風紋

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2003年01月28日(火) 明日は寒いらしい / 「イパネマの娘」 / シャンパンの香りのする紅茶 / 手紙?

今日は、とても寒かった。明日は、さらに寒くなるそうだ。雪が降るところもあるかもしれないという知らせを聞いた。空を見上げて、明日は晴れですか曇りですか?雪が降っているところはあるのですか?と問い掛けてみるものの、返事があるわけもなく。

私が見ている空が、私のいるところから遠く離れた所にいる人が見ている空とつながっているというのは、何だか信じられないけれど、少し元気が出ることだと思う。

明日は寒いらしいので、自宅で仕事をしようと思い、そのための本や資料をたくさん持って帰ろうとしたら、とても荷物が重くなってしまい、腕がだるくなってしまった。明日は自宅で今月末提出の書類を何点か仕上げて、論文の続きを書く予定。それと学会の申し込みを済ませること。

最近、本当に緊張感の無い生活をしていて、駄目だなと思う。緊張ばかりの生活も、それはそれでどうだろうと思わないでもない。

私の知り合いの方がこの冬2度目のインフルエンザにかかったそうですので、一度風邪を引いた方も、もう一度引かないように、どうぞお気をつけ下さい。


「イパネマの娘」を聴いて、思わず力が抜けて笑顔になったという話は昨年9月22日の日記に書いたのだが、泣き出しそうな気分の時に聴くと、すごくほっとして力があまりにも抜けすぎて、嬉しいのか悲しいのか情けないのかよくわからなくなって、ますます泣き出しそうになるということが今日わかった。と言っても、それは決して否定的な意味を持つ涙ではなくて…でも肯定的な気分とも言えず。

最初の「ソ ミミーレソミ ミ ミレ」(実音で「G E E D G E E E D」)で始まるメロディーは明るく楽しげなのだけれど、その直後の「ファーーソファミファミレーミー」(半音が混じっているので偽りあり。実音で「F Ges F Es F Es Des Es」)のメロディーで、少し、影というか憂いが窺える(それは、「娘」の憂いなのか娘を見ている側の憂いなのかよくわからないが)のが、この曲のメロディーの魅力かなと思う。ほんの少しの影を見た故に心を虜にされたというか、どうしようもなく惹き付けられてしまったような。しかし、明るい部分と憂いの部分のどちらかに引き摺られることなく、両方が共存しているのが好き。

あまり原曲についての知識がないので、イメージだけで書いているのだけれど。


早めにアルバイトに行った方がいいのはわかっていたのに(そして実際行ってみると「もう少し早く来た方が良かった」という事態ではあったのに)、乗るつもりだった電車を1本遅らせて、ふらふらと歩き回っていると、以前にシャンパンの香りのする紅茶を買ったお店に行き着いた(昨年12月08日の日記)。シャンパンの香りのする紅茶が、1つだけ残っていた。あの後に数回飲んで、甘くて幸せな香りがするのが気に入っていたので、その最後の1つを買った。

紅茶を買った話を頻繁に書いているのに、飲んだ話があまり出てこないのは、感想をうまく記述できないという理由もあるけれど、最大の理由が「飲んでいない」からで、それは何となく勿体無いのと、まともなティーポットを持っていないのと、葉っぱからお茶を入れるゆとりが持てずにいる(そもそもあまり家に居ついていない)のが理由だと思う。ごめんなさい。


こうして毎日毎晩、他でもないこの場所に日記を書くのは、自分のことばかり書いているようで、しかし読んで下さっている方々を思い浮かべながら書いているので、何だか手紙を書いているようだと思う。もっとも、私は、昔に「あなたにこの前もらった手紙は何だか日記のようだった」と言われたことのある人間なので、もともと、日記のような手紙、手紙のような日記を書いてしまうのかもしれない。

こんにちは。
いかがお過ごしですか。
私は元気です。
ではまた明日。ごきげんよう。


あした天気になあれ。


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浜梨 |MAIL“そよ風”(メモ程度のものを書くところ)“風向計”(はてなダイアリー。趣味、生活、その他)