池ポエム
ハンス



 君への気持ち(冬用)

 病院はいつ来ても静かだ。そんな当たり前のことを、ここに来る度に思う。
 受付や待合室は、会話や咳込む音、子供の声が賑やかだけど、個室の病室ともなると余計な物音はほとんどしない。時折廊下を誰かが歩いていく足音がして、余計に静けさが際立つ。
 どこかの個室で訪問者がドアを開けた音がした。
 個室に移ってからは、何かと物を差し入れしやすくなった。本当に入り用な物から、余計な物まで。前に面会時間もとうに過ぎて、消灯時間も過ぎた頃に届けた木刀が目に付く位置に置いてある。そのすぐ横に、もっと小さな似た形の木刀が寄り添っている。
 入り用かどうかはわからないが、こちらが是非渡したい物は色々あるのだ。それが想いってものなのだろうと順は思う。今日、学校の友人から託されて持ってきたコレだって、そんな想いの一つ。
 「何、これ」
 「開けてみて」
 小さな袋を渡されて、夕歩は不思議そうな顔をした。袋はお年玉袋サイズ。とても小さい。
 手触りがモコモコしているのが余計に不信感を煽ったのか、少し眉を寄せて順を見つめてくる。
 「変なものじゃないよ。ホントホント」
 日頃の行いが悪いせいか何なのか。夕歩はしばらくじっと順を見ていたが、やがて袋の折り曲げてある口を開いて、中から柔らかいものを取り出してくれた。
 指先に毛糸の感覚。手の平に乗るくらいの小さなセーター。
 「人形用?」
 人間なら、夕歩の細い指でも人差し指と中指を入れたらいっぱいになってしまう。小さいのに、ピンク色の毛糸で丁寧に編まれたセーターを片手に乗せて、視線を落とす。
 「はやてちゃんから、しげ菜に」
 「あ」
 本来なら星奪り用の刀に付いているはずの、小さな猫のマスコット。今は大切に病室に持ってきていた。
 言われて、すぐにしげ菜を取り出す。人形に意志や性格があるかはわからないけど、しげ菜はどこか夕歩に似ている。
 小さい体に小さい服を着せて、眺めるとそれは立派な冬仕様のしげ菜になっていた。
 手の平のしげ菜を間に挟んで、なぜかしみじみと夕歩が言った。
 「チビっ子って、器用だよね……」
 順が頻繁に見舞いに行っていることは、綾那やはやてはとっくに知っていた。無理もない。明らかに面会時間外の時間帯に出かけて行って、そのまま寮に戻らないことも多々あるのだから。点呼の時に、順がいるフリしてくれる綾那には感謝してもし足りない。
 その日も、順の出かける素振りを察したはやては慌てて部屋へ何か取りに行って、戻って来た時に小さな袋を渡されたのだった。しげ菜にクリスマスプレゼント、って。
 「順は?」
 「あたし?」
 しげ菜が可愛いピンクのセーターを着せてもらったのだったら、その相方はどうなのか。夕歩の一番の関心はそこにあったようだ。順はフッと不敵に笑うと、刀から外して持ってきたエロしげを取り出す。
 「エロしげも、あるんだ」
 しげ菜に向き合うように、バーンと登場したエロしげもまた、黄緑色のセーターを着ていた。
 いつの間にか、ちょっとよその人がいる場所で口に出すにはアレなエロしげという名前も、ごく普通に呼んでしまっている。この間、看護士や医者の先生がいる場所で、うっかりエロしげと言ってしまって恥ずかしい思いをしたことがあった。夕歩にも頭を叩かれた。
 綾那なんかは、エロしげの名前が思い出せなくて言ったセリフが、
 「何だっけ。あんたのエロいネコ」
 意図していないのにいかがわしさが増している。
 公共の場では何か伏字で呼んだほうがいいかもしれない。何より夕歩の口から「エロ」という単語が出る度に、順の心臓は少しドキッとする。
 「お揃いだね」
 夕歩はあまり表情を変えずに、二匹をそっと並べた。ピンクと黄緑。
 「なんていうか、これってペアルック?」
 「チビっ子が作った人形は、みんな着てるんじゃないの」
 「あ、それもそっか」
 確かにはやては、自分のにも綾那のにも、桃香のにもその刃友のにも、貴水という二年のにも、同じセーターを渡していた。それぞれイメージに合った色の、同じ形のセーター。
 学内にいくつ出回っているのか、全部は知らないがみんなお揃いなのだ。
 エロしげなんかも、衣服を着せられてどこか理性的に見えないこともない。
 「服を着てればそう簡単には襲われないでしょ」
 「誰が」
 ベッドの縁に二匹仲良く並んだ姿はほのぼのしているのに、つい順は癖で違う発想をする。夕歩の冷たい視線がすかさず突き刺さる。
 「いや、エロしげも服を着ると多少文化的になるかなー、なんて」
 「……この人、危ないから離れようね」
 夕歩はしげ菜だけを取って、保護するように両手で包んだ。
 「やだなぁ、冗談だってば。ほら、せっかく会えたのに離れてちゃ寂しいでしょ」
 エロしげを夕歩の手にギュッと押し込める。手の平の中で、二匹はこれ以上ないくらい密着して一塊になった。
 寒い冬だから、それくらいでちょうどいい。来週には初雪も降ると言う。
 「そっちの二匹もいいけど、さ」
 順はベッドの上に身を乗り出した。夕歩の片腕に触れ、反対の手で人形二つを脇へ避難させる。夕歩も自然に手の平から人形を離して、空いた手で近づいてくる順の体を掴む。
 人間のほうだって、人形に負けず劣らず寂しい。
 物に託しても託しきれない想いがあるから、少ない時間を見つけて会いに行く。
 雪が降ったのは、その日から3日後のこと。


 「っていうかさ、上半身はいいけど下半身ハダカのままだよね」
 部屋でいつもみたいにはやてとじゃれていると、話題はしげるシリーズ用セーターのことになった。チマチマと編み棒を動かすはやては、ハッと顔を上げてみるみる顔を赤くする。
 「どうしよう、じゅんじゅん。やっぱりパンツも作るべき?」
 「う〜ん」
 想像してみると、どうもマヌケでいけない。逆に何かナマナマしいし。
 「綾那ー、どう思う?」
 「私に聞くな。どっちでもいいだろ、そんなこと」
 一人いつものごとくゲームに興じる綾那は、素っ気無く切って捨てた。ビシューンガシューンという破壊音が部屋に響く。はやてがうーんうーんと呻いていると、しばらく経って再び綾那が言った。
 「どっかの黄色いクマも、下は穿いてなかったんじゃないか」
 「あ、そういえば」
 「そっか!!」
 あのクマは、世界的に有名なキャラクターなのに上半身は赤シャツ、下半身はハダカなのだ。
 こうしてしげるシリーズは、上着は用意されても下に穿くものは何ひとつ作られないことに決まった。

2005年12月04日(日)
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