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■ 綾那も特訓すればいいと思うよ
「そこかっ!」 刃が一閃。へらへら笑っていた順にまともに当たり、綾那は心の中でガッツポーズをした。 が、それも一瞬のこと。手ごたえのあまりのなさに、駆け抜けた後の背後を振り返る。確かに順の形を成していた人形は、煙のようなものを吹いて、宙に消えていった。 「また、はずれか」 刀を構え直す。今朝から山中で繰り返すこと数十回。いまだ本物に当たった試しがない。奇妙な忍術を使うとはいえ、ここまで実力差があるとは思わなかった。 額の汗を拭う。秋も深まり、夜など肌寒いほどの今日この頃。しかし今の綾那は上半身半袖。にも関わらず汗が止まらない。 枝の上から微かな葉音がして、綾那は持っていた刀をそちらに向けて真っ直ぐ放った。 バサッと茂みに音を立てて刀が刺さる。しばらく待ったが、何事も起こらない。はずれ。 武器も放り投げてしまったことだし、綾那はしばらく膝に手をついて休息を取った。あの時の仕合いではギリギリ勝利したが、やはり普段飄々としているルームメイトは只者ではない。 「うーん、白いシャツは透けるから気をつけたほうがいいよ、綾那」 ふいに綾那の腰辺りから、標的の声がした。振り返ると、真後ろにしゃがみこんでる順の姿がある。何か腰がすうすうすると思ったら、順の手は遠慮なく綾那のシャツを捲り上げている。 「で、何してんだあんたは」 他人のシャツの中を覗き込みながら、妙に堂々とした顔である。 「いやー、なかなか見つけてくれないから。ちょっと出てきちゃった」 「そうか……」 当たらない当たらないと3時間半粘っても、当たらない時は当たらない。しかし、タイミングさえばっちり合えば物事は数秒で決まる。 順は地面に引っくり返っている。見事に顔面に決まったせいで、鼻を押さえながら天を仰いでいた。 「なんでこういう時は当たっちゃうかな……」 「アホなことしてる時のあんたは隙だらけなのよ」 ギリギリいつもの鼻血は出さずに済んだらしい。綾那が差し出した手を掴んで、ゆっくり起き上がる。それで今日の特訓はおしまいになった。 「今日はあたしの勝ちー」 鼻回りを赤くしながら勝ち誇る順の顔が小憎らしい。 「まだまだダメだねぇ、綾那は」 ここのところ、綾那の刃友は特訓に励んでいるらしかった。しかも白装束が師匠についている。どんな経緯かは知らないが、真面目に取り組むのはいいことだ。 そんなことを言って、ゲームに励んでいたらルームメイトは余計なちゃちゃを入れてきた。 「で、なんであたし?」 「お前が一番暇そうだから」 本当はそうでもないことを、綾那は知っている。他に気の利いたセリフが思い浮かばなかったから、つい素っ気無い言い方になった。朝8時。学園近くの山の中で、二人の鬼ごっこが始まった。 「綾那にピッタリだよ」 「何が」 一刀を真っ直ぐに差して、もう一刀を反対側に差す。互い違いにしないのは、会長の刃友である宮本とは異なる点。両方を逆手で抜くにはこのほうが勝手がいいらしい。 「鬼。真に迫りすぎな演技を期待してるよ」 綾那が怒りで刀を抜いた時には、すでに姿は消えていた。 ひいふうみい、と指折り数える綾那を順はそっとうかがう。 「何数えてるの」 「あんたをぶっ叩いた数」 穏やかじゃないカウントに、順は怪訝な目をした。 「人形のあんた。どうなってるのか知らないけど」 ああー、と順が呑気な声をあげた。忍術の一種。変わり身というやつらしい。 「なんなら綾那にも一体あげようか」 「いらん」 「そう?結構便利だよ。抱き枕とか」 「余計気色悪い」 「あ、そっか。綾那は生をご希望か。よしよし、仕方ないなぁ、あたしが添い寝を」 「……お前が生まれてきた場所に返品してやる」
地面から直接首が生えているのを見て、はやてと桃香はしばらく固まった。しかもその生首はよく知っている人物のもの。 「あの」 首が遠慮がちにしゃべった。それをきっかけに、はやてがわあーっと叫んで桃香にしがみつく。桃香もまた、はやてにしがみつかれたのと驚いたのと両方で、後ろに尻餅をついた。 「じ、じゅんじゅんが」 「久我さんが」 二人して地面であわあわしながら揉み合っている。生首こと、順はため息をついた。 「あの、ちょっと助けてくれないかな」 掘り起こしてー、と順が頭を揺すると、まず桃香が正気に返った。四つんばいのまま、首まで近寄る。はやても桃香の腰辺りにしがみついたまま、そうっとこちらを見る。 「じゅんじゅん……植物だったの?」 「いや、完全無欠の哺乳類のつもりだけどね」 早く掘らないと主が刈り取りにくる、と順が早口で言う。その頭には人影が差していた。 二人の見上げた先には、片手に刀を携えた主の姿が。 「さぁて、そろそろ刈るか」 二人はギャーワーと立ち上がれないまま転がるように駆けていった。主は刀を腰に戻して、反対の手に持っていたスコップを地面に刺す。 「あいつら、これで当分はここに来ないな」 「あ、綾那。そろそろ助けて」 作物を前に綾那は一人呟いていた。その作物が首だけこちらに向ける。 「いいんじゃないの。はやてちゃんに特訓してるのがバレても」 「やっぱり頭だけ摘むか」 カチャリと綾那が刀を抜く音がして、順の顔はまたもや青くなった。
2005年11月17日(木)
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