池ポエム
ハンス



 ひつぎさんと餅つき・交渉編

 「よかったんでしょうか、あれで」
 生徒会室の窓から見る風景は、すでに落ちた葉と葉のない枝の目立つ冬景色。窓を開けていると冷たい風が吹き込んでくる。いつかみたいにまた風邪でもひいたらたまらない、と静久は窓を閉めた。
 自分以上に、風邪をひかせる訳にはいかない大切な人は目の前で満足げに微笑んでいる。
 「まさに適材適所ね」
 静久より一つ上なだけで未成年には変わりないというのに、すでに為政者の貫禄が彼女を包んでいる。長らく学園の采配を執り行ってきたせいか、年よりずっと大人びた発言も多い。
 「餅つきにアレほど適した人物もいないわ」
 まともな発言の三倍ほど、意味不明な発言も多かったが。
 気を取り直して静久はいつもの定位置に歩み寄った。餅つきに適した人物と評された玲は、すでに足音荒く退室した後である。まぁ、そんな評価を受けてスキップして帰る高校生の方が珍しい。その後ろを、いつものごとく紗枝がついて行ったから何とかしてくれるに違いない。
 己の力及ばぬ事態に、すっかり微妙な他力本願が板についた静久であった。
 「そういえば、ひつぎさん」
 玲と紗枝、そのもっと前にとっくに帰ってしまっていた紅愛とみのり。全員がいなくなり、二人だけになって静久は改めて呼称を変えた。ひつぎもまた、刃友の前で見せる素直でおもしろがりな年相応の顔に戻る。
 「どうして神門さんが餅つきに最も適した人なんですか」
 杵でつく役を任命するに当たって、最初から最後までひつぎが言いっ放しだった玲一押しの理由がいまいちわからない。ここに本日集まっていた面々は、誰を選んでも普通の高校生以上には力持ちな人ばかり。
 何より、ひつぎの刃友として誰にも負けたくない静久は少しおもしろくない。真っ先に任命してくれたって、いや任命されなくても立候補する気満々なのに。
 「力ですか?でも力なら私だって……」
 いつの間にかひつぎの執務机に両手をついて、顔を突き合わせて勢い込む静久にひつぎの口元は笑い出す寸前だった。
 「ちょっと、ひつぎさん!」
 何笑ってるんですか、と更に静久が顔を赤くする。
 「別段深い理由なんてないわ。なのに貴女ったら」
 「え……お、教えてくださいよ」
 「知りたい?」
 おかしくてたまらないという様子のひつぎと、真剣そのものの静久。真正面から見つめあう二人の間にある、温度差のある緊張感。やがてひつぎは淡々と言った。
 「似合うからよ」
 杵を持つ姿が。
 「貴女も想像してごらんなさい、静久」
 と、自分で言いつつ早速杵を持った玲を想像したのか、早速ひつぎは吹き出していた。
 窓はしっかりと閉めたはずなのに、部屋の中がぐっと冷えた気がした。


 紗枝が黙って玲の肩を叩く。ひつぎも黙って、玲をうやうやしく叩いた。
 いまいち苦手な二人から理不尽な任命を受けて、玲は心底頭が痛そうな表情をしている。静久はその光景を見守りながら、両手を合わせて玲の方に向かって頭を下げていた。
 そもそもは、玲の相方であるはずの紗枝が餅をつく役の人が必要だと言い出したのがきっかけだった。
 紗枝は視線をひつぎに送り、ひつぎは黙って静久を見つめてきたのだ。もちろん、静久に断る理由なんてない。餅つきは高校生が寄り集まってやる遊びとは到底思えないけど、それはひつぎのこと。まともな行動をされるほうが今更怖いから、反対する気も起きない。
 なのに、この時、唯一餅つきに反対していた玲の方をつい見てしまったのだ。本当に、何の気なしに。
 それをどうとったのか、二人はやおら玲を餅つき係と見なしてしまったらしい。もう、本当に、謝るしかない。済まぬと、侍らしく謝罪のジェスチャーを送る静久。
 それを見て玲は深いため息をついた。
 「あー、宮本。もういい。わかった」
 「では、決定ね」
 「お前に言ってんじゃねー!!」
 そしてどういう訳か、ゲームに負けたら玲が餅つき役を引き受けることになったのだ。なんで玲がこんな不利な状況に追い込まれているのか、よくわからない。いや、ひつぎと紗枝という二人が無言でタッグを組んでいる今の状況が始めから玲には不利なのだ。
 ゲームは簡単。玲の最近できたニックネーム『ミカどん』。これで呼ばれて返事をしてしまったら玲の負け。何があっても反応せず、他の『玲』『神門さん』等でちゃんと返事をすれば玲の勝ち。餅はつかなくてもよい。
 猪突猛進型に見えて意外と考えている玲、序盤は冷静にミカどん以外でのみ返事を返す。
 「神門さん」
 「……おぅ」
 「玲」
 「……うん」
 「ミーカどん」
 「……」
 こんな調子が10分ほど続いた。もっと単純に引っかかると思っていたのだろう、ひつぎと紗枝はおもむろにタイムを取った。
 そしてタイムを終わった時、一つの異変が室内には起きていた。静久は、この光景を見て叫びそうになったが、素早くひつぎが寄って来て口を塞がれた。玲はまだ気づいていない。玲の死角となっている位置から、とある異常事態になっている紗枝がそっと歩み寄る。
 「ミカどん!」
 「チビ!!」
 言った瞬間の、玲のしまったという顔は見事だった。こんなに表情に出るなら、ババ抜きでもやった日には大変なことになるだろう。
 玲がつい反応してしまった黒鉄はやて顔がすっとどけられて、下から紗枝が現れる。
 「……何してんだお前は」
 今度は明らかに呆れた顔になる。無理もない。紗枝が持っていたのは、黒鉄はやての顔をかなりリアルに再現したお面だった。頭のてっぺんに生えている一本の長い毛もちゃんとあった。
 「玲の負けー」
 「いやだから、それわざわざ作ったのか?」
 写真を元に、ひつぎが最大限の絵心を発揮して作ったらしい。
 「お前ら、肖像権で訴えられるぞ」
 「あら。難しいこと知ってるのね、玲」


 餅つきの日取りは冬休みに入った最初の日。
 そして1週間程経てば、今年も終わる。色んなことがあった。主に後半辺りから、より周囲が賑やかになった気がする。
 ひつぎが楽しそうにしているなら静久はそれだけで嬉しい。
 また来年も変わらず、ずっと側にいたい。
 「静久」
 「は、はい」
 その整った横顔を見ながら感慨に耽っていた静久は、ひつぎの優しげな眼差しにハッとした。
 「今年の紅白、どっちが勝つかしらね」
 「ひつぎさん、いつも途中で寝ちゃうじゃないですか」
 「サブちゃんは、紅か白かどちらかしら」
 「それは絶対白です、ひつぎさん」

2005年11月28日(月)
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