白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2006年01月25日(水) 花嫁の手紙

結婚披露宴で花嫁が両親へ感謝の手紙を読み上げる…ってのがデフォルトになったのはいつくらいからなんだろう?「あれだけは勘弁!」と思っていたが、外部からの圧力により書かざるを得ない状況に陥ってしまった。実に不本意である。

育ててもらった親への感謝なんて人前で言うことではないと思う。口で言うより態度で示す方がずっと大切。結婚後も、その手紙に恥ずかしくない生き方をしているならいいけれど。私には茶番劇としか思えないのだ。もっとも、友人や知人の結婚式に出席して、それらを聞いて不快感を覚えることはない。ただ自分はしたくない……と思うだけで。もちろん、相手に気持ちを伝える手段として「言葉」が大事な役割を果たすという事は理解している。ただ、人前でやるこたぁ〜ないだろ…って話。

ギリギリまで「やらない」と言い切っていたのだけれど、周囲からの圧力に耐えかね「やります」と言ってしまった。それに愚弟のひと言が効いた。「乙女な母は、夢見がちな乙女だから、してもらいたいと思ってるはずだ」と言われたら、どうしても嫌だとは言い難く。未来の夫の母から「披露宴だけはして欲しい」と言われ素直に従ったのに、自分の母親の望むことを拒否するのは娘として、人としていかがな物かと。

子供の頃。世界名作全集で『リア王』を読んで私は思った。末娘のコーネリアは馬鹿じゃないか」と。考え方は間違ってないけど、そこまで頑なになって、相手が嫌がると分かっている言葉を使うことはないだろうと思ったのだ。結局彼女の行動は悲劇を生んでしまったのだ。あれは一種の自業自得じゃなかろうか……なんてこと思った事があるのだが、今となっては彼女が頑なに拒んだ理由も少しだけなら理解できる。

不本意の極みだが、これから先の生活を思って折れることにした。それくらいで乙女な母が喜んでくれるのなら、お安いものだ。まだ、ひと文字も書いちゃいないが、当日までにはなんとかしよう。

「花嫁の手紙」に悩んでいるから…って訳ではないのだけれど、ここのところ寝不足気味でいけない。寝つきは悪くないのだが、途中で目が醒めて眠れないことが多い。「結婚なんて、なんてこないさ!」と思っていたけど、神経質になってるみたいだ。『のび太の結婚前夜』のしずかちゃん的心境と言うか。

まぁ、そんなこんなで悶々としている訳だが時間は確実に過ぎていく訳で。終わってしまえば、なんてことないんだろうなぁ……てなことを思いつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2005年01月25日(火) 漫画に泣かされて。
2004年01月25日(日) 力いっぱい遊ぶ
2002年01月25日(金) それもまた、盲目的な愛なのです。

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