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| 2015年06月04日(木) ■ |
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| 『アドルフに告ぐ』 |
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『アドルフに告ぐ』@KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
近年欠かさず出演舞台を観ている成河さんに久々舞台復帰の�盒桐里気鵝△修靴�『十九歳のジェイコブ』でのユキ役が鮮烈な印象を残した松下洸平さんが共演なんて、願ったり叶ったりのキャスト。しかも演じるのは三人のアドルフ! マンガ原作の舞台にはなかなか接する機会が少ないのですが、これは観てよかったです。この三人をはじめ、役者がとにかく素晴らしい!
ひとりの少女が登場し、脚を高くあげて行進する。舞台を横切り乍ら唄い始める。続いてキャスト全員がテーマを群唱するオープニング。ゴリゴリのストレートプレイに(事前発表されていたミュージシャンがいることから)劇伴として生演奏が加わると思っていたので、ミュージカルのフォーマットで開幕したことにまず戸惑う。少女は虐げられる民族や庇護が必要なこどもたち、迫害の果て命を落としていった死者たちを代表する存在としてシーンのポイントごとに現れる。観終わってみれば歌の比率はミュージカル程多くなかった。一部音楽劇、と言えばいいだろうか。この塩梅は難しいところ。個人的な印象かもしれないが、ピタリとストーリーに寄り添う部分と、そのストーリーからヘヴィーな要素を削いでしまう部分があったように感じられた。
オープニングやエンディング、登場人物たちが恋に落ちる場面は、そのシーンの画ヅラ…と言えばいいだろうか、演者の立ち位置やダンスが音楽により昂揚する場面になっていた。しかし殺人やそれに伴う登場人物の心理に訴えかける場面では、歌詞や音楽が蛇足に思えてしまった。後者は特に、演者の表情や叫び、振る舞いに全ての集中力を持っていかれそうな程の熱量があったので、歌が入った途端に我に返ってしまった。
そうなのだ、役者たちの身体ひとつの熱演による牽引力の高さ、そして強さが凄まじい。マンガを演じるのではなく、生身の人間の言動がその熱量のあまり戯画化してしまう、その瞬間に心を奪われる。約60年にわたる物語が三時間に凝縮されているので、ひとりの人間の思想が変わり果ててしまう経過をじっくり見せることはしない。数秒で二年が経ち、心優しい少年が親友の父親を銃殺する。どうして彼はこんなに変わってしまったのか、ではなく、ひとはこうして変わることが出来るのだ、それは彼に限ったことではないのだ、と言う体感。気付いたときにはもう戻ることは出来ないと言う、このスピード。
配役もとても効果的。出演者はユダヤ人とドイツ人、そして日本人と複数の役を持ち、迫害する側される側を瞬時に演じ分ける。ちょっとしたきっかけでひとはどちらにも行きかねない象徴になっている。演劇ならではのマジックだ。谷田歩さんがあるふたりの人物の父親をそれぞれ演じたのが印象的。どちらの父親も、息子に祖国への忠誠心と誇りを植え付ける。そしてかつて息子だった人物に、別の人物の父親として引導を渡す。このリンクは強烈。
三人のアドルフはそれはもう凄まじい。三人はそれぞれ祖国を思い、祖国への忠誠を誓い、祖国に誇りを持とうとする。そしてひとり残らず祖国からそっぽを向かれる。彼らの思う正義は、立場を変えれば悪にしかならない。正義に執着すればする程道を外れていくカウフマンを演じる成河さんは、その翳りのない瞳で観客に訴え、澄んだ声で訴える。何故こうなってしまったんだ? 場をあたたかな光で包むかのように登場したカミルを演じる松下さんは、家族を奪われ、婚約者と信仰を蹂躙され、水が少しずつ加えられていくグラスのような青年の心を表現する。長い時間をかけて溜まっていった水が遂にグラスから溢れ出たとき、ひとはここ迄変われるのか、と言う姿を見せる。ふたりが最後に相見えるシーンは悲痛に満ちている。カウフマンが最後にとった行動には息を呑んだが、どこかで安堵するような気持ちを持つ。
そしてヒトラー、�盒兇気鵝�実在の人物に姿を寄せ、声(口調)を寄せ、それでいて役者・�盒桐里魘�烈に刻みつけたヒトラー像を見せる。心のうちは読めない、それは実在の人物を理解することが出来ないのと同じことだ。その不可解さ、悔しさ、巡ってこれは自分のどこかにもあるのではと思わされる人間としての共感。恐ろしい演技だった。
カウフマンの母親を演じた朝海ひかるさん、語り部でもある鶴見辰吾さんも素晴らしかった。ふたりは人間の不屈の強さ、希望の象徴でもあった。あとしんぺーさん、観ててつらいーつらくなる程キツい役。八百屋舞台なうえ、左右にスライドする板に乗降しての演技、その段差上でのアクションも多い。全員事故や怪我なく千秋楽を迎えられますように。
第二次世界大戦にのちの中東問題の種をしかと示す原作に改めて震撼する思い。脚本も要所をおさえた骨太な構成。音響も素晴らしかった、特にヒトラーの演説シーン。PA、サウンドシステムはナチスが発展させたと言う有名な話を思い出す。他の劇場でもあれ再現出来るのかな? ミュージシャンのふたりをレストランの楽士に見立てるワンシーンもよかった、ホッとするひととき。
あと一回観ます。つらい話だけど楽しみ。
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・ひとつだけ納得出来ないこと 1970年代の登場人物がslipknotのTシャツを着ている。汚してはあるのだが、正直あのロゴは見間違いようがない。なんでよりにもよってバンドT、しかもアメリカの。着ているのはパレスチナ側の人間ですよ……ロゴが見えた瞬間我に返ってしまった。これは残念でした。どうせわからないだろうと馬鹿にされてるのかなあ。悲しい
・いやひょっとしたら slipknotって1970代に何か由来があるのかな、あのロゴにも元ネタがあるのかなって調べてもみたよ…自分が知らなくて的外れなこと書いたらいかんしと思って。調べた限りではそういうことはないようだった
・いやいやひょっとしたら これは現在に繋がることで、今も続いてるんだよって意味合いもあるのかなあ(いい方に考えたい)
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■アフタートーク 成河さん、鶴見辰吾さん、手塚るみ子さん。興味深い話が沢山聞けました。以下印象的だったところをおぼえがき。記憶で書いているのでそのままではありません。
・鶴見さんとるみ子さんは中学高校の同級生。今でも同窓会で会ったりしている。芸能活動をしているとか、有名人の娘と言ったことにバイアスをかけないこうふうだったので、学生らしく接していた ・「その頃から自転車に乗ってたんですか?」と尋ねた成河くんに皆ウケる。答えて鶴見さん「はい、自転車で通学してました」 ・鶴見さん「今横浜に住んでいるのでこの劇場に出られて嬉しい」
・家族旅行行った神戸。そこで目にした風景をのちに『アドルフに告ぐ』で見たるみ子さん。「あとにして思えば旅行と称して取材もしてたんだなと(笑)」そういうことはちょくちょくあったそうです ・手塚(治虫)さんのお父さまは写真が趣味。戦前の神戸ユダヤ人コミュニティーの写真もあった。「祖父から父へ、そして父から私たちの世代へ…と受け継がれていったのだなと」とるみ子さん
・自分の役と話せるなら、どういった言葉をかけますか? と言う質問に 鶴見「有難うと言いたい。左手が使えなくなっても右手で書くことが出来る、耳が聴こえなくなっても目が見える。これを今、この時代に僕に演じさせてくれて有難うと」 成河「は〜、考えたこともなかった。いい質問ですね〜! …いい質問ですね〜!(場内笑。あと1〜2回は言ってた)……まだわからないです。難しい。この役を理解出来た! と思えることはないと思うんです。『あ〜あっちに行っちゃったかぁ』なんて、実際そうなんだけど、簡単には言えない。悩みながらやっていくしかない、前に進むしかない……」
成河くん結局何て声かけるか言いましたっけ…思い出せない……本当にギリギリで演じているさまが感じられました。だからこそ観客の心に刺さるのだと思いました
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