ATFの戦争映画観戦記



【File099】あゝ邦画戦争映画は燃えているか・・・Shall We タンク!【後編】

2003年11月30日(日)

専ら更新のペースが月一と成りつつあり、いつもながらに観戦武官諸士には申し訳ない次第であります・・・観戦日誌の方も書き込み遅れがちだし・・・大汗。で、前置きはさて置き、早速逝ってみましょう!「馬鹿が戦車でやって来る」「2/26」と並ぶ邦画戦争(ミリタリー)映画を代表する爛廛蹈奪彑鐚岫を紹介します・・・それでは開演《開演ブザー》です。いつものように携帯電話の電源はOFFにして【いつもながら、この記述には資料的価値は全くありません】

【海外戦争映画の戦車たち】
海外の戦争映画には多数の戦車が登場してますが、如何せんそれらの車種は殆んど限られます。COIの「戦車が登場する映画会議室」で調べたところ・・・第1位がT34系、第2位はM4系そして大分差が開いて米軍M24・M41そしてM48系、他に旧ソ連T54/55&T62系戦車が大多数を占めました。独戦車が登場すると言っても、T34系を改造し独戦車っぽいのはまだ良い方・・・多くは独軍マークを付けただけ・・・本物が登場する映画は「撃滅戦車隊四千粁(ティーガー儀)」「雪の戦い(ティーガー況)」等数える程です。ATFにとってベスト戦争映画のひとつ『戦略大作戦』に登場するT34改造ティーガー(戦略ティーガー)は、独特の砲塔やキューポラ、煙幕弾発射器、排気マフラー等々ファンの間でも語り草な出来だそうです。しかしT34系改造車の特徴・・・砲塔の位置が車体前方に寄り過ぎ・・・が如実に現れ、ご覧になると解りますが極端に前方寄りの砲塔で、車体前部が寸足らず状態です。これなら「ヨーロッパの解放」に登場したT44系改造車の方が、まだバランス的に見栄え良い・・・履帯も本物っぽく改造されてるし。難点は多少車体が平べったいくらい。また「SPR」や「BOB」の登場車両は、T34系改造車として良く出来ていますが、履帯はT34のまま。21世紀を迎え、流石のT34やM4も可動車両が激減、現用車両にグラスファイバーや鉄板製の上部構造を載せた着ぐるみやCG合成といった小細工も仕方が無い状況です。「スターリングラード(2001)」や「戦場のピアニスト」の傾羸鐚屐孱贈錬臓廖屮轡磧璽蹈奪・グレイ」の傾翔遊睨ぁ屮廛薀ぅ戞璽・ソルジャー」の弦羸鐚崚、最初観た時に思わず爐ぉ〜瓩辰酉垢辰織侫.鵑眤燭い呂・・・。現在の技術からすれば撮影用のプロップ戦車など実寸通り復元するのも可能でしょうが、やはりコストや時間的問題からか、特に足回り・・・駆動系は再現が難しく、現用車両のそのまま流用、と言った改造が限界です。そんな状況ながら撮影用戦車として世界でも有数な出来具合の一台が、我が日本国内に存在していたのです(前フリが長ぇ〜んだって!)

【戦国自衛隊との出会い】
最近の邦画で観客動員が見込めるのは宮崎アニメか「踊る大捜査線」くらいですが、かつて邦画界華やかなりし時代の最後を代表したのは「人間の証明」「野性の証明」や犇眦聴豺冥シリーズ疆に代表される業界の風雲児、角川春樹氏が設立した牾兩郢務所(角川映画)でした。人気文庫を次々と映画化し、金に糸目をつけない大々的な宣伝手法・・・活字と映像の2本柱で業界の活性化を図り「お母さん、僕の麦藁帽子どこに行ったんでしょうね(人間の証明)」等流行語にもなりました。しかし「復活の日」や「セーラー服と機関銃」以降パワーはダウン。後は凋落の一途(原因は社長のワンマン経営と麻薬所持による逮捕・・・現在角川書店は映画部門から撤退)です。『戦国自衛隊(1979)』は、角川映画が最も輝いていた頃の代表作(9作目)。監督は「悪魔が来たりて笛を吹く」の斉籐光正氏。陸上自衛隊が、四百年前の戦国時代(川中島の合戦/1561)にタイムスリップすると言う荒唐無稽な物語は、軍オタ心に熱い興奮を涌かせてくれました。キャッチコピーは爍咤得捗侫▲ション時代劇超大作(?)何やら良くわからないところが、一層興味を掻き立てました。今から四半世紀近く前、何かの雑誌に掲載されていた狎鏐饉衛隊映画化決定の記事・・・どこかの自衛隊駐屯地に陳列された戦車(確かM24だった気がする)の前で記念撮影する千葉真一氏の写真付き・・・に胸躍らせた記憶が今でも残っています。因みにこの「戦国自衛隊」は主演兼アクション監督の千葉真一氏の犒歿柔験20周年記念作品瓩つ爍複腺暖足10周年記念作品瓩世修Δ任后さてATFが「戦国自衛隊」と出会ったのは、映画以前の1976年・・・秋田書店漫画文庫シリーズで読んだのが最初です。「戦国自衛隊」は半村良氏のSF小説ですが、私は小説より先に漫画で「戦国自衛隊」を知った訳です。漫画版の作者は望月三起也氏のアシスタントを経て漫画家デビューした田辺節雄氏。他に「地球0年」(矢野徹)「滅びの笛」「蒼茫の大地滅ぶ」「滅びの宴」(以上3点西村寿行)等のミリタリー・パニック・サスペンス作品があり、最近では続編『続戦国自衛隊』(世界文化社刊)も発表されてます。

【チャンバラ・コンバットの集大成・・・】
「戦国自衛隊」の評価は、映画ファンの間でも分かれます。猝滅鬚・大好き・傑作畴匹鉢爐だらん・つまらん・駄作畴匹任后I垰弋弔斑羇崚な意見は少ない様です。駄作派の主な理由は仝矯遒醗磴Ν演出が下手設定出鱈目ぅ好函璽蝓爾強引・・・ってもの。さらにはヌ靆邂貲匹砲茲觧諜團掘璽鵑不快という多くの女性観客の意見。面白い事にイ亙未砲靴董傑作派の意見もまた 銑い鬚修里泙浹媼蠅房茲辰討い襪里任后検索すると熱烈的猗鷂式サイト瓩皀劵奪箸靴泙后ATFは勿論犒羣酣畢・・・原作の設定を大きく変更し、ストーリーや時代考証に重きを置かず、未知なる世界に突然放り出された自衛隊員一人一人に焦点を当て、ある者は環境に順応し、またある者は順応出来ず死んで行く様をアクション中心に描いた点が非常に斬新でした。劇中歌「スクリーンに雨が降る」「戦国自衛隊のテーマ(サァ〜ン・ゴーズ・ダァ〜ン♪)」「ララバイ・オブ・ユー」等殆んどがバラード調の切なく物悲しい曲なのですが、場面毎の登場人物たちの心理描写を上手く具現化しています。駄作派の方が唱える様に原作との違いを羅列し、つまらない、面白くない、駄作だ・・・と決め付け、映画独自の持ち味や監督自身のイメージが優先され原作通りに映像化されなかった・・・というだけで、一概に作品を批判するのは筋違いです。基本的には映画と原作は別物。それぞれに独自の世界観が存在して良い訳ですし。「戦国自衛隊」の場合、タイムスリップをテーマとした原作より、一層アクション場面を強調し、一般受けを狙った(アクション監督千葉真一氏の思い通りの)作品だとして見れば、まぁそんなものか・・・と納得出来ませんか?公開翌々年の正月、テレビ特番で早くもテレビ放映・・・しかもノーカット&CMを込みでタップリ3時間の放送!現在ならば衛星系等で、公開1年以内に放映される事は珍しくないですが、当時では異例な程の特別扱い・・・それだけ角川映画の威光が凄かったって事でしょうか。数年後、再度テレビ放映されましたが、その時は2時間枠での放映でした。「戦国自衛隊」の場合、今観直してもいらない、と思えるシーンが幾つかあるので、2時間枠放映の時の様に贅肉を削ぎ落とし120分以内に再編集した方が、一般視聴者への受けは良いのかもしれません。「戦国自衛隊」を戦争映画と言い切るには、多々異論があるとは思いますが、嘗て【File084】漆黒の大陸・・・多勢に無勢【後編】で紹介した爛此璽襦疾鐐茘でも敵味方の隔てる時間差の違いはあるにせよ、西洋式最新装備で武装した英国軍と、弓矢・楯・鉾・槍で武装したズールー軍との戦闘と、そう大差はありません。さらに以前からATFが提唱しているチャンバラ・コンバット系作品として、反戦や回顧、贖罪を主体とした戦争映画とは異なる資質を備えた作品だと言えると思います・・・って言うか戦車の話はまだかよぉ!?

【戦争映画史上屈指の出来!】
「戦国自衛隊」の劇場公開は1979年12月5日・・・撮影開始は1979年8月初旬・・・撮影自体は正味3ケ月半程度だった様です。撮影開始直後の8月19日、東京北区の詢詭攀燦(耐震製品製造会社)において角川事務所主催で「戦国自衛隊61式戦車完成キャンペーン」が催され、本格デビュー以前の薬師丸ひろ子さんが参加したそうです・・・という事は戦国61式戦車が登場するシーンは、編集作業を差し引くと、大体9月初旬〜11月前半の2ケ月間で撮影されています。映画パンフには戦国61式戦車の製作期間が2ケ月半と記載されてるので、逆算すれば撮影開始2ケ月前に製作が開始されています。映画の企画がスタートした段階で、戦車の登場が決定されていたかは不明ですが、ひょっとすると当初は戦車は登場せず、APCがメインだったのかもしれません。映画の流れは.織ぅ爛好螢奪廚蛤乱黒田勢の砦の攻防L靆酣蛭斥隲春日山城での小泉越前守暗殺ダ鄰翕腓旅臉鎰μ蓮寺でのラスト・・・となり、この内61式戦車が登場するのは´↓イ離掘璽鵝8矯遒任魯織ぅ爛好螢奪廚垢觴衛隊員たちは一個小隊規模で燃料・兵器・弾薬も豊富、よってラストに至るまで数多くの戦闘を繰り返します。しかしそのままでは映画化できません。ハイライトシーンである川中島の合戦は、構成上最も重要です。原作より戦闘場面を少なくし、逆に川中島の合戦を盛り上げる・・・さらに話題性を高め宣伝効果をアップする。こうして戦車の出演が決定したのではないでしょうか(当初は61式戦車でなく74式戦車を登場させる計画もあったとか)。当然最初は自衛隊へ貸出交渉が行われた様ですが、以前書いた様に「国民を守る為の自衛隊の兵器を、例え時代は違うにせよ、同じ日本人を追いかけ回す様な設定の映画に出演させられない」って門前払い。それじゃ自前で・・・こうして世界有数のプロップ戦車戦国61式戦車が誕生しました。前述の「・・・戦車完成キャンペーン」の時に、千葉氏が「この戦車は本物です!」と言っていたそうです・・・。その言葉は正確ではないにしろ、スクリーンに映し出された戦国61式戦車の姿を見たATFは、地方の小さな映画館で思わず身を乗り出して観入った記憶があります。ところで公開当時のプレス情報では、戦車の製作費は6000万円との事でした・・・ところが公開前の情報では3000万円で、映画パンフでは8000万円となっています。本当は幾らだったのか・・・実際はもっと安かったのでは?実は「戦国自衛隊」撮影中の1979年10月にテレ朝系で放送開始された「西部警察」の第一話「無防備都市前編・後編」で、テロリストに強奪され大門軍団と死闘を演じる米軍の新型装甲車・・・150mm砲装備(名称:LADYBIRD)・・・が登場し話題になりました。結局は大門軍団の作戦で火だるまにさせられます(その後「おれたちひょうきん族」に出演し、ブラックデビルが砲塔から身を乗り出し、人気の無い早朝の街中でタケちゃんマンを追いかけ廻していた&数年前まで伊豆にある某テーマパークで赤錆びた姿を晒していたとか)が、その装甲車の制作費がなんと5000万円だったとか・・・どう見ても元は建設用ドーザーってのが見え見えで、この程度の改造なら実際一桁少ないんじゃないの・・・5000万円ってのは前宣伝用のガセネタか?で、それに対抗して戦国61式戦車の6000万円って額が出てきたんじゃないのか・・・と思えてきます。「戦国自衛隊」公開当日・・・渋谷道玄坂(一説には銀座)の某映画館の前に、この戦国61式戦車が陳列されていました。そしてなんと、その場で売りに出されていたそうです・・・販売価格は1000万円(異説では1800万円/APCハーフトラックは100万円、1/4泥肇薀奪が50万円だったらしい)・・・で販売用キャッチコピーは「誰でも操縦が簡単!!」

【10年間は使用可能・・・のお墨付き!】
この戦国61式戦車・・・車体は設計段階でタミヤ模型の1/35プラモを実測しスケールアップ。鈴木技研襪論澤徑廾10名、製作要員15名を投入したそうです・・・しかし駆動・操縦系は自前で製作できず、川崎重工製の無限軌道式重機の機構を使用したそうです。一般のブルドーザーやパワーショベル、農業用コンバイン程度の操縦機構なので意外と操縦は簡単。それは操縦者役の俳優が直接操縦するシーンがあった為で、前述の処分販売時のキャッチコピーの通り、将に「誰でも操縦が簡単!!」だった訳です!因みにATFの父親は土木関係の仕事だったので、幼い頃に父親の勤務する現場でブルドーザーに同乗、ちょっとだけ操縦した事がありますが、簡単に前進・方向転換はできた記憶があります・・・これって法律違反ですので良い子は真似してはいけません!映画パンフに記載された戦国61式戦車の仕様は‐莪5名機関出力150馬力A軆杜20鏑ず嚢盪速25kmズ蚤臈从簀塾30度です。しかし乗員は戦車長(島田三曹)操縦士(丸岡一士)砲手(野中一士)装填手兼無線手(菊池一士)の4名。さらに川中島の合戦時、島田三曹は矢野派の叛乱で死亡、菊池一士はAPCに同乗後単独戦闘(後戦死)していたので、操縦士・砲手の2名しか乗車してませんでした。公開当時に発行された雑誌「丸」で61式戦車の特集が組まれ、その中に戦国61式戦車の記事が掲載されていたそうですが、それによればサスペンションの配列と操縦席のハッチ回りが実車を真似出来なかったそうです。実車では、操縦手は一段低い位置から間接的にスコープを覗いて操縦するのですが、戦国61式戦車では直接外部を覗いて操縦する為、異様にでかい窓の付いた操縦席ハッチ部になっています。川中島の合戦シーンでは、武田方の足軽たちが槍や刀で、あの窓を突っ突いていましたが、一応防弾ガラスという設定なので無傷でした。最後には燃料切れの為、湖(池・・・いや川か?)に沈められますが、エンジンは積んだままだったのでしょうか・・・もしそうだったら、あとで水抜きが大変だったでしょう。実は当時、戦国61式戦車を登場させる映画の企画が、もう一本あったそうです・・・山田正紀原作の「火神を盗め!」という作品で監督は大森一樹氏だったそうですが・・・そんな映画の話は聞いた事はないので、没ったんでしょうね、きっと!

【戦国61式戦車・・・その後】
公開時に売りに出されていた戦国61式戦車ですが、その後再度角川映画製作のメジャー作品に登場したのは皆さんご存知の通り・・・1988年8月13日に公開された「ぼくらの七日間戦争」です。この作品は宗田理の同名小説を、当時三井のリハウスガールで注目された宮沢りえ主演で映画化した青春ドラマ。理不尽な規則だらけの学校や家庭に嫌気がさし、廃工場に立てこもった11名の中学生たちの大人たちへの猗人隲瓩鯢舛い拭△海舛蕕聾矯遒鮓事に映画化したと評される名作。中学生たちの友情や個人の趣味や特技を生かして大人たちと戦う様など上手く描かれていました。小室哲哉による主題歌「Seven Days War」も名曲です。さて戦国61式戦車ですが、中学生たちが立て篭もった廃工場の中で発見し、大人たちとの戦いの最後の切り札として登場します。メカに強い中学生が後部エンジンカバーを素手で簡単に持ち上げ(本物は簡単には開かない)て修理、尚且つ操縦までしてしまう・・・う〜む。さらに車体に色とりどりな落書きされ爛┘譟璽吻(宮沢りえ演じるヒロイン・・・帰国子女がメキシコで飼っていた爛屮伸瓩量樵)なんて名前を付けられます。当初は戦車の登場する設定はなかったのですが、何でも角川社長が「戦国自衛隊」一回だけじゃ勿体ないと、無理矢理出演させたとか・・・って事は、この時点では売却されておらず、未だ角川事務所の所有下にあったのでしょうか。その後再び戦国61式戦車は行方を晦ますのですが、数年を経て意外な所で姿を現します。それは日テレ系「たけしのお笑いウルトラクイズ」この番組、現在のバラエティー番組に大きな影響を残したお笑い企画番組として評価が高い?のですが、その1991年12月30日放送分の企画の中に沖縄米軍全面協力?と銘打った「戦車○×クイズ」があり、米海兵隊所属の重戦車と言う役で登場。×の回答をしたお笑い芸人たちの小屋を粉砕・・・また芸人の愛車を押し潰すという企画にも登場しています。さらに情報によれば、90年代を代表する伝説的バラエティー番組「天才たけしの元気が出るTV」の特番内で、同番組の人気超おバカ企画犢眦捗稙鵑料當バズーカ瓮好撻轡礇襪箸靴董△の仏ソルボンヌ大卒の秀才オスマン・サンコン氏を戦車砲をぶっ放して起こし、サンコン氏をして「戦争が始まった・・・」とビビらせていたそうですが・・・その後戦国61式戦車の消息は三度不明となりますが、1990年代後半には神奈川県相模原にあった映画撮影用車両の手配及びレストア専門の業者のスクラップ置き場に放置されているらしい・・・と言った目撃情報が狹垰堙狙皚瓩陵佑飽貮瑤隆屬埜譴蠏僂れていました・・・。

【復活!戦国61式戦車】
今年9月のある日、某TV雑誌を読んでいたATFは、ある特集記事に目が止まりました・・・それはテレビ50周年ドラマ特別企画としてTBS系で9月28日に放送される「さとうきび畑の唄」明石家さんま主演、上戸彩・オダギリジョー等共演による沖縄戦を舞台にしたドラマの特集記事だったのですが、そこには猖槓の戦車が登場!瓩判颪れていました。自衛隊が戦車を貸してくれたのか、それとも駐留米軍が貸し出してくれたのか・・・兎に角これは観なければ!と俄然興味を掻き立てられました。いよいよ放送が迫ったある日、ネット上で仕事の資料を探していたATFは、偶然TBSの公式サイトにアクセスし「さとうきび畑の唄」のコンテンツを発見。先日の戦車登場の記事を思い出し、関連記事を探して見ました・・・で、見つけたのがこのコンテンツ(写真をクリックして下さい)!・・・そこには製作から24年の歳月を経て、再びその姿を現した戦国61式戦車の姿がありました!映画製作スタッフが10年間は使用可能と太鼓判を押したのは見事に外れ・・・なんと2倍以上の歳月を経て未だ健在。余りの感動に勤務中にも関わらずCOI掲示板にアクセス(まぁいつもの事ですが)し「おひさしぶりです・・・61式戦車」という書き込みをしてしまいました(実は戦国自衛隊のファンサイトの掲示板では8月半ばの段階で、既に犇瓠坑圍贈啖呂硫縄関連番組に登場するらしい瓩箸い情報が書き込まれていたのでした)「さとうきび畑の唄」のドラマ自体の感想はどうでもよく・・・ドラマの内容は過去の沖縄戦を舞台とした映画作品の美味しいところのゴッタ煮の様な内容で、結局記憶に残ったのは戦国61式戦車の登場する場面だけなのでした・・・。

製作から24年の歳月を経て、再び我々の前に健在な姿を現した戦国61式戦車・・・今後もその勇姿を見る事が出来る事を祈念しつつ・・・どっかで公開展示してくれないかなぁ・・・邦画に登場する戦車のお話はこの辺で・・・さて次回はいよいよ連載100回目に突入だッ!・・・早く書かないと記憶がゴッチャになっちゃいそうな『海軍騎兵大尉○○奮戦記』をお送りする予定です・・・【我に続け〜ッ】

【一部修正】20031202 ビンセント.R様からのご指摘により一部内容修正

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