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2003年10月29日(水) 私の知らない世界(ラブホテル編)

先日、原田宗典さんのエッセイを読みながら、私は思わずへええと声をあげた。
所用のため東京から岡山に向けて車を走らせていたら途中で日が暮れてしまった。勝手のわからぬ地ゆえ、やむなく目についたラブホテルに泊まることにした、とあったのだ。

まあ試してみればお分かりになると思うが、ああいう所に一人で泊まるのは、実に不自然でギコチないものである。と言うかバーカみたいである。


私はこのくだりを読むまで、ラブホテルにひとりで泊まることができるとは知らなかった。
すぐさまこの驚きと興奮を傍らの夫にお裾分けしたところ、「出張のときに利用する人もいるみたいだよ。安いからでしょ」と事もなげに言う。
なんだ、知ってたの、と軽くがっかり。あなたがそんな真似したら承知しませんからねと釘を刺しつつ、「ひとりラブホ」について考えをめぐらせる私。
まあ、不思議はないか。ホテル側は犯罪行為さえ行われなければ、ひとり客であろうが同性カップルであろうがかまわないだろうし、客にとってもそこではビジネスホテルよりもずっと広いバスルームとベッドが約束されているのだ。恥ずかしくないのだろうかとも思ったが、誰に顔を見られるというわけでもないから、ひとりカラオケにトライするよりも案外勇気は必要ないのかもしれない。

ところで、自慢じゃないが、私はこの手のホテルに関してまったくの無知である。そこに足を踏み入れた経験は、電車の中でイチャついている高校生カップルにも敵わないだろう。
といって、「私はシティホテル派だから」という話ではない。常に自分か相手かが一人暮らしをしていたため、お呼びでなかったというわけだ。
そのため、私は最近『渡辺篤史の建もの探訪』のラブホテル版のような番組を見て、本当に驚いた。電子レンジがちらっと映ったので「へえ、持ち込みオッケーなんだ。だったら便利よねえ」と感心したのだが(リポーターのタレントはそれには目もくれなかったが)、あの空間の快適さはそんなものではなかったのね……。
DVDが見られることくらいは想像していたが、パソコン完備でインターネットし放題、エアホッケーまでできるなんて。どこも内装に気を遣っており、何百万もするシャンデリアや鏡、本物の絵画を置いているところもあるのだそう。もっとも、チャペルのあるホテルが登場したときにはさすがに「ん?ここはなにをしに来るところなんだっけ……」と考え込んでしまったけれど。
こんな私が一番素直に「あら、いいじゃない」とつぶやいたのは、ルームサービスの充実ぶりだ。うな重からチョコレートパフェまでなんでもござれ、しかもどれもかなりおいしそう。私はカラオケボックスでも「どうせ冷凍食品なんだから」とフードを頼むことはないのだが、こんなにいろいろあるならメニューを眺めているだけでも楽しそうだ。
それにしても、自分の知らないところで世の中こんなに進んでいたなんて。その恩恵をまったく受けずにきたことにちょっぴりショックを受けてしまった。
これだけあれこれ付加価値がついていたら、丸一日こもっていても退屈しないのではないか。ウォーターベッドにマッサージチェア、バスルームにはサウナ。その空間には、わが家にない“快適”や“便利”が詰め込まれている。実家暮らし同士のカップルなら、一日同棲の気分を味わえるだろう。
いまやラブホテルというのはソレのためだけに行くところではなくなっているのかもしれない。実際、女の子がクリスマスなどにスイートルームでパーティーを開くこともあるそうだ(その前に私はこういうホテルにスイートがあることに驚愕した)。

そういえば、ここ数年でこれと似たような発展を遂げた空間がひとつある。ネットカフェだ。
フードは豊富、フリードリンクのメニューにスムージーやソフトクリームのあるところもある。個々のブースにゆったりしたリクライニングシートと毛布、スリッパが備え付けられているのはもはや常識だし、私がときどき行く店にはシャワールームや仮眠のためのベッド、座敷の個室がある。別の支店にはフットバスや日焼けマシン、卓球台、なぜか釣堀まであるそうだから、正真正銘なんでもありの世界だ。
しかし、これだけたくさんのサービスの中でも一番ありがたいのは、やっぱり「二十四時間営業」という点である。
終電に乗り遅れたり、旅先でホテルにあぶれたり、夫とケンカをして夜中に家を飛び出したりしても朝まで過ごせるところがあるというのは心強い。サウナやカプセルホテルは男性のみのところがほとんどで、女性は途方に暮れるしかなかったのだから。
人妻の私にとってラブホテルの進化はとくにありがたくもないが(ここで野暮なつっこみはしないように)、ネットカフェのさらなる発展はおおいに期待する。

【あとがき】
『ホットペッパー』にラブホテルのページがありました。こういうところは流れというか、その場の雰囲気で「じゃあ」ということになり、目についたところに入るものだとばかり思っていたので、前もってクーポンを切り取って「さ、今日はここに行くわよ」というのがピンとこなかったのですよね。でも考えてみたら、ホテルによっていろいろと楽しい設備やサービスがあったりするのだから、ネットなどで下調べして「ねえ、今度ここ行ってみない?」なんて相談するカップルがいても不思議はないですね。
ああ、「小町さんてほんとになにも知らないんですね」って声が聞こえる気がする……。