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2015年06月24日(水)
『東海道四谷怪談』

『東海道四谷怪談』@新国立劇場 中劇場

いやはや……すっごい好っきー! と血が滾りまくったところとなんじゃこりゃー! とひっくり返ったところの振り幅がすごかったです。面白かった……。

直助のエピソードを全てカットした構成。珍しいのは「夢の場」が入っていたこと。「夢の場」やるの、今となっては木ノ下歌舞伎くらいだろうと思っていた……(笑)。よってお袖と与茂七の交わりは薄く、お岩と伊右衛門の関係性が濃く描かれます。

まずは鳥肌が立つ程血が滾ったところ。

事前にちらりと読んだ記事で、演出の森新太郎が「お岩の直接の死因って結局のところ何なの? と言うのを原典から調べていったら『憤死』だった。そのあたりをきちんと描きたい」と言っていたのですが、その表現には唸った。通常だと産後の肥立ちが悪い→毒を盛られる→宅悦との格闘の際柱に刺さった刀に首がひっかかって絶命(事故とも解釈出来る)、と言う流れですが、この上演でのお岩は恐らく刀のところに行く前、宅悦に声を掛けられたときにはもう死んでいる。宅悦に声を掛けられる前、お岩は声を限りに叫ぶ。声が途切れると同時に、その身体は脱力する。刀へと向かうお岩はさながら歩く死体だ。お岩の叫びは幕切れでも再び響き、恨みは願いの成就へと変わる…いや、変わらない、恨みの火は消えない、ともとれる。それ程の強度。

そして美術(堀尾幸男)と照明(勝柴次朗)。巨大な空虚とも言える中劇場の空間が、恐怖をこれ程迄に増幅させるとは! 効果を上げていたのは主に二種使われた壁。モノリスのような縦長の壁は、角度を変えることによって場の転換を効果的に表す。お岩絶命の場面では、その壁に墨汁のような液体が流れ出し、直後現れた黒子が桶から同様の液体を壁一面にぶちまける。流れるお岩の血の衝撃。モノリスは二幕で更に巨大になり、舞台空間とともに伊右衛門の逃げ場を塞ぐように迫る。津波をも連想し、その閉塞感に肌が粟立つ。お岩と小平の戸板返しはその壁に埋め込まれた状態で現れる。壁にはスクリーンのように照明が反射され、闇とのコントラストを強調する。そう、照明の按配によって変化する闇が素晴らしいのだ。動く闇、生きているかのような闇。正に「呑み込まれる」のを体感するような闇だ。前半封じていた劇場の奥行きは、一幕が終わる直前からそのポテンシャルを発揮する。闇の底から現れる人魂、血のように光る鼠の紅い目。

黒子の使い方も大胆で、特に鼠の表現が圧巻。小道具と照明を駆使してサイズも数も自由自在、伊右衛門を容赦なく襲う。お岩さんのために働くねずみさんたちのがんばりすごい! ともう応援しましたよね…またいい仕事するのよ、伊右衛門の命綱であるお墨付きを喰い荒らしたところ、心のなかで「ようやった!」と快哉を叫びましたよね……。いんやしかしここ迄鼠をフルに押し出した演出は初めて観た。『YOTSUYA KAIDAN feat. 子』てくらいdeath(前夜『TOKYO TRIBE』観たのでおかしくなってる)。小道具のひとつひとつが素晴らしかったなー、お岩の燃える足とかどんな仕掛けだったのか……このヴィジュアルはホント素晴らしかったなー!

とまあホントに素晴らしい場面の数々だったんですが、そこに冷水をぶっかけるような箇所もありまして…冷水は言い過ぎか? でも首をひねりたくなったのは事実で……。

いちばん衝撃を受けたのは、髪梳きの場面と大詰め、カーテンコールでテクラ・バダジェフスカのピアノ曲「乙女の祈り」が使われたこと。客席のあちこちから困惑の笑いが漏れました。私も顎が落ちた。なんで…なんでや……他の場面のパーカッションだけの劇伴はとても格好よかったのに………。タイトルから察せられなくもないが、それにしてもこの選曲には疑問が残る。幕切れのお岩の叫びが凄まじかっただけに、その後この音楽がカーテンコール用に流れてきたときにはもう…なんか、白目になりましたよね……。お岩以外全て男優と言うキャスティングが笑いに連動してしまう場面があったことも引っかかる。男性が女性を演じる狙いと言うものに意味が感じられなかった。

武家の娘のプライドを固持する秋山菜津子のお岩の美しさと恐ろしさは予想どおりの素晴らしさ。聞く耳持てる伊右衛門と聞く耳持てねえ伊右衛門があって、内野聖陽の伊右衛門は後者(笑)。平岳大の与茂七、有薗芳記のお梅を観られたのも満足度高い。平さんはもう一役、お岩の父左門をいじめる役もやってるんですが、サモンをいじめる平さんってのが個人的にツボでな……(参考)。そしてその左門を演じた山本亨、前述の『TOKYO TRIBE』にエラい目に遭う役で出ていて、役者ってつくづく不思議な職業だなあとニヤニヤしました。