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『女性死神協会 会議中01・後半』

『01・紹介文を書こう(後半)』

「はい、それでは会議を再開したいと思います」
 七緒の声に、理事の面々と会長は口の中の菓子を慌てて飲み込んだ。やちるは口をもごもごと動かしながら黒板の前の定位置に移動する。
「次は八番隊からですね。担当者はどなたでしたか」
「あ、はーい。あたし」
 手を挙げて微笑む乱菊を見て、七緒はがっくりと項垂れた。
「また隊長に相談なんてなさってないですよね」
「相談なんてしてないわよう」
 乱菊は快活に笑うと、文の書かれた紙を手にする。

「八番隊、京楽春水隊長。常に大人の魅力を惜しむことなく周囲に撒き散らしている京楽隊長は、実はとっても真面目な努力家さん。しかも、常に周囲に気を配り、部下の様子を見守っていらっしゃる、隊長らしい隊長さんだぞ。女の子を追いかけてばかりのように見えてるかもしれないけれど」
「追いかけてばかりじゃないですか!」
「まあまあ、まだ途中だから。
 男性社会の中でまだまだその地位を確立できていない私達女性死神のために、日々悩みをきいてその解決に奔走する素敵な隊長さんなの! ほら、これを読んでいるあなたも仕事の終わった宵にでも京楽隊長に悩みをそっと打ち明けてごらんなさい。豊富な人生経験から導き出される答えに」
「待った」
 七緒が肩を震わせつつも片手を前に突き出して朗読を止める。俯いて表情は見えないが、眉間にはくっきりと皺が刻まれていた。
 乱菊はへらりと笑ってみせる。
「どしたのー」
「隊長に、相談は、されていないんですよね」
「してないわよう。ちゃんと一人で考えたのよ、これ」
「ならば」
 かっ、と顔を上げて七緒は眼鏡の位置を直す。眼鏡がきらりと光った。
「先日、隊長が注文されていた大吟醸・古都の梅(本数限定生産・金賞受賞)の行方はどちらでしょうか」
「…………あららら」
 乱菊が素知らぬ顔をしてどちらともつかぬ方を見る。
「一人で考えたには考えたのよ」
「ならばどうしてそのように、隊長に女性を近づけるような危険な文章になっているのでしょうか」
「危険って、七緒ー、自分の隊長じゃないの」
「だから申し上げているんです!」
「あ、でもね、そんな危険じゃないのよ。ホントに。最後の締めはこうだもの。
 しかし隊長の愛する女性はただ一人。実はとっても少年のように純粋な隊長はずっと一人の女性を想っているの。隊長はそっと囁いているわ。『愛してるよ、七緒ちゃん』
 っていう」
「今更媚びても駄目です! ……っていうか私は無関係です! 全面的に書き直してらっしゃい!」



「次の方! 九番隊をお願い致します」
「は、はい。私です」
 勇音がおずおずと手を挙げた。
「九番隊、東仙要隊長。物静かで平和を愛し、万物を愛している隊長です。争いを悲しみ、世界が常に平和であるために日々おつとめしておられるお姿は、皆の目標です。謙虚で、その力をふるうことのなくお優しく、どんな立場の人間にも等しく接せられる隊長。常に自然な姿で、一見すると誰も気付かないけれど、実は隊長はお目が全く見えません。そのハンディを全く感じさせないのは、隊長のお力と努力の賜。東仙隊長は本当に素晴らしい方なのです」
 七緒は一々頷きながら聞いている。それを見て勇音はほっとしたように笑み、朗読を続けた。
「そんな隊長にも、もちろん人であるがゆえの可愛らしい一面もあります。夏には、側溝で大発生した蚊にまでその平等精神を振りまいて余計な殺生はしないようにとのお言葉。九番隊の隊員達は一日に最高十五カ所も刺されたそうです。また、ゴキブリにまでそのお言葉はかけられたため、隊員達は仕方なく、ゴキブリを発見すると手袋でそれを捕らえては隊舎の外へ追いやるように。また、お目が見えないことを逆手にとっておられるのか、ときおりしれっと『ああ、すまない。君のものだと気付かなかったんだ』と副隊長の隠しておいた名前まで書いてあるお菓子を食べてしまわれることもあるお茶目な一面も。それ以来、副隊長は自分のお菓子は執務室には持ってこな」
「ちょっとお待ちを」
 七緒が口の端を引きつらせて朗読を止めた。勇音が不安げに顔を上げる。
「今のお話は本当のことなのでしょうか」
「檜佐木君に色々とお訊きしたときにそうおっしゃっていて」
「……あの八番隊でのゴキブリ大量発生は九番隊の仕業だったのね……っ」
 怒りに震えた声で七緒が呟く。勇音はびくっと一瞬だけ身を引くと、慌てて、
「あ、あの、檜佐木君はできたら蚊とゴキブリは仕方ないんだけどなって考えておられるようで……」
と言うが、乱菊がぽんとその肩に手を置いた。
「いいのよ、勇音。七緒に任せておきましょう。……うちもゴキブリには悩まされていたのよね」
「そうです! この件については私にお任せを! あ、紹介文については前半はそのままで、後半だけ適当に取り繕って下さい!」



「次の方! 十番隊をお願い致します」
「うむ。任せておけ」
 砕蜂が堂々と朗読を始めた。
「十番隊、日番谷冬獅郎隊長。天才児と謳われたその実力はいまだ未知数。史上最速で隊長まで登りつめ、周囲の羨望と嫉妬を一身に受けているその本人は、己の実力を疑うことなく、そして過信もしない非常に冷静な男だ。見た目は子供であるが仕事ぶりは実に大人。遊ぶこともなくさぼることもなく、退屈な書類仕事から命をかけた虚退治まで、全てをそつなくこなしている。隊長としての器は十二分にあると言えよう。勿論、見目についても成長期はこれから。陽光に白く輝く髪と、深い思慮を感じさせる淡い緑の眼は、彼が成長してからの麗しさを予感させる。小さな体も業務には全く支障はなく、周囲の人間は彼に信頼と期待を寄せている。だが、残念ながらその成長期前の体を気に病んでいるのは当の本人であるようだ。一日三回の食事の前には牛乳を一気飲み。おやつには誰にもばれぬようこっそりと煮干しを食いあさり、食事についても頭から丸ごと食べられる小魚を中心にしているとのこと。実は幼なじみである雛森の身長を追い越すことが目的との噂もあ」
「……あの、お待ち頂けますか」
 そっと七緒が止めに入り、砕蜂は訝しげに顔を上げた。
「どうした」
「あの、その日番谷隊長の秘密はどこから」
「どこからも何も、周囲には全てばればれだぞ。知らぬは本人だけだ」
「あたしが喋ったんじゃないのよ。ホントにいつのまにか知れ渡ってるの」
「……お気の毒に」
 砕蜂と乱菊の言葉に七緒は眉を寄せた。
「前半部分は良いと思いますので、後半については書き直して差し上げてはいかがでしょうか」
「しかし、その微笑ましい話があるからこそ、天才児として微妙に距離をおかれている彼の人間らしさを垣間見れて良いのではないか?」
「けれどそれではあまりに日番谷隊長が哀れ……、いや失礼、お気の毒では?」
「あー、確かにちょっと健気な隊長が可哀相かも」
 乱菊も苦笑して言う。
 砕蜂は少し考えるように顎に手をやり、そして頷いた。
「確かに。奴の男としての誇りを踏みにじるやもしれぬな。了解した。書き直そう」
「お願い致します」



「次の方! 十一番隊をお願い致します」
「……はい」
 ネムが静かな声で読み上げ始めた。
「十一番隊、更木剣八隊長。衝撃的なデビューで隊長に就任された更木隊長。抑えきれないほどの巨大な霊圧。禍々しいほどのその霊圧は、実は技術局特製の眼帯で食らわせていてもあれほどの」
「待って」
 七緒の制止にネムが首を傾げる。
「それってばらしちゃまずいんじゃないの」
「ですが、技術局員は全員存じておりますが」
「一般の死神に知られちゃまずいでしょう。そこはカットしたら」
 ネムは頷いて、続きを朗読する。
「あの奇抜なヘアスタイルは実は隊長自ら、毎朝行っているとのこと。寝癖かと勘違いしている人も多いかもしれませんが、アレは立派なおしゃれ。技術局特製の整髪料を毎朝一本使い切っています。決して砂糖水などではありません」
「うわ、ネタが古いわね」
「もちろん、整髪料一本を使い切るわけですから、常に傍にいる副隊長への影響も考慮しています。更木隊長は副隊長の好みの香りを技術局にお話になり、加えて健康にも留意したものを作り出すように注文されています」
「あー、だから卯ノ花隊長に阿近さんが相談しにきたんだ」
「結果、技術局が作り出した特製整髪料をお使いになっている更木隊長の頭髪からは、軽やかな香りが立ち上っています。それは日替わりで、種類はチョコレート、苺、あんこ、すき焼きなどがございます」
「頭からすき焼きの匂いがして嬉しいのか? 奴は」
「そんな周囲への気配りも完璧な更木隊長は、十一番隊隊員から敬愛されています。とてもすばらしい隊長です。」
 全文を読み切り、ネムは微妙に満足げに見える表情をして七緒を見上げた。その七緒は非常に複雑な顔をしている。
「……会長」
「なあに」
 やちるがきょとんと七緒を見た。
「更木隊長の頭髪からはそのような香りが?」
「うん。剣ちゃんが、お前の好きな匂いは何だって訊いたから、お菓子って答えたんだよ」
「それって、つい最近のことですよね?」
「うん。半月くらい前から、剣ちゃんからいい匂いがするようになった」
 七緒ががっくりと項垂れた。
「……えーと、書き直し」
 ネムが首を傾げた。
「微妙に更木隊長の魅力を半減しているとしか思えませんし、技術局の高い技術力の宣伝になりかねません。もう少し更木隊長を中心にして書いて下さい。そして」
 ここで七緒は大きく溜息をついた。
「できれば整髪料の香りは花の香りにして差し上げて下さい」
「えー、剣ちゃんは気にしてないよ」
「斑目三席が最近とても疲れておいでです」



「十二番隊の担当は会長でしたよね」
 七緒がこめかみを押さえつつ、やちるを見下ろした。やちるは顔を上げて満面の笑みを返す。
「そうだよ。完璧。
 十二番隊、涅マユリ隊長。隊長はいつも変なお面をかぶっているけど、本当は整った顔をしているらしいです。でも隠していたら意味ないよね。耳は取っちゃったらしいです。自分の体を改造したり、溶かしたりするのが得意です。爪を剥がすのが趣味です。でもちゃんと爪切りで切った方が形がいいと思うんだけどな。また、自分の体だけでなく、人の体もいろいろと研究っていうかいじるのが大好きで」
「はいそこまで」
 やちるの口を両手で塞いで、七緒が溜息混じりに制止の言葉を口にした。
「事実でしょう事実だと思います思いたくないけどそうなんでしょう。でも世の中には事実を口にしてはいけない場合もあるんですよ会長」
 手を外されて、やちるは大きく息を吐いた。
「でも、マユリンって他に書くことないよ。ね、ネムちゃん」
「はい」
 ネムが静かに頷く。
「マユリ様が大事にされているのは研究ですから、他にご趣味というとちょっと……」
「私が書きます。どうにかでっちあげて無難に書いておきます無難に」
 七緒はそうまとめて、手にしていたファイルから一枚の紙を取り出した。
「では十二番隊はそういうことで。さて、十三番隊は私が担当しておりました」
「あ、そういえばそうだったわね」
 疲れたというように机に頬杖をついた乱菊が言う。七緒は顔を向けて頷いた。
「では、発表させて頂きます。
 十三番隊、浮竹十四郎隊長。病弱でおられるものの、しっかりと隊を束ねられ、業務をこなしておられる浮竹隊長は普段は雨乾堂におられます。なかなか外出されないためにお姿をお見かけすることはそうないことと思いますが、隊長はいつも優しげな笑みを浮かべ、意外にも快活な物言いをされるお方です。部下からは慕われ、隊長達からは信頼されていることからもそのお人柄が偲ばれようというもの。そんな隊ちょ」
「つまんなーい。七緒それ無難すぎ」
 七緒の朗読を遮って乱菊が声を上げた。
「だって、浮竹隊長って、うちの隊長に等身大の人形贈ってくるようなお人柄よ?」
「そうですよね」
 そこへ勇音も手をあげる。
「つい先日、浮竹隊長がこっそり薬をお飲みになっていなかったとかで卯ノ花隊長に長々とお説教されてましたし」
「確かに」
 砕蜂も鷹揚に頷く。
「雨乾堂に見舞いに行ったところ、日番谷にやるための菓子を嬉しげに準備していて血を吐いて全滅させたのを見たことがある。奴の口と飴玉が血塗れになっていた」
 ネムは頷きつつ口を開けたが、何も言う前に七緒に睨まれて口を閉ざした。
「あのですね、皆様」
 額を押さえて七緒は首を横に振る。
「私達は紹介文を書いているんですよ紹介文を。面白さも笑いも求めていないんです。普段、隊長と接することの少ない一般の死神達にお知らせするために書いているのに、どうして隊長のメンツやら何やらをぶっ潰すようなことを書こうとなさるんですかあなた方は」
「えー、だって、七緒ちゃん」
 やちるが柔らかく微笑んで七緒を見上げた。
「全部、ホントのことだよ?」
 七緒は無言のまま、黒板に『次回までに書き直す隊長の紹介文とその担当者』と書き始めた。







 あとがきです。もうだいぶ前に書いたのでよく覚えてないといえばないのですが、まあ勢いで(あとがきをかなり後回しにしておりました)。
 えーと、このシリーズは勢いで書いていますが、正直、剣八さんをどうしようと悩んだ覚えがございます。書くことがなさそうでどうにかなったのが、東仙さん。とりあえずゴキブリと蚊については戦った方がいいかなと思います。原作(というかカラブリ)の方では全員?の写真集の題名などが発表されているらしいですね。読みたいよう、と悶えています。


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