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2019年07月06日(土)
『ビビを見た!』

『ビビを見た!』@KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ



一人称だと他者の言動が当人の解釈を通して語られるので、それに寄り添うことが出来る。モノローグのない舞台だとそうはいかない。あの警官の、署長の真意がどこにあるのか、自分で考えるしかない。ネクタイの男の子が叫ぶ「何もしらないくせに!」という言葉に胸を衝かれる。

1974年発刊の、大海赫による児童文学を舞台化。上演台本・演出は松井周。小学生の頃、図書室にあったものを読んだ。絵のタッチが『モチモチの木』の滝平二郎に似てる〜と思って手にとったんだけど実際に読んだらそうでもなく(切り絵や版画という手法をこどもなりに「似ている」と思ったんだな)、話もえらい怖くてなんだこれ……と思った憶えがある。

「七じかんだけ(略)おまえにおもしろいものをみせてやろう」という声とともに光を知るホタル。同時に光を失う街のひと(とどうぶつ)たち、追い打ちをかけるように告げられる「敵」の襲来。ホタルが7時間で目にしたものは、露になる人間の暴力性と、それでも近しいひとを気遣い守ろうとするひとたち。そして「ビビ」。

45年前に書かれたものとは思えない。わからないものへの恐怖からデマが飛び交い、ひとびとが攻撃的になる経緯は、今観ると現実のものとして身にしみる。「ワカオ」は自然災害の象徴とも思われるが、児童虐待者としても解釈出来、天変地異とはまた違った「見えない」恐怖をあらわしているように感じる。家の中で何が起こっているか、隣人たちは知らない。それでもこどもは各々の家に帰って行く。前述のネクタイの男の子とその母親のエピソードは上演台本のオリジナルで、他者には介入出来ない親とこどもの関係性が掘り下げられている。原作と違う描写でもうひとつショックだったのは、逃げてしまった飼いねこを置いていくしかなかったところ。ここ数年の災害で、家族であるどうぶつたちを失ったひとたちの話をよく目にするようになった。

冒頭の「見えないこと」についてのレクチャーと、観客を暗闇へと招待する導入は『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』。主人公の憧憬がミュージカルとして具現化するシーンは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。トランポリンや平均台、バランスボール等、演者の動きが不安定になる運動器具を効果的に美術に組み込み、「見えないひと」は実際に目かくしをした状態で舞台に立つ。ホタル役・岡山天音とビビ役・石橋静河以外の出演者の顔を見るのが難しくもある。ファンの方はもどかしい思いをするかもしれないが、この演出はよかったなあ。親しみやすいモチーフで、解釈が難しい物語の間口を拡げる効果があった。「ニジノ・タワーぐらい」大きなワカオを、声と身体を分離し浄瑠璃のように表現する手法も楽しく観た。

岡山さんと石橋さんのピュアな佇まいが美しい。岡山さんの演じるホタルの達観、石橋さんの無防備さと懸命さに胸を打たれる。姿は勿論は大人なのだが、ふたりはこどもに見えた。こどもだからこその諦め、こどもだからこその無知。岡山さんの声にはおちつきが、石橋さんの声には芯がある。ビビは希望も絶望も持ってる。ホタルはビビと遭うことで、生きていくうえで大切なものを手に入れる。ふたりとも優しく、そして強い。しかし現実世界は、その強さをもって生きるにはあまりにも厳しい。終盤はふたりを観てるだけでせつなくなった。彼の名前のように、舞台のふたりは暗闇のなかで発光しているように見えた。

そして久ヶ沢徹がすごかった。彼が演じる複数の役は現実社会と災厄の具現化で、とても怖いものばかり。そこに絶妙な抜け感を出してくる。冒頭のナレーションと車掌のアナウンスにおけるすっとぼけ感、恐ろしいワカオがときどき見せる間抜けっぷり。フードを被った黒衣姿でステージ脇の講演台に陣取り、マイクの効果も駆使して演じたワカオの声には、このひとの「おかしい」感をまざまざと思い知らされた。久ヶ沢さんの(頭)おかしい=狂気は笑いの手法として使われることが多いけれど、今回は怖い方に寄っていたなあ。いやー怖かった、そしておかしかった。ホタルの母役、樹里咲穂の抑制された演技も素晴らしかった。我が子の目が見えるようになったのが「こんな日じゃなければねえ」という台詞、こどもと過ごした日々が凝縮されているように響いて涙が出た。濱田明日香によるTHERIACAのアシンメトリーな衣裳も素敵でした。コラボTシャツ販売してたんでわーと近寄ってみたら三万円台だったのであとずさった(笑)。

松井さんの描くディストピアはいつもグロテスクで、しかしユーモアにあふれ、鳥瞰的、観察的だ。登場人物たちが他者を愛おしく思い、たいせつに扱う気持ちがそうした演出のなかから浮かび上がる図式は、突き放しているようで実に生々しい。そこに好意を持つ。

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・「ビビを見た!」┃KAAT 神奈川芸術劇場
公式サイト。
あとKAATの広報誌『ANGLE』2019/07-09掲載の白井晃×松井周対談がすごく面白かった。この作品を上演しようと企画した経緯、お互いの演出法が「魔法のよう」に見えるって話。web版探したけど見つからないなあ、あるといいのにな。気になって奥付を見たら、今井浩一さんが編集されておりました。あ、やっぱりひっかかるものなのねと思った

・大海赫『ビビを見た!』┃復刊ドットコム
2004年に復刊された原作が物販にあったので購入。テキストは流石に忘れている箇所もあったけど、絵はひとめ見ただけで初見の恐怖がまざまざと甦った。一度しか読んでいないのに、余程インパクトあったんだな。今読み返すとやっぱり大人目線になるというか、避難させるひとたちの性別と年齢制限に納得しつつもひっかかりを覚えたり、警察官、運転手と車掌といった公的機関に携わるひとたちへどう信頼を置くか、といったこと迄考えさせられました。いやさ、男性を女性が蹴落として出発する列車とか…いろいろ……え、それはそれで酷くないかと思ったり……。
この復刻版には大海さんによる「種子明かし」あとがきと、よしもとばななによる解説がついています

・【公演レポート】松井周演出「ビビを見た!」開幕に岡山天音「皆さんにとってのビビを見つけて」(コメントあり)┃ステージナタリー
静止画像で観ても画になる美術だなあ。スチールがそのまま作品に見える。そしてビビかわいい