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中詞5題
特別ではないある晴れた午後の日 ギンと乱菊 051121 あなたなしでは空も飛べなくなった私を許して 乱菊とやちる 051201 君のその笑顔を守るために、 ギンと乱菊 051212 くだらぬ嘘のための犠牲 ギン 051216<注:人によっては不快な内容かもしれません(グロ?) 僕を動かす世界でただ一つの存在 ギン 060106NEW
配布元 キョウダイ
『僕を動かす世界でただ一つの存在』
猫の姿を目の端にとらえたような気がしてギンは立ち止まった。周囲を見渡して、左後ろの植木の根本に目をやる。黒く、まだ幼いのかひどく小さい猫がへたりこんだ格好でそこにいた。 「あらら、まだ子供やないの、君」 小さく声をかけてギンは近づくと膝を抱えるようにして黒猫の前にうずくまる。隊長羽織がばさりと地面に広がった。吉良がこの場にいたら叱るだろうとギンは思うが、気にせずに膝までついて目線を下げた。黒猫は動かない。ただ金色の眼をギンに向けて、頼りない声で一声鳴いた。 「腹減っとるん? 親はおらへんようやねえ」 人差し指を伸ばして顎の下を撫でると、仔猫は眼を閉じて喉の奥を鳴らす。自分の指の大きさと仔猫の顔の小ささに、ギンは苦笑した。 「しゃあないなあ。イヅルなら怒りつつも何かくれるやろ」 ひょいと片手を仔猫の腹の下にいれると、軽々と持ち上げてギンは自分の懐に仔猫を放り込む。仔猫は少しの間、居心地悪そうに動いていたが、やがて良い体勢になったのか動きを止めた。ギンはそのふくらみを眺めて眼を細める。このぬくもりは酷く懐かしかった。
「ギン、ほら、猫がいる」 川の中に設けておいた仕掛けから魚を捕っていたギンは、腰を伸ばして振り返った。乱菊は岸辺で焚き火を指し示す。その傍に三毛猫が悠然と座っていた。 「火ぃ恐れへんのやねえ」 「人に馴れてるんじゃないの。あたし達のことも怖がってないみたいだし」 ギンから魚を受け取っては木の枝に刺していた乱菊は、とりわけ小さい魚を一尾、ひょいと猫に投げた。三毛猫は顔をそれに向けると、ゆっくりと体を起こして歩み寄り、それをくわえて前足で押さえるようにして食べ始める。 「ほら、魚をもらっても逃げ出さないもの」 「乱菊はお人好しやなあ。魚あげんでも」 ギンの言葉に、乱菊は大きく笑う。 「これくらいの小さな魚くらい、いいじゃないの。盗みに来たならともかく、こうして待たれたらあげずにいられないわ」 「そういうもんやろかねえ」 ギンは本心からそう呟いた。乱菊のように思ったことのないギンは、乱菊の真似をして仕掛けの中にいた小魚を猫に放り投げた。猫は驚いたように一瞬飛び退き、そして近づいて跳ねる小魚を前足で押さえ込むとギンに向かって鳴いてみせた。 「あ、御礼言いよった」 驚いて眼をわずかに開いたギンに、乱菊が笑いかけた。 「ほらね。あげるのもいいもんでしょ」 乱菊を見ると、乱菊はギンを見てことのほか嬉しそうに笑っていた。乱菊が魚をもらったみたいやなあ、と小さく呟いてギンも笑ってみせる。笑ってみるとなんだか嬉しくなってきて、ギンは仕掛けの中の小さな小さな魚をまた猫に投げた。猫はそのたびにギンに鳴いた。 その三毛猫とはしばらく共に過ごした。 晩夏から秋へと移り変わるその中で、三毛猫は二人の暮らす小屋にときおり現れては食べ物を分け与えられて鳴いていた。秋が深まるにつれて朝晩は静かに冷えていく。冷え込む夜には必ず三毛猫は寝ている二人の間に潜り込むから、乱菊は「暖かい」と喜んで腕の中に入れていた。その姿を羨ましく眺めていたギンも、「ぬくいなあ」と呟いてはしずしずと乱菊と猫の傍により、猫を挟むようにして体を寄せた。近くなった乱菊の寝顔を眺めつつ、ギンはそうして暖かく眠りについた。 猫と別れたのはもう冬の足音が聞こえてきた晩秋の朝のことだ。 「乱菊。こいつはここに残るんやろ」 三毛猫の前でうずくまったままの乱菊にギンはそっと声をかけた。乱菊は三毛猫の顔をずっと見ている。猫はときおり、にゃあと柔らかく鳴いた。 「抱き上げて一緒行こうとしても、こいつ、暴れて降りるやないの。猫は家に懐く言うしなあ。しゃあないよ。この辺、最近物騒やさかい。ボクら、別の場所に移らんと」 ギンはそう乱菊に自分に言い聞かせながら、乱菊に並んで膝を抱えた。猫はギンに金色の眼を向けて、やはり柔らかく一声、鳴いた。ギンが両手を伸ばして猫の体を抱えると、猫は抵抗もせずにその腕の中に収まる。それなのに立ち上がろうとするとするりと腕の中から飛び降りた。ぬくもりが消えて、ひやりとした。 「乱菊」 「ギンだって動けないじゃないの」 乱菊はじっと猫を見つめたまま動かない。声はわずかに震えていて、ギンは再び腰を下ろすと乱菊の頭に自分の額をこつんとつけた。 「ギンだって、全然動けないじゃないの」 「でも、ボクらここおったら、物騒な人らと物騒なことになるわ」 ギンの口がちょうど乱菊の小さな耳の傍で、だからギンは小さく小さく囁いた。 「それは嫌やろ。ボクも嫌や。こいつは人に馴れとるから心配あらへんよ。物騒な泥棒さんからも、魚わけてもらえるて思うわ、ボク。な、乱菊。こいつがにゃあにゃあ鳴けば、絶対大丈夫やて」 乱菊がわずかにギンに顔を向けた。薄青い眼が少し濡れていた。 「そう、思う?」 「絶対そうやて」 ギンが笑ってみせると、乱菊はようやく頷いた。そして乱菊が猫に手を伸ばすと、それまで二人のやりとりをじっと眺めていた三毛猫はするりと乱菊の膝の上に飛び乗る。ギンは乱菊ごと抱きしめるようにして体を寄せた。 「あったかいね」 「そうやねえ」 しばらくそうしていた。立ち上がると猫は膝から飛び降りて、二人を見上げていたが、二人が振り返りつつ歩き出すと、二間ほど離れたところで一声鳴いて、二人に背を向けた。ギンも乱菊もその猫の後ろ姿をずっと見送っていた。そうしているうちに、腕の中に残っていた三毛猫のぬくもりも消えていった。
「懐かしいわあ。猫抱えるの、久々や」 黒猫を懐に入れたまま、ギンは三番隊隊舎に向かっていた。あの三毛猫以来、ギンは何かを慈しむということを知ったように思う。それは乱菊の真似でしかないのかもしれないが、それでも何か暖かいものを腕の中に抱えることにどこか嬉しさを感じる自分を、戸惑いつつもギンは自覚していたように思う。 乱菊はそうして少しずつ、ギンの世界を広げていった。ギンの中のその中心にいるのは常に乱菊だったが、ギンはその中心から全てが色鮮やかに優しく柔らかくなっていったことを知っている。乱菊の放つ光で、影が更に濃く深くなったことも知っている。 懐から黒猫が顔を出してギンを見上げてきた。ギンはその狭い額を人差し指で撫でる。柔らかい毛が心地よく、ギンはふうと笑みを浮かべた。 「飼えへんからな。飼うのは無理やさかい、その辺で媚び売って餌もらい? 今日はボクんとこでやるさかい、明日からは自分でもらうんやで……明日は十番隊の傍に連れて行ってやろ。そしたら餌必ずもらえるわ」 そう囁くと、黒猫は甘くにゃあと鳴いた。
ようやく終了です。あとがきは後に。
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