白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

目次過去未来

【検索からお越しの方へ】
日記内検索をご利用いただくか、読書関係のお探し物はHPへお越しくださいませ。
当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2007年11月13日(火) デタラメの歌

育児書等には、赤ん坊をお世話する時には、話かけたり歌をうたってあげたりすると良いと書いてある。そりゃぁ、そうだろう。は自分で話が出来ないと言うものの赤ん坊だって立派な人間なのだ。一緒にいる人間がムッツリしていたら面白くないのは当然である。

そんな訳で私も巷の母親達のするように、毎日娘に話しかけたり歌をうたったりしている。話かける方はごく普通に…大人と話しをするのと同じようにあれこれ話しをしているのだが「歌」の方は、ちょっとアヤシイ感じだ。

娘がグズグズ言うときや、あるいはご機嫌で遊んでいる時など、下手くそな歌をうたって聞かせているのだが、それらは全て白蓮オリジナルの替え歌なのだ。子守唄に娘の名前を織り込むのは当然として『ぞうさん』のメロディーで娘の様子をうたったり『さっちゃん』を娘の名前に変えたり……と言った具合。

それはそれで楽しいのだけど、娘がデタラメの替え歌しか知らない子供に育ってしまうのではないかと少し心配になり「たまには、ちゃんとした童謡をうたおう」と唐突に思った。が、いざ「ちゃんとした童謡」うたおうとすると、歌詞がアヤフヤで覚えていないことが多く、自分が思っていた以上に童謡のレパートリーは少ないことが分かった。途中で歌が分からなくなると、やはりデタラメの替え歌をうたってしまう。

これではマズイと言うことで童謡のCDを購入することにした。独身時代はCD屋さんに並んでいる童謡のCDを目にしても「こんなCDって幼稚園や保育所以外で需要があるんだろうか?」なんて思っていたけれど、私のような大人のためにあるんだ……ってことに気が付いた。

それにしても、私も幼い頃は母に歌をうたってもらったり、あるいは幼稚園で歌を教わったりしたはずなのに大人になると忘れてしまうものなのだなぁ。娘と生活は子供時代のおさらいのようなものだ。忘れてしまった事を1つずつ取り戻しているような。大人って生き物は自分が大人になっていく途中で大切な物を取りこぼしているような気がする。もっとも、そうでなければ大人にはなれないのだけれど。

娘に大切なことを伝えられる…そんな親になりたい思う。まずは娘が毎日楽しく過ごせるところから始めよう。童謡のCDがその一端を担ってくれると良いのだけどなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。


目次過去未来


エンピツ投票ボタン(押していただけると励みになります)↑
My追加

yurarraをフォローしましょう

【同月同日の過去日記】
2006年11月13日(月) 先駆ける
2005年11月13日(日) 中古の味わい。
2004年11月13日(土) バタリ。
2003年11月13日(木) 悪いものがイイ! のだ。
2002年11月13日(水) おこずかいを貰う。
2001年11月13日(火) 女性のみさなま。ねぇ?今夜は酔ってます。白蓮

白蓮 |MAILHP