風紋

もくじ / この前 / この後


2003年07月30日(水) 休団 / プラスチックパックのお辞儀 / 弱気

数日前の話になるのだけれど、所属している楽団に休団届けを提出してきた。体調があまり良くないからというのが理由であるのだけれど、一度休団してしまうともう復団できないような気がして、なかなか休団に踏み切れずにいた(今までも休団したことはあったけれど、理由が試験前だからとかいうものだったので、自分でもいつになったら復団するという見通しが立っていたため)。ただ、ここ3ヶ月は実質的に休団状態であったし、一度区切りをつけて休養した方がいいと、ようやく思い切った。

私自身の中では、以前から考えていたことだったのだけれど、周りの人にはあまり言っていなかったので、突然休団を申し出て、随分と驚かせてしまったし迷惑もかけてしまった。抱えている仕事も、結局中途半端に放り出したまま、他の人に引き継ぐ形になってしまった。それが何とも申し訳なかった。

“しっかり治して、秋にはまた戻ってきます”とパートの人や仲のいい人に告げた。“別に休団中でもかまわないから、良くなったらおいで”と言ってもらった。申し訳なくてならなくて、でもありがたかった。そして何とも寂しかった。退団するわけではないのに。

調子を何とか整えて、また楽団に戻りたいし、皆と一緒にステージの上で演奏したいと思う。それを実現できる自信はあまりないのだけれど、せめてそう思い続けていたいと思う。


今日は、とても風の強い日だった。昼食時に、スーパーマーケットで買ってきたお惣菜が入ったプラスチックのパックの蓋を開けて台所の机の上に置いておいた。そうしたら、窓から入ってくる風に吹かれて、パックの蓋が絶妙なタイミングで起き上がったり倒れたりしていた(蓋と底部がくっついている形のパックだったため。言葉だとどんな様子なのか説明しづらいな…)。その様子が、何だかお辞儀をしているように見えて、ついつい見とれてしまった。そのうち、自分もパックに合わせてお辞儀をしてしまっていた。


元気な時は割と元気で、けろっとしているし、ごく普通に動き回ったり仕事をしたりしているのだけれど、調子が悪い時は全身から力が抜けるような感じで、ばったりと横になったり、ぼんやりと座り込んだりするしかない状態。調子が悪いと、かなり弱気になる。どうしようもなく心細くなる。

…めそめそ。


2003年07月28日(月) 夏 / 届きたい

夏とは思えないような涼しい気候の日が続いているが、空の見え方や陽射しのまぶしさ、“しゃわしゃわ”と聞こえてくる蝉の声を聞くと、やはり今は夏なのだと思う。

しばらく外に出ない間に、ずいぶんたくさんの種類の花が咲いていた。夏に咲く花は、凛とした強さをたたえているように思う。憧れる(全部が全部そうではないかもしれないけれど…)。


届きたい、と願い、必死に手を伸ばしている。しかし、届かない。手を伸ばす気力さえも消えそうになっている。届かなくてもいいとさえ思い始める。しかし、ぎりぎりの気力を振り絞って手を伸ばそうとする。なんとか、欠片ほどのものでも、届かせたくて。しかし、どのように手を伸ばすと届くのか、段々とわからなくなってきている。届きたいという思いだけが宙に浮いたまま居場所を失っている。

私は、そんな気持ちで書こうとしているような気がした(今は)。“届く”を“思いを伝える”、“手を伸ばす”を“言葉にする”と置き換えると。それは日記を書くことに限らなくて、知っている人と話したり、手紙を書いたり、メールを書いたりすることも、ある程度まとまった文章を書こうとすることも、そんな気持ちがする。

書けば書くほど、…なんと言えばいいのかな。…………、という感じがする。

“届きたい”のか“届かせたい”のか、よくわからないけれど。

伝言:一応、大丈夫です。元気な時は割と元気です。たぶん。


2003年07月27日(日) しくしく、めそめそ、けろっと、とか。

やっぱり言葉が出せない感じが続いている。言葉にしたいことがないわけではないのだけれど、自分の中の何かがそれを押し止めているような気がする(という曖昧な書き方をするのもどうだろうと思うのだけれど)。

体調は割と良くなった…ような気がする。ただ、自分が考えるところの「自分のもともとの調子」にはまだ戻ってはおらず、しなければならないこと・したいことをセーブしながら暮らしている。いろいろな人に迷惑もかけている。思うように動けないのが悔しい。

しゃがみ込んでぼんやりと空を見ながら、“いつになったら良くなるのだろう”“いつになったら思うように動けるのだろう”と心細くなる。“しくしく”“めそめそ”という気分。

とか書きながら、意外とけろっとしていたりもする。


“違う違う違う違う違うっ”と言いたくなることが、最近時々ある(別に5回続けて言う必要はないのだけれど)。何に対して、どのように“違う”と思っているのか、自分でもよくわからない。

かと思うと、“そうだな”“そうだね”と言いたくなることもある。

いずれにしても、言いたい気持ちだけはあるのか? 


何を書いてるんだか、自分でも段々わからなくなってきた。何だか、何もかもよくわからない感じ。


2003年07月24日(木) 割と元気にしています

特に体調が悪いとか、特に忙しいとか、特に生活に変化が起きたとか、そういうわけではないのに、日記を書くことができない。言葉が出せないと言った方がいいか。しかしそれは、(この場所で)日記を書くことをやめたいというものではなくて。

とりあえず、良くなったり悪くなったりしながら、割と元気にしています…とだけ。


2003年07月19日(土) あぁ。

今日は割と調子が良かったので、研究会に出向く。昨日までは、今回は休まざるを得ないと思っていた。おそるおそる、という感じではあったけれど。結果としては、出席して本当に良かったと思った。あまりうまく言葉にならないけれど。

その時その時で、言えることを言っていこう、書けることを書いてみようと思ってはいる。それが大切なのだろうということも。けれど、思うことをうまく言葉にできない。“あぁ”とか、“うわぁ”とか、“ぐぇ”とか、“はぁ”としか、言葉として浮かんでこない。しかし、人前で“あぁ”とか“ぐぇ”とか言うわけにいかないので、思うことや意見を述べた方がよい場面(述べなければならない場面)では、結局黙り込んでしまうことが増えた(もともと人前で話すのは得意でないのだけれど)。それでもそこから何とか動いていかねばならないと思うのだけれど。あるいは、しばらく黙り込んでみるのも一つの方法なのだろうか。あるいは、勇気を持って立ち止まるとか。あるいは、あらぬ方向に走ってみるとか。

あぁ。


2003年07月18日(金) うちわ

街頭で、何かの宣伝のためのうちわを配っているのを見た。

今年、うちわが欲しい・うちわで扇いだ風が欲しいと思ったのは、今までのところ、確か6月末から7月初めの数日間だけだったな、と思う。うちわが要る季節だということをすっかり忘れていたような、そんな気がした。そう言えば、うちわの季節だよぉ、と思う。

時々、店先で、何気ないデザインなのだけれどとても心惹かれるうちわを見つけて、ついつい買ってしまうことがある。そんなうちわが、家には何本もある。

夏に懐かしくなるもの。うちわ。扇子。簾。ガラスの食器。氷。蝉。金魚。朝顔。お祭り。…まだまだあるような気がする。いつの間にか、そんな季節になっていた。

うちわを「団扇」と書いてもよかったのだけれど、何となくひらがなで書きたかったです。


2003年07月17日(木) あぁ、夏だ / こんな日 / メモ

午前、所用で外出。朝の9時過ぎに家を出た。家を出た時に、“あぁ、夏だ”と感じた。この陽射しや、この眩しさ、この空気、風景がくっきりと見えること、空の色、蝉の声、。暑いなぁ、疲れるなぁ…と思うと同時に、どこか浮き立つような、わくわくする感じ。

本当は、もう少し早くに夏が来ていたのかもしれないな、と思うと、自分はこの数週間、何にどのように向き合って生きてきたのだろうとも思う。けれど、私にとって、夏を実感したのは今日だった。まだ梅雨は明けていないらしいけれど。


用事が済んでからは、自宅で比較的ゆっくりと過ごした。テレビを見たり、ほんの少しだけ仕事をしたりもした。開け放した窓から、ぼんやり外を眺めて、いい空だなぁとかいい風だなぁと、ふわっと幸せな気持ちになっていた(しかし、少しだけ頭痛)。

頭の中で、懐かしいメロディーのいくつかが回る。子どもの頃にピアノを習っていた時に弾いた練習曲や、幼稚園か小学校低学年の時に歌った歌。メロディーや歌詞の一部分だけしか思い出せないし、題名すらわからないけれど、それでも覚えているところだけでも歌ってみたいような気分。

しばらくは、空を見上げたり、風を感じたり、花や草や木を眺めたりすることを大切にしながら過ごそうと思います。本業もしますが…。


夜、仕事のことで電話。どう対処すればいいのか困り果てたり、やっぱり私が悪かったのだと自責の念に駆られたりしていた。困っても自分を責めてもどうしようもないから、今の自分にできる最大限のことをするしかない(他の人にとってはそれほど困り果てることではなかったのかもしれない…)。


2003年07月16日(水) 優しさ / こんな日だった / 「雲が晴れたら」 / そんな毎日を重ねて

優しい人になりたいな、と思った。“優しい”とはどういうことなのか、うまく説明できないのだけれど、ただ、優しい人になりたいな、優しい人でありたいな、と思う。

「優しいということは強いということだと思う」という言葉を下さったのは、小学校時代の恩師だった。


夜に友人と会った。少しずつ話を聞いてもらい、少しずつ暖かい言葉をもらった。嬉しかった。不安は消えたわけではないけれど、何とかやっていくよ、とまでは言えた。うん、と頷いてもらった。

たまたま入ったお店の店員さんのうちの1人が、とても気持ちの良い人だった。他の店員さんの中でも、ひときわ勢いがあって、元気で、でも注文を聞いてくれたりお料理を持ってきてくれたりする時の言葉や振る舞いに、優しさ・暖かさを感じた。いい人だね、と2人で話した。

この友人に会えて、こんな気持ちの良い店員さんに会えて、そして(全く別の話だけれど)大切な約束が1つできて、そして日記を書くことができて、誰かに日記を読んで頂くことができて、今日はもうそれだけで幸せだったなと思った。


BGM:「雲が晴れたら」(作詞:彩恵津子/作曲:羽田一郎)
NHKで放送されている「みんなのうた」で、かなり以前に流れていた曲(今でも時々放送しているかもしれない)。だからほんの2分程度で終わってしまう短い歌なのだけれど。軽やかで優しくて、思わず笑顔がこぼれてしまうような歌詞とメロディー。1番の歌詞も2番の歌詞も好きなのだけれど、2番の方が好きかな。いや、1番も好きだな。やはり。

 さあ 晴れ間が出たよ 外 出ておいで
 そう 水たまりには 僕がいるんだ
 はねが上がるなんて いじめないでほしい
 いつも君が好きだよ
 Rain drops 灰色の空が
 Rain drops 虹にかわったら
 Tear drops 君のほほえみも 戻ってきた



そんな毎日を重ねて、今日、ひとつ歳が増えました。ここまで生きることができたのが不思議で、でもありがたいと思っています(別に大病を患っているとかいうわけではないですが、本当にそう思います)。


2003年07月15日(火) かなりの弱音 / からしがなかった

今日は優しい天気の日だったなと思った。変な形容だったが、こんな言葉しか浮かばない。

実は今日もほぼ1日寝ていた。しかし、「頑張って起き上がって机に向かおうとしている夢」を何度も見ていたので、あまり休んだ気がしない。

変な話だが、文献や資料を読めば読むほど(…と言うほど読んでいないが)、私が今までしてきたことは全部間違いだったのではないかとか、私はもう何をやっても無理だとか、これからどうしたらいいだろうとか、もうどうしようもないという絶望的な気持ちになる。多少はそう感じることは不思議ではないと思うのだけれど、今まで自分が文献に向かってきた感じとは少し違う気持ちなのだ。決して文献や資料の著者が悪いのではないのだけれど。

そして、こんなことしか日記に書けないことに対して、ごめんなさいと思う。「前向きに頑張ります」と書ければいいのだけれど。書きたいのだけれど。ただ、「前向きに頑張ります」と言えるように、しっかりしたいとは思う。いつも笑顔でいられるように。自分を強くする努力を少しでもしていきたい。

先日、後輩に「倒れてもいいのよ。倒れっぱなしでもいいのよ。一歩も進めなくても、這って進むことすらできなくっても、指一本動かすことができなくてもいいのよ。要は、虫の息でも、息をし続けていけばいいのよ」と一生懸命言っていたのだけれど、何のことはない、自分で自分に言い聞かせていたのかもしれない。

それでも、窓から吹き込んで来る夜風はどこまでも優しくて、あぁ幸せ、と思う。


夕食に冷麺を食べようと思ったら、からしがなかった。私は、からしをつけないので、別にかまわないのだけれど。わさびはある。あと、ふりかけとお茶漬けもない。


2003年07月14日(月) こんな日だった / 忘れるとか忘れないとか / 希望

結局、この土曜・日曜は、ほぼ寝て過ごした。寝る…と言っても眠れたり眠れなかったりだけれど、全身から力が抜けていくようなだるさのために、寝ているしかなかったような感じがする。一応、余力があれば仕事をしようと思い、パソコンの電源はつけっぱなしにしていたのだけれど、ほとんど何もできなかった。なぜこんなに何もできないのだろうと、焦りと哀しさばかりが大きくなっていた。

今日は、大学に行く用事があったので、ふらつきが治まらないような気はしたものの、気合いを入れて起き上がる。服を着替え、髪を梳かし、化粧をしていると、自然と気分が引き締まるように思った。それが良いことなのか悪いことなのか、よくわからなかったけれど。

ただ、家の中でも携帯電話を落っことしたり、ごみ箱にぶつかったりしていたし、やはり街に出ると、ふらふらとして、気合いを入れていないとまっすぐ歩けないような気がした。バスの中から外を眺めていて、“なぜ皆は普通にまっすぐ歩くことができているのかなぁ”と思い、一方で、なぜ自分はそんなことを考えているのだろう…と思っていた。そして今の私は、なぜ自分はこんなことをこの場所に書いてしまいたい気持ちになっているのだろうと思っている。

今後数週間の間は、自宅を中心にして仕事ができるように、打ち合わせをしたり、連絡を取ったり、用事を済ませたり、いくつか資料を持ち帰ったりした。全く大学に行かなくなるわけではないけれど。

体調のことを考えると早く帰宅した方がいいのだろうと思いつつも、大学にいると普通に仕事ができるような気がするので、ついつい長居をしてしまい、帰りは夜になった。とても涼しくていい風が吹いていた。少し寒いくらいだった。気持ちの良い、幸せな夜だなぁと思った。こんな夜の空気に触れることができただけでも幸せだなぁと思った。このまま、どこかに座って、夜風に吹かれながら夜空をぽけっと眺めていたいなぁと思いながらも、実行に移せずに帰ってきた。どこかで、ポンポンと音がしていたのは、花火だったのかもしれない。


もう全部全部忘れられたら、どれほど楽になるだろうか…という考えが一瞬よぎる。でも、しばらくして、やっぱりどんな想いをしても、どんな記憶も、決して忘れたくないと思う。どんな想いを伴う記憶でも、私の歴史だから…と思う。そう言い切ってしまえるほど私は強くもないのも事実だが…。


元気になりたい、何とか調子を取り戻したいと思い、いろいろ手は尽くしています。弱音を吐かずにいられるように。少しでも笑顔で過ごすことができるように。いろいろな弱さや苦しさを溶かしたうえで強くなれれば、と思います。


2003年07月12日(土) 月下美人の花、その後 / BGM(「柳河風俗詩」) / こんな日だった

昨日の月下美人の花の話の続き(詳しくはこちらの日記参照)。

昨夜あれほど美しく咲いていた月下美人だが、朝起きるとやはりしおれていた。でも、それほど悲しい姿には見えなかった。“昨夜ありったけの力で咲いたから、しおれても私は満足だ”という感じにも見えた。形としては、アニメや絵本の中で魔法使いが持っている箒の先っぽみたいな形になっていた。もう咲かないとわかっていながらも、捨てづらくてそのままにしておいた。

家族は月下美人の前でスケッチブックを開いて絵を描いたり、月下美人を眺めながらコーヒーを飲んだりしていた。私は、デジカメで写真を撮ったり、花びらを触ったり、近づいて匂いをかいだり、前・後・横・上・下といろいろな角度から眺めたりしていた。

月下美人を目の前にしてどういう行動を取るかは人それぞれなのだろうけれど、別にどういう行動を取ってもいいのだろうと思う。絵を描く。写真を撮る。文章で表現する。ただ眺めながらコーヒーを飲む。あるいは、敢えて見ないという方法もあるのかもしれない。私は絵を描くのがとても苦手なので、写真を撮る・文章で残すという方法を取って、そしてそれとは別に、身体全体でこの花のことを覚えておこうとして、見たり触ったり匂いをかいだりしたわけだけれど。要は、どのような方法を取ったとしても、自分なりの方法で月下美人に向かい、それで自分自身の中に生まれた印象や想いを自分なりに大切にすれば、それでいいのではないのかなと思った。それは、対象が月下美人ではない場合でも同じことが言えるだろう、と思う。

この世の中で出逢った人にしても物にしても、出逢えたのは何かの縁で、それはものすごくありがたい偶然であろうと思うから、できるだけその時その時の出会いを大切にして会いたい、と思う。


BGM:男声合唱組曲「柳河風俗詩」(北原白秋作詩/多田武彦作曲)
また(?)男声合唱曲。この組曲の4曲目(終曲)が「梅雨の晴れ間」というタイトルだったのを思い出して聴いてみたくなった…というただそれだけの理由で聴いた。「廻せ 廻せ 水ぐるま」という節が繰り返し繰り返し現れる。陽気で活気のあるメロディーが好きだ。

廻せ 廻せ 水ぐるま
梅雨の晴れ間の一日を
せめて楽しく浮かれよと
廻り舞台も滑べるなり
水を汲み出せ その下の
葱の畑のたまり水

(「梅雨の晴れ間」より)


今日は、全身から力が抜けていくようなだるさがずっと抜けずに、ほぼ1日中寝ていた(こんな時間になってから回復してきたので、日記を書いているが…)。思い切って休めばいいのかもしれないけれど、気合いで何とかなるかもしれないとか、休んで回復する保証もないとか思うと休めない。でもこのままでは思うように仕事ができない。なぜ私はこんなにも何もできないのか…と思うと、悔しくて悲しくて不安になる。

いつ死んだとしても後悔のないように生きようと思った。いや…違うな。どうしてもある程度の後悔は残るだろうと思う。でも、…何と言葉にすればいいだろう…、できるだけその時その時を大切にして生きようと、それから、やってみようと思ったことは恥ずかしくてもできるだけやってみようと、そう思った。大きな病気を患っているとか、生命の危険のある仕事に携わっているというのではないのだけれど。

そんなことを書きながら、書かなければならない論文を放ったらかしにしている。今回は書けないかもしれない。何というか…書ける気がしないのだ。


2003年07月11日(金) 今日の天気 / 打開策が見えたか? / 月下美人の花 / 「週末フリーズ」現象

晴れなのか曇りなのか雨なのか、よくわからない1日だった。別に外を見なかったということではなく(いや、でもほとんどの時間を部屋の中で過ごしたのでほとんど外に出ていないのは確かだが。不健康だよな…)、今日はどういう天気だったのか、定義しにくい1日だった。


今の私の状況を比喩的に現すならば、「“私は大丈夫だから。心配しないでね”とだけ言い残して、周りをよく見ずに走り出して、案の定、すぐに何かに思いっきりぶつかって、身体の一部を思いっきりぶつけて、“いたたたた…”とぶつけたところを撫でさすって蹲っている」という感じかな、と思う。何だか、そういう感じのことをいろいろなところでしてしまっている。ありがたいのは、“走り出す”前に助言をくれる人や、“ぶつけたところを撫でさすって蹲っている”時に助けてくれる人…つまり、例えて言うなら、どうやったら痛みが治まるか一緒に考えてくれたり、湿布を持ってきてくれたり、ただ一緒にいてくれたりする人…がいてくれるということだと思う。ありがとう、ごめんね…と思っている。

4月以来、ずっとずっと悩んでいたことの1つであった、とある勉強会の進め方について、担当の先生に呼び出されて話を聞いて頂く。というか、近々私の方から相談に行くつもりではあったので、今日呼び出されたのは好都合ではあった。正直なところ、私自身が限界に近くて、もう続けられない、やめたいとさえ思っていたから。恥ずかしい話なのだが、耐え切れなくなって、同僚の前で弱音や愚痴を言ったり怒鳴り倒すことも随分多くなっていた。一方で、愚痴や弱音を表に出してしまう自分自身の弱さが嫌で嫌でならなかった。その状況は先生もある程度把握されていたようだった。

先生がおっしゃることには、中心になって引っ張っているあなたは随分難しいだろうなとは薄々は思っていた、とのこと。ただ、本当に個性的でいいメンバーなので、それがうまく生かせるように、方針を変えてみてはどうか、それはあなた自身のためにもなるだろうし、やり方によっては随分面白いものができるだろう、別のグループとは違った風になるかもしれないが、従来のやり方にこだわることはないから…とのことだった。

正直、びっくりした。そういうやり方もあるのか…と。“従来の枠”“従来のやり方”“ここで許容される方法”といったものを勝手に想定して、それにとらわれて自縄自縛という状況を作り出していたのは、他の誰のせいでもなく、私だったのかもしれない。以前に書いたことがあるかもしれないが、私の研究室には私のテーマと近いことをしている人がほとんどいない。問題意識の組み方から、方法論、アプローチの仕方に至るまで、他の人達が取っているスタンスと私の取っているスタンスは、微妙に違うし、事によっては全然違うこともあると私自身は思っている。ただ、それにこだわっていたのは私だけかもしれない、と。私が自分で勝手に壁を作っていたのかもしれない。

どうせ、“もう何もかも駄目”“もう何をやっても無理”という状況(と、私自身が感じている状況)まで落ち込んでしまっているのだったら、開き直って思いっきり別の方向に全力疾走してみるのもいいのかもしれない。結果的に無駄になるかもしれないけれど、それをしなくても“もう何もかも駄目”な状況ではあるのだから。

今は、私自身の状態があまり良くなく、完全に混乱してしまっているので、具体的にどうすればいいのかというところまでは考えが追いついていない。ただ、恥をかいても、批判されても、とにかくできるだけのことはしてみようと思う(もっとも、そこまで動く元気がないのも現在の状況ではある)。


近所のお宅で、月下美人の花が咲いたとのことだった。いくつか、切った花をいただいてきた。ペットボトルに挿して(というのがあんまり風流ではないが…)愛でていた。白くて堂々とした大きな花。

小学生の頃、百科事典で月下美人という花があることを知った時に、そこに書かれていた説明が他の花に書かれていた説明とかなり違っていたのが印象に残っている。夜に咲き、しかも一夜限りしか咲かないという。数時間でしぼんでしまうとも。一夜限りの、というのが、たまらなく悲しくもなる。

珍しい花だということは知っていたので、滅多にない機会なのかもしれないと思い、写真も何枚か撮ったのだけれど、うまく撮れているかどうかわからない。それよりも、私自身の身体全体で、この花が咲いた様子を覚えておきたいと思った。目で見て、耳で聞いて、手で触れて、鼻で匂いを感じて、この花のことを身体全体で覚えておきたいと思った。そしてそれを決して忘れるまい、とも。写真は撮ったのだけれど、写真で捉えられないことも随分たくさんあると思ったから。

目で見たところ、堂々とした、毅然とした、華やかな、自信に満ちあふれた…という感じがした。大きくて立派な花。“何があっても私は私なのよ”という感じで佇んでいるように感じられた。ただ、だからと言って、何者をも寄せ付けない冷たさのようなものはなかったと思う。そういうものは感じなかった。むしろ“私の方においで”と言われているような気がした。混じりっけのない、精いっぱいの白。花びらがたくさん。花の中も、ちょっと面白い。おしべやめしべのつき方が。

もっともっと近くで見ようと思って、花のすぐ近くに顔を近づけてみると、頬に花びらが触れた。くすぐったくて気持ち良かった。思わず、ふふ、と笑いがこぼれた。

手で触れると、花びらは厚くてしっかりしていて、でも触った感じはとてもとても気持ちが良くて優しい感じがした。少ししっとりとした感じがした。あまり強く触ると、ちぎれてしまいそうで、壊してしまいそうでもったいなくて、指先で撫でるくらいのことしかしなかったけれど。でも“私は触れられても絶対に壊れないから。大丈夫だから”というような意地?のようなものも感じた。

それから匂い。月下美人は匂いも特徴的だという。とても強い、でもいい香りがした。最初は少しきつい匂いかなと思わないでもなかったけれど、ふと、限りなく優しい匂いだな…と思った。少し懐かしい匂いだとも思った。初めて目にした花なのに。魅力的な匂いだった。

この花は優しいな…と思ったのは、花びらがたくさんあったからかもしれない。全部を包み込んでくれそうな優しさがあるな…と思った。

飽きるまでずっと月下美人の花の前に居たのだけれど、飽きても何となく去り難かった。ふと、前の家が解体になる直前に、前の家に行った時のことを思い出した。あの時も確か、デジカメでたくさん写真を撮ったのだけれど、写真を撮るだけでは足りないと思って、柱や壁を撫でたり叩いたりしていたんだっけ。名残は尽きなかったけれど、それでもいつまでも居るわけにはいかなかったのだけれど、立ち去り難かったということまで、似ている。

よく考えてみると、一夜限りの月下美人に対峙する時でなくても、同じなのかもしれない。人や物と対峙する時にも、ある程度の覚悟が要るのかなと思う。その時その時の自分や相手をよく見て、よく聞いて、体全体で相手の存在を感じようとすることが(もっとも、人によっては、そこまでされると気持ち悪いと思うかもしれない。私も、相手によってはそこまでされたくないと思うかもしれない)。

それはそれとして、明日、しぼんだ月下美人と対峙するのは少しつらい。胸が痛む。ただ、やはり最後まで見届けるべきなのかとも思う。私に見届ける勇気があるかどうか。きちんと見届ける勇気を持ちたい(もっとも、最近は朝起きるのがつらいので、ひょっとしたら私が起きる前に家族が処分しているかもしれない)。


最近、毎週金曜日になるとフリーズしているような気がする。パソコンでなく、私が(詳しくは6月28日の日記参照)。大学に着いた時には虫の息。ゆっくりとしか歩けないし、ゆっくりとしか話せない。人と話していても、何か重要なことを言われているのはわかるのだけれど、半分くらいは意味を把握できないまま、ぽけっと聞いていることもある(失礼だ…)。今日は午後3時頃から解凍(?)してきた。早めに帰った方がいいのかなと思いながらも、少しでも動けるうちにいろいろなことをしておきたいと思って、結局かなり遅くまで居残っていた(それが良くないのかもしれないが)。

今日の日記は、やたらと長くてごめんなさい。


2003年07月10日(木) 「もりのへなそうる」 / 一気に夏 / BGM:「交響曲第1番 ハ短調 作品68」(ブラームス作曲)

図書館で「もりのへなそうる」(著:渡辺茂男/絵:山脇百合子、1971年、福音館書店)(詳細)を借りた。もう、何と言ったらいいのか、すごくすごく好きだと思った。

お話が始まって2ページ目(本文p.9)の

 「ちずってさ、おまえ しらないの?」と、えらそうに いいました。
 「うちや、みちや,かわや、もりや、やまが かいてある え!」
 「ふうん!」みつやくんは、おにいちゃんのかおを かんしんしたようにみました。


という部分で、もう、すごく好きだ、やられた…と思った。

このお話に出てくる“へなそうる”という怪獣?恐竜?変な動物?は、これなのだけれど、このイラストは「へなそうるがかくれんぼの鬼になって、木のかげにかくれて,前足と首と顔だけ出している姿」であるようだ。私はこのイラストだけを見て、へなそうるはたつのおとしごみたいな姿だと思っていたのだが、違うらしい。そして笑う時には「うへん うへん」と笑うそうだ。「からだは、あたまのさきから しっぽのさきまで、あかと きいろの きれいなしまもようです。」(本文p.45)は、イラストで見るとなかなか強烈。

…へなそうるが実在したら、ぜひぜひ一緒に遊びたい…。

他にもいろいろ絵本や児童書を探したかったのだけれど、とりあえずこれだけ借りて図書館を後にした。


体調があまり良くなかったので、大学に行かなかったのだけれど、ほとんど何も仕事をしていない。午前に少し出歩いて、午後に写真を撮った(「そよ風」に掲載)以外は、ベッドで横になったり、机の前で茫然としながら1日を過ごした。

それにしても、一気に夏になったという気がする。昨日今日はとても陽射しが眩しくて、暑かった。夕方から夜にかけて雨が降ったりやんだりしていた。降る時は本当にすごい音を立てて豪快に降る。窓の外から“雨の匂い”がして、懐かしい気持ちになった。大雨の中を傘をささずに雨にぬれながら歩いてみたいなぁなどと、子どもみたいなことを考えることがある。

過ごしにくい季節ではあるのだけれど、私は7月という月が割と好きで、今年もこうして夏を迎えられたことを何より嬉しいことと思う。

夏ばてにはどうかどうかお気をつけ下さい。


BGM:「交響曲第1番 ハ短調 作品68」(ブラームス作曲)
第1〜第3楽章も好きなのだけれど、第4楽章の、「懐の深い」「おおらかな」という印象の旋律が特に好きだなぁと思う。優しい感じがする。何となく「海を目の前にして静かな気持ちで佇んでいる」という気持ちになる。


2003年07月09日(水) 一言だけ

時々、“今日は私は日記を書いてはいけない”“私は言葉を発してはならない”と、何の根拠もなく思う日がある。こう思い始めると、これ以上のことは言葉にすることさえ怖い。

今日はそういう日みたいです。

何を誰に願うのかよくわからないまま、ただひたすら願っている。
何を誰に許してもらうのかよくわからないまま、ただひたすら許しを請うている。

“どうか、…”とまでは言葉になるものの、その先の言葉は何かに引っ掛かっているようになっていて、出てこないのです。

どうか…。


2003年07月08日(火) 本を探す / まずまず元気です / でもちょっと弱音

1つずつ取り組んでいく、ということを心がけながらここ2〜3日を過ごしている。一気にできなくても、ゆっくりでも。

昨日、ふらりと本屋に立ち寄り、本を1冊衝動買いした。いろいろな本を見ているうちに、“そういえば現在執筆中の論文のための資料を集めなければならないんだった…”と思い出し、その足で図書館に行った。でも、図書館にいた時間のうちほとんどの時間を論文と直接関係のないテーマの書架の前で費やした。借りた本も半分くらいは関係のない本。本をずっと持っていたので左腕が痛い。

今日は空き時間に図書館に行って再び資料を探す。…が、やはり関係のない本を1冊借りてしまう。その後、本屋に行って本を1冊買う。

先月から本を借りたり買ったりすることが妙に増えたが、全く読み切っていない。読みたい気持ちはあるのだけれど。

本屋に行った時に、『だじゃれしょくぶつえん』(文:中川ひろたか/絵:高畠純、2003年、絵本館)(詳細1)(詳細2)という本を見つけ、とてもとても心惹かれた。買おうかと思ったが思いとどまった(でも今も、欲しいな…とちょっと思っている)。いろいろな駄洒落と絵が描かれている本なのだけれど、「小豆が頬を押さえながら『ア、ズキ』と言っている隣で、豆がお豆腐をつつきながら『おだいずに』と言っている場面」のページが一番気に入った。


昨日と今日は割と体調が良い。今も少し頭痛はするのだけれど(図書館で立ったり座ったりしていたから立ちくらみを起こした気がする)、先週に比べればかなり調子がいいように思う。

実は、いつまで経っても調子が戻らないので、病院に行こうと思っていたのだが、こうなってくるとどうしよう…と思う。お医者さんが嫌いだとか、お医者さんにかからない主義だというわけではないのだけれど、「この状態はお医者さんに行くほどのことではないのかもしれない」「この状態は自分が変だと思っているだけで、本当は元気なのかもしれない」と思うと、何となく気後れしてしまう。割といつもそんな感じ(確か、3月に花粉症で眼科に行った時もそうだった)。

いろいろな人の力を借りながらでも、少しずつでも自分自身で自分の道を歩きたいと思う。


陽射しの強い、眩しい1日でした。皆様もどうかお体にお気をつけください。。(7月8日 21:20)


追記:
でもちょっと弱音。

今日、明日、明後日…くらいは何とかやっていけそうだと思う。でも、1週間後、2週間後、…1ヵ月後…というスパンで考えると、あれこれと考えてしまって、潰されそうになる。もう駄目だ、もう絶対無理だと思う(何が駄目で何が無理なんだろう…)。それでも、1つ1つゆっくりと歩んでいって、「今日」を積み重ねていけば大丈夫なのかなと自分に言い聞かせてはいるけれど。焦りばかりが大きくなる。それでも、「いろいろな人の力を借りながらでも、少しずつでも自分自身で自分の道を歩きたいと思う」のは本当。すぐに挫けそうになるのも本当。

今日が二度と来ないのは自分へのメッセージ
大事にしてから役立てなさいと
次の1秒それが未来で思い出の絵になる
いつがそうなのか
今はまだ わからない

(平松愛理「宇宙でたったひとつの今日」)

結果的に今日の日記の表題が変なものになってしまった。「まずまず元気です/でもちょっと弱音」って、それ何だよ…という感じだけれど、これが正直なところでもある。(7月9日 2:30)


2003年07月06日(日) こんな日(論文や鉄板焼き) / 読んだ本(平松愛理『ゲキツー!!−子宮内膜症との闘いの日々』) / 明日は七夕

2時過ぎに寝て、5時前に一度目が覚め、8時過ぎにもう一度目が覚め、起き上がったのは10時頃。その後、あまりの頭痛にもう一度寝て、無理やり起き上がったのがお昼の12時。

思い切って気の済むまで休むつもりの休日だったが、午後に少し元気になったので、論文の続きを書こうと文書ファイルを開いた。1年前に進めて、半年前に一度まとめて、その後は手をつけていなかった研究。とても苦労しそうだと思ったけれど、その「苦労しそうな感じ」をとても愛しく思った。絶対書けないと思い込んでいたけれど、書けるかもしれないと思った。そう思っている限りは、今の場所に居たい。

思いっきり回り道をするのもいいかと思ったりもする。許されないかもしれないけれど。

お昼過ぎまで食欲がなかったものの、夕食は普通に食べることができた(と言っても、体調の良い時よりは少し少なめだったが)。今日は鉄板焼き。自分の家の裏の畑で取れたピーマン、ししとう、茄子、キャベツ。近所の人にいただいた玉葱、とうもろこし、にんにく。スーパーで買ってきたかぼちゃ、肉(すき焼き用だったが…)など。


今日、読んだ本。
平松愛理『ゲキツー!!−子宮内膜症との闘いの日々』(2001年刊、講談社)

読んでいろいろなことを思い、いろいろなことを感じたのだけれど、それを言葉にする力は、今の私にはない。決して逃げるつもりはないけれど、言葉になるまで待とうと思う。印象に残った部分だけ、書き残しておく。震災の直後に、平松愛理さんが故郷の須磨区に戻られた時のことを(のことを回想して)書かれた箇所だ。

 昨日持っていた価値観が、今日根こそぎ変わってくのを感じた。当たり前のことが、当たり前に行われることを前提として、人は生きている。その上に価値観があったのだ。
 全部失くなったら、今まで見もしなかった、気にもとめなかったことが、どれだけ大切かを教えられる。価値観は他人に教えられるものではない。人と支え合いながら、自分で感じて何かをやろうと立ち上がった時、その時に変化し、自分で掴むものなんだ。
 私は、「前向きになろうよソング」は、しばらく書けないと思った。落ちこんでる人の隣に何気なくいて、その人が自らで何かを悟り始めたら、「うん、そうだと思うよ」って、一緒にうなずけるような歌を書きたいと思った。
(p.140)

私はいい本だと思った。読み手の立場や性別によって感じ方は変わるかもしれないが…。


明日は七夕だ。近所の家の玄関や、ケーキ屋さんの入口に笹飾りがあるのを、懐かしく愛しい気持ちで見る。小さい時は、折り紙でいろいろな飾りを作ったっけ。輪っかをつないだのとか、ちょうちん、お星さま。折り紙を小さく折って、切れ目を互い違いに入れて、開いてびよーんと伸ばせば天の川ができる。それから、願い事を書いた短冊。私は不器用だったからあまり上手には作れなかったけれど、折り紙を折ったり切ったりしてちまちまと作業をするのは大好きだった。

もう笹飾りを作るような機会はなくなってしまったけれど、何を願おうか。

私の周りの人に(この日記を読んで下さっている方に)、幸いがたくさんありますように、苦しい思いをすることのないようにと願う。ただただ、そう願う。

それから自分のことも少しだけ願おう(我儘かなぁ)。早く元気になりたい。元気になりたいと思えるだけの元気を取り戻したい。まだあきらめたくない。


2003年07月05日(土) 近況 / したいこと / 餃子を作る / 食器と前の家の思い出 / 語ることと忘れたくないこと

あぁ、今日も日記を書く力がない…と、ついさっきまで思っていたのだが、たった今、するするっと書けそうな気分になったので、するするっと書くことにする。書ける時に書いておかなければ、いつ何時、書けなくなってしまうかわからないという不安がある。…いや、よくよく考えれば、書けなくなっても別にかまわないのだけれど。

今日もあまり調子が良くなく、寝たり起きたりしていた。寝込むほど調子が悪いわけではない。しかし、起きて仕事をする元気もない。あれもしなければ、これもしなければ…と思うと、どんどん苦しくなってくる。無理やりにでも元気でいなければならないんだろうなとも思うが、そう思った矢先に頭痛が襲ってきたりする。


仕事と関係のないことをしたい衝動に駆られている。本来その前にやり遂げなければならないことがたくさんあるのに。でも。詩を読みたい(詩集を探しに行きたい)。紫陽花を見に行きたい。美味しいお茶を買いに行きたい。海を見に行きたい。腹筋使って歌を歌いたい。楽器を吹きたい。“へなそうる”(これ)を探しに行きたい。あの街やこの街を訪れたい。絵本や児童書を読みたい。


今日したことと言えば、夕食に餃子を作ったことくらい。しかも、白菜や韮をみじん切りするだけのことに、かなり長い時間をかけてしまい、こんなに要領が悪くてのろいんだから私は何をやっても駄目なんだな…と自己嫌悪に陥る。しかも切り終わって挽肉と混ぜ合わせたら野菜の量が多過ぎてうまく混ざらず、何をやってんだ私…と思う。冷静に考えたら些細なことで落ち込みすぎているような気もするな…。ただ、具を餃子の皮に包むのはかなり器用にできるのではないか、と自分では思っている(それもスピードは遅いが)。

ここ数日食欲がない私だが、割とたくさん食べることができたので良かったなとも思う。後で少し胃の調子が悪くなったけれど(あまり食べていなかったところにいきなりたくさん食べたから、胃がびっくりしたのかな)。


夏が近づくにつれ、素麺や冷やし蕎麦を食べることも増えるが、そういう時に使うガラスの食器を、引っ越しの時にどこかにしまいこんだままだったので、今日はそういう食器を物置から引っ張り出して洗っていた。

ガラスの食器だけでなく、いろいろな食器が出されてきていた。その中には、前の家に居たときには毎日のように使っていたのに、こちらの家に来てからほとんど使わなくなった食器もあった。

あの時、私は既にここで日記を書いていて、確かその時に“環境の変化”と書いた覚えがあるが、本当にいろいろなことが変わったなと思う。前の家のことを思い出すと、どうしてもつらくてやり場のない思いになって、自分の中のある部分がとても不安定になるような気がするので、普段は極力思い出さないようにしている。もう今の家での生活にも慣れたし、よその家に寝泊りしているという感覚はなくなったけれど、こういうものを見ると、あぁ…と思う。

他にも、「前の家に居た時は毎日のように使っていたのに、こちらの家に来てから全く使わなくなったもの」がある。その中にはすでに廃棄してしまったものもある(電子レンジとか)。いつか、つらくなく思い出せる日はくるのかな。そういうものに、恐怖を感じずに対峙することができる日は来るかな。


過去に生きていた、「彼女」のことについて。

語らなければ誰からも忘れられてしまう、と思った。私が覚えていたとしても、皆は忘れてしまうだろうと(既に大多数の人は忘れているだろうし)。だから、語らなければいけないし、語りたいと思うのだけれど、私自身がそのことを語るのにある種のつらさや苦しさはあるし、語ることがいいことなのかどうかもわからない。でも忘れられてしまうのは寂しい。しかしこのまま語られずにいて、このまま忘れられる方がいいのかな、そして私自身も忘れてしまった方がいいのかなとも思う。けれどそれはやっぱり寂しい。

先日、夜眠ろうとして眠れなかった時に、ふと彼女の名前が浮かんで、声にならない声で、彼女の名前を呼んでみた。泣いた。まさか今になっても自分が泣くとは思っていなかった。

先日の日記(「そよ風」だったか?)に、「私は『彼女』を生かしたかった」と書いた。それも事実なのだけれど、彼女が生きていたということを残したかったのだけれど、同時に、私は、彼女を失った後の自分をどうにかして生かしたかったのかなとも思う。そう思うと、随分私は自分勝手だとも思うのだけれど。どこまで私は自分中心な奴なんだとも思うけれど。


2003年07月04日(金) 近況報告 / 今日見た美しいもの(空・凌霄花・月) / きっかけ / 詩を読みたい / BGM

いつの間にか7月になっていた。私を置いてけぼりにして季節がどんどん過ぎていくなぁと思い、そのことに不安と焦りを覚える。結局、6月に私は何をしたんだろう。何もできていないような。

正確には現在は7月5日の午前3時頃なのだけれど。

こんなことを書くのはよくないと思うのだけれど、正直なところ、最近、睡眠の状態がおかしくて困っている。今日(昨日?)もかなり疲れていたので、22時少し前に寝たのだけれど、その後、0時30分頃、2時30分頃と、ほぼ2〜3時間ごとに目が覚めている(大きな音がしたなどの理由も思い当たらない)。今は、なぜか、しゃっくりが止まらなくて、ますます体力を消耗しているような気がして、とても心細くて、つらい。実は食欲もあまりなくて、何かおいしいものを食べたいなと思うも、自分が何を食べたいのかわからない。

スケジュール的には、大きな負荷のかかるところは既にほとんど超えてしまっているので(全部は超えていないが)、そのうち何とかなるかなと思っているが、いつまでこの状態が続くのか、不安になる。もともと私は、少し食べ過ぎ、眠り過ぎというくらいだったので、こういう状態になってしまって、どうすれば良いのか途方に暮れている。

もう何もかもだめだ、何をやってもだめだと思う。何をしようとしても悲しいばかり。もう何もしたくないし、するだけの気力も残っていないと思う。でも、それと矛盾するようだけれど、まだまだいろいろなことがしたい。読みたい論文もあるし、書きたい論文もあるし、進めたい研究もあるし、訪れたい街もあるし、会いたい人もいる。それも本当の気持ち。あきらめたいという気持ちと、まだあきらめたくないという気持ちの間で、ふらふらとしている。


今日(昨日)見た美しいものは、18時30分頃の南の空の青さ。夕方には、相当お天気が悪くなっていて、厚く重い雲に覆われて薄暗くなっていたのだけれど、ひょいっと南の空に目をやると、南にだけはところどころに青い空が見えた。綺麗だった。周りとのあまりのギャップが印象に残った。なんだか、そこだけ別世界のような。

それから、傍若無人に伸びる凌霄花の生命力。それから、久しぶりに見た、薄いお月さま。


何かきっかけがあれば、いい方向に転がっていくかなという感じがしないでもない。ただ、その取っ掛かりを見つけて育てていくだけの気力と体力が、今は全く残っていない気がする。苦しい時こそ気合いを入れて頑張ろうとも思うし、そうありたいと思うのだけれど、起き上がるのがやっとという状態ではなかなかそこまでの力が出ない(外出するのもきつくなってきた)。

人が好きなのに、人見知りがきつくて、初対面の人には恐怖心が先に立ってしまう性格があまりよくないのかもしれない。

ごめんなさい。あんまりうまく説明できない。


詩が読みたい。「吉田加南子詩集」を借りた(こちら)。詩集『定本 闇』が好き。あと、「はるが きて」という評論も好きだ。

久しぶりに吉原幸子さんの詩集も読んでみようかとも思う。

詩を読むと、静かで強い気持ちになる。何があってもしなやかに毅然と立っていたいと思う。自分がそう在ることができているかどうかはともかく、そう思う。憧れる。


BGM:「スター・ウォーズより“王座の間”“エンドタイトル”」
あんまり午前3時に聴くような音楽ではないだろうと思いつつ。でも好き。


書けることから、書ける時に、書きます。書けないこともあるかもしれないけれど、それと、書く段階で自分の都合の良いように語っているのかもしれないけれど、それも全部含めて、私だ、と思っています。

追記:しゃっくりは止まった。良かった…。眠れるかどうかわからないけれど、もう一度眠ってみます(2003/07/05, AM4:20)。


2003年07月03日(木) 一言だけ

そよ風」が開かなくなっているので、こちらに。

日記、書きたいのですが、書きたいという気持ちはあるのですが、今は書く力がないです。

書かなかったら、きっと忘れられてしまうんだろうとも思います。そう思う自分はずるいとも思います。

もしも良ければ、書けるようになるまで待っていてもらえますか。気が向いたら、でかまいません。それは今夜かもしれないし、明日かもしれないし、もっとずっと先になるかもしれない。自分でもわからないのですが。

ごめんなさい。なんだか、あらゆる人やものに対して、申し訳ないと思う。ごめんなさい。


2003年07月01日(火) 昔に見た夢の話、昔の思い出の話、近況、とか。

そう遠くない昔のことのような気もするし、ずっとずっと昔のことだったような気もする、そんな過去のある時の話。

彼女が、もう二度と会うことのできない遠いところへ旅立ったという知らせを聞いた日の夜、私は夢を見た。

夢の中には、私は彼女と会っていた。彼女はいつもの通り、穏やかな笑顔でそこに座っていた。でも、夢の中の私は、もうこれで彼女と会うのは最後だと、明日からは決して彼女に会うことはできないと、なぜだか知っていた。そして、私がそれを知っているということを、彼女に悟られてはならないと思っていた。

夢の中で私は、彼女の手を握り締めて“じゃあ、またね”と言った。“また会おうね”と。それが、決して叶わないものであることを、夢の中の私は知っていた。知っていて、でも、“また会おうね”と言っていた。彼女は黙って、穏やかに笑っていた。つないだ手を、いつまでもいつまでも離したくなかった。いつまでも手を握ったままでいたら彼女に変に思われてしまう、いつものように別れなければいけない…と思いながら、この手を離したら終わりだと思い、手を離せずにいた。結局、夢の最後はどのようであったのか、今となってはよく覚えていない。

夢から覚めると、そこはいつもの自分の部屋で、電気がついたままだった。どうしても電気を消して眠る気になれずに、電気をつけっぱなしで眠ったのだった。一瞬、どこからどこまでが夢だったのかわからなくなり、眠る前に聞いた知らせさえも本当は夢だったのではないかと思い、茫然としていた。何が夢で何が現実なのかわからなかったから、泣くに泣けなかった。

あの夜から、随分長い時が経ったような気もするし、それほど時が経っていないような気もする。あの夜から、自分や自分の周りのものがどう変わったのか、それとも何も変わっていないのか、よくわからない。ただ、人と別れる時に、少し苦い怖さを感じるようになった。それはできるなら感じずにいたいことでもあるけれども。あの時に無自覚に手を離してしまった自分への後悔。

別に、今日の出来事というわけではなく、かと言って今日の出来事と全く関係がないわけでもないのだけれど、書きたくなったから書いてみた。

もう大切な人の手を離すまい、とも思う。“また会おうね”って言ったなら、必ずまた会いたいんだ。絶対に会うんだ。だから、また会おう。必ず。会うまで忘れないから。ずっとずっと気にかけているから。


華やかで楽しい場にいて、本当に楽しい光景が目の前にあるのに、時々涙がこぼれるのはなぜかしらと思う。悲しいわけでも寂しいわけでも、つらいわけでもないのに。敢えて言うなら懐かしさと後悔。

過去のある時に、確かにあったことが、今となっては夢の中のことだったようにも思われる。自分がどこに立っているのか、わからなくなってくる。


私は、何をやっているんだろう、と思うことが増えた。何もできない。今までしてきたことも全部無駄なことだったのではないのかと思う。周りから“無駄ではない”と言われたとしても、自分自身がそう思い込んでしまっているから、どうしようもないところはある。


ええと。思いっきり正直に書くと、あまり調子は良くないです。いつフリーズするかわからない感じ。パソコンでなく、私が。それでも何とか大丈夫だと思います、大丈夫にします、としか、今は言えませんが。大丈夫にするしかないし。


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