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2023年02月23日(木)
『エゴイスト』

『エゴイスト』@テアトル新宿


ごめん名前間違えた! 龍一じゃなくて龍太です! ホントごめんなさい!!!

高山真さんの自伝的小説を映画化した今作。原作至上主義ではないのだが、先に読んでいたため気になってしまったところがちょっとだけ。というのも、その原作で感銘を受けたのが、「生活とお金」と「自立すること」についてだったのだ。「自立すること」の展開が変わっていたことに驚いた。しかし同時に、原作からは読みとりきれなかったところが映像として立ち上がっていることを目の当たりにし、心から「この映画を観てよかった」と思った。映像のなかで、登場人物たちが現在に生きていた。そうなると、変更された箇所にも納得出来た。

以下ネタバレしつつ、それについて書いていく。未見の方はご注意を。

映画化を知り、原作を手にとった。読了時点で「映画ではどう描かれるかな」と楽しみになったところが以下の4点。

1. 連絡を絶った龍太を浩輔が探し当てる迄の描写
2. 龍太の死後、浩輔をケアした友人夫妻の描写
3. 龍太の母、妙子の「女優が十八番としている舞台の長台詞」
4. 妙子が浩輔からのお金をどう扱うか

これらが映画化にあたってどうなっていたか。

1. 原作の龍太は去る理由を明かさない。浩輔の主観でものごとが進む原作とは違い、第三者の視点がある映像では風俗に行き当たる迄の「推理」を観客に伝えづらい。映画の龍太は「売り」をやっていると自分から告白したため、「推理」の時間で展開を停滞させることがない。浩輔が風俗サイトを虱潰しに探し龍太を見つける時間経過は、目に見えて上がっていく浩輔の疲労度によって表現されていた。巧い構成だと思った

2. カットされていた。浩輔のダメージを物語る印象的なエピソードだったが、そこは通夜に出た浩輔の狼狽、憔悴ぶりで担保された。担保っていい方も何だが。今作は「クィア映画」として撮られているので、シスヘテの夫妻を出すことでストーリーが拡がりすぎるのを防いだのかもしれない。あーでも、浩輔を“保護”するあの夫妻が実体化したところ、ちょっと観たかったな

3. これは素晴らしかった。エチュードの成果か「台詞」と感じさせない。妙子を演じるのが、演技経験が決して多いとはいえない阿川佐和子さんなのでちょっと不安だったが、鈴木亮平さんの相槌と受け答えの効果もあり、見事会話に組み込まれた形での「女優が十八番としている舞台の長台詞」になっていた

えっ、と思ったのは4.。原作では妙子は浩輔からのお金をしばらくは受けとっていたが、やがて援助を断る。その後、実は妙子は生活保護を申請しており、無事受給が決まったことが明かされる。この「自立する」という妙子の強さ、そして社会には受け皿があるということを伝えてくれる箇所がカットされていたのだ。福祉を頼ることに後ろめたさを感じなくていいというメッセージが含まれるこの箇所はなくさないでほしかった。龍太が妙子を連れて行ったフルーツ狩りのバスツアーのエピソードや、妙子と友人たちとの交流もカットされていた。映画の龍太と妙子は社会から切り離されているように見えた。

しかしこれらは2. とも繋がっているようにも思う。約2時間という映画で物語が散漫にならないようにするための変更なのだろう。龍太と妙子のだいじな思い出に関わるフルーツは、浩輔の母の仏壇に供えられているさくらんぼや、浩輔が手にとる梨に姿を変えて映画に存在している。ここにつくり手の愛を見る。

とダラダラ書いているが、何より感動したのは、やはり浩輔、龍太、妙子が映像のなかで生きていたことに他ならない。前述のとおり原作は浩輔の主観で、龍太は天然の天使のような無垢の存在として描かれている。しかし今作の龍太には、ところどころに「揺れ」が感じられた。小銭をぶちまけたとき、寿司屋の店先を覗くとき、彼は浩輔がパトロンになってくれればいいなと思っているのではないか──。原作発表時には今程問題にされていなかった(勿論ずっと問題ではあるが、今のように表立って指摘されず、美談として片付けられがちだった)ヤングケアラーとして悩む龍太の姿が実体化されていた。“客”に会う前、ガムを噛んでいるという描写もリアルだった。

それでいて彼は、浩輔から受けとった折詰が入った紙袋をぶん回すようにして軽やかに走る。屈託のない笑顔を浩輔に向ける。後述のサムソン高橋さんのテキストにあるように、「100%のピュアも、100%の打算も無かった。いつもその間で揺れ動いていた」。宮沢氷魚さん演じる龍太は、そんな迷える美しい青年だった。

そして鈴木さん演じる浩輔。素晴らしいのひとことに尽きる。「ついていい嘘」の産物である、弛んだ下腹。疲労で二重になった瞼。身体の造形、所作のひとつひとつに説得力がある。広い部屋でひとり、妙子に持たされた手づくりの惣菜を食べる。外見に気を配ることを忘れ、“鎧”に綻びが見え始める。しかし病室で妙子に「大事な息子なの」といわれた浩輔は、洗面所に行って眉を引くのだ。そのときの表情。目の力。忘れられない。原作の主観では語られなかった浩輔のプライドが表出した瞬間だった。

監督である松永大司さん(『ピュ〜ぴる』の監督だったか!)は、台本をカッチリ決めず、エチュードとリハーサルを重ね演者の自然な会話を引き出す演出法をとっているそうだ。浩輔の友人たちは、高山さんの実際の友人や、ゲイコミュニティから起用されている。「婚姻届をふたりで書いた」「今の日本じゃゲイは結婚出来ない(届を出せない)から壁に飾った」というやりとりにハッとさせられる。呑み屋やカフェで交わされる他愛ない会話のなかに、数々の放っておかれた問題を見る。

テアトル新宿はカスタムメイドのスピーカーシステムodessaを導入している映画館。音がとても良かった。導入のこもった音のダンストラック、恋人たちのキスの音、妙子がおむすびをにぎる音。そしてエンディング、世武裕子の音楽。どれも愛おしく響いた。新宿二丁目に程近いこの劇場を出て、映画に出てきた末廣亭や池林房周辺をぶらりと散歩する。浅田マコト名義で出版された『エゴイスト』の初版は2010年。文中には「龍太が死んで十ヶ月が経った二〇〇八年の夏」とある。龍太の母親も、程なくして亡くなったのだろう。そして、高山さんは2020年に亡くなっている。この物語で愛を育んだ3人は、もうここにはいない。

2023年の今なら、彼らはもう少しは生きやすかっただろうか? 「ごめんなさい」と後ろめたさを持つことなく生きられただろうか? 少しずつ社会は変わっているが……そんなことを考え乍ら、愛すべきエゴイストたちの痕跡を探すように歩いた。

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昨今の物価高を鑑みたのかと思った(笑)

・鈴木亮平&宮沢氷魚、本来なら完璧な見た目のふたりだが/サムソン高橋が見た映画『エゴイスト』┃女子SPA!
サムソンさんの『ホモ無職、家を買う』(実用書としてもオススメ)は発売当初読んでおり、意識的に「ホモ」という言葉を使っているなあ、その裏には「第三者がそう呼ぶのは許さねえ」という厳しさを感じるなあと思っていた。次のテキストを読むことで、それは間違った認識だと気付かされた

・サムソン高橋 毒書架 002~ゲイ漫画の巨匠 田亀源五郎「弟の夫」を読む┃Letibee Life

私たちだって、ゲイという閉じられた世界の中で多数派を気取り逆に少数派を軽んじたりということは、日常的にあるのである。
(中略)
「土台を作らなきゃ、それを批判なんてできないでしょ!」


このテキストが書かれたのは2016年。7年経ち、『エゴイスト』という映画が公開されるところ迄来た


なので北丸雄二さんとのこのやりとりは笑った。こういうやりとりも「土台」のひとつに思える

最後にちょっと思い出したこと。2014年に公開された『TOKYO TRIBE/トーキョー・トライブ』のBlu-rayオーディオコメンタリーに、鈴木さん、清野菜名さん、監督(まああのひとですよ)の鼎談が収録されているのだが、鈴木さんがとある女優さんを脱がすシーンで、「女優さんに負担をかけないよう一発でOKを出そうと臨みました」というようなことを発言していた。それに対して監督は「ヘッ」てバカにしたような感じの受け答えをしていた。
鈴木さんは当時から映画の現場に問題意識を持っていたのだろう。今回も取材をとても沢山受けているし、少しずつでも業界の、社会の意識を変えていこうという姿勢が感じられる。
ちなみにこのコメンタリー、鈴木さんと清野さんのアクションについて、演技についての熱い話が聴けてとてもよいです。監督のことはおいといて

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(20230403追記)
・映画『エゴイスト』の原作編集者が初めて語る誕生秘話と鈴木亮平さん、宮沢氷魚さんのこと┃Domani

私たちが封印していたことを、彼らはなぜ知っているんだろう? 自伝をベースにした小説が、映像によってより「実話」に近づいている。
主人公のモノローグで繊細にその心情を描いた原作と、多くを語らず彼らの日々を生々しく描いた映画、それぞれを往復して答え合わせをする読者・観客の方がこんなにも多い作品も珍しい。


原作の編集者でもあり、高山さんの友人でもある下河辺さやこさん(『それって!?実際どうなの課』いつも楽しく拝見してます!)による記事

・【私論】高山真と映画『エゴイスト』┃成田全(ナリタタモツ)┃note

学生時代から30年来の友人であった高山真について、少し書き残しておこうと思う。

有料ですが、原作と映画のその後、そして高山さんのことをより深く知ることが出来る貴重な記事。
前述した「浩輔をケアした友人夫妻」について知ることが出来てよかった