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2010年09月18日(土)
『聖地』

さいたまゴールド・シアター『聖地』@彩の国さいたま芸術劇場 小ホール

いやもうまずは、とにかく観に行けるひとは観に行ってください。26日迄です。作家、演出家を始めとするスタッフワークと演者のマジック。素晴らしい。ゴールドシアターは毎回挑戦的で、毎回何かを打破する。毎回驚かされ、毎回どうしようもなく胸に迫る。そしてその毎回の内容は、いつも今回しかないもので、いつか憶えているひとはいなくなる。だから今この時間の中で観てよかったと思える。会えてよかったと思う。そしてやはり「信じる」がキーワード。以下ネタバレあります。

前作『アンドゥ家の一夜』では「高齢者」と言うアドバンテージすら無効にするポテンシャルの高さを示したゴールドシアター。今回は1972年生まれの松井周が書きおろした作品の上演です。蜷川さんが組んだ現役(存命)劇作家としてはいちばん若いとのことで、ふたりは40歳近く年齢差がある。松井さんはド直球を投げてきました。「高齢」「死」が大きな柱になったストーリーです。しかも手法はグロテスクなもの。高齢は自分で選べるものではないが(歳をとらない人間はいない)、「死」は自分で選べる。そしてその選択は法律によって奨励されている。と言う仕掛けです。より死に近い演者たちにこれを言わせるか、と言った一歩間違えば悪意ととられかねない台詞が数多く出てきます。しかし、実際にそれをゴールドシアターのメンバーが口にすると、悪意はユーモアになり、その滑稽さは人間が生きることそのものになる。まずはこういうマジック。

松井さんが戯曲のみを提供した作品は今回が初めてだそうです。彼が作・演出を務めるサンプルは、毎回「ぬるっとしてる」とか「グロテスク」「悪意」「きもちわるい」と言った評判なんですが、これを蜷川さんが演出するとこうもユーモラスで美しくなるか、と言う驚きがありました。これがふたつめのマジック。しかし自分は松井演出をまだ実際には観たことがないので、現在上演中の『自慢の息子』を急遽観に行くことにしました。自分の目で確かめる。満を持して初サンプル。覚悟して観ます。

そもそも蜷川さんはグロテスクなものの中に美しさを見出すのが得意なひとだと思います。そして死への憧憬がものすごく強い。廃墟の中に幻を見る。棺の並びにデザインを生む。それは今回の演出にも随所に現れています。幕開けで布がかけられている家具類はそれこそ棺桶に見える。布が外され、物語がはじまり、最後にはまた布がかけられて(この布を外す、かける一連の仕掛けがまた素晴らしく美しい)場は風化し、物語が終わる。現実と虚構が交差する。ここにいた筈のひとたちはどこへ行ったのだろう?死んでしまった?消えてしまった?そもそも本当に存在していた?記憶は信じたものだけが残る。やはり「すべてのものは誰かが信じた何か」なのだ。皆が忘れたとき、信じることをやめたとき、それは消える。蜷川さんは、その危うさとはかなさを美しく描く。

“聖地”は皆が信じ続けないと存続出来ない。集団が宗教になり、内ゲバが起こり、クーデターが起こり、崩壊してまた新しい“神”を求めて集団が形成される…愚か乍らも滑稽でせつない繰り返しだ。何度でも人間はやりなおす。その営みも、いつかはきっと風の中に消えていく。

ものすごく残酷な言い方をすると(残酷だからこそいずれ自分にも返ってくることだと思っている)、この集団は数年後(数ヶ月後、数日後かもしれない)には誰か死んでいる。それが増えていく。ひとりひとり去っていく。見続けていて、存在感を示してくれて記憶に残る役者さんに沢山出会えているのに、本当にこの劇団は実在していたのだろうか……と思う日がきっと来る。そしてそんなことを考えている自分もいつか消えていく。記憶のはかなさ、思い出を持つ人間のはかなさ。

演出によって浮かび上がるものの質感がかなり変わる作品。今回この演出で観られたことを幸運に思います。ラストシーンに出て来るラジコンのヘリコプターも、恐らく戯曲の隙間を縫った蜷川さんのアイディアだと推測されます。言葉にすると陳腐ですが、魂の乗りものと受け取りました。臓器もむしりとられ、居場所もなくなった老人たちは肉体を失っても、どこかへ飛んでいけるのだ。そう思わせてくれた蜷川さんに感謝。

松井さんの台詞術も見事でした。登場人物は9割が老人だが、所謂“お年寄り”な口調は書かない。むしろそれを逆手にとって、ホームの様子を見に来た警察官の目を欺く時に「笑え!としよりらしくしろ!」と腰を曲げ、「なんですかなあ」なんて言わせる。これには笑い乍らもハッとさせられました。“お芝居”のいやらしさを見抜いてる。あとキノコちゃんの口調な…これ素晴らしかったわ(笑)「〜キノ〜!」ってね。あかんまわるわこれ…唯一のヒット曲として劇中流れる歌もすっごいまわる、今唄える(笑)。

生きている限り、老いには必ず向きあう。歳をとらないひとはいない。そして死ぬ時は絶対にたったひとりだ。臨終の時に思い出す光景、思い出すひと。必ず通る道。生きているひとなら感じるものが必ずある作品です。