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2001年10月31日(水)
□『戦う都市』(上・下) ★★★★☆

著者:アン・マキャフリー & S・M・スターリング(共著)  出版:東京創元社  [SF]  bk1bk1

【あらすじ】(上巻扉より)
銀河系は外辺部、一つの宇宙ステーションがあった。ここを管理するのは人間の脳。シメオンという名のブレインだ。ステーション内の異状なら、自分の体のことのように察知する。近頃の彼はついてない。十数年来の相棒と別れ、代わりにやってきた女性ブローンとは反りが合わず悪戦苦闘の日々。おまけにステーション内の孤児をめぐって<中央>とトラブルを起こしてしまう。「養子縁組をしたシェルパーソンなんて聞いたことありません!」そこへ緊急事態発生。操縦もままならぬおんぼろ船がステーションめがけて突っ込んで来る! 人口1万5千の都市は始まって以来の大ピンチ!! シリーズ第三弾。

【内容と感想】
 歌う船シリーズの第三弾。今回は、宇宙船ではなく宇宙ステーションを管理している管理型ブレインが登場している。このシリーズにしては珍しく男性のブレインで、軍事ヲタクな武器コレクター。こういった毛色の違った主人公が登場するあたり、共著ならではの味が出ていると思う。この作品も前作との関連はほとんどないので、独立した話として楽しめる。このシリーズはどちらかというと女性向きといった感じが強いが、この作品は一番男性向きだと思う。


 アモス率いるレジスタンスは、かなり旧式のブレインシップで命からがら逃げていた。宇宙船のコントロールは失われ、乗員も酸素節約のために壊れかけた装置で冷凍睡眠するといった窮状だった。彼らの故郷、辺境の惑星ベセルは、独自の宗教が根強く信仰されている閉鎖的な社会だった。しかし獰猛な海賊コルナー人達から襲撃を受け、壊滅しかけていた。アモス達はコルナー艦隊に追われながら、なんとか宇宙ステーション SSS-900-C にたどり着く。そこはブレイン、シメオンによって管理されているステーションだった。

 シメオンは長年の相棒だったブローンに引退され、後任のシャンナ・ハップを迎えていた。彼女はシメオンの配慮ないわがままのせいで希望の任地を不意にしていた。その上、初対面でシメオンの発揮したオヤジっぷりが彼女の逆鱗に触れる。一方、ステーションの機関部で浮浪児ジョートが発見される。彼女は叔父に借金のかたとして売られ、彼女を買った酔いどれ船長から逃げ出して、ステーションの裏側に住み着いていた。機械類やプログラミングに長けたジョートは、立ち入り禁止区域でセンサーを撹乱しながら、少年に扮して暮らしていた。シャンナの勧めでシメオンは彼女を養子に引き取ろうと手続きする。

 シメオンとシャンナは音楽に共通の趣味を見つけ、ようやく正常なパートナーとして信頼関係を築きつつあった。アモス達の宇宙船がステーションに突っ込んで来たのはそんな時だった。なんとか食い止めたものの、後からコルナー人達が追い掛けて来ているという。

 コルナー人は自らを聖なる種族と称していたが、獰猛で略奪と破壊を繰り返すしつこい害虫の様な種族だった。また病気等の耐性も強く、弱者は淘汰されるべきという考え方を持っていた。〈中央〉の救援艦隊が駆け付けるまで、ステーションは現在あるものだけでコルナー人と対決せねばならない。貴重品や食糧、シメオンの集めた武器コレクション等を隠し、子供や病人は避難させ、コルナー人の襲来に備える。ブレインとブローンのシメオンとシャンナ、生存本能逞しい何でも屋ジョート、個性的なステーションの住人達、ベセルの美男子アモスや戦士サイードなどが中心となって、コルナー人を罠にかけ、出し抜き、活躍する。


 最初反りのあわなかったシャンナとシメオンだが、次第にお互いの長所とプライバシーをを認めて信頼を深めていく。やってきたコルナー人は極悪非道で、しぶとく、嫌らしい。短命だが過酷な環境で生き延びて来た種族だけあって、少々のことでは撃退できそうにない。ステーションで戦う人々は、彼らに痛めつけられながらも、屈せず反撃していく。悪ガキのような威勢のいいジョートも大活躍で、いい味を出している。次から次へと起こる事件が緊迫感に満ちている。ラストは無気味な余韻を漂わせている。

 続編として『復讐の船』が刊行されている。本作で活躍したジョートが、成長して宇宙船の船長として活躍する話である。



2001年10月25日(木)
□『旅立つ船』 ★★★★★

著者:アン・マキャフリー&マーセデス・ラッキー〔共著)  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
「かわいそうな少女を生かしてやれる可能性はただひとつ、殻人(シェルパーソン)プログラムに入れてやるということです」七歳のおしゃまな女の子を襲った病は、容赦なく彼女を全身運動麻痺にまで追いこんだ。原因不明のためひとり病室に隔離され、涙する毎日。だけど…いつの日か自力で病因をつきとめようと決心した少女はついに宇宙船に生まれ変わった! 名作『歌う船』に続く人気シリーズ、登場。

【内容と感想】
 歌う船シリーズの第2弾。独立した話になっているのでこれだけを読んでも問題なく楽しめる。個人的にはシリーズの中でこれが一番好き。

 遺跡発掘に携わる両親の元で暮らす7歳のヒュパティア(ティア)は、聡明な女の子。賢く忍耐力があり自分の意見をしっかり持った彼女は、他の大人たちから馬鹿げた子供扱いされるのを嫌がる、そんな早熟な少女だった。ある日彼女は、与えられていた発掘現場から謎の文明サロモン・キルデス文明の遺跡を発掘する。自分の見つけたものが何であるか心得ていた彼女は、適切な処置をして両親に報告する。重大な発見に世間は色めき立ち両親は忙しくなってしまうが、そんな折ティアは身体に痺れを感じ始めた。両親を心配させたくなくて彼女は一人医療AIに相談するが、的外れな診療に時期を逃し、両親が気付いた時にはすでに全身に麻痺が広がっていた。

 両親の前では明るくふるまい、一人になってから親友の青いテディべアに話しかけ人知れず泣くティア。 とっても健気で泣かされる。
 しばらくするとしぼりだすように、「でもね、ママやパパはとっ、とっても悲しんでいるのよ。ママ達のために…元気なふりしなきゃね…ほ、ほんとに大変なの。でもね、泣いたりしたら、もっと悲しくなる…でしょ。きっと、これで…いいのよね?このほうが、いい。みんなの、ために…」(本文より)
 この様子をモニターした彼女の担当の高名な医師ケニーは心を動かされ、シェル・パーソン・プログラムの適用を受けられるよう働きかける。これは基本的には1歳以下の乳児にしか適用されないプログラムで、7歳での適用は異例の扱いだった。ケニーも病気で車椅子から離れられない身体で、ティアの辛さがよくわかるのだった。

 アカデミーを優秀な成績で卒業したティアは、考古学部門の特使船として働き始める。ブローンに選んだアレックスは、彼女と同様に考古学に興味を持ち、転々と移動していた謎の文明、サロモン・キルデス文明の謎を解き明かしたいと願っていた。何よりアレックスには、彼女の大切にしているテディベアに敬意を払うだけの配慮があった。ティアは彼女自身を襲った病原菌がこの遺跡と関係あるものと見当を付け、自分の悲劇を繰り返さないためにも、アレックスと二人でこの文明の追跡調査を密かに夢見る。

 前回のヘルヴァが音楽に関係した仕事が主だったのに対し、今回は遺跡の発掘にまつわる事件が主な仕事となっていて、ブレイン・シップの仕事の幅を広げている。また未知の病気が絡むものも多く、医師であり親友でもあるケニーが専門家として活躍する。またティアは投資に関しても能力を発揮し、適切な会社に投資することによって早々に借金を返済していく。それだけでなく自分の欲しい物を造れる会社に投資して作らせ、悩めるアレックスと夢を叶えるのである。

 幼いティアもいじらしいし、諦めず夢に向かって幸せをつかんでいくのがいい。子供の頃から大切にしている青いテディベアも、いい小道具となっている。

 さあ、いいこと、未知なる宇宙、準備万端整ったわよ!(本文より)



2001年10月24日(水)
□『シンプル・プラン』 ★★★★☆

著者:スコット・スミス  出版:扶桑社  [MY]  bk1

【内容と感想】
 普通の人が、偶然大金を手にしたことで転落していく経緯を描いたスリラー小説。人間の心の闇が非常に怖く描かれている。

 主人公はよくいる小市民タイプ。440万ドルという大金を墜落したセスナ機から偶然見つけ手にする。さっさと届け出ればよかったものを、兄とその友達に唆され、犯罪絡みが明らかなその大金を着服してしまう。これが大きな間違いで、それを発端に人生が少しずつ狂いはじめる。

 せっかくの大金も発覚を恐れて使うこともできず、はやる兄達をなだめながらほとぼりがさめるのを待っているのだが、事体は思ったようにうまくは運ばない。主人公の本来の小賢しい性格が、次第に前面に出て来る。ひとつひとつは本当にささいなことがきっかけだが、嘘を隠す為に嘘をつき、ごまかそうとする小細工が事態をますます悪くする。どんどん泥沼にはまって抜けだせなくなる。

 この怖さ。人間の欲望の業の深さ。ちょっとしたきっかけで、普通の人がいともたやすく豹変してしまう辺りが一番怖い。ちゃんとした信念と誘惑を退けるだけの勇気が無く、思慮が浅く、欲深い。人間の弱さを描いた反面教師的な作品である。

 小説としてはとても面白く、ぐいぐい引き付けるだけの力量がありあっという間に読める。しかしテーマがテーマだけに読後感はスッキリとはしないかも。まぁ、これがハッピーエンドになるのも何だかなぁ、と思うのでこれでいいのだろう。映画化されたはずだが、たいして噂を聞かなかったところをみるとそれほどいいものではなかったのかもしれない。観ていないけれど。



2001年10月21日(日)
□『スロー・リバー』 ★★★☆☆

著者:ニコラ・グリフィス  出版:早川書房  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
近未来のイギリス。怪我をした裸のローアは、激しい雨の中で道端に倒れていた。微生物による汚水処理技術で富を築いた大富豪一家の末娘として生まれた彼女は、誘拐犯を殺して逃げてきたのだ。だが、身代金を払わなかった家族のもとにも、警察にも行けない。ローアは女性ハッカーのスパナーに助けられ、新たな生活をはじめるが…ローアの波瀾に満ちた人生を描いて、SFに新たな息吹をもたらしたネビュラ賞受賞作。

【内容と感想】
 悪くはないが少しくせのある作品。舞台設定が近未来で、物語の核となる下水処理システムや、PIDAという手に埋め込まれた個人認証システムなどのほかは、あまりSFといった感じがない。主人公ローアは下水処理システムの独占特許で巨額の富をなした大富豪の一族の娘。誘拐をきっかけにヴァン・デ・エスト家の名を捨て犯罪に手を染めて暮らしていた彼女が、新しいIDを手に入れ、自分自身を確立していく話。

 ストーリーは、一人称で書かれている現在と、三人称で書かれている過去(子供時代と誘拐後ハッカーと暮らす3年間)が交互に進められ、次第にローアの生い立ちが明らかになっていく。大富豪の一員として金銭的には何不自由なく暮らしていたが、両親は不仲で子供達を自分の側につけようと取り合っている。長女グレタ、双子の次女ステラと長男トク、末っ子のローアという姉妹構成だが、親が身勝手に振り回す愛情でグレタとステラは大きく傷ついていた。子供だったローアは家庭内で何が起こっているのかよくわからない。ステラが自殺した矢先、ローアは誘拐される。身代金は一族にとっては子供でも動かせる額だったが支払ってもらえず、誘拐犯に撮られた辱めを受けている映像をネットニュースに流される。命からがら逃げ出したものの、その映像を恥じ、また一族からも見捨てられたと感じたローアは、身分を隠してアンダーグラウンドで生きてゆく。

 逃げ出したとき助けられたハッカーのスパナーの元で、彼女の仕事を手伝いながら退廃的な生活が始まる。スパナーは違法な仕事をしており、金に困って次第に汚いやり方がエスカレートして行く。知り合いをはめ、売春し、恐喝し、転落して行く。ローアはスパナーを愛しながらもその生活に未来が無いことに気付き、まともな仕事に就く準備をはじめる。

 一族の一員として下水処理システムに深い知識があったローアは、死者のIDを手に入れ成りすまし、下水処理場の労働者として危険で過酷な仕事に就く。今まで経営者側の立場からこの下水処理のシステムを捕らえていたローアだったが、逆転した立場に身を置き、自分達の一族が市場を独占するために行った処置が無能な経営者の利潤追求の元でどんな危険なものとなっているかを目の当たりにする。彼女の一族の独占特許により下層階級に色々な問題が引き起こされていた。処理場での事故をきっかけに、彼女の家庭の秘密、誘拐の秘密が明らかになり、ローアは信頼できる新しい恋人の助けを得て、一族の行いが正しい方向へ行くよう解決をはかり始める。

 謎が次第に明らかになっていく構成の仕方はうまく、つぎはぎで語られる現在と過去が最後で見事にまとまって解き明かされている。下水処理場での事故も緊迫感がありなかなか読ませる。ローアが人生を見据え、一族から自立して自らの位置を確立していくのに対し、スパナーの成長の無さが対比的だ。上流階級の闇の世界とアンダーグラウンドの闇の世界が描かれていて退廃的だ。もっとも主人公はそれを否定する生き方を模索しているのだけれど。作者がレズビアンのせいか、出てくるのが必然性無くレズビアンばかりで、少し辟易する。別に主人公はノーマルでも良かったのでは。



2001年10月19日(金)
□『歌う船』 ★★★★★

著者:アン・マキャフリー  出版:東京創芸社  [SF]  bk1

【あらすじ】(目録より)
金属の殻に封じ込められ、神経シナプスを宇宙船の維持と管理に従事する各種の機械装置に撃がれたヘルヴァは、優秀なサイボーグ宇宙船だった。〈中央諸世界〉に所属する彼女は銀河を翔け巡り、苛烈な任務をこなしていく。が、嘆き、喜び、愛し、歌う、彼女はやっぱり女の子なのだ……!サイボーグ宇宙船の活躍を描く傑作オムニバス長編。

【内容と感想】
 シェル・ピープルが活躍するスペースオペラシリーズの第一作目。シェル・ピープルとは、重度の肉体的障害のためそのままでは延命の難しい乳幼児が、生命維持機能付きのチタニウムのシェルに脳を入れ宇宙船などをボディーとして生きる一種のサイボーグ。本書はマキャフリー本人のみで書かれているが、これ以降はこの同じ設定で他の作者と組んでシリーズを書いている。
 なにもわざわざ宇宙船などといった移動しづらい形態のボディーを持たなくてもと思うのだが、彼らは訓練を受けてやがてブレイン・シップとして一人立ちし、同様に訓練を積んだブローンと呼ばれる偵察員とペアを組んで活躍する。彼らは自分達が障害を持っているとは考えず、むしろ普通の人間達を「へろシェル」と呼び、限られた機能と短い人生を哀れむ。趣味を持ち、シェル・ピープルであることに誇りを持ち、仕事をこなす。ブローンとのパートナーシップがこのシリーズのテーマとなっている。

 ヘルヴァは良き相棒に恵まれ、仕事でもめざましい活躍をとげて評判になった。また歌が好きだったことから「歌う船」としても名を馳せた。しかし愛するブローンのジェナンを事故で亡くし、彼を救えなかったことを気に病み悲嘆にくれる。放浪船となることを心配されたヘルヴァだったが、仕事を通じて次第に立ち直っていく。似た様な境遇の女性達に出会い、彼女らの傷みを理解することで自分自身の問題も解決していった。
 また、音楽が重要な鍵となっている事件も多く、ディラニストという音楽を主張の武器とする人々がいたり、小網(レティクル)座の俗謡といったものが出て来たり、異星人の中でシェークスピアを演じることになったりする。
  “眠らせておくれ、休ませておくれ、死なせておくれ!”

 ヘルヴァのテノールは軽蔑をこめて朗々と響き、キラの死の願望を痛烈に非難した。(中略)そのあと彼女の声は、たいそう力強く、いらだたしげに、強引に、抗議をとどろかせた。

  “眠らせておくれ、休ませておくれ、死なせておくれ!”

 その楽句は嘲弄そのものとなって広場にこだました(中略)キラはいまだに強い死の願望に捕らえられているのだろうか。ヘルヴァの抗議の歌(ディラン)は、そのあざけりによってキラの自殺的恍惚状態を打ち破っただろうか?(本文より)
 歌詞に逆らって自殺を強烈に批判したもので、生への讃歌が歌い上げられている。馬の首星雲に朗々と響くヘルヴァの歌声を聞いてみたいものだ。

 この話は一種の、女性のサクセスストーリー(シンデレラストーリーでは無く)で、努力と実力で仕事において成功を収め、信頼するパートナーを獲得する話で、恋愛小説のような趣がある。作者は女性で、内容的にも女性が好きそうで元気になれる、SFを読まない人にもお勧めしたい本である。また、男性が読んでも十分面白いと思う。
「あたしがあなたにブローンになってほしいのは、あなたが頭がよくて、陰険で、卑劣で、無節操で、図々しいからよ。どのボタンを押せばあたしを思いどおりに動かせるか知っているからよ。あなたは見かけも背丈もたいしたことはないけれど、あたしだって人のことは言えた義理じゃないわ。あたしは信じているの。―あなたの力を借りればどんな試練も切り抜けられるって…ベータ・コルヴィの試練でさえ」
「信じるだと?」腹わたをしぼるような、悲鳴にも似た声だった。彼は身体を小刻みにふるわせて、笑いを抑えようとした。「ばかめ。麻薬のせいで頭がいかれちまったらしい。きみは成長不良の、縮れ毛の、ロマンチックな、けつの青いガキだ。ぼくを信用するのか?ぼくがきみのことをなにからなにまで調べ尽くしたのを、知らないのか?ぼくはきみの外見を知るために、染色体外挿図を作らせることさえした。それに、七日たらず前にきみのパネルに刻み込まれたばかりの解錠言葉(リリース・ワード)も知っている!ぼくを信じるのか?きみにとってぼくは一番信用できない人間だ。ぼくをブローンに選ぶだと?こいつは傑作だぜ!」(本文より)
 なんとロマンチック(?)な愛の告白か(笑)。一歩間違うとストーカーである。



2001年10月15日(月)
□『エンダーズ・シャドウ』(上・下) ★★★★★

著者:オースン・スコット・カード  出版:早川書房  [SF]  bk1bk1

【あらすじ】
(上巻カバーより)
エンダーの補佐官としてエンダーを補佐したビーンが見た『エンダーのゲーム』の真実とは…?恐ろしい昆虫の姿をした異星生物バガーの二度にわたる侵攻をかろうじて撃退した国際艦隊は、きたるべき第三次戦争にそなえ、バトル・スクールを設立した。そこでは未来の指揮官となるべき少年少女が訓練にあけくれていた。スクール史上、最高の成績をおさめたエンダーとビーンの活躍を描きだす『エンダーのゲーム』姉妹編。

(下巻カバーより)
ロッテルダムの町で、孤児として生まれ、はいはいしかできないうちからストリート・キッドとして逞しく生きてきた少年ビーン。だが、生きていくためには、その持ち前の優秀な知能を使い、権謀術数をめぐらさざるをえなかった。やがて国際艦隊児童訓練プログラムの徴兵係にスカウトされたビーンは、バトル・スクールで自分よりも優秀なエンダーと出会う…エンダーの部下ビーンの視点で描くエンダーのもうひとつの戦い!

【内容と感想】
 『エンダーのゲーム』の姉妹編で、同じ戦いを別の主人公の視点から書き直したもの。エンダーのチームにいたビーン(豆)という小柄な少年が主人公となっている。

 ビーンはアムステルダムのストリート・キッド。路上生活の子供達は弱肉強食の世界で生きていて、年少の弱い子供達は年長のいじめっ子達から、食べ物を巻き上げられボランティアの給食センターからも追い払われるといった過酷な状況だった。若干4歳のビーンは飢える寸前で、弱小の年少グループを率いるポークに特定のいじめっ子を選んで食べ物とひきかえに護ってもらうよう進言し、仲間に入れてもらう。計画はうまく行き、給食センターを取り巻く状況も次第に変わり始め、子供達は飢えからは逃れられた。しかし大人には見せない子供達どうしの抗争は陰惨で、ビーンとポークは命を狙われる。

 子供達の間で起きた文化的秩序に目をつけたバトル・スクールの徴兵係は、テストでビーンに目をとめる。ビーンは非常に優秀な少年で、生立ちもかなり特殊だった。命を狙われていることを承知しているビーンは、ストリート・キッズの生活から抜け出すためにバトル・スクールに入る。

 バトル・スクールに入ったビーンはエンダーと並び評される。エンダーの時と同じやり口で生徒を支配しようと教官達は試みるが、路上生活で鍛えられたビーンをごまかすことはできない。ビーンは年齢も低く栄養状態も悪かったため小柄だったが、知能ではずば抜けていて、教官や同級生達から目の敵にされる。エンダーの少し年下に当たるビーンは、エンダーの伝説をあちこちで耳にしやがて彼の右腕になれるのは自分しかいないと画策する。

 エンダーも精神的に苦悩していたが、ビーンはさらに過酷な状況で死と隣り合わせに生きている。人の力関係を見極め、何が起きているか常に探り、バトル・スクールの本当の目的を推測する。エンダーは(意識的にせよ無意識にせよ)真実に気付かないまま偉業を成し遂げたが、ビーンはちゃんとわかって全てをとり行っている。タイトル通りビーンは影の世界に生きていて、常に注目を浴びカリスマを持っているエンダーとはずいぶん違っている。また生き延びることしか頭になかったビーンは、自分に寄せられた思いやりさえもドライに捕らえ、人を愛することを知らない。その辺姉の愛に包まれて育ったエンダーとは大きく違っている。しかし全てを計算づくでやっていながらも、情にもろく愚かで優しすぎたポークだけは別格で、いつまでも思慕を忘れることができない。

 途中からは『エンダーのゲーム』と同じエピソードをビーン側から解釈したものになるが、そちらでは語られなかった裏の事情なども設定されていて、読ませる。比較しながら読んでいっても面白い。どちらも文句なく面白いが、私はこちらの方が好き。ただ、やはり『エンダーのゲーム』を読んだ後でこちらを読むべきだと思う。

 それにしても「ストリート・キッド」という呼び方は「浮浪児」等と比べてなんと曖昧な言い方か。差別用語として使ってはまずいのか。冒頭に出て来る彼らの悲惨な生活は、「ストリート・キッド」というイメージよりずっと過酷なのだが。



2001年10月11日(木)
□『エンダーのゲーム』 ★★★★★

著者:オースン・スコット・カード  出版:早川書房  [SF]  bk1

【あらすじ】(目録より)
【ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞】 捕らえた人間を情容赦なく殺戮する昆虫型異星人バガーの攻撃にそなえるべく、バトル・スクールが設立された。そこに入校したエンダーは、コンピュータ・ゲームから模擬戦闘まで、あらゆる訓練で優秀な成績をおさめるが……天才少年エンダーの戦いと成長を鮮やかに描く傑作長篇。

【内容と感想】
 蟻のような異星人バガーとの戦いが長引く地球。バガーの第3次侵攻に備え、これを阻止するための司令官養成学校として開校されたバトル・スクールに、エンダーは適性を見い出されて若干6歳で入学する。そこでの戦闘訓練でエンダーは天才ぶりを発揮する。しかし戦闘訓練はある意味陰惨とも言える心理作戦が仕掛けられていて、教官はこれでもかとエンダーに難題をぶつけてくる。また同じ立場の訓練生どうしの間にも色々と力関係があり、成績の良いエンダーは何かと目の敵にされる。エンダーが天才ぶりを発揮すればするほど、仲間が彼に一目置くことにより溝が深まり、彼の孤独感はいっそうつのっていく。

 またエンダーは3人兄弟の末っ子で、残忍な兄と優しい姉の影響をずっと受けてきた。特に兄の心理的な攻撃からずっと抜けだせず、それが後々まで尾を引いている。カードの作品は、心理描写に主眼を置いたものが多い気がする。この二人の兄姉はエンダー同様かまたはそれ以上に優秀である。物語の重要な位置も占めていて、地球の将来に大きな影響を与えることになる。

 ラストあたりのエンダーの「訓練」は非常に過酷で重い。しかも大きくどんでん返しが待っていて、見事でとても楽しめる。けれども、本当にあんな訓練で効果があったんだろうかとは思う(笑)。

  • 関連作品
    『死者の代弁者』(未読)『ゼノサイド』(未読)『エンダーの子どもたち』(下巻未読)『エンダーズ・シャドウ』他



2001年10月10日(水)
■『天空の遺産』 ★★★★☆

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
敵星セタガンダ帝国の皇太后が急逝し、マイルズがバラヤー代表として派遣された。だが行く先々でトラブルを引きあてる彼のこと、今回も…。遺伝子管理によってセタガンダを支配してきた皇太后は、帝国のゆきづまりを察知し、密かに大きな賭けに出ていたという。そしてその死に乗じて銀河を揺るがす陰謀が。後宮に残された美女たちのため、彼は厳命を破って単独行動に出るが?

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガシリーズで、マイルズが22歳の時の話。マイルズの祖父の時代にバラヤーを侵略しようとした宿敵セタガンダ。当時のことは「軍隊による実地踏査」と呼ばれ、マイルズの時代には表面上は外交も復活している。そのセタガンダの皇太后が急逝した。バラヤー皇帝と縁続きのマイルズとイワンは、2週間続く葬送の儀に参列するためセタガンダを訪れる。セタガンダのドッキング・ポートでマイルズは怪しい人物と揉み合いになり、美しい紋章のついた用途不明の棒状の物を取り上げる。陰謀めいたものを感じたマイルズはそれを届け出ず、何らかの動きが起こるのを待っていた。式典の衣装リハーサルの真っ最中に起きたのは皇太后の宦官の派手な自殺で、それが例のドッキング・ポートでの人物だった。

 前後してマイルズとイワンの周辺で二人の命を狙われる事件が相次ぐ。事情が次第にわかって来るに連れ、マイルズは自分が微妙な立場に置かれたことに気がつく。セタガンダの権力の構造を揺るがす事件にすでに巻き込まれていて、バラヤーが罪をかぶせられようとしているのだった。

 セタガンダは複雑な権力の構図を持っている。頂点にはホートと呼ばれる遺伝子改造された貴族階級がある。ホート貴族の遺伝子は星の養育院と呼ばれる遺伝子バンクにあり、ホートの女性の長老により管理されている。婚姻は家系同士の契約により成り立っていて、子供は星の養育院での遺伝子の掛け合わせによってのみ生まれてくる。皇帝の子供は男性が継ぐこととなっていて、ホート卿達は娘を皇太子と結婚させることにより権力を得ようとする。またセタガンダには8つの惑星があり、総督として任命されたホート卿によりそれぞれ統治されている。

 ホート貴族の下にはゲムと呼ばれる貴族階級があり、武力を統制している。ゲム卿達の武力はホート卿達の芸術に捧げられている。今までセタガンダはシリーズ中よく出て来てはいたものの、ゲムばかりだったしその文化に触れられることは少なかった。セタガンダのこの二重の権力構造は、実はビジョルドが日本の平安朝をモデルとして書き上げたものだそうだ。登場するホート貴族達は何枚もの長衣を重ね着し、歌を詠み、香を調合するなど、日本の貴族と似ている。ホート・レディは人前には出ず、外からは見えない球状のバブルに包まれた反重力フロートチェアに乗っていて、人前に生身をさらすことはめったにない。調度品や宮廷料理や装飾も、優美で繊細で手がこんでいる。

 一連の事件は首謀者がなかなか特定できない上、葬儀が終わる前には解決せねばならない。マイルズは身に降りかかる危険を回避しながら、事件を解決できるか。

 ビジョルドの描く社会は、バラヤーといいセタガンダといい非常に男性優位な社会である。しかしその社会の裏で実際にていよく操っているのは実は女性達である。社会が男性優位であればあるほどしたたかな女性像がうかびあがってくる。セタガンダの後宮に住まうホート・レディ達は、一見権力を持たない結婚の道具のように見える。しかし実際には遺伝子改造のプロの科学者で、遺伝子の性質を方向付けて改造することにより社会構造をも牛耳っている。彼女らは誇り高く美しい。まだ若いマイルズはその美しさに目がくらみ、恋に落ち、
「人が深く救いようがない恋に落ちたときには、相手はそれに気づくぐらいの礼儀はあってしかるべきなのに…」
と嘆く。

 故皇太后は遺伝子操作において一つの信念を持っていた。「単一栽培は退屈でひ弱だ」とマイルズが語るその信念は、ダン・シモンズ作のハイペリオンシリーズのテーマとも共通している。私もその考え方に共感する。



2001年10月09日(火)
【ヴォルコシガン・サガ 作品リスト】

【シリーズの紹介】
 ビジョルドの書くワームホール・ネクサスを舞台としたスペースオペラは、マイルズの活躍するヴォルコシガン・サガを中心にいくつかある。日本語訳での出版が時代順に紹介されていないので、ヴォルコシガン・サガは特に順番が分かりにくくなっている。時系列で並べると、各作品の時代は以下のようになっている。

『自由軌道』(ネビュラ賞受賞):番外編。マイルズ誕生の200年くらい前。無重力空間での生活に適合するよう改造されたクァディー達が主人公。マイルズのシリーズとは同じワームホール・ネクサスが舞台だというだけでほとんど関係ない。マイルズのシリーズにもクァディーが登場するものがある。

『名誉のかけら』:番外編。マイルズ誕生前。母コーデリアが主人公。バラヤーのエスコバール侵攻。マイルズの父母が出会う。

『バラヤー内乱』(ヒューゴー賞、ローカス賞受賞):番外編。マイルズの誕生する前後。コーデリアが主人公。ヴォルダリアンの反乱。幼い皇帝が誘拐される。マイルズの奇形の原因となった事件が起きる。

『戦士志願』:マイルズ17歳。タウ・ヴェルデ・リング戦争。一人立ちするために模索するマイルズ。デンダリィ傭兵隊をなりゆきで設立。

「喪の山」/『無限の境界』に収録(ヒューゴー賞、ネビュラ賞受賞):マイルズ20歳。バラヤーの自分の領地で、古い時代を引きずる領民達の様子を実感。

『ヴォル・ゲーム』(ヒューゴー賞受賞):マイルズ20歳。セタガンダのヴァーベイン侵略未遂。若き皇帝の苦悩と危機に立ち会う。

『天空の遺産』:マイルズ22歳。セタガンダ内乱未遂。男性により支配されるセタガンダ社会。でも内実は女性達によりコントロールされている。

『アトスのイーサン』(未訳)『遺伝子の使命』:番外編。マイルズ22歳。男性ばかりの惑星アトスの医師イーサンが主人公。マイルズの恋人エリ・クィンが登場するがマイルズは登場しない。女性を排することで逆に女性に支配されるアトスの人々。

「迷宮」/『無限の境界』に収録(デイヴィス賞受賞):マイルズ23歳。腐敗した惑星で人体改造された兵士を救出。

「無限の境界」/『無限の境界』に収録:マイルズ24歳。ダグーラ作戦。セタガンダの捕虜収容所から、1万人の大脱走を指揮。

『親愛なるクローン』:マイルズ24歳。マイルズのクローン、マーク登場。


『ミラー・ダンス』
(ヒューゴー賞受賞):マイルズ28歳。主にマークの視点で語られる。マークの贖罪のための活躍。

『記憶』(未訳):マイルズ29歳。

『コマール』(未訳):マイルズ30歳。

『シヴィル・キャンペイン』(未訳):マイルズ31歳。



2001年10月05日(金)
□『フィネガンズ・ウェイク』

著者:ジェイムズ・ジョイス  訳者:柳瀬尚紀  装丁画:山本容子  出版:河井書房  [EX]  bk1bk1

【内容と感想】
 書く方も書く方だし訳す方も訳す方だし読む方も読む方だ!というあまりにも読めなかった小説を。読めないので評価不能(笑)。

 これがどれだけ読めないかというと、本文はこんな感じなのである。
 川走(せんそう)、イブとアダム礼杯亭(れいはいてい)を過ぎ、く寝る(くねる)岸辺から輪ん曲湾(わんきょくわん)へ、今も度失せぬ(こんもどうせぬ)巡り路(めぐりみち)を媚行(びこう)し、巡り戻る(めぐりもどる)は栄地四囲委蛇(えいちしいいい)たるホウス城とその周円。
 サー・トリストラム、かの恋の伶人が、短潮(たんちょう)の海(うみ)を超え、ノース・アルモリカからこちらヨーロッパ・マイナーの凹(おう)ぎす地峡へ遅れ早せ(おくればやせ)ながら孤軍筆戦(こぐんひっせん)せんと、ふた旅(ふたたび)やってきたのは、もうとうに、まだまだだった。(本文冒頭より)
 実際には( )で括った部分は主なルビを抜き出して振ったもので、本当は漢字に全部ルビが振られている。そしてこの調子が全編に渡って延々と続いているのである。原作ではI〜IVまであり、日本語訳ではIとII、IIIとIVの二巻になっている。二冊分これを読むのはさすがに辛い(いや、一冊でも辛いけど)。

 原作もかなり技巧を凝らした言葉遊びのような小説らしく、超難解らしい。しかしこれを訳された柳瀬さんの日本語訳もある意味では原作以上にすごく、難解な原作の特徴をうまく活かしていて非常に優れているようだ。例えば『川走』は原作では『riverrun』で、音により『戦争』『船窓』等、いろいろな意味が連想できる。『今も度失せぬ(こんもどうせぬ)』は原作では『commodius』という英語の読み方を活かしたものらしい。また、「ま」と「よ」の中間のような創作文字まで出て来る。「よ」の横線の下にもう一本横線が突き抜けて書かれている文字である。

 原作で実験されたものが、うまく日本語独特の表記方法に変換を試みられている。もしかしたら漢字という表意文字を使える日本語の方が表現豊かに意味を込められる部分もあるかもしれない。大変だった翻訳のことは訳者の柳瀬さんの『フィネガン辛航紀』bk1 に書かれている。こちらはフィネガンズ・ウェイクを読むための解説本のようである。

 しかしあまりにも難解すぎて、自分が今どこを読んでいるのかわからなくなってしまって挫折(笑)。そもそもどこまでが主語で、どこからが述語なのかさえ、気合を入れていないとわからなくなるのだ。いやー、難解だとはわかっていたんだけれど、ちょっと読んでみたかったのだ(笑)。山本容子さんの装丁の銅版画もよかったしね。それでも最初の巻の1/3くらいは読み、次の巻も一応購入はしてあったりする。肝心のあらすじは、、、ダブリンを流れる川を舞台に、登場人物達が揉めていたようだった(笑)。この小説を読み解くことはもっと頭のいい人にお任せ。


 で、これだけだとあんまりなので、大日本印刷さんのここのサイトを見ることをお勧め。ルビが振られているものが載っていて、本の感じもよくわかる。小説の冒頭部分がフラッシュアニメーションの挿し絵で表現してあって、非常にこの小説をよく現していると思う。本当は小説を切り刻んで万華鏡の中に入れて再構成した、コラージュのような小説なんだと思う。ちゃんと読めばね。リンク禁止のようなのでURLの紹介だけ。

http://www.honco.net/japanese/04/page4-j.html




2001年10月04日(木)
□『アルジャーノンに花束を』 ★★★★★

著者:ダニエル・キイス  出版:早川書房  [SF]  bk1

【内容と感想】
 この作品は最近はあまりSFだと冠されず、某歌手が紹介したことからSFを読まない人の間でも結構有名になり読まれているようだ。昔は立派にSFだったのに(笑)。やはりSFとうたってしまうと売れあしが鈍るのだろうか(笑)。

 アルジャーノンは知能を高める新薬の実検に使われたねずみの名前である。知的障害者のチャーリーは、このねずみに与えられたのと同じ新薬を人体実験として投与され目覚ましく知能が高まっていく。作品は全編彼の日記形式で綴られている。最初は彼の文章は読点も句読点もなくひらがなばかりのたどたどしい文章である。しかし知能の高まりと共に次第に難しい文章に変わり、内容も高度になっていく。

 知能が高まると共に、チャーリーは次第に自分をとりまく状況が理解できるようになってくる。彼はそれまで、自分の周りの人は皆、自分に親切で賢く素晴らしい人々だと純粋に信じていた。ところが知能が高くなるに連れ、実はそうではなかったのだということに気がつき始める。親切の裏に隠された優越感や利用されていた事実に気がつき、また自分が思っていたほど賢い人々ではなかったことを知る。しかも、今まで対等な人付き合いというものを経験したことがない彼は、周りの人々に対してどうふるまっていいかがわからない。あからさまに自分の失望を伝え、馬鹿にしてしまう。また慣れない恋愛感情も持ち、それをどう扱って良いかわからず、戸惑い、悩み、傷付く。周囲の人間もチャーリーの急激な変化に対応しきれず、態度が硬化していく。

 結局チャーリーは、知能が低かった時も孤独だったけれど知能が高すぎてもやっぱり孤独なのである。唯一の友達はねずみのアルジャーノンだけだった。チャーリーと同じように高い知能レベルを示していたアルジャーノンだが、次第に元のレベルに戻っていくのが確認され、やがて死んでしまう。チャーリーの日記の文章もその頃から徐々に元のたどたどしいものへと変化していくのである。

 知能が高くても低くてもそのこと自体はあまり問題ではないのかもしれない。人間性でいうと、知能が低い時の方がチャーリーは純粋で、人々を尊敬をもって見ることができていた。周りの人々からも愛されていると信じていて幸せだった。社交性というものは知性だけで身につくものではないのだ。チャーリーの救いのない未来が垣間見えて哀れだ。でもあまりにもお涙ちょうだい的な感じが少し鼻につくかも。

 すっかりネタばれだが、作品の本質はあらすじを知っただけで終わりというものではないので勝手に良しとしよう(笑)。良い作品は実際に読んでこそです。



2001年10月02日(火)
□『親愛なるクローン』 ★★★★★

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(目録より)
ある時は辺境惑星の一介の中尉、ある時は極秘任務に就いた傭兵艦隊の提督・・二重生活を送るマイルズは、隠密作戦を成功させたが敵に追われ、艦隊を引き連れて地球まで逃げてきた。だが運悪くTV局に正体を悟られ、とっさに「傭兵提督は私の非合法なクローンなんだ!」とでっちあげたまではよかったが……魔手は忍び寄る。痛快活劇第二弾。

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガシリーズで、マイルズが24歳の時の話。『無限の境界』で捕虜収容所からの大脱出を果たしたデンダリィ隊は、セタガンダから逃れてあちこち逃げ回った末、地球へと逃げ込む。そこでバラヤーからデンダリィ隊に報酬が支払われるはずだったのだが、その代金がなんらかの事情で届かず、隊は当座の資金繰りに困るはめに。再発行された資金が届くまで、マイルズは地球にあるバラヤー大使館での勤務を命じられる。隊には独自に仕事を請け負って短期資金を掻き集めるよう指示して大使館へ。折しも大使館にはおなじみボケ役の従兄のイワンが配属されている。そんな折、 大使の主席随行武官のガレーニ大佐が失踪する。果たして消えた報酬を奪ったのはガレーニの仕業か?大使の許可をもらい、マイルズはガレーニの個人ファイルにアクセスする。

 マイルズのクローンの弟マークが敵役として登場してくる。マイルズの骨の異常は後天的なものなので、クローンをそのまま育てたとしても外見は違って見えるはずなのだが、身長など見た目までマイルズそっくりなマークはマイルズになりすます。監禁されたマイルズは、自分の恋人に自分もまだ試していないあんなことやこんなことをされないか、居ても立ってもいられないのである(笑)。マークは未訳の別の作品にも登場しているそうで、今後の活躍が期待される。

 あと私がとても気に入ったエピソードを。マイルズは自白剤を投与されるが、特異体質のため普通と違う効き方をする。何かを話し始めると、連想したことを次から次へと喋らずにはいられず、しかも歌や演劇の台詞となると際限がない。マイルズはこの手で敵の尋問が交わせることに気がつく。言葉尻をうまく捕らえてハムレットを演じ始めたマイルズは、牢に戻されてもなお、椅子にのぼったり降りたり、女性のパートでは声を裏返しと、ひとり最後まで熱演するのである。いかにもマイルズらしくて笑える。

 マイルズは(父親のアラールも)、見方によってはかなり変質的で独断的、その場しのぎの口から出まかせで人をまるめこみ、規則を規則とも思わず破りまくったりもする。しかしバラヤーに対する揺るぎない忠誠心と愛国心、貴族として正しいことを貫こうとする信念、他者に対する限りない優しさ、そういったものに支えられて人間味溢れる愛すべきキャラクターとなっていると思う。



2001年10月01日(月)
□『バラヤー内乱』 ★★★★☆

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
幼年皇帝の摂政として惑星統治を委ねられた退役提督アラール。だが、その前途に暗雲は忍び寄り、反旗は一夜にして翻された。首都は制圧され、この辺境の星は未曾有の窮地に立たされる。アラールの妻コーデリアは五歳の皇帝を預かり、偏境の山中へ逃れるが…。シリーズの主人公となるマイルズの誕生前夜の激動を描き、ヒューゴー賞・ローカス賞を制したシリーズ中の白眉!

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガシリーズの番外編といった作品その2。マイルズがうまれる直前に起きたバラヤーのクーデターの話で、結婚まもないコーデリアが主人公。

 エザール皇帝は崩御し、その息子セルグ王子もエスコバール戦で亡くなっていたため、幼いグレゴールが皇帝となる。その摂政役としてアラールが任命される。古い因習を固持しているアラールの父親のピョートルは、外世界人のコーデリアの自由な考え方が気に入らなかったものの、彼女がマイルズを懐妊したため少し態度も緩和する。摂政妃として次第にバラヤーでの知り合いもでき、グレゴール皇帝の母カリーン妃とも親しくなるコーデリア。しかしアラールの政敵の挑発に乗った一人の貴族に夫婦は襲撃され、毒ガスを浴びる。

 幸いアラールにもコーデリアにも命には別状なかったものの、毒を中和する薬の副作用で、胎児だったマイルズは脆い骨という大きなハンデを背負うことになる。バラヤーには奇形児をミュータントとして忌み嫌う古い因習があり、ピョートルにとっては自分の血筋からそういった子孫が生まれることが耐えられず、強行に中絶を勧める。コーデリアとアラールは断固反対し、マイルズは人口子宮に入れられて厳重な治療の元で育てられることになる。

 そんな折グレゴールの母親に取り入った一派がクーデターを起こす。機密保安庁に何とか助け出されたグレゴールを預けられ、コーデリアはピョートルや忠臣ボサリと共に、彼を連れて山の中を逃げ落ちる。皇帝を守って大活躍のコーデリア。最後はマイルズの入った人口子宮を取り戻すため、敵の手中にある城に潜入、大立ち回りを演じる。子を持つ母は(たとえ内気なカリーン妃でも)強しというストーリー。コーデリアのあまりの逞しさに、さすがの堅物のピョートルも以後文句が言えなくなる。そりゃ、クーデターのさなか、「私が買ってきたものをご覧になりたい?」と言われて“あんなもの”を見せられた日には無理もないでしょう。ベータ人のコーデリアも実はずいぶんとバラヤー的になってます。

 シリーズ全体を通じてバラヤーの政治闘争はなかなかのもので、このシリーズの一番の主役は実はバラヤーという封建社会そのものなのかもしれない。

 マイルズは生まれてからも障害を抱えてずいぶん苦労してる。生まれる前もずいぶん難しい状況だった。エピローグで5歳になったマイルズが登場している。マイルズの誕生に懐疑的だったおじいさんのピョートルのことも大好きである。またこの頃から他人をうまく自分の目的のために動かすコツを持っていて、成長したときの性格がうかがえる。マイルズの視点でないのが少し残念だ。


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