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『女性死神協会 会議中02』
『02・口説けるチョコレートの作り方』
十一番隊上等武闘場という看板の上には、べたりと貼られた紙には「女性死神協会本会ぎ場」と書かれていた。 「さて、みなさん! 雪が降っていて寒いですね!」 女性死神教会会長であるやちるの声が本会ぎ場に響き渡る。 堂々たるそのやちるの後ろでは、副会長である七緒が控えていた。 「…………」 やちるがきりりと凛々しい顔で口を開ける。 「副会長! 本日の議題を!」 「えっ!? 挨拶はそれだけですか!?」 ぎゅるんとやちるが背を反り返して顔を七緒に向ける。七緒がぎょっとした顔をして慌てて黒板に向かった。 「は、はいっ、ただいま! ……これからはこのパターンかしら」 最後の方は小さく呟きつつ、七緒はかかかっと白墨で黒板に文字を書き連ねていく。 『女性死神が求めている、口説けるチョコレートの作り方について』 書き終えて、七緒は理事の面目を振り返り、眼鏡をくくっと持ち上げた。 「本日の議題はこちらです。この尸魂界にも最近お亡くなりになった方が増え、彼らが持ち込む現世の風習もまた増えて参りました。その中の一つ、二月十四日のバレンタインデーという風習は女性死神の間だけではなく、男性の皆様にも素早く広がり、受け入れられたものでございます。しかしここは尸魂界。チョコレートというものを知らなかった方も多く、それゆえ、作り方など天地がひっくり返っても分からない方も多くいらっしゃいます」 「主にあんたよね」 乱菊のツッコミを七緒は眼鏡をくくっと持ち上げることで無視する。眼鏡がきらりと光った。 「そのバレンタインデーまで一月をきった今、女性死神の方々から、すごいチョコレートの作り方を教えてほしい、というご要望が出て参りました。菓子屋に買いに行くのでは差別化がはかれない、自分のこの煮えたぎるような愛情を分かりやすく提示したいという熱烈なご要望でございます」 「そんな愛情とやらを向けられたら男は逃げないか」 砕蜂のツッコミを七緒は書類を抱え直すことで無視する。書類がばさばさと音を立てた。 「前回の会議で皆様には、男性の心を捕らえるようなインパクトのあるチョコレートの作り方を各自考えてきて頂くよう、お願いしておりました。大事な点は、誰でも作れることと、食べられるものであることです」 七緒は「食べられる」という部分を強調するように言うと、全体を見渡す。
「では、最初は」 「はーい、あたし」 七緒に顔を向けられて、乱菊は手をひらひらとあげて手提げから箱を取り出した。皆が乱菊の周りに集まり、覗き込む。乱菊はひょいと蓋を開けた。皆が小さな歓声をあげる。箱の中には綺麗に並べられた一口大の丸いチョコレートが並んでいた。表面は艶やかに光り、その上は白いチョコレートで細く螺旋状にくるくると飾り付けされている。酒の匂いがかすかに空中に漂ってきた。 「チョコレートボンボン各種取りそろえでーす」 「え、ボンボンって作れるのですか」 七緒が驚きの声を上げる。乱菊は簡単ようと笑って作り方の書かれた紙を七緒に渡した。 「すっごく簡単に言うと、お酒をいれたガナッシュに別のチョコを被せるだけよ」 「が、がなっしゅ……?」 「……後できちんと説明するから、今は食べれば」 乱菊の言葉に、全員が一斉に手を伸ばした。やちるは一度に二個、手に取っている。 「あ、らんちゃんおいしいよ。両方とも甘いお酒だ」 「これおいしい。ほろ苦くて大人の味ですよ。ウイスキー?」 「これは焼酎だな。ほう、意外にチョコレートに合うものだな」 「……ラム酒?ですか」 皆が口々に感想を述べる中、七緒も一つ摘み上げると口の中にそっと入れる。歯が当たると表面のチョコレートが砕けて酒の香りと味が一気に七緒の口の中に広がった。 「…………!!」 七緒が声にならない呻き声を上げて悶える。全員が七緒に顔を向けた。 「どうしたの、七緒ちゃん」 やちるが尋ねるが、七緒は涙目で首を横に振るだけだ。ネムがくるりと身をひるがえして湯飲みで水を持ってくる。七緒は湯飲みを受け取ると一息で水を飲み干した。そして、がん、と湯飲みを割らんばかりに机に叩きつけ、七緒は乱菊を涙目で睨み付ける。 「何、を、入れたん、ですか!?」 「えーと、やちるがリキュールで、後がウイスキーに…………ああ、七緒が食べたのはスピリタスのボンボンね」 名を聞いて皆は首を傾げる。乱菊もまた首を傾げると、ああ、と笑ってみせる。 「ウオッカよ。えーと、アルコール度数が96度の」 「きゅうじゅうろく!?」 七緒と勇音が同時に声を上げた。やちるがまだ首を傾げている。砕蜂がやちるに、 「普通に飲んでいる日本酒は、決まってはおらぬが、だいたい15〜20前半が多いだろうな」 と説明した。やちるが、七緒と勇音の驚きを理解したのか、頷く。 「食べられるものをと申し上げていたじゃないですか!」 七緒は赤い顔で抗議する。乱菊はきょとんとした後、首を傾げた。 「でも、男を口説けるチョコレートでしょ?」 「そうですよ!」 「これを食べさせて眠らせちゃえば、ほら、色々と既成事実をつく」 「待ちなさーいっ!」 乱菊の口を七緒が押さえ込んだ。もう片方の手でぎりぎりと乱菊の肩を掴んでいる。七緒の眼は座っていて、乱菊は押さえ込まれながら、七緒に笑いかけようとした。 「ば、ばばぼちゃ」 「もう何も言いませんね言うことはありませんね言わないわね! はい! 乱菊さんの試食終了ですっ!」
「はい! 次の方!」 「は、はい。私です」 まだほんのりと赤い顔をした七緒に睨まれて、勇音はびくっと体を震わせつつ風呂敷包みを取り出した。江戸紫の風呂敷をとき、現れた箱を開ける。皆、勇音を取り囲んで覗き込み、ほうと感嘆の溜息をついた。箱の中には掌に乗るくらいの陶器のカップがあり、チョコレート色の焼き菓子が入っている。甘い香りがふわりと立ち上った。 「フォンダンショコラです。暖めて食べるものなので、冬だし、いいかなって」 「暖めて食べるのですね」 七緒の言葉に、ネムが立ち上がると即座に姿を消した。そしてすぐに極超短波小炉(要するに電子レンジ)を抱えて戻ってくる。それを設置して、勇音はカップを入れていき、スイッチを入れた。やちるが小さな匙を人数分用意して待っている。濃い甘い匂いが周囲に立ちこめた。 ちん、と間の抜けた音を極超短波小炉(要するに電子レンジ)が立てた。勇音が扉を開ける。熱っ、と呟きながらも勇音は手際よく机にカップを並べた。やちるが匙をそれぞれに手渡す。 「いただきます」 全員が一斉に匙を口に運ぶ。一瞬だけ沈黙が流れ、全員が同じ、柔らかい顔をした。 「……おいしーい! 勇音ちゃん、すごくおいしいよこれ」 「これ、良いじゃない。すっごくおいしい。作り方も簡単なのね」 「うむ、これは良いな」 「はい、そう思います」 「ええほんとに、とても好き。紅茶が欲しいですね」 勇音は皆の感想を聞きながら照れくさそうに背中を小さくして笑う。そして、箱の中からもう一つ、別の容器を取りだした。とろけたチョコレートを口に運ぶ手を止めないまま、全員が再び覗き込む。容器の中にはチョコレートが固まっている。 「あの、それで、もう一つ暖かいもので、チョコレートフォンドュです。フォンダンショコラが難しい人の場合、こちらならチョコと牛乳を一緒に加熱するだけで作れるので。火にかけて、溶けたところに果物とかをつけて食べます」 「あ、それもおいしそう」 想像しているのか乱菊が眼を閉じて微笑んだ。 「そして、これら二つは口説くという点でも良いと思います。贈るときに、こうして食べるのよって言って一緒に食べればいいかなって考えました。特にチョコレートフォンドュの方は二人で食べた方が楽しいと思いますし」 「見事な作戦だ」 砕蜂が匙をくわえて頷いた。 「それに、あの、そのですね……えと」 「どうしましたか。どうぞ仰って下さい」 口ごもり始めた勇音を七緒が優しく促す。勇音は頬を赤らめて、両手を胸の前で組み合わせて口を開いた。 「フォンドュって、体温より高いくらいならちゃんと溶けてるんですね。だから、あの、自分の指とか、なんかにちょこっとかけて、……わたしを食べて、とかしてみ」 「無理せずそこでストップ!」 七緒が瞬時に勇音の前に立ち、両肩をがっしりと掴む。 「……どうして皆さんそう裏へ裏へと年齢制限が必要な作戦を立てるのでしょうか!?」 「あ、あの」 「いえ、いいんです。勇音さんに入れ知恵したのは誰だかくらいは察しがついていますからいいんですよ」 「え、言っとくけどあたしじゃないわよ」 乱菊が慌てて七緒に振り向いた。七緒が眼鏡をきらりと光らせる。 「もう一人、いるでしょうそういうことを言いそうな輩がもう一人四番隊に! 申し上げておきますが皆さん! 目的は口説くことであって、その先にあることではありませんから! 慌てず焦らず先走らずに! いいですね!」
「はい! 次の方!」 「うむ」 こめかみに青筋が浮かんだままの七緒に怯むこともなく、砕蜂が勢いよく立ち上がり、膝に置いていた濃紺の風呂敷包みを開いた。その中の箱を全員が覗き込み、驚きの声を上げた。箱の中には正方形のケーキが鎮座している。表面の艶は色気すら漂わせ、誘うようにとろりと光っている。切断面は美しい層になっており、柔らかそうなスポンジとチョコレート色のクリームが交互に重なっていた。砕蜂はどこからか暖めた包丁を取り出し、鮮やかな手つきでケーキを人数分に切り分けると小皿に取り分ける。それを手に渡されるまで全員が無言で見つめていた。 「オペラというケーキだ」 砕蜂が一言で説明を終わらせた。 「なんて綺麗な艶……!」 乱菊が溜息とともに呟く。 「あ、すごくおいしい……」 勇音が眼を閉じて囁くように言う。 ネムは黙々とケーキを口に運んでいる。一口一口、ゆっくりとしているので味わっているようだった。 やちるは一口で満面の笑みを浮かべた。 「すごーい! お店で売ってるものみたい!」 その言葉に七緒も頷く。 「本当に。これって作れるのですね……」 しみじみと呟いた七緒に、砕蜂はさらっと、 「うむ。大前田が初めてだと言いながら作っていたのだから、他の者でも作れるだろう」 と言った。全員の動きが止まった。 「……大前田?」 乱菊が全員を代表しておそるおそる尋ねる。砕蜂は大きく頷いた。 「そうだ。最初に私は、男を口説くならば見目もよく努力も感じられるケーキがよかろうと判断した。そして作成していたのだが、途中、慌てて大前田が調理室に飛び込んできてな、作成を中止しろとぬかしてきたのだ。確かに少々煙が出ていたので私もそれを承諾したが、別のケーキを考えねばならないだろう。そうすると大前田が、奴の実家のお抱え調理人に連絡し、なにやら作り方を聞いてきたので、それを作ってみた。多少、面倒だったが作れなくはないぞ」 「……え、でも、大前田さんが作られたのですよね、これ」 七緒もおそるおそる尋ねる。砕蜂はまたも大きく頷いた。 「うむ。私一人で作ろうとしたのだが、大前田が一緒に作るとぬかしたので仕方なく、それぞれが一つのケーキを作ることにした。奴もケーキを作るのは初めてだったらしいが、完成品を並べてみたところ奴の作った方が見目が良かったのでそちらを持ってきた」 「初めてでこんなにできちゃうんだ。すごいねー」 やちるは素直に感心している。その横で七緒がなぜかがっくりと肩を落としていた。乱菊が優しくその肩を叩く。 勇音はずっと黙っていたが、やがておずおずと口を開いた。 「あの……その大前田さんは今朝、四番隊に救急で運ばれてきたのですが…………」 砕蜂が、ああ、と勇音を見上げる。 「私が作った方を奴にやったら、青い顔をして一息に食べたかと思うやいなや倒れてな。全くなっておらん。ケーキ丸ごと一つ食べたくらいで腹をこわすとは」 全員が顔を見合わせて黙り込んだ。七緒が溜息をついて空になった皿を置く。 「……まあ、初心者でも作れるということですし。後で作り方を教えて下さい」
「はい! 次の方!」 七緒に呼ばれ、ネムが立ち上がると手提げから箱を取り出した。皆が周囲に集まり覗き込む。箱を開けると、一口大の丸いチョコレートが並んでいた。がさがさとした表面に、細かい砂糖が雪のようにまぶされている。 「トリュフです」 「まともですね……」 七緒が噛み締めるように呟く。その言葉に全員がしみじみと頷いた。 「中身はちょっとスパイシーなガナッシュです。甘いものが苦手な男性でもこちらなら大丈夫かと思います」 「しかもちゃんと考えられている……」 七緒が感極まったように眼を閉じて呟く。 「ネム。あなた、やればちゃんとしたものができるじゃないの」 「ありがとうございます」 ネムは軽く頭を下げると、トリュフを小皿に取り分けた。 「どうぞ、お召し上がり下さい」 「いただきます」 全員が一斉に口に放り込んだ。 「あ、確かにスパイシーね。何の香辛料を入れてるのかしら」 「大人っぽいですね」 「うむ、これならば確かに甘味が苦手でも大丈夫だろう」 「甘くないけどおいしいよ、これ」 皆が口々に感想を述べ合うなか、七緒は嬉しげにネムに向かって微笑んだ。 「本当。とてもおいしい。本当よ」 ネムがかすかに口元を緩めた。 「ありがとうございます。阿近さんに相談して正解だったようですね」 全員が一瞬で顔を青くした。 「あ……こん、さん?」 七緒が呆然としつつも訊いた。ネムがこくりと頷く。 「はい。チョコレートの作り方は調査で知り得たのですが、男性を口説くということが調査しづらい上にまだ知識として入力されておりませんでしたので、阿近さんに相談したのです」 乱菊が額を押さえた。 「で、阿近は何を教えてくれたわけ?」 「はい。薬を混ぜればよいと教えて下さりま」 「何!? それは何の薬!? 食べちゃったじゃないの!」 ネムの言葉を途中で遮り、七緒がネムの両肩を掴んで力強く揺さぶる。その横で砕蜂が冷静に、 「まあ普通に考えれば、媚薬だろうな」 と言った。更にその横で勇音が青い顔で、 「古来の製法でしたら、多くの香辛料の他に阿片とかトカゲの粉末などを入れるはずですね……」 と言う。 七緒が絶句した。 「別にトカゲくらい食べたことあるからいいんだけど」 七緒の背後で乱菊が苦笑してやちるに話している。 「技術局で作られたんだろうなーってところがちょっと微妙よねえ」 「そうだね。あそこって変なものだらけだもんねえ」 答えてやちるは大きく笑った。七緒は一緒に笑うこともできずに固まっている。
まだショックが消えないのか、椅子に座ってしょんぼりと肩を落としている七緒にやちるが箱を差し出した。 「はい、七緒ちゃん。あたしが作ったチョコだよ。食べてみてくれる?」 七緒が箱を受け取って蓋を開ける。あとの人達は七緒の後ろから覗き込んだ。 箱の中にはハート形に固められたチョコレートが入っていた。表面には白いチョコレートで『大好き』と書かれている。 急に七緒が涙ぐんだ。 「七緒ちゃん?」 やちるが横から七緒を覗き込む。七緒は箱を机の上に置くと、やちるの手を両手で握りしめた。 「さすがです! さすが会長です! こういうのが一番心に響きます! なんかこう疲れきった心に染みいるようなチョコレートです!」 「えへへー。そう? 剣ちゃんはこれで喜んでくれるよ」 やちるは嬉しそうに笑う。 七緒の背後では乱菊がしみじみと、 「なんか実感込めて叫んでるわねえ……七緒」 と呟いた。 「そういう伊勢は作らないのか?」 砕蜂が小さく勇音に囁く。勇音はそっと首を横に振ると、 「それを仰らないであげて下さい」 と柔らかい苦笑を浮かべた。乱菊が頷く。二人の顔を見て、砕蜂も何かを察したのか、小さく頷いた。 ネムは真面目な顔をしてやちるのチョコレートを観察している。 七緒はやちるのチョコレートを一口かじり、小さく笑顔を見せた。「女性死神協会本会ぎ場」にようやく柔らかい雰囲気が訪れた。
はい。あとがきですよ。このようなチョコレートのお菓子数々が出来上がる様子は、次の拍手文で書きました。ちなみに、これを書くにあたり、お菓子の作り方を調べはしましたが、正直言ってオペラは素人では無理だと思います。私は作り上げる自信はありません。あと、媚薬の効果ですが、まあ副隊長クラスになるとなかなか効かないかなあと。それについてもそのうちに書くかもしれません。それと、スピリタスについては本当に危険なので、ボンボンに入れたりするのは止めましょう。飲んでいる人に火がついたりした事件がありました。ほぼ純粋なアルコール(エタノールですね)なので、一気に飲むのも危険です。まず、喉が痛くなります(経験者)。それと、媚薬ですが、精製された阿片などを使うらしいので、危険だと思います。
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