白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2011年01月25日(火) 夫とF

どうしたものだか夫はFの動向に過剰に反応する。

Fは私の高校時代からの友人で夫には関係の無い(と言っても過言ではない)人間だ。Fは人懐っこい女なので、何度か我が家に泊まったこともあるし、夫を交えて食事をしたりしたこともある。でも……だからって、夫がFに激しく思い入れをするような関係を結んだとは到底思えない。

それなのに夫はFのエピソードを聞いたり、近況を知ったりする度にFの駄目っぷり辛辣な態度を取るのだ。しかし、その半面やたら同情的と言うかFの気持ちに沿った発言をしたりする。夫はいつもFの事になると「あなたはFが嫌いなのか、味方なのかどっちやねん!」と突っ込みたくなるような、バランスの悪い反応を寄越す。

先日、夫に「どうしてFに妙な思い入れを持っているの?」と率直に聞いてみた。夫は「俺はギリギリのところで踏みとどまっているけれど基本的に、そっち(Fの立場)側の人間だから」と答えた。そして「白蓮さんには分からないだろうけれど、Fさんが頑張らなきゃいならいのに頑張れなかったり、自堕落な生活を止められない気持ちは俺にはよく分かる」と付け加えた。そう言えばFも以前、夫に「自分と似た匂いを感じる」と言っていたっけか。

しかし夫は「俺はギリギリのところで踏みとどまっている」と言ったけれど、実際、表面的に見ると夫とFは全然違う。でも、たぶん彼らが感じるように本質は似ているのだろう。では、一体、夫とFの決定的な違いは何なんだろう? Fの病気の悪化を知ってから、ずっとそのことについて考えている。

Fは昔から大切な場面で頑張れない人間だった。今までは「馬鹿だなぁ…」と笑い飛ばしていたのだけれど、今回ばかりはFの命がかかっているので笑い飛ばすことは出来ない。もう、なっちゃった物は仕方ないとしても、Fの今後を思うと「今度こそ頑張って欲しい」と思わずにはいられないのだ。Fが持病と付き合っていくには徹底した自己管理必要なのだけど、ちゃんとやれるのかどうか正直不安で仕方が無い。Fのご両親はもっと不安なのだと思う。1年ぶりにお会いしたFのお母さんは吃驚するほど老け込んでいた。

夫にあってFに無い物って何なんだろう?

私はFが自分を大切に出来ないことや、ちゃんと頑張れないことが哀しくて仕方が無い。力になれないのが悔しくてならない。「今回はちゃんとやれよ!」と祈らずにはいられない。グチグチ書いたところで、どうしようもない事を書いてみたところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2010年01月25日(月) 石垣島ラー油とか色々。
2008年01月25日(金) 美人女医
2007年01月25日(木) カバーも袋も
2006年01月25日(水) 花嫁の手紙
2005年01月25日(火) 漫画に泣かされて。
2004年01月25日(日) 力いっぱい遊ぶ
2002年01月25日(金) それもまた、盲目的な愛なのです。

白蓮 |MAILHP