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2026年02月22日(日)
「演劇は何を『翻訳』するのか? 市原佐都子+チューリヒ市立劇場『バッコスの信女一ホルスタインの雌』を例に」

「演劇は何を『翻訳』するのか? 市原佐都子+チューリヒ市立劇場『バッコスの信女一ホルスタインの雌』を例に」@ゲーテ・インスティトゥート日本 

シアターコモンズ’26、オープニングフォーラム「演劇は何を『翻訳』するのか? 市原佐都子+チューリヒ市立劇場『バッコスの信女一ホルスタインの雌』を例に」。現地キャスト・スタッフによるドイツ語上演の上映、市原さんと劇場のチーフドラマトゥルクであるハンナ・シューマンさんによるトーク。現地の観客がドカンドカンウケてたのにまず驚いた

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 22, 2026 at 21:12

ハンナ・シューマンさん→ハンナ・シューネマンさんです、失礼しました! 4時間の長丁場でしたがもっと聞きたい〜、Q&Aの時間ももうちょっとあれば! と思う程。めちゃめちゃ充実した内容で面白かったです。

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登壇者|
市原佐都子(劇作家・演出家・小説家)
ハンナ・シューネマン(チューリヒ市立劇場チーフドラマトゥルク)
司会|相馬千秋
通訳|山田カイル
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13:00–17:00
イントロトーク|13:00–13:30
上映|13:30–15:45
ポストトーク|16:00–17:00
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クレジットなかったので追加しといた、専門用語や演劇制作独特の背景を踏まえた発言も瞬時に的確に通訳された山田カイルさんの仕事ぶりも素晴らしかったです。相馬さんが「通訳のカイルさんにも壇上にいてもらいますね。今回は『翻訳』がテーマですから!」と仰ってた。ちなみに山田さん、『パワーチキン』のとき受け取ったチラシ(『A CALL TO BEAR ARMS』)を見て気になるなあ……と思った抗原劇場の主宰の方だった。そうそう、会場にはサエボーグさんもいらしてましたよ。

『バッコスの信女一ホルスタインの雌』、私は2020年のKAAT版を観ました。コロナ禍下だったため当初は通常のキャパ半分のチケットが発売され、換気のため途中休憩を入れると発表されていた。その後規制緩和となり全席販売、劇場の換気機能を検証した上で休憩なしの通し上演になった。そんな状況だったので、初演(2019年のあいちトリエンナーレ)とどこか変わったところはあるのか、追加/短縮されたところはあるのかずっと気になっている。制限がない状態での再演もいつか実現してほしいな。

その後作品は海を渡り、スイスで上演されることになる。市原さんが現地に滞在し演出を手掛けた現地キャスト・スタッフによるドイツ語上演。もともと書かれた言語ではない上演、台本の変更はあったのだろうか。日本とは違う演劇制作のルールなどはあったのだろうか。その初演の映像を観ることが出来ました。上演前に「ネタバレにならない範囲でいうと、一箇所だけ追加したシーンがあります」と市原さん。以下おぼえがき。

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・映像は固定カメラ。シーンによっては少し寄ったりもするけど演者にクローズアップしたりはしないもの。全編全景が見えていました
・日本語上演を観ていた者がドイツ語上演を日本語字幕で観る、というレイヤーの多さは、作品の印象を変えるということはなかった(戯曲の力!)。しかしなんというか、ドイツ語が元来力強い発音のせいか、全体的に「登場人物皆つえー!」という印象に
・なんというか、「のらりくらり」がないというか
・なんとなーくこういう人生になったんです、という感じがないというか。流されず、常に自分で選んできた人生というか
・体型とか骨格も、明らかにエイジアンとは違うので見た目も強そうに見える。衣裳もそうした体型に合わせる訳で、ホルスタインの柄をプロテクターぽく腰に装着しているだけでスタイリッシュに見える
・つくづく演劇は肉体を通したものなのだなあと思う
・コロスの面々もひとりひとりの背景(生活)を感じさせる凸凹な感じ。それぞれの人生を想像してしまう

・「すき焼き」はともかく「焼肉」も「しゃぶしゃぶ」もそのままで通じるんだなあと感心する
・「畳」も普通に通じるのでしょう、変更していませんでしたね
・飢えて畳のい草を食べるという壮絶な描写、これしかないという感じではあるものの、他の国だと何を食べるだろうと思ったりもしていた
・翻訳でいえば「え(ろ)ほん」のニュアンスは流石に伝えられないか、普通にエロ本になってた。ここ、初見時うまい! すげーキラーワード! と感動したんですよね(笑)
・しかし逆に、ドイツ語でダブルミーニングな単語とか使っていた箇所もあるのかもしれないなあ。その辺りどうだったんだろう

・楽曲も一から作り直してあった。これも“翻訳”なのだなあ
・出版された日本語戯曲には楽曲スコアも掲載されていたので、楽曲はそのまま使うのかと思っていた
・ミュージカルと違ってライセンス制ではないのだな
・額田大志さんによる日本語版の楽曲が大好きだったので最初「あ、違うんや……」と思ったけど、いやいやドイツ語版もすごく格好よかったです!
・劇伴箇所は弦楽器を使ったアレンジのものになっていました。これも格好よかった

・「追加したシーン」は、終盤舞台上でキャストが「犬が殺されるなんて」「こんな結末は嫌だ」「別の方法はないのか」とディスカッションするところ。これについては後述

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上映後のトークで印象に残ったところをおぼえがき。記憶で起こしているのでそのままではありません。話が前後した箇所はまとめています。カッコ内の斜体は私の感想。

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市原:これだけはいっておきたいのですが、日本語通訳として劇場付の方とは別に、現地在住の、当時学生で私の作品を卒論テーマに選んでくれた方がついてくれました。制作現場以外でも一緒にいて色々話を聞いてもらって、メンタル面でも頼りにしていました。彼女の貢献はとても大きかったです。今は他の劇場に就職してしまったのでもう一緒に仕事が出来なくて残念です
何度も「伝わっていないな、受け入れられてないなと感じるときがあった」と仰ってました。たいへんだったのだなあ……

相馬:海外で上演したい、という話が出たとき、あちらの方にまずいわれたのは「上演時間が長すぎるんじゃないか」ということでした。でも実際にやってみたらそんなことはなかったですよね?
シューネマン:その話を聞いて思ったのは、「長い」といったひとは「(日本語上演で)ドイツ語字幕を見乍ら観劇する」ことが体感的に長いと思ったのではないでしょうか。実際台本をドイツ語に翻訳して上演すると、全然長いとは感じませんでしたね
今回の上映は「(ドイツ語上演で)日本語字幕を見乍ら観劇する」だった訳ですが、集中力は切れなかったし衝撃も面白さも変わらなかった。でも確かに字幕を追い乍らの2時間15分は体力的に疲れましたね。映画の字幕とも違う感覚でした

市原:どこの国の物語、と限定はしていません。どんな国にもいろんな国の要素が入っているものなので、無国籍というかごちゃ混ぜというか、敢えてここは日本だ、と限定しなくてもいいように書いたものです。窓から見える山も富士山のようだったり、マッターホルンのようだったり、どちらにも見えるようにしています

市原:しかしペットショップやスーパーマーケットが夜遅く迄開いているというのは日本独特のものだとも感じました。あとこちら(欧州)は犬権が強い。犬がとてもだいじにされていて、犬税というか、犬を飼うときに税金を払わなければいけなかったりする。その辺は最後のやりとりに反映されています。追加したディスカッションのシーンは、俳優に会う前に書きました(どよめき)。なので実際に演じる側から「結末を変更しろ」といった提案があった訳ではありません
「スーパーが早く閉まるので肉が買えなかった」という台詞が追加されていましたね。コンビニでエロ本が売られているとかペットショップで動物を買うというのも日本独特のものかも。現地の観客にはどう受け取られたのかな

シューネマン:タイトルは『バッコスの信女』をとって『ホルスタインの雌』だけにしました。ギリシャ神話のアダプトという側面もある作品ですが、我々は「佐都子さんの作品」を上演する、ということを全面に出したかったので。また、ホルスタインはドイツ原産の牛なので、このタイトルで良いと思いました。翻訳は、「台本を翻訳する」だけではありません

相馬:ここで、出演者からの動画メッセージが佐都子さんに届いています
出演者たちが市原さんとのクリエイションがいかに刺激的だったかを語り、最後に「あなたの犬より」「あなたの牛より」「あなたの(なんていったか失念。主婦だったかな)より」といって笑顔で手を振りました。ふいうちで「あなたの犬」っていわれるといろんな意味でギョッとするな(笑)
市原:そんな……本当に孤独を感じていたので、こういって頂けると……
シューネマン:俳優たちからは「佐都子さんは次いつ来るんだ、また佐都子さんと作品をつくりたい」とせっつかれているんですよ
市原さんちょっと涙ぐんでたかも

市原:(オーディションについて)メインの俳優たちは劇団に所属(就職)しているひとたちなので、こちらが選ぶということはなかったです。コロスは日本で上演したときと同様にオーディションで選んだんですけど、日本では「ママさんコーラス」がイメージだったんですね。でもスイスには「ママさんコーラス」というものが存在せず、歌が巧いひとばかり来た(笑)。改めて違うタイプの歌い手を探すことにしました
シューネマン:コロスという意味では揃っていた方が良いのでしょうが、皆バラバラで、それぞれの人生が見えるひとを選ぶことにしました

■Q&A
質問:欧州ではヴィーガンのひとも多いと思いますが、肉食を扱う今作に対しての反応はどうだったのでしょうか?
シューネマン:若いひとにはヴィーガンが増えていますが、依然として肉を食べるひとは多いです。ですから拒否反応のようなものはあまり感じませんでした
スイスといえば乳製品、ドイツといえばソーセージだものね

相馬:本当はチューリヒ市立劇場を招聘出来たらいいんですけどね! 円安の影響は大きく無理です。今現地に行っても観られるのですか?
シューネマン:レパートリーに入っていますよ
相馬:興味を持たれた方は是非観に行ってください!

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円滑なコミュニケーションのためには、通訳者は会話の外部に留まる必要がある。そのためには逆説的に、発された言葉を全て自分のものとして、一人称で話さなければいけない。「彼は何それと言っています」とは、優秀な通訳者は、通常口にしない。
(中略)
つまり、私でない誰かの言葉を一人称で語る通訳者は、俳優なのである。

通訳に関する山田さんのエッセイ。いいタイミングで読めた!



2026年02月19日(木)
Martin McAloon of Prefab Sprout the Two Wheels Good

Martin McAloon of Prefab Sprout the Two Wheels Good@Billboard Live TOKYO

マーティンすごい気さくなおしゃべりおじちゃんでめちゃ和んだ〜しかし次々繰り出されるプリファブ節にオンオン泣き乍ら観たビャーー 最後カーテン開いて振り返ったときスケートリンクが見えたのかギョッとしてたような笑/Martin McAloon of Prefab Sprout the Two Wheels Good

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 20, 2026 at 0:04

喋れば笑い、唄えば泣きで忙しかった。1st setを観ました。

Prefab Sproutの楽曲をライヴで聴ける日が来るとは……。今回の来日は寝耳に水、どういうこと!? と方々見てまわると、Rolling Stone Japanの小熊さんが「いつか実現しないかと願ってました」「兄でなくて弟ですがずっとツアーしている」と書かれていて、ことの次第を知る。つーか小熊さん、プリファブのガチファンなのな……XTCのガチファンでもある。私より全然若い筈だが……。ツアータイトルの『Two Wheels Good』は『Steve McQueen』アメリカリリース時のタイトル。Steve McQueenが個人名だったので(あの! スティーヴ・マックイーンねといいつつ今は俳優も映画監督もいるからなあ。俳優の方です)権利関係がややこしくて一度変えられたんですよね。今は『Steve McQueen』に統一されて流通しているそうです。という訳で『Steve McQueen』の楽曲をメインに演奏、他のアルバムからもちょっとやるよ、リクエストも受けるよ、とのこと。

パディが病のため思うような音楽活動が出来なくなってもう20年というところだろうか。ツアーにはもう出られない。でも楽曲制作は続けている。新譜が出たらいいなーとぼんやり待つ日々が続いて、ライヴで聴きたいなーという発想自体がもうなかった。来日公演は40年ぶり(!!!)だそうです。流石に前回は観てない! 呼んでくれたひと有難う!!!

会場に入ってみればおお〜、いるいる同世代もしくは上。90年代ノットデッド世代(笑)。とはいうものの思いの外若い方もいらしてて、エヴァーグリーンの楽曲が聴き継がれている! とうれしくもなる。時代関係なくアクセス出来る、webとサブスクのいいところ。しかしどういうきっかけで知ったのだろう? 「オススメ」とかに出てくるのかな、もしくは親が(最近よくある)? 翻って自分は何がきっかけで知ったんだっけ、ラジオだったか、もしくは音楽誌か……高野寛さんが『Jordan: The Comeback』を絶賛していたのは憶えているけど(観にいらしてたようですってか絶対来ると思ってた!)、当方最初に聴いたのは『Protest Songs』だったなあ……などと思いに耽りつつもだんだん緊張してくる。

もう具合悪い(緊張で)

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 19, 2026 at 17:12

ドリンクも殆ど飲めませんでした(どんだけ)……。

そんなこちらの気分とは裏腹に、マーティンはひとりでふらりと現れました。気のいいおじちゃんて感じでまあよく喋る。メガネかけるね〜とメガネをかけてフロアを見渡すと「おお〜うほほほ(こんなに入ってる)」みたいに驚いたりしている。ギターは3本セッティングされていて、1曲ごとに交換する。ストラップが外れてモタモタする。なかなかストラップがハマらなくて「AIじゃないんでねえ……」とかいう。「ロバート・プラントでーす」とかもいってた(風貌がね!)。日本語でも沢山話してくれました。カンペ見えないからかその都度メガネかける。いや〜のんびりだわ、マーティンの部屋に招かれたみたいなアットホームな雰囲気だわ〜とニコニコしていると「兄もよろしくといってました」とかいいだす。ちょ、そんな不意打ちやめてくれ! と泣く。

歌はちょっと不安定なところがあったけど、それを補ってあまりある声! 何しろパディによく似ている!!! なんだその、狭い範囲の例えだがTOKYO No.1 SOUL SETにトーイが唄いにきたときと同じというか、トシミ(父)の声にあまりにもそっくりでヒェーッとなったのと同じ!!! 遺伝子……などと思う訳です。しかし発音というかタンギングや唄いまわしも似ていたな。意識して寄せてる、というよりどうにもこうにも似てしまう、という感じかな。

ギター1本の弾き語り。だけどパディも、ウェンディの声すらも聴こえる気がするのはこちらの脳内補完だけではなくマーティンが楽曲そのもののエッセンスをしっかり伝えてくれたからだと思う。しかしこうやって聴くとホント独特というか唯一無二というか、コードがすごく変(変ていうな)じゃないか? そっからそういく? という音もだけど、実際弾くのはとても難しそう。これぞプリファブよな…他では聴けない……ライヴでというかもはや今生で聴けるとは思ってなかった。マーティン有難う有難う〜! パディにも宜しくね〜!(泣)

『Steve McQueen』全曲を曲順通りやったあと、リクエスト募るとフロアからドカドカ声が飛ぶ。「Carnival 2000」「Cruel」の2連発でキエーーーとなる。「The King of Rock 'n' Roll」のことは忘れていたので(ヒドい)「T-REXだよ〜」といわれて何だっけ……などと思った。確かに改めて聴くと「Get It On」ぽい。お茶目!

帰宅後SNS検索でいろいろ見てまわり泣いたり笑ったりする。動画撮影OKだったのです、感謝感謝。2nd setの方が終演時間に余裕があるからか1stより多めにやったみたいですね。サイン会もあったとか(!)。そこで「今度は『Jordan: The Comeback』再演で来て!」と声をかけたら「あのアルバムの曲難しいのばっかりだからな〜」と応えられたという方の書き込みがありました。練習して来て!(鬼)いやいやそれはともかく是非また来てください!!!

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・setlist(setlist.fmより)
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Set 1: Steve McQueen
01. Faron Young
02. Bonny
03. Appetite
04. When Love Breaks Down
05. Goodbye Lucille #1 (retitled "Johnny Johnny" for single release)
06. Hallelujah
07. Moving the River
08. Horsin’ Around
09. Desire As
10. Blueberry Pies
11. When the Angels
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Set 2: Request
12. Carnival 2000
13. Cruel
14. Cars and Girls
15. The King of Rock 'n' Roll

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『From Langley Park to Memphis』とかけてる(ニッコリ)。2月にしては暖かい日、ステージでもTシャツ1枚でした。ミッドタウンの公園散歩とか出来たかしら。また来てね! 次回は『From Langley Park to Memphis』再演とかでどうですか!

・プリファブ・スプラウト『Steve McQueen』名盤誕生秘話──マーティン・マクアルーンが語る、兄の名曲を歌い継ぐ理由┃Rolling Stone Japan
僕はずっと、自分が「歌えない」人間だと思ってきた。(中略)まだときどき音を外すけど、それは僕がAIではない何よりの証拠だから(笑)。
僕は今、ひとりでやっているから、(プリファブのメンバーだった)ウェンディ・スミスの歌声も、ニール・コンティのドラムも再現することはできない。だからこそ、オーディエンスと僕との間に対話が生まれるような、そんなパフォーマンスを心掛けている。
あと、パディは素晴らしいギタリストでもあるけど、その腕前を理解している人は少ない気がするね。だから僕の演奏を通じて、ギターパートがどれだけ作り込まれているのかもアピールしたい。ライブに来てもらえれば、僕らの曲がどれほど複雑で入り組んでいるかを実感してもらえると思うよ。
ロングインタヴュー有難い〜!

・開演前にSNSを見ていたら、長年web上でのみやりとりしていた方もいらしていることが判明。終演後初めてお会い出来ました! うれしかった〜(涙)SNS有難う! 感謝してばかりの一日でした

(20260311追記)
・<ライブレポート>マーティン・マクアルーン、来日公演完遂――名盤『Steve McQueen』の全曲再現で魅せた40年の物語┃Billboard JAPAN
黒田隆憲さんによる、東京2ndステージのレポート。詳細でうれしい! 1stステージとMCが被ってるけど、喋ってる位置が違うのがわかってなんだか微笑ましい気分に



2026年02月14日(土)
芸劇dance 橋本ロマンス×サエボーグ『パワーチキン』

芸劇dance 橋本ロマンス×サエボーグ『パワーチキン』@東京芸術劇場 シアターイースト

某チキン店の養鶏場には品種改良(?)された4本だか6本脚のニワトリがいるという都市伝説がありましたが、パワチキは手羽6本腿8本の羽毛もないトリ。食肉を効率生産するということは〜というのをこんなにポップに見せられると怖さと切なさで泣いちゃうね!橋本ロマンス×サエボーグ『パワーチキン』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 14, 2026 at 17:29

サエボーグは愛知迄追いかけまわしてたので、やっと東京で公演が観られてうれしかった! 橋本ロマンスは寡聞にして存じ上げず、今回の作品が初見。ダークさが魅力かな。着ぐるみで家畜たちを演じ切ったダンサーたちも素晴らしかったです!

という訳で橋本さんのサエボーグさんへのラブコールから始まった(後述リンク参照)この企画。構成・演出・振付が橋本さん、構成・演出・美術がサエボーグさんというクレジットになっていました。現代美術作品から舞台作品になったといえば解りやすいかな……うーん、でもそう断言すると零れ落ちてしまうものがあるのも事実。アート作品? ダンス作品? なんだったんだ!? というインパクトの強い作品となりました。橋本さんの他の作品を観たことがないので、サエボーグ視点寄りの感想になります。

『House of L』等に代表されるサエボーグの家畜着ぐるみショウシリーズは、場が提供されているというイメージ。鑑賞者は農場に入り込んで自由に動き、遠巻きに眺めるもよし、家畜たちとスキンシップするもよし、一緒に踊るもよし、と自由なスタイルで参加するものでした。照明も基本地明かりのみ。場面転換はなく、農場で起こっていることをそのまま観る、という参加型のアート作品です。解体ショーもあっけらかんと行われ、腹を割かれた動物たちは苦悶する様子も見せず内臓をぶら下げて踊っていたりする。生きることにも死ぬことにも疑問を持たない、ただただ懸命に生きてニンゲンに奉仕する動物たち。そのカラッとした明るさに怖さ、悲哀を感じたものでした。

今回は、演者と観客はステージと客席に分かれた状態での上演です。自由席でしたが上演中移動は出来ず、終始座ったまま観ることになります。客席配置は通常の客席と、ステージ下手側に3列分のL字型。農場の書き割りはご存知デパートメントHのオーガナイザー、ゴッホ今泉の筆によるもの。「退室する場合は客席後方の出口から。元の席には戻れないので荷物を持って出てください。再入場の場合は後方に用意した席に案内します」と事前アナウンスがあり、ロビーやステージ前に「前方のお客さまにはダンサーが触れる場合がございます」といった注意書きがありました。この注意書きは初日からあったのでしょうか。

……というのも、初日に「ダンサーが触ってくる! キッショ! キッショ! 後ろに座った方がいい!」といったひとりの感想がSNSでエラい拡散されていたので……。いや、感想は自由ですけども! キショいと思わないひともいるよ! 私も客いじりされるのは苦手なんですが、動物に扮した演者が遊んで〜、触って〜と寄ってきたら抵抗なくハグしたりは出来る方です。まあ、あの感想を目にして前に座ろうと決めたひともいたかも知れませんね(ニッコリ)。実際のところ「触ってくる」というのは、家畜たちが遊んで遊んでと擦り寄ってくるという感じでした。そりゃなでるわ。よしよしするわ。人懐っこい動物たちとの幸せなひとときですよ。

畜産農場の一日。台詞は一切ありません。夜中の農場でプーリンセス(フンコロガシ)とハエがうんこと戯れるシーンから開幕。家畜たちは皆ラテックス星の着ぐるみで演じられますが、ハエだけは黒子が操演していました。このオープニング演出がなかなか怖くてですね……暗いし、不穏な雰囲気だし。未就学児も入場可だったので、ちいさい子づれのお客さんもまあまあいたのです。泣き出す子はいなかったけど、「こわ〜い」「帰ろうよう」といった声が聴こえてきました。だ、大丈夫か……などと思ったのですが、明るくなってからは静かになってホッ。まあ、寝たのかも知れんが楽しめたかしら……。農場でのびのび暮らす家畜たちがお客にじゃれついたりする楽しい場面と、搾取されていく家畜たちの阿鼻叫喚といった残酷な場面が交互に続きます。内容としてはまあまあハードコアなものだと思うのでトラウマにならなかっただろうかなどと心配もしましたが、『もうじきたべられるぼく』もベストセラーになっていることですし、いい思い出になるといいなどと思いました。

暗転や場面転換があるのが新鮮。登場人物ならぬ登場動物たちのキャラクターがより演劇的になった印象でした。そこには意志がありました。ミルクタンクを抱え逃げ惑うサエビーフ、身体を寄せ合い震えるサエポークたち、そんな家畜たちを柵の影からひっそり見守るサエチキン……サエチキンは今作の影の主役だったかも知れません。ひたすら卵を生んでは回収されていた彼女(?)はラストシーン、ひとつの選択をします。誰もいなくなった農場でひとり(1羽か)、出てこようとする卵を体内に押し戻すのです。泣いてしまった。サエチキン、大好きなのよ……めっちゃかわいい。中の人がどう入るかを考えたデザインもすごい。今回ますます大好きになりました。生き延びてー! と心の中で叫びました。

タイトルロールの新キャラ・パワーチキン(通称パワチキ)は3羽登場。それ迄の家畜たちとは明らかに異質なものです。過食部を大量に、効率的に提供するために誕生した、現実には存在しない(た、多分)品種です。登場シーンからしてナトリウムランプによるべったりとした質感。畏怖の念すら抱きました。パワチキはやがて自らの部位を外し、観客に分け与えていきます。手羽、手羽、腿、腿、そして胸。最後には頭部も外し、頭を残した1羽と合体して歩きます。む、ムカデ人間……と思ってしまったのは私だけではなかったようで、検索したら同じようなこといってるひとがいました。ははは、共通言語。

すまん…すまん……ニンゲンのためにこんな……と己の罪深さに慄き乍らその姿に見入るのですが、同時にあのパワチキ一羽だけトサカがついてるな、なんかこのトサカレモンに似てるな、レモンソテー用かな……などと思ってしまうそんな自分がイヤになる。つくづく人類は絶滅した方がよいと思うのですが、まあ、ままにならぬは浮世の習い。教訓を得なければならないということはないけれど、やっぱり気付きと心構えがあるのは事実で、せめて自分の周りではフードロスをなくそう! 無駄な殺生はいかん! とか浅いことを思う訳です。でも自分が今出来ることはそれだけなのよ。

はー、それにしても素晴らしいデザインだった、パワチキ。リボンで装着された部位といい、どうやって着付けするんだろうと考えてしまった。部位を外すと中の人の体型が顕になりハッとしました。そう、今回「中の人」を意識してしまうんですよ! これは今迄のサエボーグ作品ではないことだった! 中の人はニンゲン! 当たり前だけど! パワチキのウォーキングといい、黒子ちゃんが見せたキレのよいターンといい、ところどころでダンサーの技術に感心するところがありました。演者は全員オーディションで選ばれたとのこと。この辺は橋本さんの作品だからと応募してきたダンサーも多かったのかも知れないですね。

ここでまたサエチキンの話になるのですが、今回サエチキンの中の人素晴らしかったと思うのよ……農場に1羽とり残されて、エサをつついて、パタパタ歩いて。寂しさと戸惑いの入り混じったソロでした。原知里さんという方でした。うえーんこの方が中の人のサエチキンにまた会いたいよー。

黒子ちゃんがモップでフロアをゆっくり拭いていくシーンが結構長い時間ありました。そういえば『House of L』でサエポークと遊んでいたとき、ガワの隙間から汗がパタパタパターッと落ちてきたなあ。フロアは中の人たちの汗で随分濡れていたのでしょう。滑ったら危ないから念入りに拭いておかないとね。暑い衣裳、不自然な姿勢で家畜たちを演じ切った中の人たちの献身にも心からの拍手を贈ります! 祝祭感と悪夢が同時に現れるような、DJ TKDの音楽も格好よかった! サエボーグ作品ではお馴染みの方ですが、当初発表されていた篠田ミルさんが体調不良で降板され(おだいじに…)急遽の登板だったようです。いやいや素晴らしかったです。

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・橋本ロマンスとサエボーグが生み出す、ダンスと着ぐるみによる新作パフォーマンス「パワーチキン」┃ステージナタリー
サエボーグ 私としては「パワチキはまだ新人だから、作品の1部門にちょっと出演させてもらえたら……」ぐらいのイメージだったんですけど、タイトルロールになってしまいました(笑)。
橋本 パワーチキンは、今までのサエさんの作品世界のルールからちょっと外れた存在で、今までのサエさんの世界観そのものにも多大な影響が出るはずだし、既存のキャラクターたちもパワチキの登場によって存在の意味がガラッと変わるだろうと思ったんです。つまりパワチキはけっこう世界を揺るがす存在だから、ちゃんとメインキャラに据えて、この子を軸にしたパフォーマンスにしようと。
確かに……パワチキの登場により、家畜たちに意志が芽生えたように感じました

・橋本ロマンス×サエボーグが初コラボ、ラテックス製の着ぐるみが踊る「パワーチキン」開幕┃ステージナタリー
プロショットが上がっていますが、今回上演中の撮影がOKだったのでSNSには沢山の画像や動画がアップされています。気になる方は探してみてくださいね。これサエボーグ側からの提案だったのかしら(基本いつもそうなので)。
twitterのオススメ欄に流れてきて興味を持ち、当日券狙いで来場したひとも少なくなかったようですよ



2026年02月07日(土)
『いのこりぐみ』

『いのこりぐみ』@IMM THEATER

モンスターペアレントの「クレーム」を聞くべく学校にいのこっている教師ふたり。母親の要望をどこ迄聞き入れればいいものか……ミステリのフォーマットを使い、全体主義を生みかねない教育についてもひと刺し。息を呑み続ける1時間45分、めちゃめちゃ面白かった! 『いのこりぐみ』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 7, 2026 at 22:07

終幕、暗転した場内のあちこちからはぁぁ……と感嘆のため息。リズムよく会話を進め、その言葉の端々に登場人物の背景が浮かび上がるホンの巧みさ。そして演者の、台詞に繊細な表情をつけるスキルの高さ。苦い話だけど後味は悪くない、その塩梅が見事。三谷幸喜の冴えた筆と、4人の出演者の力量による充実の舞台。

人当たりも要領もよい教師と、波風立たせず定年を迎えたい教頭。問題提起の表現が下手な母親と、その問題の本質をすり替え続ける担任教師。全員が子どもの教育というものに曲げられない考えを持っている。その考えは正しいのか。正しいとは何か。その引っ掛かりを決して見逃さず、一刻も早く帰りたい筈の「名探偵」は「クレーム」に向き合う。ジムに行きたいのに(笑)。「クレーム」を早く片付けたい教頭も、彼の訴えを見過ごすことはしない。ゴネてはいたけど(笑)。かつて教師とその教え子だったふたりに、教師たるもの、という矜持は確実に継承している。そのことに心が軽くなる。

子どもたちを味方につけている(と暗に示す)担任教師は、生徒全員を公平に、平等に、均質に育てることこそが教育だと思っている。人間なのでそのつもりはなくともえこひいきしてしまうかもしれない、という物言いの根には、「自分の思い通りにならない生徒を排除したい」という思いがある。自分のいうとおりに動き、その指導に疑問を持たず、付和雷同する子どもを育てたい。そうして育てた子どもたちに賞賛されたい。「教育」の恐ろしさを自覚している教師は今どのくらいいるのだろう? そして、その「教育」を教師に押し付けている親は? 教師という職業の過酷さが描かれる。そのことに心が重くなる。

登場人物は、いや、ひとは皆、完全無欠ではない。母親も担任教師も問題を抱えている。しかし、彼女たちを「正しくない、間違っている」と喝破出来るものだろうか? とはいえ、担任を慕う生徒たちのことを考えてしまう。TikTokを見ている子は多いだろう。汚部屋に置かれた「コースター」が何か、気付いた子もきっといる。そのとき彼らはどう感じるだろう。担任教師の罪を思う。しかし、「いのこりぐみ」のふたりはきっと解決策を見出してくれる筈だ。そう思いたい。そして、母親もこんな教師がいることを知り、彼らのことを少しだけ信じてみよう、「一心同体」の息子を安心して預けられると思ってくれればいいな。

母親役は菊地凛子、初舞台とは思えない貫禄。大仰な立ち回りや台詞回しに、理解者を求める切実さが滲む。三谷さんうまいことあてがきしたなあと唸る。そしてとても舞台に合ういい声! 母親を「あ〜めんどくせえ〜でも憎めねえ〜」と思わせてくれたのは声の力も大きい。声といえば、柔らかい声と恐ろしい声を使い分け、担任教師の闇深さを表現した平岩紙も素晴らしかった。教頭に目配せし、リズムを合わせ謝罪の言葉を並べる気持ちわるさといったらなかった。バランサーの教頭を演じた相島一之の、事勿れ主義に流されきれない真っ当さには心を動かされた。ただ真っ当であることが今どれだけ難しいことか。しかもそれにはユーモアがまぶされている。これも相島さんのニンが反映されたあてがきに感じる。

そして小栗旬。実は初舞台から観ているんだが(『宇宙でいちばん速い時計』。ミッシェルガンエレファントの解散ライヴとハシゴだったので忘れられないわ…おかげで短い感想しか書いてないわ……)「立派になって……」とおばちゃんはしみじみしましたヨ! 失礼な話、長年「とても舞台映えする容姿(姿勢や立ち姿含め)なのにイマイチ芝居のよさが伝わらない」という印象だった。舞台ではね。それが払拭されました。母親を言い負かした! とちいさくガッツポーズなんてしつつ、その母親の切実さを見逃さなかったのは彼だけだった。弁論大会(作文コンクールだったか? すみません失念)のエピソードといい、要領はよいけど曲げられない信念を持った教師像。これもあてがき……というか、三谷さんは小栗さんのことをそう見ているのだろうな。爽やかな能ある鷹は爪を隠すっぷりがとても魅力的な名探偵でした。

女性の闇深さを鏡に男性の連帯を描く三谷さんはいやらしいな〜(笑)とは思うものの、その女性を闇深いままで終わらせなかった。もはや大御所、成長なんて口が裂けてもいえないが、そこに三谷さんの変化を感じた。というか、こうやって変化していくところがすごいんだよな。常に自分に「これでいいのか?」と問い続けているのだろう。

立ち位置によって小栗さんより相島さんが大きく見える八百屋舞台は、恩師と教え子の関係が反映されているようだった(美術:堀尾幸男)。17時過ぎから19時前という時間経過を教室から差し込む外光で表現した照明(服部基)、録音機器の音のバランス(音響:井上正弘)、あ〜このひとこういう服着そう〜にドンピシャな衣裳(前田文子)と、充実のスタッフワークも堪能。職人のいい仕事を見せてもらいました。

今回の企画は、『鎌倉殿の13人』で小栗さんと菊地さんが共演したことからスタートしたとのこと。あんなに仲が悪かった(いや役が。てかあれは義時が一方的にダメだわな〜)小栗さんと菊地さんがこんな共闘を…! と胸が熱くなりました。ふふ、お芝居って楽しいね。

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よだん。

・シス・カンパニー公演だと思い込んでいて、当日トライストーンとディライト・エンタテイメントの制作だと知る。宣美の感じとかシスの雰囲気だったので……というか、シスが良質な演劇作品における制作のモデルケースになっているということなのかな。あとあれだ、スタッフ陣の人選な

・IMM THEATER、座席配置とかはとても見やすくていいんだけど、とにかく動線が悪い。ロビーが狭ッ狭なのに入場口付近で物販してるからがめちゃくちゃ混雑するのね……他にスペースがないから仕方ないのかもしれんが、ひとの流れを考えると物販は外でやった方がいいのでは〜と雪もチラつくこんな日に思ってしまった。劇場設計難しい