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JIROの独断的日記
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2004年10月29日(金) 「<イラク邦人人質>聖職者協会など悲観的見通し示す」人質事件そのものより、イラク人のこの冷たい反応が問題なのだ。

◆記事1:<イラク邦人人質>聖職者協会など悲観的見通し示す

 

 イラクの日本人人質事件について、イラクのイスラム教スンニ派の最大組織「イラク・イスラム聖職者協会」と部族長の最大組織「イラク全国部族協会」の幹部が28日、相次いで毎日新聞の取材に応じ「犯人グループとは全く接触できていない。交渉は極めて難しい」との悲観的な見通しを示した。(毎日新聞) - 10月29日2時31分更新


◆記事2:日本の失敗、が背景 サマワ着弾で州警察本部長

 

 【サマワ24日共同】イラク南部サマワの陸上自衛隊宿営地内に砲弾が初めて着弾した事件について、サマワに本部を置くムサンナ州警察のミナヘル本部長は23日、共同通信に対し、復興支援事業での「日本の失敗」に対するサマワ住民の不満が攻撃の背景にあるとの見方を示した。

 本部長は、自衛隊攻撃は「社会的に孤立した個人による犯罪」の疑いが強いとした上で、サマワは依然、テロなどとは無縁の「イラクで最も平和な場所の一つ」と強調した。

 しかし自衛隊側が一部住民に復興支援事業の契約をほのめかしながら実行しなかったり、宿営地内の労働者や復興事業の請負業者を州外から連れてきたことがあったと指摘した上で、こうした積み重ねが「住民の憎しみやねたみの感情を生んだ」と述べた。 (共同通信) - 10月24日9時11分更新


◆コメント:イラク人から見れば、「人質救出に協力してくれ」というのは勝手な言い分なのですよ。

 

 今回の日本人の人質は、全くはた迷惑で、悪いけれども、殺されても仕方がない。

 問題の核心はそこにあるのではない。

 記事1を読むと分かるとおり、イラクの聖職者協会の返事は、誠にすげないものである。

 また、記事2は人質事件の少し前、自衛隊の宿営地に信管を抜いた迫撃砲の弾が撃ち込まれたときの、現地警察の言葉である。解説の必要が無いぐらい、日本への「敵意」が現れている。

 小泉首相は、自衛隊をイラクに派遣する時に、しきりにこれは「人道支援活動」なのだといって、誤魔化していたが、本当にイラク人の「公共の福祉」に役立つような実績を上げていれば、イラク人から感謝されているはずで、聖職者協会も、ムサンナ州の警察本部長も、上で引用したような言葉を吐くことはなかったし、今回人質になったバカなガキを「仕方ねえな」と思いつつも、助ける手伝いもしてくれたであろう。

 ところが、現実は深刻である。

 つまり、実際には自衛隊は、無論イラク人を殺してはいないが、イラク人から見れば、日本は、毎日無辜のイラク人を殺害するアメリカの手伝いをしている国なのだ。

 そのような国が、ひとり若造が人質になったからといって、「助けてくれ」というのは、勝手な言い分でしかない。

 この世界最大の産油国の反感を招いた日本政府の政策が、大問題なのだ。


 

 日本が物を作って海外で売って、経済的大国になることができたのは、一つには、欧米社会では、なんだかんだいって、いまだに差別されている、しかし商売が上手いユダヤ人に対して何の偏見も持たなかったこと。

 二つめは、石油資源の豊富なアラブ諸国からは、大量の石油を輸入して、しかも支払いは確実に行い、石油産油国から見れば上得意先となったこと、が大きな要因である。だから、イラク人は今回の戦争が起きるまでは親日的だったのだ。

 繰り返すが、折角長年に亘って築いたイラクや他のアラブ諸国との信頼関係をこわしてしまったことこそが、問題の本質であり、それが人質事件をきっかけにして、はっきりと相手の態度に表れている。

 その原因は、イラクへ自衛隊派遣を派遣したことであり、日本政府の致命的失策だったと云わざるを得ない。

 なお、念のため記すが、これは、結果論ではない。

 私は、イラク戦争開戦にも、日本が米国の武力行使を支持することにも、自衛隊のイラク派遣にもずっと反対している。それは、過去の日記をお読み頂ければ、分かる。


2003年10月29日(水) 要保護児童(虐待されている子供)発見者には「通告義務」があるのです(児童福祉法)
2002年10月29日(火) 桃李不言 下自成蹊(とうりものいわざれども したおのずからこみちをなす)

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