2015年07月17日(金)  俳句の道の入口で引き返した母の娘

広告代理店でコピーライターをしてた頃に組んでいたアートディレクターの中原道夫さんは俳句界の芥川賞と呼ばれる賞をもらったとかの大先生。「今井も作ってみる?」と言われ、20代のわたしが作った句が

稲妻の ピアスのごとく 海貫く

中原師匠の批評は
「稲妻、ピアス、貫く、全部尖ってて、同じこと言ってる。イメージが広がらない。俳句は五七五で四百文字をイメージさせないと」

なんとなくカッコいいもの作ろうと頭で考えてつなげた十七文字の薄っぺらさを看破されてしまったのでした。

中原さんは「またできたら見せて」と言ってくださったのですが、わたしは「俳句より長いほうが向いてる」とさっさと見切りをつけ、俳句の道の入口で引き返してしまいました。黛まどかさんの「ヘップバーンの会」を意識してつけた俳号「オードリーヒップボーン」が日の目を見ることはありませんでした。

時は流れ、再び俳句に出会ったのは、娘のたまの通う小学校が俳句に力を入れているから。毎月のように授業で句会をし、俳句に親しんでいるたま。脚本家の大先輩、筒井ともみさんに「台詞は吐息」という名言がありますが、息を吐くように、さらさらとスケッチするような気軽さで日常の心動いた出来事を五七五で映し出します。一年生の終わりに作ったのは

きょうしつを ぞうきんほうきで 春むかえ

学年末の大掃除の風景。新入生を迎える教室をきれいにして渡そうという、うれしさと誇らしさをわたしは感じました。

二年生で作った句は

かたつむり あるいてあるいて しわだらけ

うろこぐも みんなの上で おうえん歌

かれは見て じいさんのこと 思い出す
(じいじごめんなさい!でもわたしはルーブルかオルセー美術館で見た老婆の肖像画に「冬」と題がついていた衝撃を思い出しました)

雪どけで あんなにいた子が ひとりだけ
(句会では票が入らなくて悔しがってましたが、雪遊びしてた子たちがいなくなった後に目をつけたところがわたしは好きです)

など。

三年生になってからは

カーネーション 一枚一枚 おくりもの

小学校からあちこちの俳句賞にも応募をしていて、伊藤園のお〜いお茶新俳句大賞もそのひとつ。一年生の冬休みに作った

冬の朝 ごくりとのんで 目がさめる

が昨年二次審査を通過し、「受賞の場合氏名を公開していいかどうか」の確認がありました。ここまで来たら入賞の確率は高いのではと期待していたら二次止まり。後で「おーいお茶だから、お茶の俳句にした」とたまが言うのを聞きました。頭で考えた俳句だったわけですね。

それから一年。二年生の冬休みの宿題で作った俳句が二次審査を通過し、今年も氏名表示の確認が来ました。

はれぎきて くすぐったいな みんなの目

今度はお茶を意識していない素直な句だなと感じて、今年は行けるんじゃないかと勝手に期待。佳作特別賞に滑り込みました。今年は176万5150句の応募があったそうで、運にも味方されました。

お〜いお茶のパッケージに掲載されるのは、さ来年の春から一年間のどこかという気の長い話。二つ先の春に楽しみが待っているというのもうれしいもの…という喜びを五七五で表せない母です。

たまの俳句を中原師匠に見せたなら……?「お母さんより上手だね」と褒めてくれるのではと思います。



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