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2001年09月30日(日)
□『名誉のかけら』 ★★★★☆

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
ベータ星の女性艦長コーデリアは新発見の星を上陸探査中、見知らぬ敵に襲われる。彼女を捕らえた男はヴォルコシガンと名乗った。こんな宙域にいるはずのない辺境の星バラヤー軍の艦長だ。だが彼は、なんと部下の反乱にあって一人とり残されたのだという。捕虜の身ながら、彼女は持ち前の機転で指揮権剥奪に協力することに…後にマイルズの母親となるコーデリアの、若き日の活躍!

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガシリーズの番外編といった作品で、若かりし(といっても33歳だが)日のマイルズの母コーデリアが主人公。

 惑星で調査に出かけていたコーデリア・ネイスミスがベースキャンプに帰ってくると、キャンプは何者かに襲撃され、残骸となっており、残りの隊員は艦に避難していた。艦に撤退命令を出し、隊員と二人だけとなったコーデリアだが、「コマールの殺し屋」として悪名高いバラヤーのアラール・ヴォルコシガン(マイルズの父)の捕虜となる。彼は部下の謀反に合い、一人放り出されていた。指揮権を奪回するために補給基地へ向かおうとするアラール。部下を神経破壊銃で打たれ廃人にされてしまったコーデリアは、捕虜宣言をして共に補給基地へ。食料もほとんどなく、未知の惑星の生物に襲われたりしながらの徒歩での強行軍。アラールは、男の真似をするでもないのに職業軍人に徹しているコーデリアに次第に恋心を抱く。
 補給基地で、なぜこの惑星にバラヤー軍がいるのか察知したコーデリア。アラールに借りを返し、ベータへと脱出する。アラールと再会したのは、エスコバール戦でバラヤー軍の捕虜となった時だった。

 コーデリアとアラールとのラブロマンスといった要素が少し強い。しかし二人の立場は対立しているし、そんなに若くない二人はお互いに過去も背負っていてなかなか進展しない。一方バラヤーの階級闘争やアラールが皇帝から引きうけた極秘任務は血なまぐさく政治的。またエスコバールでの戦争などは戦略的と、恋愛要素ばかりが強いというわけではない。
 コーデリアはきまじめで、意外とおろおろしてたり気弱だったりするけれど、表面上はそうは見えず単身敵の真っ只中に潜入したりと活躍する。自由なベータ人から見たバラヤーの封建社会の奇妙さが語られている。

 マイルズのシリーズとのからみで言えば、セルグ皇太子とヴォルラトイェル提督のからんだ極秘の事件がここで起きる。マイルズの忠実なる侍臣、フランケンシュタインのようなボサリもからんでいる。また、アラールが子供の頃起こったバラヤーの内乱や、アラールが活躍したコマールでの作戦についても触れられていて、バラヤーの歴史を知ることができる。書かれた年代としてはこちらの作品のほうが古いので、これから読み始めても問題ないと思う。面白いけれどマイルズが出てこないのが不満(笑)。



2001年09月28日(金)
□『五輪の薔薇』(上・下) ★★★★★

著者:チャールズ・パリサー  出版:早川書房  [MY]  bk1bk1

【あらすじ】(カバーより)
すべての発端は、4枚の花弁を持つ薔薇を中央と四隅とに一輪ずつ並べた“五輪の薔薇”の意匠だった。少年ジョンは、母メアリーとの散歩の途中で目にした豪華な四輪馬車を飾る紋章に、なぜか自宅の銀器類と同じその薔薇の意匠がほどこされていることを知る。ほとんど屋敷から出ずに母と二人で暮らすジョンにとっては、そもそも半幽閉的な自分の生活そのものが謎だった。そして、自分に父親がいないことも。ジョンの問いかけにたいし、かたくなに返答を避けてきたメアリーだったが、ある日、自分達には邪悪な敵がいて、ジョンの身の安全のために、今こそ重大な選択を迫られているのだと告白する―。出生の秘密、莫大な遺産の行方、幾多の裏切り、そして未解決の殺人事件と、物語文学のあらゆる要素をそなえ、読者を心地好い迷宮へと誘う、波乱万丈かつ複雑に入り組んだプロット。文豪チャールズ・ディケンズ、ウィルキー・コリンズの作品世界をも凌駕する超弩級の大作が、ついにそのヴェールを脱ぐ!

【内容と感想】
 SFばかりが続いて来たのでそうでないものを。

 この小説は、19世紀初頭のイギリスを舞台に繰り広げられる遺産相続にまつわる陰謀を題材とした、ミステリーというよりは大河小説(?)。作者が12年もかけて書き上げただけあり、プロットが非常によく練られた傑作で、小説としてもエンターテイメント的にも秀逸である。しっかりした構成力、よく調べられた時代背景。謎に満ち、スリリング。それでいて、それらがちゃんとからみ合いながらしっかりと伏線が張られている。複雑な人間関係が次第に暴かれていき真実が見えて来るに連れ、あーそうだったのかという驚きがある。これだけ良質な小説を読むと、最近の安易な筋立てで勢いと雰囲気だけで書かれた薄っぺらいものは、読めなくなる。欠点は1冊4000円、上下巻合わせて8000円という値段。さすがに高い。それでもそれを払うだけの価値は充分あると思うのだが、やはり図書館で借りるのが良いかも(笑)。それと建石修志氏の装丁のコラージュが素晴らしい。

 主人公ジョン・ハッファムは、本来ならば莫大な遺産を相続しているはずの少年。しかし遺言補足書と、その後に書かれた正式な遺言書が隠匿されてしまったため、相続していない。けれども正式な相続人であるため命を狙われており、母メアリーと素性を隠してほとんど外出もせず隠遁生活を送っている。
 それなりのお屋敷で使用人に囲まれて暮らしていたのだが、お嬢様育ちの母親はあまりにも世間知らずで、無謀な投機に手を出すようはめられてしまう。まだ子供であるため事情を全く知らされていないジョンは、屋敷を抜け出してしまい、彼ら親子の敵に見付かってしまう。信頼していた人達に裏切られ、大して多くなかった持ち金を失なってしまう二人。身を隠すためにロンドンへ夜逃げのように引っ越すが、あまりにも無防備で、あっという間に身ぐるみはがれて路頭に迷うのである。
 親子二人で貧しい生活が始まる。ロンドンの底辺の生活は凄まじく、苦労を重ねるジョンとメアリー。生きるために持ち物を売らねばならなくなり、またも敵に見付かってしまう。検体用の死体盗人どうしの抗争や下水漁りで身をたてる一家との出会いなど、この時代のロンドンの最下層の生活が描かれていて壮絶である。
 ジョンの縁戚関係にあたる五つの家系の人達が入り交じり、莫大な遺産をめぐって対立が繰り広げられる。陰謀に次ぐ陰謀。味方が誰で、敵は誰なのか。ジョンの祖父を殺したのは誰なのか。陥れられどんどん苦境に追い込まれていくジョン。身を護るために隠された正式な遺言状を手に入れなければならないのだが、その隠し場所が家紋を使ったカラクリ仕掛けとなっていて、その辺の謎解きも見事だ。最後の方で、謎が次々と明らかにされていくのが圧巻である。

 最後に一つだけ。章の終わりにところどころ家系図が載せられているんだけど、その章が終わるまで見てはいけません。特に下巻の巻末の家系図は、読み終わった後で見ましょう。でも、見たくなっちゃうのよね(笑)。



2001年09月26日(水)
■『パーンの竜騎士8―竜の挑戦』(上) ★★★☆☆

著者:アン・マキャフリー  出版:早川書房  [SF]  bk1

【内容と感想】
 未開だった南ノ大陸で「アイヴァス」が見付けられる。2500年前の歴史が明らかになり、人々は自分達の暮らしを大きく変えるであろう「アイヴァス」に驚愕する。しかも長年パーンの人々を苦しめてきた糸胞を根絶できる可能性があるという。竜騎士達は一致団結して糸胞の根絶にあたる決意をする。竪琴師ノ長ロビントンや師補ピイマァ、竜騎士フ‐ラルやレサ、ジャクソム等は「アイヴァス」からより多くを学ぼうとし、各工舎も過去の知識を得て大きな恩恵を受ける。しかし「アイヴァス」を「忌わしいもの」と呼び快く思わない人々もいて、「アイヴァス」は何者かに襲撃される。

 どうしても4年間という短期間で、糸胞を根絶するための準備をそこまでするのは無理だろうという気はするが、作者自身もそれは認めていて、ストーリーテーリング上それもやむなしとしているので、きっとそれでいいんだろう。それと、いくら「アイヴァス」が優秀という設定であってもそこまで機能はしないだろうとか、2500年も物理的に無事な状態でいるのは劣化もするしさすがに無理だろうとかいろいろ疑問に思うところはある。が、きっとそれにも目をつむるべきなんだろう(笑)。
 
 しかし一番の問題点は、せっかく竜のいる独特の世界と独特の古めかしい言葉でこの世界のイメージがを確立されているのに、普通の呼び方をしてしまうことによってその世界観を壊してしまうことだと思う。馬はこの世界では「早駆け獣」だし、ガラスは「玻璃」なのである。パーンの世界は中世の世界だからこそいいのであって、文明が進んでしまってはどうしてもつまらなくなってしまうと思うんだけど。

 とはいえ糸胞との戦いにけりをつけ、このシリーズを集結させるには、こういう思いきった手を使わないと集結しないんだろうし、外伝とのからみも出てくるのでこういった展開でも仕方がないのかも。最後に竜と竜騎士達がどういった活躍をするのかを、下巻に期待するということで。



2001年09月25日(火)
【パーンの竜騎士シリーズ】

著者:アン・マキャフリー  出版:早川書房  [SF]

【シリーズ紹介】
 『パーンの竜騎士(8)―竜の挑戦』(上)を読み終わったのだが、いきなり(8)から紹介するのはあんまりな内容なのでまずはシリーズの紹介を。

 このシリーズは一応SF的な意味付けはされているけれども、シリーズ名に竜騎士とついていることからもわかるように、竜にまたがる騎士が中世の世界で活躍するストーリーで、どちらかといえばファンタジーの範疇に入るかもしれない。独特の世界観が詩情にあふれていて魅力的で、世界観を楽しみたい人にお勧め。この作者の話はパートナーとの絆ということが大きなテーマとなっているものが多く、このシリーズも竜と竜騎士との固い絆がテーマとなっている。

 ルクバト星系の惑星パーンには、糸胞という何でも食い尽くしてしまう細菌の一種が、赤ノ星が近付く時期に定期的に降る。元々は地球から移住してきた人々が2500年に渡ってこの地で定住し、糸胞と戦ってきた。移住当時の知識は廃れてしまい、社会的には中世の時代となってしまっている。ただこの世界には騎士は居ても忠誠を誓う象徴となるべき王や姫などはおらず、戦う相手も意志を持たぬ胞子状の生物である。また竜騎士の住む大巖洞、一般市民の住む城塞、職能集団の住む各工舎がおのおの権力を分担して持ちあっている。

 パーンの竜は、元々は火蜥蜴と呼ばれる竜に似た土着の生き物を遺伝子組換えによって改造したもので、人間と一種のテレパシーで意思の疎通ができる。感合ノ儀によって卵の孵化した時に竜が自分のパートナーとなるべき人間を選び、その選ばれた人間が竜騎士となる。竜と竜騎士は深い結びつきを持ち、死ぬまで(もしくは死んでも)その絆が絶たれることはない。
 また、竜は空間を瞬時に移動する能力も持っている。どこかに移動するときにいは一旦間隙と呼ばれる何もない極寒の亜空間に入り、行きたい場所に出る。大変危険だが時を越えることもできる。
 竜の種類にも色により様々な種類があり、その役割が決まっている。そういった細かな慣わしや儀式といったものがこのシリーズの魅力の一つとなっている。

 構成としては、ある一つの時代が取り上げられていて登場人物が時と共に歳を重ねながら移り変わっていく本編と、その他の時代で活躍し、伝説となっている外伝の2種類がある。科学的にはどうとか社会的にも無理だろうとか、そういった細かいヤボなことは言わずにストーリーや世界観にひたって楽しみなさいといった作品(笑)。



2001年09月24日(月)
□『ヴォル・ゲーム』 ★★★★☆

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(目録より)
苦難のあげく士官学校を卒業し、初任務に胸高鳴らす新人少尉マイルズ。宇宙艦隊を希望していた彼を待っていた初の任官先とはなんと人里離れた孤島の気象観測基地!問題児の彼がこの退屈きわまりない任務を勤められれば宇宙船に乗せてやる、というのだが……当然ここでもマイルズは騒動の渦中に。ユーモアと冒険のヒューゴー賞受賞作。

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガシリーズで、マイルズが20歳の時の話。「喪の山」のすぐ後にあたる。バラヤーの主要銀河ルートの一つヘーゲン・ハブで軍備増強の動きがある。ここを宿敵セタガンダに押さえられては困るバラヤーは、近隣で元デンダリィ傭兵艦隊が雇われているのを有利に活かそうとマイルズを送りこむ。武器商人に変装して接触を謀るマイルズだったがトラブルに巻き込まれ、収容された所で出会ったのは家出したバラヤーの若き皇帝グレゴールだった。
 ただでさえ不穏な状況下、下手に動くと星間戦争になりかねない。皇帝の継承権を持つマイルズは、グレゴールに万一のことがあれば政治的に落とし入れられる危険もある。デンダリィ隊も今では内部で反乱が起きていてあてにできない。上官とも連絡が取れず、マイルズは独断で突っ走る。

 本物の権力を生まれながらにして持ちながら、自分にそれだけの度量があるかと悩む皇帝。象徴としての地位を抜きにして、自分が果たしてどこまでやっていけるのかを試したいと願う。それと対照的に、権力を手にしたい者達は彼を自分の側につけようと画策する。権力と責任とは何なのかを考えさせられる。マイルズは友人として、臣民としてグレゴールを助け出すために策略を練る。
 今回はマイルズが新米の兵士として登場しているが、その器に収まりきれず上官を振りまわしてしまう。暇を持て余せば基地の機能を一発で止める個所を割り出してみたり、機密保安庁のファイルの保安上の穴を指摘したりする(覗いた後で)。でも結局は彼も、ヴォル(貴族)という親譲りの特権をひけらかして昇格するのでなく、自分自身の実力でヴォルとしての自分の地位を獲得するためにがんばっているのである。



2001年09月22日(土)
『天空の遺産』(未読)

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
敵星セタガンダ帝国の皇太后が急逝し、マイルズがバラヤー代表として派遣された。だが行く先々でトラブルを引きあてる彼のこと、今回も…。遺伝子管理によってセタガンダを支配してきた皇太后は、帝国のゆきづまりを察知し、密かに大きな賭けに出ていたという。そしてその死に乗じて銀河を揺るがす陰謀が。後宮に残された美女たちのため、彼は厳命を破って単独行動に出るが?

 ヴォルコシガン・サガの新刊が出ました。わ〜い。マイルズが22歳の時の活躍のようです。原題は『CETAGANDA』。これから読みます(笑)。



2001年09月20日(木)
□『火星夜想曲』 ★★★★★

著者:イアン・マクドナルド  出版:早川書房  [SF]  bk1

【あらすじ】(目録より)
時間を自在に渡る火星の“緑の人”を追って、アリマンタンド博士がたどりついた砂漠のオアシス。そこに徐々に人々が住み着き、<荒涼街道>という町ができた。住人たちはさまざまな驚異と奇跡を体験してゆくが……半世紀にわたる火星の物語を詩的に織りあげ『火星年代記』の感動を甦らせる、叙情にみちた話題作。

【内容と感想】
 荒涼とした火星の砂漠に、デソレイション・ロードというひとつの街が建設され、人々が集い、街が膨れ上がり、巨大企業ができ、やがて衰退していく様子を描いた物語。火星に緑の小人(さすがにタコ型ではないが)が登場する、今となっては夢の様な(笑)SF。最初はタイトルが感傷的なので興味を持たなかったが、読んでみたらそんなことはなかった。

 何と言ってもこの物語は淡々としたその語り口が非常に詩的で、魅力的である。フルネームで綴られる登場人物の名前の響き、火星の砂漠に吹きすさぶ風、砂、荒涼感。デソレイション・ロードに入植した住民それぞれのエピソードが、タペストリーを織りなす糸の様に鮮やかに綴られる。皆一風変わった個性的な人々で、様々な欲望に突き動かされ行動している。現実感は全く薄く、荒唐無稽で物語的要素が強い。

 一応の主人公は街を創設したアリマンタンド博士だが、その他にも変な人達が大勢登場し、同じようなボリュームで語られる。最後に街の運命をかけてアリマンタンド時間巻上機(ネーミングのアナクロさが良い)を廻る争いになる。

 ただ登場人物があまりに多いため、誰がどの人だかわからなくなる。しかも街の住人の家族一人ひとりのことまで誰が何をしたか事細かく書かれているため、把握しきれなくなりがちである。しかしそれを補って余りある魅力的な世界が展開される。雰囲気を楽しむ小説で、その評価はSFファンの中でも意見はいろいろ別れていたけれど、私としては非常に気に入った作品。



2001年09月19日(水)
□『無限の境界』 ★★★★★

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(目録より)
勇気と智略を武器に難事に挑む傭兵提督マイルズが回想する冒険の数々。敵星の捕虜収容惑星からの一万人の大脱走の顛末を綴った表題作のほか、故郷の山村で起こった嬰児殺害事件の捜査に赴く「喪の山」、腐敗した商業惑星の遺伝子工学実験場への潜入行を描く「迷宮」など、ヒューゴー賞/ネビュラ賞/ローカス賞に輝く傑作三篇を収録。

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガ・シリーズ。『親愛なるクローン』の後地球に帰ったマイルズが、上官に金の使い道を問われて昔を懐古するというオムニバス型式でまとめられた短編集。『喪の山』20歳、『迷宮』23歳、『無限の境界』24歳の時の話。このシリーズはこの作品から読み始めたが、短編なので取っ付きやすい。ただ少し時間関係でとまどうかもしれない。

「喪の山」:士官学校を卒業したマイルズが、任官する前の休暇中、父の治める領地で起こった殺人事件の捜査に派遣される。『戦死志願』と『ヴォル・ゲーム』の間の話。被害者は口唇裂の嬰児で、奇形を忌むバラヤーの僻地ではいまだに偏見が根強く残り、こうした間引きが行われていた。教育が遅れ、首都とは違って情報も入って来ない片田舎に来てみて、マイルズはあらためてバラヤーの実状に直面する。単に事件を解決するだけでなく、どうすれば彼らの為になり今後の偏見を無くしていけるのかを見すえた裁きに、彼の優しさが現れている。そういえば『戦死志願』でエレーナを連れてベータに向かったのも、バラヤーの古い因習に縛られて自分を過小評価しているエレーナに、外の世界を見せてやりたかったからだった。

「迷宮」:『ヴォル・ゲーム』と『親愛なるクローン』の間の話。クローンや臓器の売買といったことを合法的に行えるジャクソン統一惑星に潜入したマイルズは、改造戦士として遺伝子操作の実験で狼と掛け合わされて作られた女性、タウラを救出することになる。異常に力が強く怪物扱いされ、名前も持たない彼女だが、マイルズはちゃんとした人間として扱い、彼女の信頼を得て脱出する。その他にもクァディという無重力下での作業に適したように造られた種族が登場する。彼らは脚の替わりに手が生えている。クァディを主人公に、彼らが自分達で独立するストーリーが『自由軌道』で描かれている。

「無限の境界」:『親愛なるクローン』の直前の話。バラヤーを侵略した宿敵セタガンダの捕虜収容施設に、マイルズは単身乗り込みバラヤーの英雄の救出を図る。しかし事情が変わり、収容されている全員を助け出す作戦に変更される。収容所は一つの大きなドームで、中は無法地帯となっていて、食糧も人数分は供給されているんだけれども取り合いとなるため、弱いものには行き渡らないという状態となっていた。マイルズは身ぐるみはがれながらも次第に皆を説得し、集団に秩序を与え、集団脱走の機会を待つ。その手腕が見事で爽快である。

 このシリーズは主人公自体も大きな障害を抱えていて、それを個性と受け入れ、他との偏見と戦いながら成長していく物語だが、登場人物も弱いもの、不当に扱われているものが多く登場している。それでいて暗くはならずヒューマニズムに溢れている。マイルズの活躍が見事で面白い。



2001年09月18日(火)
□『戦士志願』 ★★★★★

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [SF] bk1

【あらすじ】(目録より)
貴族に生まれながら、生来の身体的ハンデのため士官学校の門をとざされた十七歳のマイルズ。一度は絶望の淵に立たされた彼だったが、とある事情で老朽貨物船を入手、身分を偽り戦乱渦巻くタウ・ヴェルデ星系へと船出した。だがさすがの彼も予期してはいなかった、抜きさしならぬ状況下で実戦を指揮することになろうとは!シリーズ第一弾。

【内容と感想】
 ヴォルコシガン・サガとよばれているスペースオペラシリーズで、このシリーズは何度もヒューゴー賞やネビュラ賞を受賞している。
 主人公のマイルズ・ヴォルコシガンは、バラヤーという惑星の摂政の息子。外宇宙に通じるワームホールが事故で長い間閉ざされ孤立していたバラヤーは、皇帝を中心とした軍人貴族ヴォルが支配する、封建的な独自の社会を築き上げていた。また、鎖国状態だったことで科学技術等が衰退してしまっていた。現在はワームホールも復旧し、最先端の科学技術や考え方が外宇宙から急速になだれ込んできている。
 マイルズの母は彼を身籠っていた時毒ガスで暗殺されかけた。その解毒剤の副作用でマイルズは骨が極端に脆いという障害を持っている。体力的には劣るマイルズが、鋭い洞察力と機転とはったりで様々な危機を乗り越えていく。バラヤーならではの政治的な権謀術数、バラヤーを取り巻く周囲の星々との関係も見のがせない。根本的に非常に優しいマイルズは、優しすぎるが故に傷付き、悩み、人間くさい。大変優秀な切れ者のくせに、せわしなく変なものをいじってみたり、妄想に耽ってみたり、暴走して突っ走ったりする。一種の躁鬱状態なのだが、それがこのシリーズの一番の魅力となっていると思う。

 本編はそんなマイルズが17歳の頃のストーリー。シリーズが書かれた順番と邦訳された順番が違うので、どういう順序で読めばいいのか迷うが、邦訳されたマイルズ自身が活躍するストーリーの中ではこれが一番若い頃の話である。

 士官学校の入学試験中骨折して失敗した傷心のマイルズ。そんな折、祖父のピョートルが息をひきとる。彼は良くも悪くも旧体制の象徴のような人物で、マイルズが彼の認識からするとミュータントであるのが気に入らない。試験に受かって祖父に見直してもらいたかったマイルズだが、それも叶わなくなる。
 気分転換をかねてマイルズは、母方の祖母の住むベータ植民惑星に旅行にでかける。お供は侍従兼ボディーガードのボサリとその娘エレーナである。しかし到着したベータで、成り行きで宇宙船を買い取るはめになり、またバラヤーからの脱走兵を家臣に加える。多額の借金を返すために少し怪し気な配達を引き受けたマイルズは、傭兵に封鎖されている戦乱の空域へと飛ぶ。
 持ち前の頭の回転の良さと話術と発想力で、戦争を突破していくマイルズ。デンダリィ傭兵艦隊を作り上げ、母方の性ネイスミスを名乗ってネイスミス提督となる。

 私はこれの前に『無限の境界』を読んでいたので、デンダリィ隊のできた経緯がわかって面白かった。戦術などは非常に骨太な内容なので、作者が女性と知り驚いた。もっとも話はここまで都合よく進まないだろうという所は多いんだけど、それを差し引いても面白い。いろいろな事件が次々と起こり、それをマイルズが次々と解決し、突破していく。最後はバラヤーでの陰謀に巻き込まれ、それを解決する手法も見事である。自分の居場所を求めて、自分の力でそれを勝ち取るという成長物語。

  • その他のヴォルコシガン・サガ
    『無限の境界』『ヴォル・ゲーム』『親愛なるクローン』/番外篇:『名誉のかけら』『バラヤー内乱』



2001年09月17日(月)
□『ソフィーの世界』 ★★★★★

著者:ヨースタイン・ゴルデル  出版:日本放送出版協会  [FT] bk1

【あらすじ】(カバーより)
ソフィーはごく普通の14歳の少女。ある日、ソフィーのもとへ1通の手紙が舞い込んだ。消印も差出人の名もないその手紙にはたった1行、『あなたはだれ?』と書かれていた。思いがけない問いかけに、ソフィーは改めて自分をみつめ直す。「わたしっていったいだれなんだろう?」今まで当たり前だと思っていたことが、ソフィーにはとても不思議なことのように思えてきた。その日からソフィーの周りでは奇妙な出来事が次々と起こり始めた…。

【内容と感想】
 ノルウェイの高校で哲学の教師をしていたゴルデルが教師をしながら書き上げた作品で、世界的なベストセラーとなった。日本でもずいぶん話題になったが、ベストセラーになるだけのことはある優れた作品。

 14歳の少女ソフィーは、自分宛の手紙に「あなたはだれ?」「世界はどこからきた?」とあり夢中になる。しかも手紙自体が謎に満ちていて、差出人にも心当たりがない。また、ソフィー気付でヒルデという見知らぬ子供宛にその父親から謎のバースデーカードも送られてくる。ソフィーの受け取る手紙は次第に哲学を分かりやすく歴史を追って解説したものになっていき、ソフィーは世界を驚きの目で見つめ直し、深遠な世界の謎を解こうと考える。
 哲学の解説とソフィーのみずみずしい日常生活が交互に語られ、彼女が考え成長して行く過程が描かれる。しかし物語りは入れ子式になっていて、自分自身の存在を揺るがされる仕掛けが凝らされている。



2001年09月08日(土)
■『危険のP』 ★★★☆☆

著者:スー・グラフトン  出版:早川書房  [MY] bk1

【あらすじ】(カバーより)
老医師には、その夜まで特に変わったようすは見られなかった。だが、勤め先の老人ホームでいつものように職員たちに声を掛けたあと、駐車場から車を出して帰宅の途についたはずの彼は、そのまま煙のように消え失せたのだ。当初は警察も事件性は薄いと見ていたが、その後九週間を過ぎても、その消息はまったくつかめなかった…

失踪したダウ・パーセル医師の前妻フィオナの依頼で、マスコミを騒がせたこの失踪事件を調査することとなったキンジーだったが、調査は遅々として進まない。老医師の家族関係は二度の結婚で複雑に入り組んでいたうえ、勤め先の老人ホームには医療詐欺の疑いがかかっている。六十九歳のダウを失踪に走らせたのは、どちらの理由なのか?そもそも、彼は自らの意思で失踪したのだろうか?粘り強い調査を続けるキンジーは、やがてある発見をするが…

ファンの熱い指示を受け、好調にミステリ界のトップを走り続ける人気シリーズ。人生と社会の闇に挑む、最新作。

【内容と感想】
 女性作家が書く、女性探偵の活躍するハードボイルドの草分けとなった、キンジー・ミルホーンシリーズの第16冊目。「アリバイのA」に始まってA〜Pまで続いてきた。

 9カ月前に行方不明になったダウワン医師の行方を捜してくれと、キンジーは医師の別れた妻フィオナから依頼される。医師が経営面で責任を持っていた診療所では不正が働かれており、度重なる書類の査察が行われていたことが判明。現在の妻クリスタルや、不動産を所有している共同経営的な立場になっている他の2人からも話を聞き、診療所で聞き込みをする。

 一方、事務所の移転先を探していたキンジーは、理想的な物件を見つけて契約する。家主の弟に気に入られ迫られるキンジー。しかし実際はとんでもない物件である事が判明し、彼女はトラブルに巻き込まれてしまう。

 相変わらずインデックスカードで情報を整理し、こっそり家宅侵入する。そして抜群の観察眼で医師の行方を探し出す。依頼された仕事はそこまでだけれど、彼女は自分の好奇心を満たすためにさらに探りを入れる。不正を暴き、殺害の証拠を見つけだす推理力は抜群である。珍しく(というかたぶん初めて)「以上報告します。キンジー・ミルホーン」というくくりの決まり文句がなかった。



2001年09月03日(月)
■『終わりなき平和』 ★★★★☆

著者:ジョー・ホールドマン  出版:東京創元社  [SF] bk1

【あらすじ】(目録より)
神経接続による遠隔歩兵戦闘体での戦いが実現した近未来。連合国は中米の地域紛争に対し、十人の兵士が繋がりあって操作するこの兵器を投入し絶大な戦果をあげていた。一方このとき人類は、木星上空に想像を絶する規模の粒子加速機を建造し、宇宙の始まりを再現する実験に乗り出していた。ヒューゴー賞・ネビュラ賞・キャンベル記念賞受賞

【内容と感想】
 ナノ鍛造機により物が何でも造り出せる連合軍と、その技術の使用を制限され食べるために働き続ける中南米やアフリカとの間で、長期間に渡って戦争が行われていた。主人公ジュリアンはアメリカの機械士で、頭にジャックを持ち、ケージに入り、遠隔操作で戦闘ロボットを操って戦っている。通常は小隊の10人全員と精神移入で精神、肉体感覚、記憶を共有し、考えたこと、感じたことが全てお互い筒抜けとなる。それはある意味Sexよりも深いつながりで、一体感があるため、切り離されると深い喪失感を伴う。兵士達は1か月のうち10日間をそうして他人と接続されて兵につき、残りの日数を切り離されて本来の職業に就いて民間人として仕事をしている。戦争で小隊のメンバーが死んだりすると、自分の一部が死んでしまったように感じ深い喪失感を味わう。

 ジュリアンの一人称で話が展開される部分と三人称で展開される部分が入り交じっていて、最初とまどった。恋人のブレイズは接続のためのジャックを持っていないため、海外で手術を受けるが失敗する。機能が失われる前のごく短時間、ジュリアンと接続し、深い共感を得る。かたやジュリアンは、これまで実際の戦闘で人を殺したことはなかったのだが暴動の鎮圧に失敗して、はずみで一般人の少年を殺してしまい、深く絶望する。

 そんな時、ブレイズの手伝っている研究により、木星で行われている実験プロジェクト「ジュピター計画」が世界を滅ぼす危機を孕んでいることが明らかとなる。しかもそれが戦争で使用される可能性があるため、人類全員が平和主義にならないと危険な状態になる。精神移入で共感の研究を進めているジュリアン達の友達の教授が、精神移入を2週間続けていると他人の事も自分の傷みとして感じるようになるため、総じて「人間化」して暴力的行為ができなくなることを明らかにする。彼らは軍のジャック持ちから始めて無血革命をおこす決意を固める。それを終末主義者の危ない教義に毒されたものたちが、ジュピター計画の阻止をやめさせるために暗躍しはじめ、物語は一気に展開して行く。

 自分と他人を隔てる壁がなくなる時、人はどう変わるのか。
「それは人間とは言えないんじゃないか。」「人間の半分は最初からManじゃないわよ。」(本文より)

一ヶ月のうち10日も黒人の肉体に入って過ごしていれば黒人が劣っているとは考えなくなるものだ。(本文より)

 この作品は1975年に発表された『終わりなき戦い』という作品で描かれている戦争を別の側面から見て書かれたものだそうだ。時代的な手直しを加えて、1996年に本作が発表された。(2003年4月1日更新)


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