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2003年11月25日(火) 携帯持たず者の苦悩

先日、いま評判のあるレストランに予約の電話を入れたときのこと。
受話器の向こうの若い女性に連絡先をと言われ、「〇六−△△△△−××××」と告げたところ、「いえ、携帯のほうです」と言う。
「自宅しかないんです。携帯持ってないので」
「あの、ご予約のお客様には携帯の番号をちょうだいすることになってるんですが」
「自宅の番号でなにか不都合あります?」
「お時間に来られなかった場合に連絡させていただくので、携帯でないと」
「でも、ほんとに持ってないんですよ」「それでは当店も困るんです」の押し問答の末、間違いなく時間通りに伺いますから、無断キャンセルなんてしませんから、と言ってなんとか予約を勝ち取る。
そして受話器を置いたあと、驚きにも似た感慨が私を包んだ。
「こういう若者相手の店は、客が携帯を持っていないなんてことはありえないと思ってるんだなあ」
というのも、ひと月ほど前にカラオケボックスを予約したときにも、私はフロントの店員との間でまったく同じやりとりを経験していたのである。いったいいつの間に携帯持たずにとってこんなにやりにくい世の中になっていたのだろう。
私が携帯を持たないことに確固たるポリシーがあるわけではない。いつどこにいても捕捉されてしまうことに対する拒否感からでも、電磁波への恐怖からでもない。なくても別段困らないというだけの話。
あれば待ち合わせのときには安心だろうなあ、とはたしかに思う。が、私とそういうシチュエーションになりうる人たちは例外なく携帯を所有している。相手が時間になっても現れなければ公衆電話からかければよい。
公衆電話を見つけるのに難儀することはたまにあるが、途方に暮れるというほどのことではない。それゆえ月々数千円を払ってまで持とうという気が起こらないのだ。

しかしながら最近気づいたのは、私はよくても、私が携帯を持たないことで知らぬうちに周囲に不便やストレスを強いているところがあるらしいということである。
最近、紅葉を見に行ったときのこと。約束の時間を過ぎても友人が一向に現れない。携帯に電話をするが、「電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため……」のアナウンス。まったくなにやってんだかと思っていたら、三十分ほど遅れてやってきた。
「えらいのんびりやん。何回電話かけても通じへんし」とクレームをつけたところ、寝坊したという彼女がなぜか私以上にぷりぷりした調子で言う。
「連絡取ろうにも家に電話したら留守電やし、あんた携帯持ってないしでできんかったんやん」
思わず「そうやったん、ごめんごめん」と謝りながら、ん?ちょっと待てよ。私が悪いんかい。
近くサイトを通じて知り合った方と食事をする予定があるのだけれど、待ち合わせ場所で無事に会えるかしらと思っていたら、昨夜彼女から顔写真が届いた。
「当日のお楽しみにしておきたかったけど、会えないと困るので送ります」
つい何日か前にも、ちょくちょく会う日記書きさんから「携帯を持つ予定はないの?プリペイド式でも持ってくれてると便利なんだけど」と言われたばかりだ。予約の際に店員を困惑させるくらいのことはどうってことないが、こんなふうに友人をやきもきさせねばならないのは少々心苦しい。

以前勤めていた会社の同僚の結婚式の二次会の案内が届いた。見ると、「当日は携帯を忘れずにご持参ください」とある。
どうしてかしらと思い、幹事に尋ねたところ、出し物の中で使用するのだという。受け付け時に紙に携帯の番号を書いて箱の中に入れる。司会者がそれを引き、記されている番号をダイヤル、携帯が鳴り響いたあなたが当選者!という寸法だ。
な、なぬうー。じゃあ携帯を持たぬ私は「素敵な賞品がドシドシ当たるクジ引き」に参加できないということではないか!……と憤慨したら。
「大丈夫。いまどき携帯持ってないのなんてあんたくらいのもん。会場がシーンとしたままだったら小町が当たったってことやから」
ホームの先端に設けられた喫煙場所で頭を突き合わせるようにしてタバコを吸っている人たちを見るにつけ、肩身狭いねえと気の毒に思っていたけれど、昨今は携帯持たずに吹く風もたいがい冷たい。

【あとがき】
携帯を持っていないと言うと、初めて会う方に不安がられます。うん、たしかに。でも昔はそれが当たり前だったから。私は時間に遅れず必ず行くので、心配ないです。


2003年11月23日(日) 京都にて

大学時代の友人と紅葉を見に京都に出かけた。
この友人というのが四季折々の風景を楽しむことに執念を燃やす人で、春は花見、夏は川床、秋は紅葉、正月は初日の出を制覇しなければ気がすまない。初日の出以外は雨に降られたときのことを考えて何日か予備日を設けておくという周到さである。この秋の紅葉もすでに奈良と滋賀で見てきたらしい。
その彼女が電車の中で残念そうに言うには、今年の紅葉は全然だめなのだそう。秋らしい秋がなかったためか発色が悪く、全体的に地味だという。そういえばインターネットの紅葉情報でも、「中途半端な色変わりで期待薄。葉数も少なく弱っている」「色づき停滞。見頃待たずに散りの感じ」といったコメントが目立っていたっけ。
しかし、携帯の待ち受け画面に昨年撮ったそれは見事なモミジを設定している彼女は、これをなんとしても今年の分に差し替えるんだと闘志満々。
そんなことを話しているうちに嵐山駅に到着。嵯峨野の竹林をしばらく行くと、左手に縁結びで有名な野宮神社が現れる。
が、あれ?彼氏いない歴三十二年を誇る彼女が素通りしようとするではないか。
「ちょっとちょっと、お願いしとかなくていいの?」
彼女は首を横に振る。地主神社も鈴虫寺も若王子神社も、京都にある縁結び系の寺社はとっくに総ナメ。それどころか何度もリピートしたがちっとも効き目がない、今度出雲大社でお願いしてくるからいいのだと言う。
「そのために松江まで行くの!?」
「出雲大社はほんまに効くらしい。確率は三分の二やって」
なにが三分の二なのかよくわからないが、それよりさらに確実なのは十キロ痩せることだろうな……と思ったのは内緒だ。
でもせっかくここまで来たんだし、ととりあえず境内に入る。
なんだかんだ言いながらも柏手を打つ彼女。そのあいだ私は掛所に奉納されている絵馬を眺めていたのだけれど、ちょっとびっくり。なぜなら、「山田花子さんと両思いになれますように。田中一郎」というふうに、思いを寄せている相手の名をずばり出しているものがとても多かったからだ。
たしかに「大好きなあの人と」なんて具合にぼかして書いたら、効き目が薄れそうではある。でもだからといって、人の名を勝手に書いて不特定多数の人間の目に触れる場所に掛けてしまうというのは、私にはできないことだ。
もしどこかの神社でたまたま目にした絵馬に「愛しい小町さんと結ばれますように。一郎」なんて書いてあったら、その後彼に対して用心深くなるにちがいない。合格や健康の祈願ならともかく、恋愛の成就を絵馬に託そうとするセンスもノーサンキューだ。
野宮神社を後にし、さらに奥に数十分歩いて目当ての常寂光寺へ。
なるほど、彼女の言うとおりモミジの色づきがいまひとつどころか、いまみっつくらいよくない。石段をのぼり一番上まで行くが、夕日のような赤やオレンジはほとんど見ることができない。満足に色も変わっていないのに葉の先が縮れ、散りの準備をはじめている木も少なくなかった。
紅葉には一家言ある友人はもちろん、彼女ほどそれに執着のない私もせっかく京都まで来たのに、と不完全燃焼な気分。
しかし、嘆いてもしかたがない。気を取り直して母校の大学をのぞいていくことにした。
七、八年ぶりになる。校舎が立て替えられ、風景が変わっていた部分もあったが、そこは間違いなく私が青春と呼ばれる時期を送った場所だ。
壁に隙間なく貼りつけられたサークルのポスターを見て、「入会希望者はBOXまで」というフレーズに懐かしさが込み上げる。食堂を覗けば、当時よく食べていたメニューを見つけて感激。構内を仲良く歩いているカップルの姿に、好きだった男の子のことをちょっぴり思い出したりも……。
そうそう、私はいまだかつてペアルックをしたことがないけれど、「時間差ペアルック」ならある。付き合いはじめたことをまだ誰にも話していなかった頃、彼がいたずら心を起こして自分のシャツを私に無理やり着せたことがある。その格好でゼミに出たら案の定一発でバレてしまったのだが、教授にまで冷やかされながら「ま、そういうことですわ」と彼がすました顔で、しかしどこかうれしそうに言うのを見て、もしかしてみんなに言うきっかけがほしかったのかな?と思ったのだった。
この人を振る女の子はいないだろうと思わせる人だった。幸せに暮らしてくれているといいな。
紅葉は残念だったけれど、ひさびさの京都は私にたくさんの手土産を持たせてくれた。

【あとがき】
本文と話は違いますが、おかげさまで先日10万ヒット達成しました。ありがとうと言わせてください。これからもまじめに書いていきますので(←これ、日記書きにおける私の信条)、よろしくお願いします。


2003年11月17日(月) 女はそのとき、どうしてほしいか

脚本家の内館牧子さんのエッセイに、ドラマの打ち合わせの最中、ある場面をめぐってプロデューサーと大もめしたという話があった。
それは男と女がホテルの一室で朝を迎えたシーン。ト書きはこうだ。

ホテル・室内(朝)
A子、ベッドで目を覚ます。
B男、すでに起きている。
A子、急いで服に手を伸ばす。


素人目にはどうということのないこの部分で、いったい何をもめたのかというと。
「彼女の服は先に起きていた彼が拾って、椅子かなにかに掛けておいたんだね」という、男性プロデューサーのなにげないひとことがきっかけだった。
内館さんは驚きながら答える。
「ええ?違うわよ、彼女は床に落ちてる服に手を伸ばしたのよ」
「じゃあ彼は先に起きて散らばってる服を見ても、そのままにしておいたってこと?」
「そうよ。散らばってる服を拾い集めて椅子に掛けるほど彼はデリカシーのない男じゃないわ」
「どうして?そのままにしておくほうがよっぽどデリカシーがないじゃないか」
そしてこの後、「服が椅子に掛けられてあったら、女は昨夜の自分と、拾い集めている男の姿のふたつを思い浮かべて、ダブルで恥ずかしくなるものなのよ」という内館さんと、「朝になって散らばってる服を見たら女が恥ずかしく思うことがわかってるからこそ、男は拾っておくんじゃないか」というプロデューサーとのあいだで喧喧囂囂の議論が繰り広げられたのだそうだ。
読みながら、「うーん、これはむずかしい」と思わず腕組み。内館さんの「掛けられてあったら余計恥ずかしい。放っておいてくれるほうがありがたい」もわかるし、プロデューサーの「さりげなく掛けておいてやるのが男の優しさだ」にも頷ける。どちらの意見にも、なるほどと私を唸らせる理が存在するのだ。
私だったらどうだろう。過去の記憶を総動員してこのシチュエーションを思い浮かべてみる。
そういうことをした翌朝、目を覚ますと彼はすでに起きており、「おはよう。よく眠れた?」と私に声をかける。が、笑顔を返そうとしたそのとき。ベッドの足元に脱ぎ捨てた服や下着が目に留まる。その状態を彼に見られたと知った瞬間、私は恥ずかしさのあまり再び布団にもぐり込んでしまうに違いない。なぜなら、それらが床に散らばっている光景が“見るに耐える”のは夜の帳が降りているうちだけだと思うから。
私はこういう部分、美しく言うなら「余韻」、ストレートに言うなら「残り香」にかなりの羞恥を感じる。家でない場所で目を覚ました朝、ベッドから出てさっとシーツを直したら、「几帳面なんだね」と言われたことがある。そうする女の子を見たことがなかったのかもしれないけれど、私はいつまでもシーツを寝乱れたままの状態にしておくのが恥ずかしいのだ。夕べのことを思い起こさせるからというより、朝日の差し込む部屋の中でそれはだらしのないさまに映るからである。
しかしながら、じゃあ服は拾っておいてほしいんだね?と言われると、困ってしまう。
目が覚めたとき、服が散乱している光景はたしかにみっともないけれど、だけど拾われてしまうのもつらい。私のだらしなさが生んだ状態でないことはわかっていても、拾い集めながら彼は一瞬、萎えたのではないかしら……。もしきれいに畳まれていたりしたら、私はかなりのショックを受けるだろう。
かといって、そのまま放置でシャワーを浴びに行くときにまたがれたりしていたらイヤだしなあ。でも腕枕をしてもらっている最中に、「あれ片づけなきゃ……」が頭をよぎるという事態も避けたい。
ああ、いったいどうしたらいいのー。
……ハイ、「彼より先に起きなさい」という話でありました。

【あとがき】
「自分だったらどうか」なんて今さらも今さらなのに、つい現役のつもりで思いをめぐらせてしまいます。「私にはもう関係ないし」なんて言わずに真剣に考えるところが自分のいいところだと思っております。コラ、そこ笑うなー。


2003年11月12日(水) 強制と自発のはざまで

ワールドカップバレーボールを見ている。
スポーツをビデオで見て面白いのかと言われそうだが、リアルタイムで見られないのだからしかたがない。いま行われているのは女子大会なのだが、毎回本当にいい戦いを見せてくれるのだ。
彼女たちがすばらしいプレーをすればするほど、私の胸は締めつけられる。おしゃれをしたい盛りに筋トレで体を鍛え、同年代の女の子がデートにいそしんでいるときにコートを転げ回って白球を追いかける。それは誰に強制されているわけでない、自身が選んだ道であるが、だからこそここに至るまでの日々に彼女たちがあきらめてきたもの、引き換えにしてきたものを思い、ぐっとくるのだ。
今回の全日本チームのメンバーには十九歳が二人、十七歳の現役高校生が一人いる。彼女たちを見ていると、その年の頃の自分を思い出す。
私も中学、高校の六年間はバレーボールに捧げた。思い出といえば部活のことしかないくらい、それ一色の生活。六時半に家を出て朝練をこなし、夜はボールが見えなくなるまでコートの上。口もきけぬほどヘトヘトになって帰り、まさにバタンキューの毎日。
週に一度体育館を使える日以外は屋外コートだったため、日焼けした手足はいつも傷だらけだった。炎天下に何キロも走ったり、腹筋や腕立て伏せを何セットもやったり、ミスをして顧問の先生に怒鳴られたり、ときにはビンタをされたり。それでもやめようと思ったことは一度もなかった。
よくあんなことをやっていたなあとつくづく思う。いまの私が義務でもないのにあの苦行に耐えられるかといったら、ぜったいに無理だ。社会に出てからというもの、意義や勝算や効率を顧みずになにかをすることができなくなった。顧問の「やれと言ったら黙ってやれ!」についていくことはもはや不可能である。
スポーツ選手を見ているとせつなくなるのは、自分が大人になってすっかり失ったあのひたむきさのようなものを思い出すからだ。

私は人生の最初の二十年近くを「単純」で「従順」でいられて、心からよかったと思っている。
少し前に「どうして子供は勉強しなくちゃいけないんですか?」「勉強しないとどうなるんですか?」という公文のCMがあったが、私はそんなことを考えたことがない。勉強はするもの、学校は行くもの。そのことに理由など求めなかった。だから、やらされているという感覚もなかった。
こんな私が尾崎豊の歌を理解することができないのは、むべなるかな。彼の歌ほど共感する者としない者とに分かれる歌はないのではと思うのだが、私は後者。その世界は私にはまるでピンとこなかった。歌詞には「自由」「夢」「真実」といった言葉がたくさん出てくるけれど、彼が求めてやまないそれらがどんなものであるのかさっぱりイメージできなかったのだ。

人は誰も縛られた かよわき子羊ならば
先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか
俺達の怒り  どこへ向かうべきなのか
これからは 何が俺を縛りつけるだろう
(卒業)


皮肉ではなく、私には本当にわからない。「誰にも縛られたくない」というけれど、それは苦しいこと、面倒なことから逃避したいというのとどこが違うのだろう。つまらないことを我慢したくないというのと、なにが違うのだろう。
「俺達の怒り」とはどんなものなのか、どこから来ているのか。彼はいくつもの歌の中で大人への不信を露わにしているが、どんな仕打ちをされたらこういう感情を抱くに至るのであろうか。

大人達は心を捨てろ捨てろと言うが 俺はいやなのさ
退屈な授業が俺達の全てならば
なんてちっぽけで なんて意味のない なんて無力な
15の夜−
(15の夜)


気の進まないことイコール「強いられていること」とみなしてはいないか。「支配」だと捉えてはいないか。もしもそうなら、そりゃあこの世は苦しいことだらけの場所であろう。大人が敵のように感じられるのも不思議はない。
しかし、我慢も強制もない世界などどこにもありはしない。人は自発だけに頼って全うに生きていけるほど強くも賢くもない。
「自分の存在が何なのか」「何のために生きてるのか」なんて十五や十七でわかるはずがない。どうしてそう積極的に世を儚もうとする、なにを焦っている。不当にむやみに傷ついているのではないのか。
ついそんなことを言いたくなってしまうのだ。

曽野綾子さんがエッセイの中で「すべての教育は必ず強制から始まる。子どもは上から教えるものだ」と言っているが、私もそう思う。
人にはその時期その時期に与えられる「本分」というものがある。それは揺るぎないもので、理屈抜きで「すべきこと」である。たとえば子どもにとっての遊び、学生にとっての勉強。彼らがその身分であるかぎり、好きだ嫌いだでそれを「する」「しない」を選択してもよいとは思わない。
学生であった期間、私が余計なことを考えずに過ごせたのは主体性がなかっただけの話かもしれない。たとえそうだとしても、ラッキーだったことに変わりはない。
もし学校や勉強や練習にいちいち「なぜ」「なんのために」の答えを求めていたら、自らその日々を苦痛に満ちたものにしてしまっていたから。「そういうもの」とすんなり受け止められたから、私はあの日々を台無しにせずにすんだのだ。

【あとがき】
最近は「『学校へ行かない』というのもひとつの意思、ひとつの選択」と理解を示す考えもあるようですが、私にはよくわかりません。「学校が楽しい、楽しくない」「勉強が好き、嫌い」はあって当然。だけどそのことと「行く、行かない」「勉強する、しない」はまったく別のことだと考えます。学んだことが将来役に立つか立たないかより、しんどいことから逃げない、やるときはやらなければならないんだということを知ることがその意味なのでは、と思います。人には人生の時期時期にすべきことというのが存在すると思うのです。
それにしても、もし尾崎豊が生きていてあれほど否定していたところの「大人」に自分がなっていたら、今ごろどんな歌を歌っていたのでしょうね。


2003年11月10日(月) 鈍い男

「こんなもの、どこで拾ってきたの?」
帰宅した夫が驚いたように言う。テーブルの上に置いていた『SPA!』のことだ。
もちろん電車の網棚や駅のゴミ箱から拾ってきたものではない。しかし、「失礼ね、ちゃんと買ってきたんです」と言い返そうとして、急ブレーキを踏んだ。
「ボクらの下半身平均マネーライフ」などという見出しが表紙にでかでかと載っているような雑誌を妻がお金を出して買うわけがない、と彼が考えるのは当然という気がする。そうか、ならばそういう品のない雑誌を買う女と思われるのとどこかから拾ってくる女と思われるのと、どちらがまだ救いがあるだろう。
「ちょっと興味のある記事があって……てへ」と小首を傾げてごまかしておいた。

さて、その雑誌の中に「ドリルで学ぶ恋愛学」という連載コーナーを見つけた。今月号では女性にデートの誘いを断られてしまったときの正しい対処法について考えようということで、こんな例題が出されていた。

女性がこういうふうに断ってきた場合、どう返答すべきか。「○○○○○○」に適切なセリフを入れよ。

男 「今度飲みに行こうよ。いつが空いてる?」
女 「あ、ごめんなさい。今月はずっと忙しいんですよ」
男 「○○○○○○」


この先はあなたの回答を用意してから、読み進めていただきたい。
回答者は断言する。
「女性がやんわりと断ってきたら、『じゃあ忙しくなくなったらよろしくね』と爽やかにすみやかに撤退する。退くべきときは退き、好印象を残しておく。そしてしばらくたってから、『最近も忙しいですか?もし時間が合うことがあったら……』と再チャレンジするほうが、その場で『じゃあいつならいいの?』『俺じゃダメ?』などと食い下がるよりまだ可能性がある」
こういうものをまじめに読むのもどうかと思うが、「まったくもってその通り」と深く頷いた私。なぜなら、「どうしてわからないんだろう」と不思議になるような会話神経の鈍い男性に時々出くわすからだ。
幸か不幸か、私自身はそうしつこく……もとい熱心にアプローチされたことはないけれど、男の友人から恋愛相談を受け、その鈍感さに唖然とすることはしばしばだった。自分のことをどう思っているのかわからないと悩む彼には彼女の言葉を再現してもらうのであるが、「あなた、もうとっくに振られてるよ」と言いたくなったことが何度もあった。
言葉の裏側を察したり行間を読み取る力がもともと欠けているのか、それとも悪い結末は考えたくないという思いが心の脂肪を厚くしているのか。私には「いい加減に気づいてよ……」という彼女のうんざりした表情が目に見えるようなセリフも、当の男性にはかすり傷ひとつ負わせていない。
「納得の行く展開でないと現実として認めない」
不屈の精神とはまったく別物の、こういう鈍さは女性をかなり困惑させる。彼らは“吉”が出るまで「そんなはずはない」とおみくじを引き続けるタイプではないだろうか。

いまでこそダイヤル通話料が月額四十円なんていう生活を送っている私であるが、学生時代はキャッチホン供覆燭世離ャッチではない。話し中に他からかかってきた電話に応答、録音してくれるサービスだ)をつけていたほどの電話好きだった。そんな私をも閉口させたのが、電話を切らせてくれない人。
相手が知り合って間もないとかそこまで親しい間柄でないというとき、俺と話すの楽しくなかったのかな?と思わせてしまいそうで、「そろそろ切るね」がなかなか言えなかった。できることなら「もっと話していたいんだけど、やむなく切らなきゃならないの」に見えるようにと心を砕いたものである。
昼間なら「おなか空いたと思ったらいつのまにかお昼回ってたんだね」、深夜なら「明日一コマ目から授業だ、イヤだなあ」なんて言ってみる。しかし、こんな遠回しな言い方で気づいてもらえたためしがない。
「ほんとだ、もう一時か。そうそう、昼飯といえばこないだ学食で○○に会ってさ」
「かわいそ、俺は二コマ目からだもんねー。で、話は変わるけど……」
こんな展開になるのが常。私は感じよく「じゃあね」に持って行くための新たな手を考えつつ、またしばらく話に付き合うことになった。
彼らが他人の心を読み取ることが得意だとはちょっと思えない。

スーパーからの帰り道、信号待ちをしていたら横断歩道の数メートル手前で急に減速した車があった。人を降ろすのだろうと思い見ていたのだが、車は停まることなく、ゆっくりしたスピードで静かに私の前を通り過ぎた。
そのとき初めて気がついた。足元に大きな水たまりがあったことに。
こういう人がなかなか電話を切らせず相手をやきもきさせたり、夕食時になってもいとまをせず訪問先の家人を困らせたりすることはきっとないだろう。
社名の入ったライトバンを驚きと感謝の気持ちで見送りながら、「今度はあそこの洗剤を買おう」と思った。

【あとがき】
話を聞きながら、「彼女はもう十分意思表示してるじゃない」と思うことがしばしばありますが、どうして気づかないんだろう。自分に自信があるわけでもなさそうなのに、と不思議になります。でもそれを「男脳、女脳」で片づけてしまっては面白くない。というわけで、今日も私は他人から見たらどうでもいいようなことをあれこれと考えるのであります。


2003年11月08日(土) 続・桜餅の葉っぱを食べますか?part.2

前回の日記「桜餅の葉っぱを食べますか?part.2」について『日記才人』内の掲示板でいくつか質問をちょうだいしたので、ちょいと追記を。

「カレーに生卵」とは、個人的嗜好ではなくて関西の一般的習慣なんですか!? たまげました。(私は東京人です)


これを読んで、私もたまげた。関東ではその食べ方は一般的ではないらしいという噂は耳にしていたが、「たまげる」ほどのことだったとは。関西圏にお住まいの方でカレーに生玉子と聞いて驚く人はいないのではないだろうか。
こうして食べたことのない方にはぜひ一度お試しいただきたい。本当に美味しいから。とくに子どもにはおすすめだ。辛さが和らぎ、カレーソースの温度も少し下がってぐっと食べやすくなるよ。

ところで、私の「カレーにトンカツソース」はえらく不評であった。
カレーにかけるソースといえばふつうはウスターソースだろう、とのこと。え、そんなものをかけたらビシャビシャになってしまうじゃないと言いたいところだが、そういえばカレー屋のテーブルに置いてあるのもシャバシャバしたやつだっけ。よし、次回トライしてみよう。

疑問なんですが、ここで想定されている桜餅とは道明寺なのか、長命寺なのか?それによって私の場合は答えが異なっちゃうんですが。道明寺なら食べませんが、長命寺なら食べます。


恥ずかしながら、私はこのコメントをいただくまで桜餅に種類があることを知らなかった。
で、早速調べてみたところ……。びっくり。「道明寺」は関西風の桜餅、「長命寺」は関東風の桜餅、とあったのだ。

これが関西風の道明寺。
私にとって「桜餅」といえばこれ。つぶつぶのもち米で餡を包んだもので、モチモチとした柔らかい食感がグッド。見た目は桜の葉にくるまれたピンク色のおはぎ。関東では売っていないのだろうか。

そしてこちらが関東風の長命寺。
小麦粉を練ってクレープ状に焼いた生地で餡を包んだもので、やはり薄いピンク色をしている。関西でこれが桜餅として売られているのを私は見たことがない。


この姿かたちのまったく異なるふたつが、桜餅と銘打っているなんて。だったら、関西でも関東でもない地域の方はどちらを桜餅と認識しているのだろう。
私は後者を食べたことはもちろんないのだけれど、皮の薄いドラ焼きといったイメージなのだろうか。これだったらきれいに葉を剥がせるだろうな。
近々上京する機会があるので、デパ地下で買ってみよう。

そうそう、葉ごと食べるか否かについて多くの方からコメントをいただいたのだが、およそ六対四で「葉も食べる派」が優勢であった。
私はそれらを読みながら、これは「一緒に食べるからこそ美味しい」ももちろんだけれど、「剥がすのは行儀がよろしくないから」という理由も小さくなさそうだという印象を持った。
だとすれば、私のような食べ方(前回参照)はサイテーだ。「葉も食べる」派の方からいただいたこのコメントに、なるほどと頷いてしまった。

桜餅の葉っぱを剥がすのを見ると、なにか違和感を感じていたのですが、この間気がつきました。おにぎりの海苔を剥がして食べるような気持ちになるんです。


昔、母親から海苔が巻かれていないおにぎりを渡された女の子が「ママー、はだかじゃいやー」と駄々をこねる……という大島屋のりのCFがあったっけ。これから桜餅の葉をいったん剥がすたびに思い出してしまいそうだ。

そうさんからタイトルを拝借して書いた「桜餅の葉っぱを食べますか?part.2」であるが、それを読んでpart.3を書いてくださった方がいて感激(こちら)。桜餅の件ではひとつ賢くなったし、その他の食べ物についてもいろいろとマニアックな食し方を教えていただいた。
みなさんのおかげで有意義なテキストになりました。どうもありがとう。

※ 参照日記
2003年11月6日付 「桜餅の葉っぱを食べますか?part.2

【あとがき】
読み手の方から指摘されて気づいたんですが、桜餅って季節商品だったんですよね。本文の中で「近々上京するので買ってみよう」なんて書いてしまってはずかしい。


2003年11月06日(木) 桜餅の葉っぱを食べますか?part.2

タイトルを見て、「あれ、part.1なんてあったっけ?」と思った方。そう、あなたは正しい。
1がないのに、なぜ2なのか。
日記読みをしていると、たまにモニターの前で身悶えしたくなることがある。たとえば、誰かが面白いテーマで書いているのを見つけたときだ。「いいネタ見つけてくるなあ!」とうれしいような、悔しいような。読みながら、ああ、私もいいものを書きたいという気持ちが胸に満ちてくるのを感じる。
昨日もそんな私の更新ダマシイに火をつけた日記がひとつ。『歯医者さんの一服』の十一月五日付け「桜餅の葉っぱを食べますか?」というテキストだ。
桜餅の葉っぱを剥いて餅だけを食べようとして奥様に叱られてしまった歯医者そうさん。心の中でこんな言い訳をする。
「葉っぱが塩漬けになっていて食べられることは知っている。でも葉っぱでくるまれた和菓子は中身だけを食べるのが僕流なんだ!」
話はそこからいろいろな食べ物の食し方のこだわり、流儀に発展してゆくのであるが、これがとても面白かった。そこで私は勝手にpart.2を名乗り、同じテーマで書いてしまったというわけだ(そうさん、タイトルぱくっちゃってすみません)。

好き嫌いはきわめて少ない。どうしても食べられないというものはひとつもない。しかしこんな私の中にも、いくつかの食べ物についてはそれを食すときのルールというかポリシーというかが存在する。
たとえば、そうさんのところでカレーライスの話が出ていたけれど、誰が何と言おうと私にとって生玉子とトンカツソースはカレーのマストアイテムだ。
「カレー+生玉子」が関西限定の習慣であるという噂は本当なのだろうか。たしかに、東京から赴任してきた同僚の男性が「そんな食べ方は邪道だ!」と憤慨していたし、横浜出身の夫も私が嬉々として玉子をときほぐすのをいつも複雑な表情で見つめる。「ちょっとかけてみる?」なんて言おうものなら、ちぎれんばかりに首を振るのだ。やはりあちらでは一般的でないのだろうか。
食べ方ではないけれど、カレーを作るときにそのほうがおいしくなるような気がして何種類かのルウをブレンドするのも流儀といえるかもしれない。
また、私は食事中に指を汚したままでいるのが好きでない。そのため、自宅で魚を食べるときはマナーにかなっていないことを知りながらも、先に皮と骨を全部取り除いてしまう。そして手を洗ってから、「いただきます」。ポテトチップスを箸で食べるのも、油のついた指のままでいるのが嫌だから。
よって、甘栗やグレープフルーツも剥きながら食べるということをしない。たとえ剥いたそばから夫についばまれようとも、すべての作業を終えてからゆっくり食べたいと思う。
果物を使った料理、つまり辛味と甘味が混在した食べ物も私にとってタブーだ。酢豚やハンバーグのパイナップル、ポテトサラダのリンゴ、ドライカレーのレーズン。生ハムメロンなんてもってのほか。もちろん私はその皿が目の前に置かれた瞬間に生ハムとメロンを引き離すが、時すでに遅し。どちらを口に入れても互いの味が移ってしまっている。
「ああ、もったいない……」
いくらパイナップルやメロンには肉を柔らかくする酵素があるんだと説明されても、おかず的な味つけの中にあの甘酸っぱさは合わない。
フルーツグラタンやフルーツピザを見ておいしそうと思ったことはないし、鶏肉のオレンジ煮やカマンベールチーズフライのブルーベリーソース添えを家で作ることもないだろう。ロッテリアのキムチシェーキにいたっては遊び心というより食べ物の冒涜ではないかとさえ思っている。
他にも、
・メインディッシュと添え野菜は別々の皿に盛り付ける
・エディブルフラワーは食べない
・お茶漬けには白湯をかける
・おにぎりには味付け海苔を使用
などいろいろあるのだけれど、きりがないのでこのへんにしておこう。

で、ここでようやく話がタイトルに戻る。桜餅は葉っぱごと食べるか、否か。
まず葉をていねいに本体から剥がし、真ん中に通っている太い筋を取り除く。それから何事もなかったかのように再び餅に巻いて、パクリ。
これが小町流正しい桜餅の食べ方。だって葉脈は食感がよくないんだもん。
……ってヘンかしら。

【あとがき】
ちょっとしゃれたレストランでサラダやマリネなんか頼むと、エディブルフラワーが混じっていることがありますが、どうも口に入れる気にならない。食用だとわかっていても野菜のようには思えないし、ドレッシングにまみれているのもなんだかかわいそう。ちなみにパンジーやスイートピー、コスモスなんかもエディブルフラワーですが、花屋で買ったものは食べてはいけないそうです(ちゃんと食用として農薬に留意して栽培したものでないと)。


2003年11月04日(火) 感謝を込めて。

前回の日記「忘れないよ。」には、いつになくたくさんのコメントをいただいた。
しかも一通を除きすべて男性からという、うちにしてはめずらしい事態。ふだんいただくメールは六対四くらいで女性からのものが多いのだ。
そこでふと思い出したのが、柴門ふみさんのエッセイ。何日は用事でどこそこまで行くから車を出してねと頼むと、夫は決まって「晴れたらな。雨が降ってたら歩いて行きなさい」と言う。愛車に泥靴の女子どもを乗せるのが嫌らしいが、いったいなんのための車だ。週末に車を磨きオートバイの手入れをするお父さんの姿はよく見かけるが、洗車したり自転車に油をさすお母さんはいない。車の類に抱くこうした愛着やこだわりは男性特有のものである------こんな内容であった。
なるほど、そうかもしれないと頷く。何人かの方が「車好きの私にとって、しみじみと胸を打たれるお話でした」「私も車には思い入れがあるので、手離すときの寂しさはよくわかります」と書いてくださっていたが、ホレたハレたの話を書いたときにこれだけの男性からこういう反応をもらえることはまずない。
もうひとつ驚いたことがある。
前回のテキストの中で、私は「うちの車はここが不便、あそこが不便」と書いたが、一部の方にはそれがそのまま車種絞り込みのヒントになったらしい。「ということは、○○ですね」といとも簡単にお当てになった方が五名もいたのだ。
こんな情報だけで車種を割り出せるものなのかと夫に尋ねたところ、「わかる人にはわかる」とのこと。こちら方面のことはちんぷんかんぷんの私は舌を巻いてしまった。
他にも、「△△かなあ?でも、百数十台集まれるほど走れるのが残っているとは考えにくいし……」とか「せめて排気量を教えて」とかいうのがあって、感心するやら笑えるやら。なかには夫宛てにクイズを出してきたチャレンジャーも。
「私が乗っていた車を当ててください。五十五年式の国産車でミッドシップの二シーター、ドアミラーは標準装備。さてなんでしょう」
ほどなく出張中の夫からメールが返ってきたが、見事に不正解。なんだかやたら悔しい。

そうそう、悔しいといえば、前々回の日記「私の知らない世界(ラブホテル編)」に届いたコメントにも、モニタの前で地団駄を踏まされたっけ。
しょっぱなから、「ラブホテルというその呼び方が古臭いです」とご指摘いただく。トホホ。いまはファッションホテル、ブティックホテル(ここまでは知っていた)、レジャーホテル、アミューズメントホテルなどというのだそうだ。
それにしてもみなさん、けっこうカジュアルに利用なさっているのね。おかげでいろいろと面白情報が集まったので、いくつかご紹介。

キングサイズのベッドに羽毛布団、四十インチ以上のテレビがあって、一流ホテル並にシェフがいて自慢の料理を出すところもあります。 【男性】


へええ、そんなところがふたりで一万円だなんて。よく採算が取れるもんだなあ。
それはともかくとして、「ときどき妻と気分転換に行ったりしますよ。なにをするわけじゃなくて、単にのんびりしに行くだけです」と釈明しておられたところが笑えました。私、まだなにも言ってないのに。

バブルの頃の渋谷のラブホには待合室にビリヤード台だのなんだのがあって、これからくんずほぐれつする男女が他のカップルと仲良くしてたり。 【男性】


これを読んで、余計な心配をしてしまうのは私だけであろうか。たとえば変に意気投合して、じゃ後でトレード……なんてことにならないのかしら、とか。はい、考えすぎですね。

ラブホテルはお互いの体を貪り合う空間でなければ、と思うわたしは古い人? 【女性】


こんなキョーレツなコメントをくださった方も約一名おられたけれど、これだけ館内、室内の設備が整っていると、ソレ以外の目的で利用するお客もちらほら。たとえば、

十五、六人で、会社の人の誕生祝いを一泊八万のパーティールームでやりました。 【女性】


やっぱりいた!!
私の知らない世界(シティホテル編)」を更新したときに、リッツ・カールトンのスイートでクリスマスパーティーをしたことがあるという方からメールをいただいたが、そうか、この手のホテルもやはりそういうシーンで利用されるのね。でも一泊八万ってえらく高くないですか。
しかし、私をさらに驚愕させたのがこれ。

ラブホテルに泊まる受験生もいるらしいですよ。普通のホテルがとれなかったからとか、安いからという理由らしいです。 【女性】


すごいな、泊まれればどこだっていいのか……。
こういう部屋に勉強ができるようなデスクがあるのだろうか。あったとしても、あんなところで最後の追い込みができるのだろうか。カラオケをしたり、ゲームをしたり、エッチなビデオを見たりして遊んでしまわないか。私ならそれらの誘惑に打ち勝つ自信はまったくない。



今月下旬にサイト開設三周年を迎える。そしてちょうどその頃、十万ヒットに到達する。読みに来てくださる方も増え、仲良しもたくさんできた。
「書くのが好き」だけではここまでは来られなかったのではないかと思う。どういうリアクションが返ってくるか楽しみ、というのがモチベーションを保つのに大きな貢献をしたことは間違いない。
毎回長文のテキストを読んでくれてありがとう。これからも(自分の)期待に応える文章を書いていきたいと思っていますので、どうぞよろしく。

【あとがき】
いっとき流行った「日記書きさんに100の質問」の中に、「読者からのメール1通をカウント数に換算するとしたらいくつ?」という問いがあったけれど、ものすごく大きな価値があることに間違いありません。なんの義務もメリットもないのに、手間暇と時間を費やして感想を送る……同じ「メールを書く」という行為でも、そこには「届いたメールに返信する」よりもずっと強い「それをしよう」という意思が働いているはず。書き手にとって、こんなにうれしくありがたいことはありません。


2003年11月01日(土) 忘れないよ。

脚本家の内館牧子さんのエッセイの中に、愛車についての話があった。
彼女の車はいわゆるクラシックカーというやつで、クーラーもCDもパワーウィンドウもついていない。そのため誰も乗りたがらないのであるが、あるときなにも知らない友人を乗せたところ、「ねえねえ、ラジオのアンテナを手で引っぱる、これもあなたの美学なの?」などとさんざんバカにされてしまったのだそうだ。
彼女の中には「粋か、野暮か」という尺度があり、その思考、行動はつねに内館流の美学に貫かれている。私はそんなところを素敵だと思っているのだけれど、友人が「こんな不便な車に好き好んで乗るなんて!」と声をあげたくなった気持ちはとてもよくわかる。
なぜなら、わが家の車も旧車だから。夫の生まれ年と同じ四十七年式だから、かなり年季が入っている。クーラーだけはつけたものの、渋滞に巻き込まれるとすぐにスイッチを切られてしまうし、聴くことができるのはラジオだけ。窓はもちろん手でぐるぐるとやるタイプなのだが、逆輸入車のため高速道路やパーキングでのチケットの受け渡しは私の仕事。うとうとしているときに「料金所だよ」と揺り起こされ、普通の車にしてくれればいいのに……と思ったことは一度や二度ではない。
加えて、ミッションだから私は運転できないわ、二人乗りだわ。はっきり言って、快適性や便利さをわざととっぱらったような車である。
それがつい一週間前までの話。

外出しようとマンションの駐車場を横切る。わが家の駐車スペースで落ち葉がくるくると円を描いている。見慣れたあの車がない。
「そうか、もういないんだ……」
夫から車を買い替えることにしたと聞かされたのが数ヶ月前。何人かが見に訪れ、ほどなく買い手が決まった。そして先週末、彼はそれを新しい主に引き渡すため東京まで運転して行くことになった。
最後の朝、五年間ともに過ごしたその車を見送るため、私はマンションの前まで出た。それは深い緑色をしていて、磨くととてもきれいだった。姿は見るからにスポーツカーだが、なんだか上品な感じがした。お世辞にも乗り心地がよいとは言えなかったが、私はそこだけは悪くないなと思っていた。
夫がボンネットを開けてなにやらしているのを眺めていたら、遠出した帰り道、ラジエーターの水が漏ってきてサービスエリアで補充しながら這這の体で戻ってきたことがあったなあと思い出した。
そうそう、買ったばかりの頃、雨が車内に染み込んできて驚いたっけ。「車好きの人は泥で汚れるのがイヤとか言って、雨の日は車を出したがらないって聞くけど、うちはちゃんとした理由があって雨の日に乗れなかったんだ〜」と納得したのだった。
ミーティングに参加したこともあった。全国から同じ型の車が百数十台集まってきて長野を走ったときには道行く人を驚愕させたっけ。「ポンコツカー」と呼んでからかったこの車とは、意外とたくさんの風景を共有していたんだなあ……。
そっと屋根をなでて声をかける。
「いままでありがとね」
角を曲がる直前、夫がクラクションを鳴らした。この音を聞くのもこれが最後、と思ったらなにかがぽたっと地面に落ちた。

「最後に洗車して、ありがとうって言ったよ。さっき次のオーナーに渡してきた。お金のない若い人じゃないから、ちゃんとメンテナンスして大事に乗ってくれると思う」
夫が電話でそう言うのを聞きながら、そうだったんだと心の中でつぶやく。週末には必ず乗るというわけでもこまめに磨き立てるというわけでもなかった。でも、この人はあの車が本当に好きだったんだな。
翌日、新しい主となった人からメールが届いた。
「帰り道、給油の際にスタンドの方がきれいに乗っていると感心していました。子どもができて大人数で乗れる四駆やミニバンばかり乗り継いでいましたので、ようやく夢が叶ったという感じです。本当にありがとうございました」
そこのうちの子になれてよかったね。またかわいがってもらうんだよ。
そしてたまにでいいから、君のために買い手を選んだ、いまちょっぴり元気のない昨日までの主のことも思い出してやってくれるとうれしい。

【あとがき】
先日、南港で行われていたノスタルジックカーショーというのに行ったんですよ(旧車もクラシックカーとかノスタルジックカーとかいろんな呼び名があるのね)。カメラ小僧は見かけなかったけど、代わりにカメラおじさんが多数。夫に「今日はハイレグ水着のお姉さんいないね。私がそういう格好して車の横に立ってたら、みんな集まってくるかしら」と言ったら、「もちろん」と彼。「え、ほんとに!?」「うん、シャッター押して下さいって」だって。