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2014年11月06日(木)
『From the Sea』

FESTIVAL/TOKYO 2014 アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術『From the Sea』@品川区某所(京急沿線)

F/T名物? 遠足(つれまわし)演劇。正しい名称はサイトスペシフィック・ツアーパフォーマンスと言うらしい。過去参加したこの手の作品中いちばん緊張感がありました。何せ役者と一対一、ゴーグルとイヤホンを装着し、視覚と聴覚を制限された状態で70分つれまわされる。最終公演も終わったので、以下ネタバレ込みで書きます。

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19:00〜19:30出発のチケットを購入。10月22日、集合場所の案内がメールで送られてきました。京急本線、立会川駅。初めて行く場所なので当日は早めに向かい、しばし駅周辺を散歩したりお茶などする。

・立会川駅 - Wikipedia

ネットカフェならぬパソコンカフェと言うところに入った…商店街の感じもなんだかなつかしい雰囲気。坂本龍馬ゆかりの地だそうで、立像などもありました。関連して? 馬グッズもいろいろ売られていた(笑)。うろうろするうち、ゴーグルをした女性とスーツの男性が腕を組んで歩いているのを発見。わっ、あれ、そうだな。なんだか緊張してきた。

時間が来ました、商店街内の受付へ。身軽がいいので荷物は預かりますが、スタートとゴールの場所が違い、15〜20分程歩いて戻って頂くことになります。どうしますか? と言われる。先程見た参加者の様子からして、手ぶらの方がいいなと思ったので終了後戻ってくることにする。ゴーグルとイヤホンの装着、調整、説明を受ける。小雨が降っていたので合羽も着せてくれた。そうだなあ、傘も邪魔になりそうだったものな。さて出発、受付から数軒先のビルのなかに連れて行かれる。階段をあがると右側にちいさな部屋がある。入った右側の窓沿いにベッド、正面にポータブルレコードプレイヤー、その向かい(つまり階段側)に椅子が二脚置いてある。ちいさなテーブルもあったかな、花(確か薔薇)が一輪差してあった。左側にもうひとつ部屋があるようで、襖が少し開いている。その奥は暗闇。椅子に座るよう促され、着席するとゴーグルの蓋を閉じられた。耳に音楽とノイズが飛び込んでくる。身体がかたまる。

しばらくして誰か(スタッフなのだろうが、もはや視界には入らない)からゴーグルの蓋を開けられ、視界が明るくなる。目の前のレコードプレイヤーがまわっている。イヤホンから聴こえてくるのはこのレコードの曲か? 恐らくそれはトラップなのだろうが(確かプレイヤーには配線がなかった)、頭のなかでそう結びつけてしまう。そして頭を右に動かすと、ベッドに女性が横たわっている。こちらに背中を向けている。やがて彼女は寝返りをうち、ゆっくりと目を開ける。視線が合う。しばらく見詰め合ったあと、彼女は起き上がり、隣の椅子に座る。イヤホンから女性の声が聴こえてくる。隣を見ると、女性の唇が動いている。彼女が喋っているのだと気付く。

いーやーこれが怖かった。すっごく長い時間に感じたけど、多分数分もなかったんだろう。狭い空間、初対面の人物とふたりきり、その相手がどう出るか全く予想出来ない状況。この「予想出来ない」ってのが怖い。そして視覚と聴覚を制限され、自分の思うように見たり聴いたり出来ない恐怖。余談だが今思い返すと、たまたまだろうが「女性が背中を向けて横たわっている」あの画ヅラ、『マルホランド・ドライブ』に…似てて……。あのなんとも言えない恐怖感なー…このときちょっと逃げちゃおっかなーと思った……。と言うのも、出発前の説明で「具合が悪くなった場合はその旨伝えて」と言われていたので。そう、これがちょっとした保険になっていた。相手は役者さんで、これは公演だと言う保険。何かあった場合の対処も用意されている。だからこの状態には意外と早く慣れた。と言うか、慣れるようにと腹を決めた。このひとと70分間、パートナーだ。

しかし、序盤はやはり動悸が激しくなり呼吸も浅くなった。パニックになったひともいたんじゃないかな。

さて、部屋を出ます。またゴーグルを閉じられて、手を繋いだり腕を組んだりして歩く。この辺りではもう「頼りにしまーす、宜しくお願いしまーす」って感じで、お散歩気分でした。同性だったってところもあるかなあ。twitterで検索した限り、パートナーが異性だったと言う方が殆どだったんだけど、何故私の場合同性だったのか気になる(笑)。しばらく歩いて今度は別のビルのなかへ。入る前にゴーグルを開けてもらうと、隣の呑み屋のおっちゃんたちが「また来た」と言うような顔をしてこちらを見ている。この辺り、開幕前にいろいろと説明等あったのだろうな。知らなかったらちょっと通報されちゃいそうな怪しさだもの(笑)。

このビルも二階にあがる。商店街のデッドスペースだ。そしてここから対話が始まる。私は失ったものを、ガラスと名付けることにしました。あなたにそういうものはありますか?

これはひとりごとなのか? 質問されているのか? …思わずパートナーの顔をガン見する。頷かれる。その後、間が空く毎にパートナーの顔を見ることにしました。状況によって頷いてくれたり放置されたりした(笑)。ただ、最初のこれで、この相手は対話する気があるなと判断されたように思います。

で、いろいろ話しました。内容は内緒だ! 瞬時に作り話が出来るひとはある意味すごい役者なんだろうな、私には無理だった。あとなんだろ、一期一会の状況、多分二度と会わない相手だからこそもう喋ってしまおう、と言う心境になった。とは言うものの、距離感をかなり計り乍ら、どこ迄話すかを選択していく。

聴かされた方はたまらんって告白をするひともいるだろうし、ひとことも喋らなかった方もいたそう。それを受け止める役者さんたちの思いはどんなものだろう。クレジットされていた出演者は19人。一日に何人の、こう言った話を聴くのだろう。

その後公園、川縁と、ぽつぽつ話をし乍ら歩く。忘れてしまいたいことはありますか? もう会えないひとに伝えられなかったことはありますか? 道中ゴーグルは開けられたり閉じられたり。過去のいろいろなことが思い出され、だんだんしょげてくる。思い出したくないこと迄思い出す。ひとって忘れることは出来ないんだなあ、記憶を取り出さないようにしているだけで、ちょっとしたきっかけであっと言うまにそのときのことが甦る。とぼとぼ歩いていると、パートナーが合羽のフードを被せてくれる。「ゴーグルくもってませんか?」と声を掛けてくれる。ねこがこちらを見ている。和む。なんとなく振り返ると、数十メートル離れてスタッフがついてきているのが見えて我に返る。

別れのあれやこれやを話しつつ、つれていかれたのは橋の上。ゴーグルを開けられると、目の前に橋の名前とその由来が書かれた看板。泪(涙)橋、現在の名称は浜川橋。鈴ヶ森刑場に向かう罪人と家族の別れの場。ようやく、何故この街が上演場所に選ばれたのかが見えて来た。ゴーグルが閉じられ、このツアーいちばん長い距離を歩く。触覚と嗅覚だけが素の状態なので、普段よりそのふたつが鋭敏になっている。パートナーと繋いでいる手、組んでいる腕の優しさ、確かさ。水の匂い、そしてなんだか…ど、どうぶつ? 草? なんか自然ぽいにおい……? ゴーグルが開けられるとそこは……競馬場だった。あーそうか、大井競馬場!!!

レースは開催されていなかったが、他の競馬場の中継映像がスクリーンに流れている。それを見詰めるお客さんたち。イヤホンから、ここは以前海だったと言う言葉。水の上に暮らす自分たちのことを思う。先月観た維新派『透視図』を思い出す。海の、川の、水の歴史とそのうえに暮らす自分たち。失われた光景、二度と見られない場所、二度と会えないひと。イヤホンからはパートナー以外の声も聴こえてくる。その場にない音も聴こえてくる。こどもの声、鳥や虫の声。四季にまつわる音。これも実際にはここにない音だ。しかし、冒頭のレコードプレイヤーのように、記憶と想像力でこの場に“在る”ものになる。

競馬場をあとにする。守衛さんが見ている。ゴーグルを閉じられる。旅の終わりがそろそろだと言う予感。どうやって終わるのだろう? 終演後パートナーと話せるのだろうか? 風通しのいい場所に出たようだ、顔が冷たい。肩に手が置かれ、立ち止まるよう促される。ゴーグルが開けられる、広い橋の上から真っ黒な水面を見下ろす。イヤホンから音楽とノイズ、そして月の話が聴こえて来る。曇天なので月は出ていない。判っていてもなんとなく空を見上げる。やがて音が聴こえなくなる。「終了です、ゴーグルをとりますね」と声を掛けられる。ゴーグルとイヤホンを外してもらい、振り返るとスタッフがふたり。パートナーは消えていた。

スタッフからスタート地点に戻る地図を受け取る。パートナーだった役者さんの名前を訊く。お礼を言って笑顔で別れる。パートナーにもお礼を言いたかったな。こういう別れになるとはなあ。自分にとって彼女は「失ったもの」、「伝えられなかったことがあるひと」になってしまった。雨はすっかりあがっている。ゆっくり歩く。途中泪橋を通る。改めて看板を読む。呑み屋を通りかかるとさっきのおっちゃんたちがまだいて、あ、さっきの、と言う顔をされる。

受付に戻るとスタッフが笑顔で迎えてくれる。質問攻めにする(笑)。昼でも同じテキストなんですか? 同じです。明日の当日券ってやっぱり出ませんよね? 出ないんですよ〜。雨大丈夫でしたか? お足下の悪いなか有難うございます。いえいえすごく面白かったです! 来てよかったです。ふと見ると、奥に見覚えのあるひとが座っている。あっ、記事で見た。コンセプト・演出のソ・ヒョンソクさんだ。日本語はどこ迄解るのかな、こちらが話していたこと聴こえてたかな。

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私の相手は女優さんで、夜のツアーだった。これが男優さんだったり、昼だったら印象ががらりと変わりそう。この土地周辺や競馬場に詳しいひとだと、連想されるものごとも違うだろう。参加したひとの数だけ物語が出来上がる。

twitterを巡ってみると『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』を連想したと言う方が複数いた。自分もそうでした。決定的な違いは“役者”の存在。参加者との対話の内容、状況の変化に対応する役者。声も含めた自分の身体をコントロール出来、それらを的確にコミュニケートの手段として扱える、それが役者なのだ。タフなクリエイトだ。すごいことだと思う。

帰宅後死んだようにぐっすり寝ましたわ…やっぱり気を張っていたんだなあ。寝る前「Key West」のMVを観て海繋がり。記憶に残る、忘れたくない一日になりました。

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・韓国のアートを活性化させ、政府も支援する「多元芸術」とは? - 舞台・演劇インタビュー : CINRA.NET
「今回、探していた場所は、『過去の痕跡がたくさん残っているところ』。これを東京の中から探し出すのはとても時間がかかりました。」

(20141109追記:まとめてくださった方有難うございます!)
・『From the Sea』感想まとめ - Togetterまとめ
出演者の方によるまとめ
・『From the Sea』関連私撰まとめ - Togetterまとめ
参加者の方によるまとめ、出演者の方のツイートも掲載されています