池ポエム
ハンス



 綾那も特訓すればいいと思うよ

 「そこかっ!」
 刃が一閃。へらへら笑っていた順にまともに当たり、綾那は心の中でガッツポーズをした。
 が、それも一瞬のこと。手ごたえのあまりのなさに、駆け抜けた後の背後を振り返る。確かに順の形を成していた人形は、煙のようなものを吹いて、宙に消えていった。
 「また、はずれか」
 刀を構え直す。今朝から山中で繰り返すこと数十回。いまだ本物に当たった試しがない。奇妙な忍術を使うとはいえ、ここまで実力差があるとは思わなかった。
 額の汗を拭う。秋も深まり、夜など肌寒いほどの今日この頃。しかし今の綾那は上半身半袖。にも関わらず汗が止まらない。
 枝の上から微かな葉音がして、綾那は持っていた刀をそちらに向けて真っ直ぐ放った。
 バサッと茂みに音を立てて刀が刺さる。しばらく待ったが、何事も起こらない。はずれ。
 武器も放り投げてしまったことだし、綾那はしばらく膝に手をついて休息を取った。あの時の仕合いではギリギリ勝利したが、やはり普段飄々としているルームメイトは只者ではない。
 「うーん、白いシャツは透けるから気をつけたほうがいいよ、綾那」
 ふいに綾那の腰辺りから、標的の声がした。振り返ると、真後ろにしゃがみこんでる順の姿がある。何か腰がすうすうすると思ったら、順の手は遠慮なく綾那のシャツを捲り上げている。
 「で、何してんだあんたは」
 他人のシャツの中を覗き込みながら、妙に堂々とした顔である。
 「いやー、なかなか見つけてくれないから。ちょっと出てきちゃった」
 「そうか……」
 当たらない当たらないと3時間半粘っても、当たらない時は当たらない。しかし、タイミングさえばっちり合えば物事は数秒で決まる。
 順は地面に引っくり返っている。見事に顔面に決まったせいで、鼻を押さえながら天を仰いでいた。
 「なんでこういう時は当たっちゃうかな……」
 「アホなことしてる時のあんたは隙だらけなのよ」
 ギリギリいつもの鼻血は出さずに済んだらしい。綾那が差し出した手を掴んで、ゆっくり起き上がる。それで今日の特訓はおしまいになった。
 「今日はあたしの勝ちー」
 鼻回りを赤くしながら勝ち誇る順の顔が小憎らしい。
 「まだまだダメだねぇ、綾那は」
 ここのところ、綾那の刃友は特訓に励んでいるらしかった。しかも白装束が師匠についている。どんな経緯かは知らないが、真面目に取り組むのはいいことだ。
 そんなことを言って、ゲームに励んでいたらルームメイトは余計なちゃちゃを入れてきた。
 「で、なんであたし?」
 「お前が一番暇そうだから」
 本当はそうでもないことを、綾那は知っている。他に気の利いたセリフが思い浮かばなかったから、つい素っ気無い言い方になった。朝8時。学園近くの山の中で、二人の鬼ごっこが始まった。
 「綾那にピッタリだよ」
 「何が」
 一刀を真っ直ぐに差して、もう一刀を反対側に差す。互い違いにしないのは、会長の刃友である宮本とは異なる点。両方を逆手で抜くにはこのほうが勝手がいいらしい。
 「鬼。真に迫りすぎな演技を期待してるよ」
 綾那が怒りで刀を抜いた時には、すでに姿は消えていた。
 ひいふうみい、と指折り数える綾那を順はそっとうかがう。
 「何数えてるの」
 「あんたをぶっ叩いた数」
 穏やかじゃないカウントに、順は怪訝な目をした。
 「人形のあんた。どうなってるのか知らないけど」
 ああー、と順が呑気な声をあげた。忍術の一種。変わり身というやつらしい。
 「なんなら綾那にも一体あげようか」
 「いらん」
 「そう?結構便利だよ。抱き枕とか」
 「余計気色悪い」
 「あ、そっか。綾那は生をご希望か。よしよし、仕方ないなぁ、あたしが添い寝を」
 「……お前が生まれてきた場所に返品してやる」

 地面から直接首が生えているのを見て、はやてと桃香はしばらく固まった。しかもその生首はよく知っている人物のもの。
 「あの」
 首が遠慮がちにしゃべった。それをきっかけに、はやてがわあーっと叫んで桃香にしがみつく。桃香もまた、はやてにしがみつかれたのと驚いたのと両方で、後ろに尻餅をついた。
 「じ、じゅんじゅんが」
 「久我さんが」
 二人して地面であわあわしながら揉み合っている。生首こと、順はため息をついた。
 「あの、ちょっと助けてくれないかな」
 掘り起こしてー、と順が頭を揺すると、まず桃香が正気に返った。四つんばいのまま、首まで近寄る。はやても桃香の腰辺りにしがみついたまま、そうっとこちらを見る。
 「じゅんじゅん……植物だったの?」
 「いや、完全無欠の哺乳類のつもりだけどね」
 早く掘らないと主が刈り取りにくる、と順が早口で言う。その頭には人影が差していた。
 二人の見上げた先には、片手に刀を携えた主の姿が。
 「さぁて、そろそろ刈るか」
 二人はギャーワーと立ち上がれないまま転がるように駆けていった。主は刀を腰に戻して、反対の手に持っていたスコップを地面に刺す。
 「あいつら、これで当分はここに来ないな」
 「あ、綾那。そろそろ助けて」
 作物を前に綾那は一人呟いていた。その作物が首だけこちらに向ける。
 「いいんじゃないの。はやてちゃんに特訓してるのがバレても」
 「やっぱり頭だけ摘むか」
 カチャリと綾那が刀を抜く音がして、順の顔はまたもや青くなった。

2005年11月17日(木)
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