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2021年10月30日(土)
音楽堂室内オペラ・プロジェクト『シャルリー 〜茶色の朝』

音楽堂室内オペラ・プロジェクト『シャルリー 〜茶色の朝』@神奈川県立音楽堂


WW1〜2間に発表されたクルト・ヴァイル等「禁じられた音楽」のコンサート、オペラ上演、クロストークの三部構成で充実の内容。演奏家がオペラにも出演し重要な役割を果たす。アンサンブルKのチームワークが見事。字幕の文体もシンプルに恐ろしさを伝えて効果的。……それにしても、二年前に招聘プロジェクトをスタートさせたこの作品が、昨日と今日上演されるとはすごいタイミング。10/30は衆議院議員総選挙の投票日だったのだ。プロデューサーの方、シビれたのでは。

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<第吃堯筺ー柴盂撻灰鵐機璽函扮藾奸Д▲鵐汽鵐屮K)
ベルトルト・ブレヒト/クルト・ヴァイル:『三文オペラ』より「メッキー・メッサ―の哀歌」(1928)
モーリス・マーグル/クルト・ヴァイル:「セーヌ哀歌」(1934)
ベルトルト・ブレヒト/クルト・ヴァイル:『三文オペラ』より「大砲ソング」(1928)
ロジェ・フェルネ/クルト・ヴァイル:「ユーカリ」(1934)
アルヴィン・シュルホフ:「ヴァイオリンとチェロのための二重奏」(1925)より
パウル・デッサウ:「ゲルニカ〜ピカソに捧げる」(1937)
ブルーノ・ジネール:パウル・デッサウの“ゲルニカ”のためのパラフレーズ(チェロ、クラリネット、ピアノ、パーカッションのための)(2006/日本初演)
演奏:アンサンブルK(アデール・カルリエ/sop、エロディ・ハース/vn、グザヴィエ・フェルタン/cl、マリー・ヴィアール/vc、セバスチャン・デュブール/pf、グレゴリー・マサット/perc)

<第局堯筌屮襦璽痢Ε献諭璽觝邏福悒轡礇襯蝓次船侫薀鵐・パヴロフの小説「茶色の朝」にもとづくポケット・オペラ』日本初演(フランス語上演・字幕付)
演出:クリスチャン・レッツ
照明デザイン、技術監督:アントニー・オーベリクス

<第敬堯篋邏焚肇屮襦璽痢Ε献諭璽襦淵ンライン)を囲むクロストーク(日仏通訳付)
ゲスト・スピーカー:やなぎみわ(美術作家・舞台演出家)


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事前情報を殆ど入れないまま行ったので三部構成とは知らず、ステージに楽器が置かれているのを目にしたときは「ひょっとして本来のカンパニーが来られなくなって、オペラ楽曲のコンサートだけになった!?」とオロッとする。しかし演奏された一曲目は「Mack The Knife」。ますます「???」となり、休憩時間に慌ててプログラムを開く。演奏されていたのは『三文オペラ』の「メッキー・メッサーの哀歌」、つまり「Mack The Knife」の原曲です。クルト・ヴァイルの作品が多い、ということは? 解説を読み、演奏されたのがナチス政権下で「頽廃音楽」とされ、ドイツを追われた作曲家たちの作品を中心に構成されたものだということを知る。この時点でもう背中がヒヤリとするような気分。

さて、第局堯悒轡礇襯蝓 〜茶色の朝』。上演時間は45分とコンパクト。ちなみに「ポケットオペラ」という名称、かわいいなーと由来を調べてみたら、イタリア語の「Opera Tascabile(ポケットサイズのオペラ)」が原語のようだ。フランス語では「Opéra de Poche」というみたい。

 原作は1998年に発表されたフランク・パヴロフの短編。一部1ユーロで配布することから始まった11頁の小冊子が、全体主義/排外的に傾いていたフランスの政局を動かすことになる。邦訳は絵本の体裁をとり、2003年に出版されている

出演者は第吃瑤汎韻検屮▲鵐汽鵐屮K」の面々。もともと「禁じられた音楽」「収容所の音楽」を発掘し演奏するプロジェクトを続けていたカンパニーで、『シャルリー 〜茶色の朝』世界初演のメンバーでもある。ソプラノ、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、パーカッションの六人編成。コンサートでは正装だった彼らが、私服にも見える普段着の衣裳に着替えて登場。紗幕で仕切られたステージの前方(客席側)でソプラノが唄い、後方でミュージシャンが演奏する。ミュージシャンたちはときに演じ手とともに唄い、ときに紗幕を超えて演じ手に茶色い服を着せたりと黒衣の働きもする。その姿はまるで、主人公をじわりじわりと拘束する勢力にも見えてくる。

主人公の住居である椅子、テレビ、ゴミ箱が置かれた空間で、登場しないタイトルロールである「シャルリー」と過ごす時間を、ソプラノがほぼひとりで演じる。この「ひとり」というのが効果的。個人の妥協がやがて取り返しのつかないことになり、結託する間もなくひとりひとり拘束されていくという恐怖がありありと伝わる。噂好きの、目に見えない集団によっていつの間にか自由が奪われていく。助けてくれるひとは誰もいない。袋に入れたペットをゴミ箱に捨てる場面で、ショパンの「子犬のワルツ」が流れる。こんな親しみ深い曲に乗って、ファシズムはやってくる。

それにしてもこの「なあなあ」感、序盤から危うい。「茶色がもっとも都市生活に適していて、子どもを産みすぎず、えさもはるかに少なくてすむ」と「選別テストで証明」されているという尤もらしいお達しに「問題を解決しなきゃ」「仕方がない」と尤もらしい言い訳で、「自警団」が無料配布している毒入り団子で今飼っているいぬやねこを殺処分してしまう“一般市民”のやべー感。しかし、モヤモヤしつつもその違和感を心の隅に押しやってしまう様子には、こちらも身に覚えがあり過ぎる。新聞が廃刊しても、出版物が撤去されても、排除される側に問題があったのだと思い込もうとする。自分が声をあげなくても、誰かが反対してくれるだろう……。主人公と自分との間に違いなどあるのだろうか?「なあなあ」が「あるある」になる恐ろしさ。

主人公の最後の台詞は「今行くから」。強制連行とは名ばかりで、自らの足で進んでその一員になるという意味にもとれる。長いものに巻かれるって楽よねえ。吉本隆明が何かで「人気のあるもの、売れているものにはそれだけの理由がある」みたいなことをいっていたが、多くの支持を得るものは、同時に警戒すべきものなのだ。ソプラノが唄いあげた「笑いの型」に背筋が寒くなったのは、自分がまだ集団の熱狂に巻き込まれていないということなのだろうか。しかし、持ち堪えられるのはいつ迄だろう?

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ジネール(オンライン参加)とやなぎみわさんとのクロストークも刺激的だった。やなぎさんは『シャルリー〜』を「亡命のオペラ」と表現した。そして、台湾での初演を控えている自身のプロジェクト(『アフロディーテ 〜阿婆蘭』)のことを話した。オブラートに包んだいい方をしていたが、この作品は台湾で再演出来るだろうかとも危惧していた。中国は、今後6年以内に台湾へ侵攻する可能性があるともいわれている。香港で起こったことを目にしていれば、不安になるのも無理はない。

『アフロディーテ 〜阿婆蘭』は、舞台を装備したデコトラであるステージトレーラーで上演される。やなぎさんは冗談めかして「さっと上演して、さっと去ることが出来る」と話した。ゲリラ的な上演が出来るということだ。そんな状況がいずれ訪れるのだろうか? 逆にいえば、『シャルリー〜』のような作品が招聘出来ている今の日本には、まだ希望があるともいえる。

やなぎさんの2000年代の作品に『フェアリー・テール:エレンディラ』がある。自由を手にするために、あるいは自由が目の前にある瞬間、自分はエレンディラのようにひとりで駆け出すことが出来るだろうか? ジネールは「芸術はレジスタンスだと思っている」「芸術家が抵抗しなくなったらおしまいだ」と話した。「皆さんの朝が茶色一色ではなく、赤や黄色や青や緑であることを願っています」。

ポケットオペラとトレーラーはその機動力を活かし街から街へ。亡命のオペラである『シャルリー〜』、移動劇場の『アフロディーテ〜』。レジスタンスのキャラバンとなるか、どこからも追われ放浪することになるか。今はまだ判らない。

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先日観た『A JOURNEY 記憶の中の記憶』でも、搾取、断絶、革命についてスピーチするベジャールのヴォイスコラージュを聴いた。こういうのって続くものだな。呼ぶというか。会場の神奈川県立音楽堂、図書館、青少年センターと、前川國男の名建築群も拝見し充実した休日でした。

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・ブルーノ・ジネール作曲「シャルリー〜茶色の朝」日本初演(フランス語上演・日本語字幕付)┃音楽堂室内オペラ・プロジェクト

・「ノン」の勇気、なければ「茶色の朝」訪れる ベストセラー作者フランク・パヴロフ語る┃朝日新聞デジタル

・曖昧な時代の今こそ聴くべきポケット・オペラ『シャルリー 〜茶色の朝』日本初演〜作曲のブルーノ・ジネールに聞く┃SPICE
「ワイマール共和国の時代、1927年にバーデンバーデンでポケット・オペラ――いわゆる室内で気軽に楽しめる、小型オペラのフェスティバルがありました。この時代、小規模なオペラがたくさん作られており、今回『シャルリー』をポケット・オペラとしたのには、そうした理由も一つにありました。」
小規模のカンパニーになったのにはこういう理由もあったのか。たまたまではあるが、移動が困難な今の状況にも最適な編成だった。グランドオペラだったら今回の来日も無理だったかも
「私は今回この『シャルリー』の日本上演の話を聞いたとき、非常に心地よく驚き、光栄だと思いました。この物語が、日本でも受け入れられているとは思わなかったのです。(略)日本に『茶色の朝』が来ることがないよう、願っています。」
いやいやいやめっちゃ受け入れるわ。ホント「茶色の朝」は来てほしくないね!

・「“茶色の朝”を迎えたくなければ、思考停止をやめることです」 哲学者・高橋哲哉さん┃KOKOCARA
10/31のトークゲストは、邦訳にメッセージを寄稿していた高橋さん。こちらのお話も聞いてみたかったな

・各地を演劇化する巡礼の旅 やなぎみわ×上田洋子「なぜ私は巨大トレーラーを所有しているのか」イベントレポ―ト(関西弁)┃ゲンロンα
うう、次はいつ近くの街に来てくれるやら……2014年の横浜公演を逃したのが悔やまれる

・FESTIVAL de FRUE 2021 の近況をお知らせします
余談。先日、11月に開催されるFESTIVAL de FRUEで、来日を予定していたアーティストのキャンセルが数件発表された。「二週間の隔離」がやはりネックで、スケジュールの調整がつかなかったため、とのこと。「入国するためのVISAは取得できましたが、隔離期間の短縮免除ががどうしてもおり」ない。「高い公益性」がないものは隔離短縮を認められない。
隔離短縮が認められた今回の『シャルリー〜』カンパニーと先月のベジャールバレエ団、認められなかったFRUEのアーティスト。違いは何だろうと考え込んでしまう。「経産省の望む高い公益性」でふるいにかけられるなんてのもモヤモヤしますね。ほら、ここにもモヤモヤ
(20211104追記)
11月に入り、全面的に隔離期間が短縮されたようです。でもFRUEにはもう間に合わない。ほ〜れモヤモヤ