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JIROの独断的日記
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2013年10月29日(火) 遙かなる、ロンドン。

◆20年前(1993年)10月28日、ロンドンに赴任しました。

私はサラリーマンを29年7ヶ月やっておりまして、

ロンドン駐在員だったのは、1993年10月28日から1997年7月末の4年弱です。

半生の中で見ると53年の人生の13分の1に過ぎませんが、今でも何故か懐かしくてなりません。


実は、3ヶ月前に

「遙かなる、ウィンブルドン」

という文章を書いたばかりで、

それとほぼ同じ内容になってしまうので、簡単に済ませますが、

実際に暮らしたのは4年弱ですし、私は多少は英語はできますが、達人というほど上手い訳ではない。

子供は就学前の手のかかる年頃でしたし(ヨーロッパの何処に旅行に行くにもバギーが必要でした)、

家内は全く英語が話せない。

家を選ぶのも、クルマを買うのも歯医者にかかるのも、全て英語ですし、

会社では、私のチームの私以外、11人は全てイギリス人。必ずしも日本人に好意的ではない。


話が前後して恐縮ですが、私の海外赴任の内示が出た直後、父が脳出血で寝たきりになりました。

兄貴がいますから、任せましたが心配です。


ロンドンの会社の上司や先輩は私のそのような事情を知っているにもかかわらず、非常に不親切で、

今でも、彼らのことは恨んでいます。

ものすごくストレスが多かった筈なのに、何故か懐かしい。

なんというか自分の魂の波長がロンドンのそれと、とても相性が良かったのではないかと思います。


そしてとても不思議なのですが、私の父方の祖父は福島県に生まれましたが、何を思ったか、明治から大正になるころ、

単身、アメリカシアトルに渡り、それ以前から英語の勉強はしていたけれど、シアトルで英語の勉強をしながら、

現地の通信社に勤め、10年間アメリカに滞在して英語とジャーナリズムの基礎を学び、

帰国してから、日本の新聞社の(今の全国紙の一つです)主筆にまで、なりました。

その祖父は、私が生まれる前に死んでしまいましたが、命日が、10月28日。

私がヘタクソながら、英語好きになったのは何処かで祖父の遺伝子を受け継いでいるように思え、

その祖父の命日に、渡英した偶然を不思議に思います。


毎年、10月28日になるとロンドンのことが(実際には辛い事が多かったのに)、懐かしく思い出されます。

死ぬ前に、もう一度行ってみたいものです(Google Earthで見ると、殆どかわっていません)。

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