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2022年05月28日(土)
イキウメ『関数ドミノ』

イキウメ『関数ドミノ』@東京芸術劇場 シアターイースト


寛容であること。というよりは、やはり想像力なんだな。あなたの見ているこのひとは、あなたが見ている全てではない。まだ間に合う、想像力を手放さないで。

2014年にイキウメ版を、2017年にワタナベエンターテインメント版を観ている。今回は、ひとりの人物の失敗談としてのストーリーになっている。彼は警告する。僕のようにはならないで。気をつけて。失敗しないで。この「個人の失敗談」としての枠組みは、後進に「頼むぞ」「(未来は)君たちにかかっている」と呼びかけているような希望を抱かせる効果がある。こういうところもイキウメの好きなところ。

初演は2005年。その後スマートフォンとSNSの普及により、web上のコミュニケーション環境は劇的に変わった。掌上で震災が起こる。疫禍が襲い、景気は落ち込み、戦争が始まる。ファクトチェックは拡散しにくく、陰謀論の根は深い。人々は目の前にある画面の外を想像する余裕がなくなってきている。

今回の上演ではスマホは日常使いのツールとして使われ、噂話の類はせいぜい2ch(今では5ch)の書き込みだと想像出来る程度。フォーマットの変化が激しいSNSについては、具体的なサービス名は挙げられていない。再演に際し現況を精査し、テキストをアップデートする。イキウメの勤勉さを感じるし、それでいて描かれる「不可解な世界」という根底は揺らがないところに作品の強さを感じる。そうそう、『金輪町コレクション』を経て「ある地方都市」に「金輪町」って名前が付いたこともアップデートだな(微笑)。

「想像する余裕がなくなってきている」と書いた。「想像力が弱っている」ではないと思う。何故なら「悪い妄想」はいくらでも膨らませることが出来るからだ。それが一線を越えると「病」になる。その交通整理を、今回の登場人物でいえば「医師」や「保険調査員」が行なっている。客観的視点と分析。その役割が描かれていることも心強い。ちっぽけで弱い人間は、こうして社会を維持している。これもちいさな希望。

イキウメ作品の台詞はいつも耳心地がよい。スルスルいえるものではない言葉遣いなので、演者の技術も相当必要だ。台詞をちゃんといえるということは役者としての大前提だと思うが、その「台詞をいう能力」にはテキストの読解力、その内容を観客へ届ける伝達力、明瞭な発音といった技術が含まれる。それらをコンプリートしている役者は多くない。加えてあれだけの感情が伴った理路整然を淀みなく観客に届けるには、演出の求めるリズム感の体得が必須だ。一定の訓練(稽古)が必要になる。

現在イキウメのメンバー(イキウメン、ね)は、公式サイトによると男優5人と作・演出の6人ということになっている。作品により客演を迎える。客演はレギュラー、セミレギュラーともいえる常連が多い。若手も積極的に起用している。ワークショップの成果だと思う。かつてのメンバーが役者を引退する等、劇団の台所事情もあるだろうが、よく考えられたシステムになっている。

小野ゆり子さんがとてもよかった。精神科医として患者を観察する冷静さと、かつてのパートナーへの心遣い。有り得ない検査結果(それは奇跡だ)を目にし、その用紙を該当者に返すときの繊細な表情には、専門家としての「信じられない」という気持ちと、患者の回復を心から喜ぶ気持ちの両方があった。とても心に残った。声が良く、前述のように「台詞がいえる」。所作も美しい。イキウメンOG、岩本幸子さんのような存在になっていくかもと勝手に想像したりしてました。今後もイキウメに出演し続けてほしいな。

達観と焦燥を抱え隠し乍ら“ドミノ(仮)”に近づき、魅了されてしまうひとの良さを表現した盛隆二さんも印象的だった。偉そうだけど巧くなったよね……。同様に、人間の善性を信じるが故の危うさを見せてくれた太田緑ロランスさんもよかったな。浜田信也さんは安定のアルカイックスマイル。ウルトラマン似合いそうよね(笑)。


入場時は額縁以外の照明は落とし気味で、そこがプール状に窪んでるってことにも気づかなかった。照明は佐藤啓さん。

明日への活力になる作品を観ました。いや、茶化してない。希望を持つってだいじなことね。