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2015年10月17日(土)
『ヴェローナの二紳士』

『ヴェローナの二紳士』@彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

横田さんはヴァレンタインをヴァレンティンと言い間違えることなく(ご本人のツイート参照。スワローズCS佳境でしたからね(◜◡◝))大団円〜。うえーんすっごくよかったこれ! 世界が箱庭のように感じられる幕開けと幕切れ、喜劇における蜷川さんのこういう演出だいすきです。せつない。

シェイクスピアの初期作品と言うこともあり、喜劇における彼の手法やモチーフがふんだんに詰まっています。ふたりの道化(召使)は『間違いの喜劇』、指輪のやりとりは『ヴェニスの商人』、女性が男装してややこしいことになるのは『お気に召すまま』、そして森で起こる夢のようなできごとは『真夏の夜の夢』。ドタバタっぷりも無邪気。その分ひとをもののように扱うヒドさっぷりも容赦がない。描かれた時代と言う背景もありますが、それにしても登場人物の屈託のなさ! だます、だまされる、怒る、悲しむ、悔いる、許す。そのスピードと強引さと言ったら。ああ、こういうふうに悔いることが出来たら、許すことが出来たら。生きることに迷いがなく、ただただ自分の思いにまっすぐな登場人物たちが眩しく見える程。ドタバタを上空から見つめる神さまは、きっと苦笑し乍らも彼らを祝福しているのだろう。そんなふうに思える。

何度も書いていることですが、蜷川幸雄演出のシェイクスピア劇のすごいところは、その時代にそこで生きている人物が話しているような自然な口調なのに、登場人物が何を言っているかが分かること、物語がどう動いていくのかがはっきりとわかること。言葉のどこに力点をおくか、支点をおくか。誰に、何に対してその言葉を向けているのか。演者の台詞術への指導と、場面と時間の置きどころの整理術が図抜けている。

そして今回、オールメールシリーズとしても出色のものだったと思います。いいように扱われる女性を男優が演じていることに改めてはっとさせられる。客席を行き来する役者たち、そして舞台に張り巡らされる鏡。蜷川演出ではよく出てくるモチーフですが、登場人物たちの表情をあらゆる角度から見ることが出来ると同時に、向かい側にいる観客の笑顔が目に入った瞬間、鏡のなかに自分の姿を見つけた瞬間、舞台上で起こっていることは自分とは無関係ではないのだと気付かされる。世界は繋がっていて、自分はその世界の住人なのだと感じ入るに充分な効果をあげていました。舞台上に常駐する音楽家たちは、劇伴だけでなく効果音も担当。こちらも愛すべき世界に寄り添うもので、登場人物たちの台詞や動作ととてもリズムよく噛み合っていた。

冒頭に書いた幕開けについて。舞台上には劇中使う大道具・小道具が無造作に積み上げられています。その量にまず圧倒される。劇場に足を踏み込んだ瞬間高揚する。この時間が大好き。そして演者たちが客席から登場し、舞台上に一列に並んでうやうやしく礼をする。自然と拍手と歓声が起こります。幕切れでもこの礼は行われ、こちらも自然と拍手が沸く。そこには感謝と敬意がある。

溝端淳平のジュリア、とにかくかわいい。幕開けの挨拶で隣のひとは「かわいい、かわいい、かわいい!」と連呼していた。これには深く頷いた。結構男らしい顔立ちだと思っていたので、これ程女装が似合うとはとポワーとなりました(笑)。とにかく愛らしい! これは他人には真似出来ない才能ではないだろうか。台詞まわしや所作はやはり慣れないところもあり一所懸命さが滲んでしまうのですが、そもそもジュリアは男装して(男優が女装して男装…オールメールはいつもここがややこしいな・笑)恋人を追いかけていってしまうような行動力のある娘なのでむしろ頼もしい感じ。女方としてはやはり月川悠貴のシルヴィアが絶品。シルヴィアは内に秘めた意志の強さを蒼白い炎のように立ち上げる女性像。オールメールシリーズにおける月川さんの貢献度を強く感じるものでした。そして同じく蜷川カンパニーにおいて女方を確立したと言ってもいい、岡田正のルーセッタも素晴らしい存在感。マンマと呼びたくなってしまうかわいらしさ。大石継太と正名僕蔵のアホの子コンビは、ご主人さまとのかけあい、観客と舞台の橋渡し。主従さえ自由に行き来する軽快なやりとりが素晴らしく、頼もしい。

プローティアスの三浦涼介とヴァレンタインの高橋光臣は対照的。だます側とだまされる側。悔いる側と許す側。えっ、そんな簡単に友情を裏切るの? そんなに後悔するくらいならやるなよ……と、強引なストーリー運びでもあるこの作品で、観客を納得させなければならない。高橋さんは素直さと天然が紙一重のようで、人間の大きさを感じさせるヴァレンタイン。これは周りが助けてあげたくなります。三浦さんは役柄としては本当に憎たらしいというか、はっきり言ってしまえば最低な人物なんですが(笑)役者としてはこれはやってみたいと言うかやりがいがある役だったかと。シルヴィアにひと目惚れしてしまったときの表情、行動に溢れる愛嬌と言ったら…これは憎めないわー。神さまから愛される、その分いじられる(笑)人間だった。そして三浦さん、月川さんととても顔立ちが似ています。ふたりが相対する場面では、月川さんが数年前の自分と対面しているよう……なんて錯覚を覚えたりもしました。

そうそう、この日はジュリアがプローティアスに渡す指輪を間違えると言う致命的なミス(…)をやらかしたんですが、三浦さんのフォローが絶妙で大ウケの場面になっていました。狼狽する溝端さんのリアクションがまたよくて、喜劇が一周まわってアドリブじゃないんじゃないの? と思ったくらい。アドリブと言えば、ほんもののいぬ(ラブラドル。かわいい)にじゃれつかれながら言葉遊びふんだんのモノローグをやりきる正名さんがたいへんそうです(笑)。こういった予期しないハプニングも満載、それにグイグイライドしていく演者のドライヴ感、最初から最後迄幸せな舞台でした。

希望を語らず、悲劇を自分のこととして闘い続けてきた演出家が、生まれたことを、生きることを祝福するかのような喜劇をつくりあげた。観られたことが本当に嬉しく、感謝するばかりです。

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そうそう、開演前、出演者でもある音楽家たちがロビーでミニライヴをしています。早めに行くと楽しいですよ。