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2003年10月27日(月) 私の知らない世界(シティホテル編)

ちょうど来月の今ごろ、私は東京で友人と遊び呆けているはずだ。
私が「どうしてもここは押さえておきたい」と思っているのは六本木ヒルズ内にある『南翔饅頭店』の小籠包くらいのものなので、その他の予定は言い出しっぺである友人が立てることになっている。が、ミーハーでテレビ大好きな彼女のことだ、汐留やお台場には間違いなく連れて行かれるだろう。
旅行会社で企画の仕事をしている彼女はその大小に関わらず「旅」というものにとても貪欲で、一切の妥協を許さない人である。彼女との旅には尋常でない体力が要求される。うっかり「疲れた」などと漏らそうものなら、
「もう二度と来られへんかもしれんねんで。ワンチャンスなんやで。あきらめたらあかん!」
という言葉が矢のように飛んでくるのだ。
たしかに、中国で訪れた三都市で名物と言われている料理をすべて制覇できたのも、別府でうっそうと生い茂る草をかきわけかきわけ進むこと三時間、地元の人も誰ひとり場所を知らなかったナントカの里という秘湯を探し当てることができたのも、彼女のおかげである(私の「これ以上食べられない」「遭難したらどうするん」という私の訴えはことごとく退けられた)。

さて、そんな彼女があちらでどうしても泊まりたいホテルがあるんだけど、と言う。
今回の件は彼女に一任してある。べつにどこでもいいけどと思いながら尋ねると、「グランドハイアット東京」だという。ホテルの名前はたいていカタカナで似通っている。グランドハイアットねえ、聞いたことあるようなないような。
そこで、「知らんけど、そこでいいよ」と答えたところ、彼女は驚いた顔をして叫んだ。
「まじで知らんの!?六本木ヒルズの中にある最高級ホテルやんっ、こないだベッカム様御一行が泊まったとこやんっ」
「ふうん、そうなん。それやったらお高いんとちがうん」
「でも、でもな、ちょっと聞いて!」
彼女はつばを飛ばさん勢いで熱弁を振るいはじめた。部屋のテレビは液晶アクオス、バスルームにも十三インチのテレビがあること、通常のシャワー以外にレインシャワーもついていること、ルームスリッパと浴衣の柄がお揃いであること、ターンダウンサービス(客が夕食に出かけているあいだに眠るための準備をしておいてくれる)があること……などなど。
しかし、私にとってはとくにありがたい設備、サービスでもない。テレビは左右に首が振れベッドから見られさえすれば分厚くたってオッケーだ。湯船の中では本を読むからバスルームにテレビはいらないし、天井からお湯が降ってこなくたってかまわない。スリッパも白無地でいいよ。枕元の照明くらい自分でつけるし、ミントチョコも好きじゃない。
でもまあ、そんなに言うなら一応訊いておくか。
「で、一泊いくらなん」
「やっぱりこれだけサービスがいいとそれなりの値段はするよね」
「だから、いくらなの」
「それがね……」
今度は私があっけにとられる番だ。四万六千円とな。いったいなにを考えとるんだね、君は。
「でも、ほんまにすごいとこやねん。会社の人が『いっぺんあそこに泊まったら、もう他には泊まれない』って言ってたもん」
だったらなおさらイヤ、とそっぽを向く私。
「よそに泊まれなくなったら困るもん。庶民が身の丈に合わない世界を知ってもいいことない」
それでもあきらめきれない彼女。「じゃあいくらまでなら泊まる?」としぶとく食い下がってくる。仕事関係のコネだかなんだか、裏の手を使ってみるそうだ。
とりあえず、一万五千円まで値切ることができたらねと言っておく。お手並み拝見……といきたいところだが、まず無理だろう。
日記のネタに、どんな部屋なのか見てみたい気はしないでもない。香港でザ・ペニンシュラに泊まったとき、私はあまりのゴージャスさに正気を失い、ウェルカムフルーツを食べ過ぎてしまった。その結果、おなかを壊してバスルームから半日出られなくなったのだが、私は激痛で大理石の床をのた打ち回りながらも、自分のワンルームマンションの部屋より広いそのピカピカのバスルームと、洗面台に並べられたエルメスのアメニティに心の底から感動していたのだ。
私はグランドハイアットでもやはり大はしゃぎして写真を撮りまくったり、「ねえねえ、私いまどこにいると思う〜?」とあちこちに電話をかけたりするのだろうか。ちょっと楽しそうかも。
「そういうところは彼氏と行きなさい、彼氏と」とけんもほろろにあしらいつつ、彼女のことだから恐るべき執念でなんとかしてしまうのではないか、してくれないかな……とほんのちょっぴり期待している。

【あとがき】
あちらで友人と解散したあとはここを読んでくださっている方とデートする予定。ウフフ。……って相手は女性です。『東京ベストガイド』で美味しいお店を探します。ちなみに今回は「シティホテル編」。というわけで、次回は……です。乞うご期待!?