを確信したたかう」と・・・ 



婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1978 年 3月 24日号より)
同じ人間なのになぜ差別が
狭山映画と討論の夕べ
 
・・・映画は「狭山の黒い雨」と、亀井トム作「差別と権力犯罪」を二本上映しました。・・・「差別と権力犯罪」は、元所沢警察署長 細田行義の証言により、五月一日隠しが明るみになってゆくものです。石川さんを犯人に仕立て上げて来た権力犯罪こそが真犯人であり、その権力に手を貸して来た民間協力者と、Yちゃんを殺した真犯人たち、そういう犯罪の総体こそが真犯人であるから、それを徹底的に暴き、告発してゆこうという内容のものでした。この映画を観て私たちは一人の人間を部落差別というもので抹殺することを平気で行い、その上でしか成り立たない権力というものに対する怒りを新たにしました。・・・いろんなところで活動している読者が三十人ほど集りましたが、なかでも「尚司くんの富中入学を実現し教育を考える会」の尚司くんのお母さんの梅谷さんはじめ、“奈良青い芝の会”の方たちが車椅子で参加してくれた意義は、私たちにとって大きいものとなりました。・・・これらのたたかいの基礎には、自分の身の回りから差別をなくしてゆく活動がなくてはならない。・・・




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1978 年 11月 17日号より)
“父母が生きているうちに”石川さんを取り戻せ
狭山再審要求中央集会

 ・・・無実を主張する石川一雄さんに無期懲役の判決が下りて、ちょうど四年目。・・・裁判の不当性を訴えた『造花の判決』の鑑賞者は百万人。作家の野間宏さんは「世界」に狭山裁判の批判論説を書き続けているが、野間さんが倒れるか、石川さんの奪還が先かという決意で勝利の日まで書き続けている様子を、次々と登壇者が報告。・・・決議文が採択され、狭山再審弁護団の青木英五郎主任弁護人が「われわれが提出した九項目の新証拠によれば無実は明らかで・・・どうしてもみなさんの強い決意と支援が必要。・・・」と報告。・・・
 



婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1979 年 10月 19日号より)
改めて無実確信
狭山現地調査
 
・・・寺尾判決の「背の低い人には見えにくく、人目につき易いところとは言えない」という理屈は、現場を知らないからこそくっつけられるのである。多くの人に現場を見てもらいたい---つくづくそう思った。




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1980 年 2月 15日号より)
狭山裁判 再審請求棄却決定に怒り
野間宏さん

 『狭山裁判』野間宏さん
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=18156&pg=20060217
 




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1980 年 5月 23日号より)
四度目の現地調査
雨をついて

・・・有罪の判決を出した裁判官は全員、ドシャブリの雨の日、現場に来て、二時から夜の十時まで、石川さんのウソの自白のとおりに、ぜひ、歩いてみるべきだと思った。
 



婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1980 年 6月 6日号より)
闘いはこれから
---5.23狭山中央集会---
 
・・・弁護団の中山弁護士は、日付訂正問題にふれ、「この発見事実を石川さんに伝えたとき、石川さんは『大丈夫か、弁護士の見間違いではないのか』とビックリしていた。これは、石川さんが(脅迫状作成に)関係していないからこそ出た言葉である」と“本人の記憶違い”としてゴマカしている四ッ谷決定を批判し、「検察庁の隠し持つ全証拠開示の運動を大きくもりあげてもらいたい」と訴えた。・・・石川さんは今年もメッセージで集会参加。一日も早く、壇上でアピールする石川さんの姿を見たいもの。・・・十七年の獄中生活に、ひるむことなく闘いつづける石川さんのメッセージである。・・・今集会では、「韓国」で立ち上がった闘う学生・民衆との連帯が強くアピールされ、・・・




婦人民主新聞縮刷版第六巻(婦人民主クラブ発行/1980 年 11月 14日号より)
10.31寺尾差別判決6ヵ年糾弾
狭山再審要求中央総決起集会
 
・・・現在、異議審段階で闘われている狭山裁判は、九月二十日、弁護団の補充書提出により東京高裁はいつでも決定が下せる状況下。・・・中山弁護士は「・・・新関裁判長は、補充書を全力を上げて検討し、必要性があれば改めて連絡すると発言したが、その後まだ連絡がない。裁判所が、早い段階でなんらかの判断を下す恐れがある。・・・」。

 政党、総評、文化人、宗教界、全同教など各界からの発言の後、韓民統からも・・・連帯のあいさつが・・・。アイヌ解放同盟からはメッセージが。全障連の八木下さんは・・・「石川さん、赤堀さんのデッチ上げはまさに屈辱だ。刑法改『正』を絶対許さない闘いとともに、二人を取り戻す闘いを」と力強く訴えた。

「私が解放への捨て石になれればと、日夜がんばっています」
 と、石川さんは、今年もメッセージの集会参加。



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