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2015年03月14日(土)
『十二夜 ―Twelfth Night』

『十二夜 ―Twelfth Night』@日生劇場

成河くん曰く「ジョン・ケアードが創るシェイクスピアのスーパーオーソドックス」な『十二夜』。思えばこの作品、戯曲を読んだ以外では歌舞伎の『NINAGAWA 十二夜』でしか観ていなかったのでいい機会でした。そしてパンフレットのケアードの言葉によると、「同じ役者にヴァイオラとセバスチャンをやってもらうのは僕にとって初めての経験。歌舞伎と一緒で、シェイクスピア時代のイギリスでも、訓練された男性が女性を演じてきましたが、日本では男性を演じる訓練を受けて来た宝塚がある。ならばそのスキルを活かさない手はないな、と」。十年越しでふたつの演出を観られてとてもよかった。

スーパーオーソドックスであるからこそ物語の芯が見えてくる。同時に時代が反映される。オーシーノが一席ぶつ「女とは」に傷つくヴァイオラや、今見ると現代的とも言える積極的なオリヴィア等、はっとするところも多い。まさに双子、鏡の構造を持つ作品なのです。喜劇なのに悲劇として観ることも出来る。宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ」が脳内でかかりますよ…つらい……。

幕切れ舞台に集うのは、秘密を暴かれ恋に破れ、自分の願いが叶わなかった者たち。なかにはその本心を誰にも(そう、当人にさえ)気付かれないまま恋を終える者もいる。彼らを前にフェステが唄う。登場から浮かない顔で、帽子をとって頭をかきむしっていたフェステ。ひとに見られていないときの彼はいつもそうだった。笑いを必要とするひとの前でだけ、彼は活き活きと跳ね回る。道化と言う仮面の下に憂いと諦めを秘めている。彼は恋に破れた者の心を知っている、諦めなければならないことを突きつけられた者の心が解る。だから彼らに寄り添い歌を唄う。その声は慈愛に満ち、哀切に響く。

喜びと怒り、悲しみと楽しみは一元的なものではなく、時代や受け手のバックボーンにより変化する。光の当て方によって、ガラリと印象が変わるのだ。日時計と言う美術にも象徴されるそれらを逃さず掬い取る演出、多用される言葉遊びを的確に日本語化する翻訳者、言葉の両面を観客に伝える役者の実力。それはもう見事なカンパニーで、シェイクスピアが時代を超えて上演され続けていく謎を、こうやって時代時代に生きる者たちが解き続けられていくのだなと感じ入った次第。

シリアスもコメディもお手のもの、オリヴィア役の中島朋子さんやマルヴォーリオ役の橋本さとしさんの達者っぷりに唸ります。酸いも甘いも噛み分けた人生、ひとことひとことが沁みるサー・トービー役の壤晴彦さん、フェイビアン役の青山達三さん。いいコンビ。軽妙な人物たちに囲まれ、終始生真面目な人物である主人公は大変だと思いますが、音月桂さんはブレないヴァイオラ/セバスチャンでした。ヴァイオラは「男性を演じる女性」、セバスチャンは「男性」。女性であり宝塚出身である音月さんが演じやすかったのはセバスチャンの方ではなかっただろうかと思いますが、彼の出番はそう多くない。衣装の装飾の一部を変えるだけと言う早替えで、メイクも変えずに即その人物だと周知させる演技は見事でした。歌も素敵。そしてアントーニオ役、山口馬木也さんなー! あの物語る目! セバスチャンへの思いはどこ迄のものなのか、解釈の匙加減が非常に複雑な役柄。その複雑さがひしと伝わりました。秘めるって苦しい。ちなみに終演後読んだパンフレットの人物相関図では明記されておりました。

今作を観に行くことにした決め手は成河くんでした。彼が演じたフェステ像については書いたとおり、いやはや本当に舌を巻く。「あいつは誰だ? 何者だ?」と初見から引き込まれる役柄を全うしておりました。今回は人間の役ではあるけど、それでも異人の空気を纏う。舞台上の登場人物たち、そして舞台と客席の架け橋となり、作品世界を文字通り縦横無尽に駆けまわる。観たいものを見せてくれると同時に、予想のつかないくらい遠い世界をも見せてくれる。『成河一人会』でもうどうしよ〜となっていたギター演奏も堂々としたもの。そしてあの歌! 声! 本当に素晴らしかった。

観終わって思う。衣装や装置、演技の型の違いはあれど、『NINAGAWA 十二夜』もスーパーオーソドックスだったのだ。戯曲を読み解き、舞台上に立ち上げる。そのシンプルな作業がどれだけの知識と感性を必要とすることか。演出家と役者の仕事とは、と改めて考えさせられました。

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・秘密と影〜日生劇場『十二夜』 - Commentarius Saevus
強く頷いたレヴュー。
ちなみに日時計の美術、自分の席からは完全に死角になってしまう箇所が多々あった。ラテン語の銘文、全く見えませんでした……日時計の動きとともに姿を現したり隠したりする人物の入れ替わりは楽しめたんだけど、登場とともに笑いを誘うマルヴォーリオの場面等は全く乗り遅れてしまうブロックだった。これは残念だったな

・『十二夜』を彩る衣裳の世界 - げきぴあ
衣裳とともに美術も手がけたヨハン・エンゲルスは、昨年亡くなったとのこと。つまりこれらは彼の遺作。素晴らしい作品を有難うございました。
そこでまた蜷川さんを思い出してしまったりもした。朝倉摂さんの作品を今また使っていることね。追悼と継承と

・【実録】ロンドンの裏面史 - イギリス文学・文化関係の本の紹介
シェイクスピア作品に時折出てくる「くまいじめ」って何なの…そういう遊びが当時あったんだろうけど、可哀相な予感しかない…と保留にしたままだったのを、今回思い切って調べました。うあーやっぱつらいやつだったー(泣)
貴族の遊びかと思っていたら、「イギリス庶民の気晴らし」だって! ヒー! しかも「はるか昔のことではなく、今でもそのようなことが行われている(可能性がある)」と……うわあああああ

・歌舞伎美人『NINAGAWA 十二夜』
おおう公式まだ残っていた。配役も見比べ直してニヤニヤしました。そうそう、マライアにあたる役は亀治郎(当時。現猿之助)さんがやってたんだよねーあれすっごくおかしかった…やりたい放題でもってってたよね……。そして尾上松也くん出てたんだ! わー気付いてなかったー筋書発掘してみよう……