金色の夢を、ずっと見てる

2005年11月29日(火) 恋愛遍歴(社会人編・5)

11月16日『恋愛遍歴(高校時代編)』
11月17日『恋愛遍歴(大学時代編)』
11月21日『恋愛遍歴(社会人編)』
11月25日『恋愛遍歴(社会人編・2)』
11月27日『恋愛遍歴(社会人編・3)』
11月28日『恋愛遍歴(社会人編・4)』
の続きです。よろしければそちらからどうぞ。

※文中の男性は仮名です。


思いがけず、以前のバイト先で一緒だった山下さんから好意を示された私。あまりに突然で戸惑いながらも、やはり嬉しかった。

結局、
「すぐに決めなくていいよ」
と言ってくれた山下さんの言葉に甘えるカタチで、私はしばらく様子を見る事にした。山下さんとは、それから何度か2人で会った。平日の夜に会って夕飯を食べたり、山下さんがバイトの日に私が店に行き、バイトが終わった山下さんとちょっとだけ深夜にドライブしたり。

そうやって2人で会っても、山下さんは決して私に手を触れようとはしなかった。私の気持ちが決まるまで待ってくれていたのだと思う。

会って話すのはやっぱり楽しくて、私は次第に自分の気持ちが傾いていくのを感じていた。直行さんとも平行して会ってはいたけれども、
「自分はあまり辛い思いをせずに別れる事ができるかもしれない」
と思いながら会うとどうしても今までと同じ目では見れない。アラ探しをするように、『やっぱり別れた方がいい』と自分を正当化できるような部分を探してしまう。

客観的に見れば、直行さんと別れるべきだというのは判っていた。妻子持ち。不倫。どれほど自分達の気持ちは純粋だと言っても、結局は“人に言えない関係である”事に変わりはない。具体的に直行さんが離婚するような計画がない以上(そして、私もそんな事を望んではいない以上)、いつかは別れる以外の結末はないのだ。でも、今はできない。まだ好き。奥さんにばれたわけでもない。なんの理由もきっかけもなく、ただ『いつかは別れなきゃいけないんだから』というだけで別れるには情が移りすぎていた。



でも、今は理由が出来た。




私は、山下さんに惹かれ始めている。もっと知りたいと思うし会いたいと思う。付き合ってみたいと、はっきり思う。

今なら、直行さんと別れても山下さんがいる。“彼氏がいないと耐えられない”なんて恋愛体質ではないけど、今直行さんと別れて1人になるのは辛い。でも今なら山下さんがいる。今なら、直行さんと別れても私はそれほど辛い思いをせずに済む。


ずるい考えだという事は充分に判っている。でも私は、山下さんと付き合う事で直行さんを失う辛さを乗り越えられるなら、それでいいと思ったのだ。そんな打算的な事じゃ、へたすると山下さんとだって長くは続かないかもしれない。でもそれでもいい。いつまでも続けられない直行さんとのこの関係を終わらせるきっかけになってくれるだけでも、私には充分過ぎるほどありがたい事かもしれない。



悩んだのは、結局3週間ぐらいだった。私は心を決めた。


4月の始めだった。山下さんに電話をして、翌日の夜、会う事にした。

一緒に食事をして、郊外までドライブした。私は初めて行く場所だった。山の随分上の方だったんだと思う。車の来ない所で停めて、外へ出た。辺りは真っ暗で、遠くに見える市内の夜景と、意外と近くに見えるよく晴れた星空がキレイな所だった。

4月とはいえまだ夜は寒くて、私達は自然と手をつないだ。
「あのね」
「うん?」
「・・・・・・・別れたから」
「・・・・・・」
「私も、山下さんと付き合ってみたいなぁと思ったの。だから・・・今からでもよければ、よろしくお願いします」
そう言って、私は小さく頭を下げた。


本当は、ちょっとだけ嘘だった。まだ私は直行さんに別れを告げてはいない。私の心の中で決まっただけだ。でも、この翌日に直行さんと会う約束をしていてその時に別れを切り出すつもりだったから、ちょっとだけフライングだけどいいよね、と自分に言い聞かせた。


山下さんは、黙って私を抱きしめて
「・・・・・よかったー・・・」
と呟いた。その言い方がなんだかおかしくて私が笑うと
「笑うなよー。これでも結構緊張してたんだから」
と言われた。
「そうなの?」
「そうだよ。まぁそれなりに自信はあったけど」
「何それ(笑)」
寒いのでぎゅーっと抱き合ったまま、3週間ぶりにキスをした。




私にはまだ大仕事が残っている。直行さんに別れを告げるという大仕事。翌日の夜、今まで味わった事のない気持ちで待ち合わせ場所に向かった。

その日の待ち合わせは、それまでにないパターンだった。会う用事が用事なんだから、私としてはゆっくり会いたくはない。のん気に食事なんてできる気分じゃなく、できれば会ったらすぐ話をして帰りたい。結果、私がちょうど会社の飲み会が入ってた事を利用して、その後でちょっとだけ会わない?と持ちかけたのだ。時間は9時過ぎになるけど、それまで直行さんは適当に1人で食事をしたりして時間を潰しててくれる事になった。

飲み会は意外と長引き、約束の場所で会えたのはもう10時になろうかという頃だった。直行さんは特に怒った様子もなく
「久しぶりに心置きなく残業できたよ」
なんて言って笑う。私は、今から自分が傷つける人が笑うのをまともに見れなくて、うつむいて曖昧に微笑むのが精一杯だった。

話す場所は決めていた。最初に直行さんが私をホテルに誘った場所。駅から程近い、小高い山の中腹の夜景スポットだ。


車を停めて、しばらくは自分の中で言葉を探していた。ちゃんと言う事は考えてきたはずなのに、いざ言おうとするとその言葉が見つからない。別れを切り出すのはこんなにエネルギーが要る事だったのか、とその重苦しさに息が詰まりそうになる。

助手席から、いつものように手を握られた。ほとんど反射的にその手をはずし、私はようやく言葉を搾り出した。


「・・・・・・・・・・・ごめんなさい、もう終りにしたいの」

それだけ言うと、後は何を言ったらいいのか判らなくなり、涙がにじんできた。ダメだ。私が泣いちゃダメだ。別れを切り出した方が泣くのはルール違反だ。ぎゅっと唇をかむ。ハンドルを握り締めて、うつむいた。


「・・・・・・・・・・もしかして、そういう話しかなとは思ってた」
直行さんの静かな声にも顔をあげられない。
「急に会いたいって言うし、話したい事があるって言うし。・・・・・・・・指輪も、してくれてないしね」
この前もらったばかりのホワイトゴールドの指輪も、付き合い始めてすぐに買ってもらってそれ以来毎日はめていたシルバーの指輪も、私はつけていなかった。ささやかな、意思表示のつもりだった。

『他に彼氏が出来た』とは言わない方がいいような気が、何故かした。
「ごめんなさい。もう疲れたの」
それが精一杯。
「そっか・・・・・・」
長い沈黙が落ちる。


「本当はね、最近咲良の気持ちが冷めてきたんじゃないかなって気付いてた」
・・・・やっぱり。
「こないだ、桜を見に行ったじゃない」
うん、行ったね。市内から車で2時間ぐらいの所にある、樹齢400年になるという大桜。でも、あの日の私のコンディションは最悪だった。その前の日の夜、バイト後の山下さんと何度目かの深夜ドライブをして、私が家に帰って寝たのは午前3時過ぎだったのだ。日曜日に、休日出勤になったと嘘をついて家を出てきた直行さんと会ったのは朝7時ぐらいで、私は3時間に満たない睡眠時間でぐったりしていた。ファミレスのモーニングを食べた後、直行さんに運転を任せて目的地に着くまで助手席で熟睡していたのだ。

「あの時ね、本当はちょっと腹が立った。俺と会うから朝早いって判ってるのになんでそんな夜遊びしてるんだよって。翌日早いって判ってるんだから、そんな遅くまで遊ばなきゃいいだろって思った。・・・・・・でも、そこで怒ってケンカになってそのままダメになっちゃったらイヤだなぁと思ったら言えなかった。本当はもうあの時に、気付いてたんだろうな」

その通りだった。翌日朝早いって判ってても、私は山下さんと会いたかった。その時点で、私の中でも答えは出てたんだ。

「もう、決めちゃったの?」
うん、と無言で頷く。
「・・・もうすぐ、付き合い出して1年だよね。・・・・・・その日まで待ってもらう事は・・・できない?」
「ごめん・・・・」
待ちたくない。私は、私達の関係が1年を超える前に終わらせたい。

突然、直行さんが車を降りた。外に出て、深呼吸するように夜景を眺める。隣に並ぶ気にはなれなくてそのまま運転席でうつむいていたら、外からトントンと窓を叩かれた。顔を上げると、直行さんが身振り手振りで
『運転を代わって』
と伝える。素直に、助手席に移った。

直行さんの運転で走り出す。ちょうど1年足らず前に、同じように直行さんの運転で行った方向へ向かう。そして、車はあの時と同じホテルの前でスピードを緩めた。

最後にもう一度だけ、とか言われるのだろうか?今でも直行さんを嫌いにはなってないけど、でも寝ちゃったらダメだ。寝ちゃったらまた気持ちが揺れてしまう。今でも好きだという気持ちが残ってる以上、絶対に寝ちゃダメだ。

一瞬の間にそう考えて身を固くした私に、直行さんが言った。
「お願いがあるんだけど・・・・・・・・いつか新しい彼氏が出来ても、このホテルには来ないでほしいんだ」
え?予想外の言葉に思わず直行さんの顔を見つめた。
「ここには、他の人とは来ないでほしい」

守れるとは思えなかったけど、とりあえず頷いた。車はそのままホテルの前を通りすぎ、私の家の方に向かった。途中にある駐車場に急に車を入れて、直行さんは
「ちょっとゴメン」
と言って車を降りて・・・・2〜3歩離れた所でしゃがみこんだ。その肩が震えているのを見て、私も堪えきれなくなってまた涙がにじんできた。

そうやって車の中と外でどれぐらい泣いていただろうか。しばらくすると、直行さんが立ち上がってまた外から窓を叩いた。
「ごめん、ここから1人で帰ってくれる?最後ぐらい家まで送ってあげたかったんだけど、これ以上一緒にいるの辛いから」
「え?でもどうやって帰るの?」
バス停もないし、タクシーだって通りかからないような場所なのに。
「タクシー呼ぶよ。携帯に番号入ってるから大丈夫」
「でも・・・」
でも、とは言いながらも、さすがに私もそこから直行さんの家まで送るとは言えなかった。これ以上一緒にいるのが辛いのは私も同じだ。
「大丈夫だから。気をつけて」
「うん・・・・じゃぁ、気をつけて」
そう言って私は車を出した。こっちを見送る直行さんがいつまでもバックミラーに映る。それを見たくなくて、私は急いで角を曲がった。

それが、直行さんと会った最後だった。


決して悪い人ではなかった。不倫してた人を善人とは言えないかもしれないけど、少なくとも私はとても大事にしてもらった。想いが深くなると辛かったけど、楽しかった時期だってある。気の迷いだったかもしれないけど、一緒に将来を夢見た事もあった。付き合った事を後悔はしないし、一緒に過ごした時間を無駄だったとも思わない。ただ、それはやっぱりいけない事だったと思うだけだ。

正直、奥さんに申し訳ないと思った事は一度もなかった。そして、そう思わなかった自分を申し訳ないと、今なら思える。


例の、偶然会って不倫だとばれた友人には報告した。
『いつまでも続けられる事じゃないって事と、咲良ちゃんは幸せになれないって事だけは忘れないで』
と言った彼女だ。また久しぶりに会って食事をし、他に付き合いたいと言ってくれる人が現れて、その人と付き合う事にして不倫の彼とは別れたの。そう話すと
「一番理想的な終わり方だと思うよ」
と喜んでくれた。私も嬉しかった。


山下さんとの恋は、今でも続いている。



2005年11月28日(月) 恋愛遍歴(社会人編・4)

11月16日『恋愛遍歴(高校時代編)』
11月17日『恋愛遍歴(大学時代編)』
11月21日『恋愛遍歴(社会人編)』
11月25日『恋愛遍歴(社会人編・2)』
11月27日『恋愛遍歴(社会人編・3)』
の続きです。よろしければそちらからどうぞ。

※文中の男性は全て仮名です。


直行さんと付き合い出してそろそろ1年になろうかという頃だった。バレンタインのお返しにとホワイトデーのデート。その日にあんまり遅くなると奥さんに怪しまれるから・・・という理由でその日は食事だけだった。

いつもよりちょっといい店の個室でゆっくり食事を楽しみ、クッキーとは別に
「咲良にもらったのがあんまりおいしかったから、一緒に食べようと思って買ってきちゃったよ」
と私があげたGODIVAのチョコレートを買ってきてた直行さん。思わず笑ってしまいながらも一緒にそれを食べ、いつものように送って帰った。

その途中、私の携帯が鳴った。表示は・・・・・以前バイトしてたレンタルショップの女の子だ。運転しながら出ると
「今、バイトのメンバーで飲み会してるんです。良かったら来れませんか?」
と言って、彼女はそこから程近い居酒屋の名前を挙げた。
「いいの?じゃぁ出かけてたけどもう用事終わるから、今から合流するね」
と答えて電話を切る。ホワイトデーのデートなのにこんな早い時間に帰らなきゃいけない寂しさを持て余しかけていた私にとって、ちょうどいい誘いだった。

車から降りる時、直行さんがいつのまにか後部座席に乗せていた小さな紙袋を取り上げて私に差し出した。
「何?」
「開けて見て」
言われるままに開けると・・・・・・小さな正方形の箱。

中には、私が欲しいと言っていた小さな宝石のついた指輪が入っていた。
「いいの!?」
「それ、結構珍しい石なんだね。何軒かお店回って聞いたけど、どの店でも“ネックレスだったらあるんですけど・・・”って言われちゃったよ。やっとそこの店で見つけた時も、俺が“この石の指輪を探してるんですけど”って言ったらショーケースじゃなくてなんか裏から持ってきてくれてさ。“彼女さん、かなり宝石好きで詳しい方なんですね”って言われたよ」
そう言って笑う直行さん。

嬉しくて右手の薬指につけて、そのままバイト仲間の飲み会に参加した。私を含めて参加者は8人。ユウキちゃんにマナミちゃん、アイちゃんにミキさん、男性は山下さんと若宮さん、阿藤くん。近々辞める阿藤くんの送別会と、3月生まれのマユミちゃんと若宮さんの誕生日祝いを兼ねた飲み会で、さらに山下さんと若宮さんがバレンタインのお返しにおごる、という話しだった。

辞めてからもう3ヶ月以上経ってたけど、店にはちょくちょく顔を出してたのでそれほど久しぶりという感じでもない。ただ、私はほとんど昼ばっかりのバイトだったので、夜シフトの男性3人とは個人的に話した事はほとんどなかったような気もする。でも顔なじみである事にかわりはなかった。楽しく盛りあがり、勢いもそのままに二次会はカラオケに行った。


まだ20代前半のユウキちゃんやマナミちゃんにアイちゃんは、目ざとく私の指輪に気付いて大騒ぎした。
「いいな〜!彼氏とデートだったんですか?」
「うん、でも向こうが明日早いから、もう帰ろうとしてたとこだったの」
としれっと答える私。


カラオケで、それぞれに飲物やデザートを好きにオーダーする。私は、メニューでやたらおいしそうだったストロベリーパフェを注文した。運ばれてきたそれはたくさんイチゴが乗ってて本当においしそうだった。パクパク食べてたら、隣にいた山下さんが
「それ、おいしい?」
と私に声をかけた。
「おしいですよー。食べます?」
そう言ってイチゴを差し出す私。それをパクッと食べて、突然山下さんはそのイチゴをくわえたまま私に差し出した。

一瞬ビックリしたが、なんせ山下さんはこの時点でかなり飲んでた。居酒屋でもたくさん話したが、
「普段も気さくな感じだけど、酔うともっと楽しくなる人なんだな〜」
という感じ。ついおもしろくなって、山下さんがくわえてるイチゴにそのまま口を寄せ、半分齧った。


ほんの少し、唇が触れた。


「やだ、そこの2人ナニしてるのー!?」
正面に座ってたアイちゃんが気付いて爆笑しながらこっちを指差す。
「えー?イチゴを食べただけだよねー」
と2人で顔を見合わせて笑う私達。なんだか意味もなく楽しかった。


そうやって盛り上がってるうちに、気が付いたら午前1時を回っていた。翌日ももちろん仕事だ。途中だけど先に帰る事にして、ふと気付いた。

若宮さん、阿藤くん、ミキさん、ユウキちゃんはそれぞれ自分の車だ。マナミちゃんとアイちゃんはユウキちゃんに乗せてもらって来て、帰りも一緒に帰ると言っていた。山下さんは若宮さんの車で来てたらしいけど、若宮さんはまだまだ帰る気配はない。・・・・・・でも山下さん、明日は朝からも仕事だって言ってなかったっけ?

何気なく
「山下さん、今帰るなら一緒に乗せて行きますよ?」
と聞いた。ちょっと遠回りにはなるけど、どうせ同じ方向だ。
「あ、本当?ん〜もうそろそろ帰った方がいいかな〜。じゃぁ頼んでいい?」
結局、私と山下さんだけが先に出る形になった。


助手席に山下さんを乗せて、あれこれとしゃべりながら車を走らせる。バイト中はシフトが違ったのでほとんどしゃべった事もなかったのに、驚くほど話が弾んだ。山下さんが車を置いてるというコンビニに着いて、駐車場の隅で車を停めた。

随分飲んでるらしい山下さんはこころなしか眠そうだ。
「大丈夫ですか?ここから自分で運転して帰るんでしょ?」
でも私が家まで送ってあげても、それだと山下さんが明日ここまで車を取りに来るのが大変だろうし・・・なんて考えながら山下さんの顔を覗き込んだら、それまで眠そうに目を閉じていた山下さんがふいに目を開けた。

まっすぐ、目が合った。

あ、まずい、と思ったが、そのまま目をそらさなかった。

至近距離で見つめ合ったのはほんの数秒だったと思う。山下さんが体を起こし、そのまま静かにキスされた。一度唇を離し、もう一度。

・・・・イヤじゃないなぁ、と思ったのを覚えている。

唇を合わせたまま抱き寄せられそうになり、はたと我に返った。
「ダメです」
「あ、ダメ?」
「ダメですよ。浮気になっちゃうじゃないですか」
さらっと流そうとした私に
「今のは浮気じゃないんかい」
とおかしそうに笑う山下さん。
「今のはセーフなの」
と私も笑ってみせた。

「ダメじゃないですか。彼氏いるって知ってるのに何でそういう事するかなぁ」
と私がふざけて言うと、山下さんは意外に酔いを感じさせない声で
「ん?いや、俺はそういうの関係ないから。気にしないもん」
と答えた。
「気にしない?」
「うん。彼氏がいるとかいないとかはあんまり気になんない。ただ、キスしたいなぁと思ったからしたし、付き合ってみたいなぁと思ったから」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

どう解釈したらいいのかちょっと悩む。でもどうせ相手は酔ってるんだ。遠まわしに聞いたってわかるはずがない。ストレートに聞いてしまおう。
「・・・・・・遊び?」
「へ?」
「遊びならそれはそれでいいよ。遊びでHするだけなら今からでもできるじゃない。でも、山下さんが本気で言ってくれてるんなら、私も本気で考えないといけないから」
「・・・・本気だよ?まぁ確かにまともにしゃべったのは今日が初めてだったけど、でも話してて楽しいなぁと思ったし、隣にいて居心地がよかったもん。もっと知りたいなぁと思ったんだよ。だから付き合ってみたいなぁ、って」


思わず真剣に考え込んでしまった。

本気で言ってくれてるのなら・・・それは嬉しい。でも、酔っ払いの言ってる事をそんなに真に受けていいものだろうか?それに、気持ちは確かに嬉しいけど、今の時点で直行さんを好きだという気持ちと山下さんの好意を嬉しく思う気持ちを比べたら・・・・・まだ、直行さんへの気持ちの方が大きい。


でも。










山下さんは、独身だ。














その1点だけが、どうしても気になっていた。




これは、チャンスなんじゃないか?

煮詰まって、持て余し気味になっていた直行さんへの想い。好きだけど、それだけじゃぁどうにもならないとお互いに判っていて、でもどうする事もできない関係。それを精算するチャンスなんじゃないか?今、山下さんのこの好意に便乗してしまえば、それは何の受け皿もなく直行さんと別れてしまうよりは私はラクなんじゃないだろうか。

でも・・・・・・・山下さんが本当に本気で言ってくれてるんだったら、そんな打算で利用してしまってはいけない、とも思う。


考え込んでしまった私を気遣ったのだろうか。
「今すぐ決めなくていいよ」
山下さんが言った。
「え?」
「今ここで決めなくていいよ。考えてくれる余地があるんだったら、これから時々メシ食いに行ったり2人で会ったりして、それで気持ちが動いたらその時考えてくれればいいよ」
「・・・・・うん、じゃぁ考える。・・・・・・ありがとう」

じゃぁね、とカラオケから持ち帰ってきた焼酎の五号瓶を抱えて、山下さんは車を降りた。



家に帰りながら、ずっと考えていた。確かに、今日山下さんと話してて楽しかった。バイトで顔を合わせてた時は、正直言って
「見た目は好みなんだけどちょっと遊び人っぽいな〜」
という印象だったんだけど、話してみたらそうでもなかった。カラオケでほんの少し触れた唇も、決してイヤではなかった。

うん、もし直行さんと出会ってない状況でさっきのように好意を示されたら、きっと私は断らなかった。

もっと山下さんの事を知りたいと思う。付き合ってみたいとも思う。でも、直行さんを好きだと思う気持ちと山下さんへの好意を比べたら・・・それはやっぱり直行さんへのそれの方が重いのだ。今のままでは、山下さんを選ぶ事はできない。




なんだか不思議だった。ほんの数時間前まで私は直行さんと一緒にいて、どうなるのか判らない2人の未来から憂鬱な気持ちで目をそらしながら、それでも確かに好きだという事だけ否定できずにいたのに。いつまでもこのままではいられない事だけは判っている。でも、だからって直行さんに全てを捨ててほしいと望んでいるわけでもない。とっても中途半端な気持ちと状況で、今の事だけ考えようと自分に言い聞かせていたのに。


今の私は、『確かにここにあるけどそれだけ』の直行さんとの関係と、『確かなものなど1つもないけど、何かが変わるかもしれない』山下さんとの未来を天秤にかけようとしている。



もう少し悩もう。せっかく山下さんが時間をくれたんだ。これからもっと山下さんを知ってみてそれから決めてもいいと言ってくれたんだから、その気持ちに甘えよう。そう決めて、その日は眠りについた。



2005年11月27日(日) 恋愛遍歴(社会人編・3)

11月16日『恋愛遍歴(高校時代編)』
11月17日『恋愛遍歴(大学時代編)』
11月21日『恋愛遍歴(社会人編)』
11月25日『恋愛遍歴(社会人編・2)』

の続きです。よろしければそちらからお先にどうぞ。


※文中の男性は仮名です。



結局2つめの職場も1年ほどで辞め、とりあえず繋ぎに・・・と友達の紹介でアルバイトをした。そのアルバイト先で、直行さんに出会った。

営業さんが持ってる顧客データをエクセルに入力するだけの、単純な作業だった。昼間は営業さんはほとんど出かけてるので、事務所内に私1人。たまに課長や部長クラスの人が残ってるぐらいで、そういう時には途中でジュースをおごってもらえたりした。前の職場での上司との衝突と、最終的にはクビにされたも同然の理不尽な出来事に疲れてた私にはちょうど良い気楽さだった。


ある日の朝、いつものように出勤して仕事に取り掛かった私の所に、1人の男性がやってきた。
「すいません、○○チームの本村と言いますけど」
その頃には、座席表などである程度社員さんの名前を把握してた私は、
「あ、はい、すみません。本村さんの分のデータはまだ取り掛かってないんですが」
と答えた。するとその人は
「あーいいんです。自分がそのお客さん達の所を廻りだすのはもうちょっと先なんで、月末までにやっておいてくれればいいですよ、って言いに来たんです」
と笑ってくれた。

それが、直行さんと交わした初めての会話だ。

それだけの会話の間に、私は彼の左手の薬指に指輪がはまっている事をチェックしていた。
(あ、なんだ既婚者かぁ・・・残念。ちょっと好みだったんだけどな)
そんな事を思った数日後、思わぬ機会が訪れる。


夕方、いつもより少し早い時間に本村さんが帰ってきた。帰ってきた人皆にそうするように
「お疲れ様です」
と声をかけ、自分の仕事を続ける。しばらくして、休憩がてらコーヒーを飲もう・・・と部屋の隅にあるコーヒーポットの所へ行った。本村さんの席はすぐ近くだ。他には誰もいない。この状況で何も言わないのは逆に不自然な気がして
「本村さんもコーヒー飲まれますか?」
と聞いた。
「え?・・・・あ、うん。いただきます」

コーヒーを渡す時、机の上に置かれた1冊の本が目に止まった。ほとんど条件反射で
「それ、何の本ですか?」
と質問した。


それは、本村さんが今度受ける予定の昇格試験の課題本だった。それを読んで感想文を提出しなきゃいけないのだそうだ。そんな話を聞きながらぱらぱらと最初の数ページをめくり、
「あ、でもこれ結構おもしろそうですね。感想文書き終わったら貸してもらえませんか?」
「いいけど・・・それだったら、先に読んで内容教えてよ。それを元に感想文書くから(笑)」

どんな話の流れだったのだろう。そして、そこにお互いのどんな思惑が働いたのだろう。

その一瞬で私達の頭の中にはその後の流れが出来上がり、後はそれに沿って会話を続けただけ。つまり、私は本村さんの代わりにその本を読み、それを元に本村さんは感想文を書く。そして本村さんはそのお礼に私に夕飯をおごる。そんな筋書きが、実にスムーズに完成してしまった。

今思えば、お互いの中に『今の状況を今後に繋げたい』という想いがあったのだと思う。


そしてそれは実現し、私は本を読み終え、内容を簡単にまとめて説明して、本村さんは感想文を書き上げ、その翌日、食事に誘われた。

「いいんですか?家でご飯食べなくて」
「いいよ。元々あんまり家で食べないし。・・・好きじゃないんだ、家でメシ食うの。奥さんと仲悪いから」

本村さんはバスで通勤してたので私が車を出した。楽しく話しながら食事をし、少しドライブしようか、と車を走らせる。空港の裏手の、滑走路が見渡せる位置で車を停めた。一定の間隔を置いて車が数台停まっている、いわゆるデートスポットだ。

話をした。

助手席から、手を握られた。そのままにしてた。

「・・・・イヤじゃない?」
「・・・いいですよ」

「本当は、最初からかわいいなと思ってたんだ。・・・・また2人で会ってくれる?」
「・・・・・・・・・・今日はもう帰りましょうか」

その日はそれだけだった。さすがに迷った。確かに、本村さんは好みだ。話してて楽しかったし、心地良い。


でも、既婚者だ。


そして私はその時、村木さんとまだ続いていた。


二股の上に両方不倫かぁ・・・。

それはさすがに人としてどうなんだろうなぁ、と思った。でも、先の見えない、そして肝心な『彼の気持ち』すら確証のない村木さんとの付き合いに、疲れを感じ始めてもいた。


その迷いは、2度目に本村さんと会うまで続いた。

数日後また2人で会い、食事をした。店を出た所で、本村さんが
「運転代わるよ」
と言った。その日は本村さんは飲んでなかったので、私は素直に鍵を渡した。

前回とは別の、夜景の見える場所で車を停められた。たわいもない話の途中でさりげなく手を握られ、ふと話が途切れた時に言われた。
「・・・・今から俺がどこに行っても、黙ってついてきてくれる?」
私は無言でうなずき、走り出した車はそこから程近いラブホテルに入った。


キレイな部屋だった。その近辺のホテル街の中では値段もレベルも上ランクとされる所だった。

いいや。どうせこのバイトも期間限定なんだし、この人ともいつまで続くかわかんない。村木さんは連絡がない限り放っておこう。もう1ヶ月以上連絡も途絶えてるし、このまま自然消滅するならそれでもいい。大体村木さんには奥さんがいるのに、私は村木さん1人に操を立てる義理はない。気になってる人とSEXするチャンスがあるんだから、やっちゃえ。

投げやり・・・というのとも少し違う、でもどこにも真剣さはない。そんな気持ちで私は本村さんとの関係を始めた。2度目のホテルから、2人の時は直行さんと呼ぶようになった。


「好き、とか言っちゃいけないんだよ」
というのが、最初の頃の直行さんの口癖だった。
「言葉にしちゃうと気持ちが深まるから。深みにはまっちゃうと2人ともキツイから」
そうやって私が本気になるのを牽制してたのかもしれないし、自分がのめり込むのを止めようとしてたのかもしれない。いずれにせよ、私達はそれなりにいい関係を続けていた。

直行さんとの関係が始まってから1ヶ月ほど経った頃、久しぶりに村木さんからメールが来た。
「また会える?」
という内容だったので
「ごめん、彼氏ができちゃったから会えないよ」
と返事をした。
「そっかー。良かったね。仲良くね」
というメールを最後に、村木さんとは完全に終わった。あの、桜の下を散歩した夜が最後になった。


直行さんと奥さんが仲が悪いと言うのは本当だったようだ。結婚した当時、実は直行さんには本命の彼女がいた。つまり今の奥さんは浮気相手だったのだ。彼女と結婚するつもりで親に会ったりもしてたのに、なんとそのタイミングで浮気相手が妊娠。仕方なく、責任を取るために結婚したのが今の奥さんであるらしい。

そんないきさつだったから、直行さんいわく
「昼メロみたいな泥沼ぶりだったよ」
だそうだ。本命の彼女が自殺未遂を図ったり、奥さんの父親には殴られ(その頃から考えても15年ほど前の事だ。今のように“出来ちゃった婚”なんて言葉もなく、それ自体が市民権を得てもいなかった頃だ)、散々揉めた挙句の結婚。奥さんは自分が『彼女』だと信じ込んでいたから一連の出来事に呆然とし、結婚後も折に触れては
「どうせ私とは本気で付き合ってなかったんでしょ?」
と嫌味を言うようになった。

正直、直行さんの家庭環境や夫婦関係に興味はなかった。だからって職場の若いバイトに手を出すのが許されるわけでもないし、私達のしてる事が『不倫』と呼ばれるものである事に変わりはない。


付き合いだして2ヵ月後には、例の昇格試験に合格した直行さんが2ヶ月の研修に行く事になった。他県の研修所に泊り込みだ。でも週末は休みだから、自宅に
「課題があるから週末も研修所にいるよ」
と連絡さえすれば直行さんは完全にフリーになる。私が研修所のある所まで行ったり、こっそり帰ってきた直行さんと待ち合わせたりして、週末はほとんど一緒に過ごした。適当なラブホテルに泊まり、いろいろな所に行った。

そう、私達は楽しく付き合っていた。改めて思うとあり得ないほどに、おおっぴらに出歩いていた。研修が終わって直行さんが隣の市の支店に転勤になってからも、普通に休日に会って映画を見に行ったり、平日も仕事の後に週に2回は会っていた。

私は、その頃には期間限定のそのバイトも終わり、家の近くのレンタルショップでバイトを始めていた。時には、私の平日の休みに合わせて直行さんが有給を取り、いつも通り出勤するフリをして家を出てきた直行さんを拾って1日デートしたりもした。


それだけおおっぴらにしてたら、当然知り合いに会った事もある。映画を見に行って大学の友達に会った時は、普通に
「彼氏なの」
と紹介した。自分のバイト先の人達にも、既婚者だという事だけを『バツイチだ』とウソをつき、普通に彼氏がいる事にして話していた。

ただ1人だけ、ファミレスで偶然会った友達にはばれた。たまたまその時、直行さんは仕事の関係でスーツを着てたのだ。(普段は仕事の後でもラフな格好をしている)若く見える人だったけど、スーツを着てるとやはりそれなりに年上に見える。もしかしたら、すれ違った一瞬で彼女は直行さんの左手の指輪を見たのかもしれない。後日改めてあって食事をした時に正直に打ち明けたら、
「ん〜・・・・賛成はしないけど、心のどこかで、咲良ちゃんならうまくやるだろうなって気もするんだよね。家庭を壊すほどのめり込んだりはしないって言うか、周りが見えなくなるほど本気になっちゃう事はないんだろうな、って。・・・・・・とりあえず、反対はしない。反対したからってすぐやめられるものなら最初から始めてないでしょ。ただ、いつまでも続けられるものじゃないって事と、最終的には咲良ちゃんは幸せにはなれないって事だけは忘れないで」
と真剣な目で言われた。うなずく事しか出来なかった。


おそろいの指輪を買ってもらった。一緒に電車に乗って浴衣で花火大会を見に行ったりもした。私がレンタルショップのバイトを辞め、ちゃんとした会社に就職したらさすがにそれまでのように頻繁には会えなくなったけど、それでも週に1回は会った。会えば必ず直行さんは私を抱きたがる。私が仕事の後に直行さんを迎えに行き、コンビニで夕飯を買ってホテルへ直行するようなデートも多かった。それでも楽しかった。


でも、いつからだろう。直行さんの言葉が少しずつ変わり始めたのは。

「好きだよ」
と頻繁に口にするようになった。
「家にいると時々思うんだ。なんで俺こんなとこにいるんだろう。なんで咲良と一緒にいないんだろうって」
と呟くこともあった。家族がいない時に私を家に呼ぼうとする事もあった。一度だけ
「・・・・子供が高校卒業するまで待ってくれって言ったら、待てる?」
と聞かれた事もある。明らかに、彼は自分で決めたルールを守れなくなってきていた。

そしてそれは、徐々に私にも伝染していた。時々想像する。直行さんが奥さんと別れて、子供は2人とも奥さんへ。私は直行さんの新たな妻として彼の実家に挨拶に行く。田舎で2人暮らしていると言う彼の両親は、私を認めてくれるだろうか。妊娠させて、責任を取ると結婚したはずの妻を捨て、若い女を選んだ息子を許すだろうか。妻を捨てさせた私を認めてくれるだろうか。別れても、子供の養育費は払わなければいけないだろう。いつまで?2人とも高校を卒業するまで?大学を卒業するまで?だったら子供が高校を出るまで離婚は待ったほうが良いか。でも私も働けばやっていけるんじゃないか。あぁそれ以前に、奥さんは彼と別れてくれるだろうか。



でも、と思う。私はそれを望んでるのか?



もともと結婚願望なんてなかった。今、私がそれを夢想するのは、単に直行さんを独占する手段としてそれしかないと思っているからだ。では、私は本当に直行さんを独占したいと思っているのか?


徐々に重くなるお互いの想いに疲れて、私は次第に気持ちが冷めていった。楽しいだけで良かったのに。奥さんがいても、気持ちの上で私が1番だと信じられればそれで良かったのに。

だって、私がもしあなたの“奥さん”になったら、その時は私が怯えなきゃいけなくなる。またいつかもっと若い子にこの人を奪われるのではないか。四六時中一緒にいるようになったら、この人にとっての私は今の奥さんと同じように価値をなくしてしまうのではないか。この人が浮気しないと、どうして言い切れる?だって私は身をもってそれを知っているのに。



少しずつ、2人の気持ちの重さが食い違っていく。私を独占したがり、同じように私だけのものになりたがる直行さん。結局は独占できないとわかってる男に独占される自分、それが次第に窮屈になってくる私。

それでも、表面上はそれまで通り仲良く続いていた。クリスマスにはデートをした。誕生日には財布を買ってもらった。バレンタインにはチョコをあげた。そしてホワイトデー。

その日、予想もしない形で、私の運命が大きく変わった。


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咲良 [MAIL]

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