2008年04月17日(木)  『パコダテ人』の縁でバンタンと再会 

脚本を書くようになって、縁の面白さとありがたさをいっそう感じるようになった。「縁ですねえ」という出会いがいくつも重なって、ようやく作品は世に出る。脚本家が無名だったり低予算だったりすると、なおのこと縁に頼る部分は大きくなる。今井雅子の映画脚本デビュー作の『パコダテ人』がまさにそうで、コンクールに応募した原稿を審査員宅で前田哲監督が偶然見つけた(これ面白いよ、と審査員が見せた原稿の下にわたしの応募原稿が隠れていた!)のも縁だし、その前田監督が通っていた高校で同じ時期にわたしの父が教えていたという奇遇も縁。前田監督が紹介してくれたプロデューサーの三木さんとは、なぜかその数か月前に会社の同僚に誘われて行った忘年会で名刺交換していたという縁があり、さらに三木さんが声をかけた読売テレビのプロデューサーは高校の先輩という縁があり、「こういうときは、うまくいくもんです」という三木さんの言葉通り、『パコダテ人』は形になった。映画は飛ぶ(=企画が成立しなくなる)もので、脚本を刷ってもクランクインまでたどり着けるのは半分あればいいほうだという現実を知るようになった今、『パコダテ人』は、縁の積み重ねが呼んだ奇跡みたいな作品だと思う。

『パコダテ人』でいちばんこだわりたかったのが、主人公ひかるのしっぽをチャーミングに彩る衣装。お金がない、でもかわいい服を着せたいとなったときに、「バンタンに行きましょう」とわたしが言い出したのは、ちょうどそのとき見た月刊公募ガイドに、バンタンの広告だったかバンタン主催のコンクールの募集記事だかが出ていて、「ここなら、衣装のデザインに協力してくれるのでは」と思ったから。早速、三木プロデューサーと前田監督と訪ねてみると、応対された担当者が「やりましょう」と乗ってくれ、撮影までひと月ちょっとという短い時間のなか、バンタンの学生さんたちが遊び心にあふれた衣装をデザインし、製作してくれた。主人公の年齢に近い若い感性から生まれた衣装の数々は、作品にカラフルなパワーを吹き込んでくれた。

そのときのバンタンの窓口だった成田康介さんとはその後もメールでやりとりを続けていて、先日放送された『アテンションプリーズ スペシャル』のお知らせをメールしたところ、「また何か一緒にやりたいですね」とお返事をいただいていた。「何か一緒に」と言ってもらえるのは、実現しなくてもうれしいものだけど、成田さんには縁をすかさずつかまえる才能があるらしく、一週間ほどして「早速、ご一緒できそうな企画があります」と追伸が来た。アニマックス大賞というシナリオコンクールの公式ガイダンスイベントをバンタン主催で行うにあたり、パネルディスカッションに参加してほしいという依頼。今月27日開催で、誰にお願いしようかとなったとき、わたしの名前が即座に浮かんだらしい。「縁ですね」とこちらも即答でお引き受けした。

そして今日、打ち合わせで成田さんに再会。「パコダテ人の公開が2002年ですから、6年ぶりぐらいですかねえ」としみじみ。『パコダテ人』の縁がその後の仕事にもつながって今も脚本の仕事を続けられているわたしが、衣装協力してくれたバンタンのイベントで脚本家をめざす人たちに向けて話す。6年かけて小さな恩返しをさせていただける機会がめぐってきた。

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