2013年04月10日(水)  崑劇俳優・陸海栄さんの「日中楊貴妃の響演」

「どこからお話ししましょうか。私の美しい弟のことを」
一条ゆかり作品だったか、子どもの頃にドキドキして読んだ漫画の書き出しをふと思い出したのは、今日の中国語教室で仕入れた話があまりに盛りだくさんだったから。

いつもはテキストに沿ってのレッスンなのだけど、今日は「特別ゲストに京劇の俳優さんを招いて、京劇講座をしてもらいます。中国語でも話しかけてみましょう」という特別企画だった。



ゲストは陸海栄さん(Lu hai rong 「陸」と「栄」の中国語表記は簡体字だけど、フォントが化けるのでこのままで)。京劇ではなく「崑劇(こんげき)kun ju」の俳優さんだった。

崑劇とは何ぞや? 京劇との違いは?
講義はここから始まった(日本語で)。

崑劇は崑山で生まれ、まずは歌だけで「崑曲」と呼ばれていた。日本の能と同じぐらい、約600年の歴史を持つ「演劇の母」である。

西大后がいろんな崑劇のいいとこどりをして生まれたのが京劇。京劇は歌が中心。宮廷ではやった。

上海に今も姿をとどめる豫園(小龍包が有名)の舞台は1559年に建てられた。大きさは能舞台ぐらい。

三階建ての舞台(ここは豫園とは別の場所?)では、それぞれの階で違う演目を演じ、客は3つの演目を同時に見られるという多チャンネルのような贅沢な鑑賞をしていた。(それぞれの台詞や音楽を聞き分けられるのか?と気になったが、質問しそびれた)

崑劇が崑山の劇であるように、京劇の京は北京を差す。四川の劇は川劇。
中国には約200の伝統演劇があるが、時代とともに淘汰されていっている。崑劇にも何度かの危機はあり、最大のものは文化大革命(1966年-1977年)だった。毛沢東夫人の江青の弾圧はとくに激しかった。国策的な演目を演じさせられ、それができないと工場に派遣され、役者生命を絶たれた。自ら命を絶った役者もいた。

文革後、上海市長になった葉剣英が崑劇を守る姿勢を表明。陸さんの母校である崑劇学校の校長が工場を訪ね歩いて不遇の元役者を呼び戻したという。

そういうわけで、崑劇学校では永らく生徒の空白があり、現在活躍している多くは陸さんの同級生だという。

崑劇は2001年、日本の能とともに、世界無形文化遺産に認定された。京劇が認定されたのは2010年。

崑劇の家門(=役柄)についても説明していただく。
「生=男、旦=女形、浄=隈取り、未=老人、丑=道化」と大きく分かれ、これは京劇も基本は同じ。生はさらに「小生=若い青年役、地声と裏声を分けて演じる」「武生=立ち回り専門」「老生=老人役」に分かれる。陸さんは小生をすすめられたが、やんちゃだったので武生を志願し、現在に至る。一度決まった役柄は一生変えられないそう。

旦=女形は「けい(門構えに圭)門旦=深窓の令嬢、歌が中心」「花旦=小間使いや少女、仕草が中心」「武旦=立ち回り中心」「老旦=老女役、歌が中心」と分かれる。老旦は劇団に一人ぐらいしかいないそう。学校は10歳から8年間全寮制で、在校中に役柄が割り当てられるとのことだが、うら若き10代で「あんたはばあさん専門」と指名される少女の心中いかばかりか。

未=老人は老生に吸収されているのか、最近はあまりいないらしい。

丑=道化は「文丑=台詞中心」と「武丑=立ち回り中心」に分かれる。

浄=隈取りは、メイクが性格を表す。「赤=いい人。忠誠、正義」「黒=力は強いが思慮が足りない猪突猛進型」「白=血が通っていない悪人」といい、白い顔に赤味がさすと「血が通っている」となる。

メイクといえば、「北(京劇)の孫悟空」と「南(崑劇)の孫悟空」は顔も性格も違う。北は逆瓢箪型で、かわいらしい。人間が猿になったという設定で、重心が下に向かう動きをする。一方、南は桃型で。きつい性格。猿が人間になったという設定で、自分は王様という尊大な態度。動きが大きく、絶対に頭を下げない。上へ上へと持って行く動きをする。

崑劇の要素は、「唱=歌、念=台詞、ニンベンに故=仕草、打=立ち回り」
と大きく分けて4つあり、この順に優先度が高い。

…といった講義を約一時間かけてうかがい、ゼロだった崑劇知識を大量に仕入れたところで、質問タイム。

Q 崑劇役者は世襲ですか?
A 家族が関係している人は半数ぐらい。私は叔父が役者で、学校で教えていた。親が役者だからといい役がもらえるわけではない。子どもの頃は頭角を現すが、大きくなると伸びない人が多い。むしろ縁のない人のほうが真ん中まで行く。身内ということで叔父の指導は厳しく、朝食前にバク転200回を命じられ、朝から吐いた。

(少し動きをやってもらって)
Q 指先の動きに特長があると感じましたが意味があるのですか。
A 指を差すと、私はそちらへ行きたい、となる。生なら一本指、武なら二本指、丑は三本指で差す。指を後ろに大きくそらさないといけない。学校ではお湯につけて指を柔らかくしていた。

Q 坂東玉三郎さんの京劇の演技、どんな印象を持たれましたか?
A 最初の頃は一歩の歩幅が大き過ぎると感じた。京劇は歌舞伎に比べて、ずっと小幅で歩く。でも、だんだん京劇の歩き方に近づいている。指の柔らかさも、もっと欲しい。だが、感情の込め方がすばらしい。これまでで一番感動させられた。

Q 崑劇を日本で見る機会はありますか。

ここで「実はもうすぐ公演があるんです」と我らが講師の佐々木先生。宣伝を遠慮する陸さんを慮って、陸さんが企画・出演する公演のチラシを披露してくれた。

日中楊貴妃の響演」と題した公演の内容がまた興味深い。京劇、崑劇、日本舞踊で楊貴妃の物語をつなぐというもので、京劇と崑劇の違いを体感するまたとないチャンス。そこに日本舞踊まで加わり、さらに日舞の異なる流派が同じ舞台に立つことも珍しいという。まさに国の垣根も流派の垣根も越えた、響演。「共」演でも「競」演でもなく「響」演としたところに、企画プロデュースの陸さんの想いが込もっている。

来日して14年になり、日本崑劇社を立ち上げて、日本で崑劇や中国文化を広めることに力を注いでいる陸さん。今回の響演も、崑劇を通じて日本と中国が互いをより理解できたら、という思いで企画し、中国で活躍する同級生たちに来日公演を呼びかけたそう。だが、公演準備中に日中関係が不安定になり、無事幕を開けられるか危うくなった。

だけど、そんなときこそ、文化を分かち合い、文化でわかりあうことが必要だ、と踏ん張り、いよいよ公演まであと何日というところまでこぎつけた。

手弁当での公演だし、京劇崑劇日本舞踊の響演だというのにチケットも良心的なお値段。たとえ完売しても持ち出しでは……と心配になるが、多くの人に観てもらうことが、陸さんへの何よりの喜びと労いになるのだろう。

歴史を生き延びた日中の伝統文化がつなぐ楊貴妃の物語、お時間を作れる方は、ぜひ。

4/19(金)18時半
4/20(土)11時半 15時半
4/21(日)11時半 15時半
日本橋劇場(半蔵門線「水天宮前」6番出口から徒歩2分)
指定席 4,800円 自由席 3,500円

詳細はこちらへ。

とてもためになった崑劇講座、陸さんへの感謝を中国語で伝えたいと思い、フレーズを教えていただいた。
今天学到了很多崑劇的知識、非常感謝。
(今日は崑劇について多くの知識を得られました。大変ありがとうございます。)

今日はアジア友好に導かれた日だったのか、夜は日韓共同製作ドキュメンタリー映画『李藝(りげい)〜最初の朝鮮通信使〜』の完成報告試写会へ。『風の絨毯』の益田祐美子さんプロデュースという縁でお邪魔したのだけど、「国と国をつなぐのは、人と人のふれあいの積み重ね」であり、「過去からのふれあいの積み重ねがあって今がある」というメッセージを受け取った。

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