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雰囲気的な5つの詞(ことば):無
01.だって意味なんかない 乱菊 02.気付いてすらいなくて 雛森 03.誰もう何も言えない 吉良 04.空の両手を空へと 乱菊 05.ただ傍にいたかっただけ ギン
拍手御礼文051013-1101 配布元 Title--Melancholy rainy day
『01.だって意味なんかない』
ギンの消えた日を思い出すと、乱菊を襲うのはどうしようもない無力感だ。 空っぽの冷えた寝床を見て、少しだけ隙間のあいた引き戸を開けて、外が音もなく降りしきる雨だったりすると、乱菊はいつも全身の力が抜けるのを感じた。そういうとき、乱菊はうなだれないように意識して顔を上げ、霧のような細かい雨の向こうを睨む。せめて、晴れていたらよかったのに。恨めしげに空を見上げても、濡れて重そうな雲から水が滴り落ちているばかり。 晴れていれば何も考えずに体を動かせる。曇りでも構わない。雨が振るなら盛大に降ってくれればいい。 霧雨や雪のような、音のない日には何かが体に浸みていき、じとりと体は重くなった。そういうときに考えることは、いつもどうでもいいくだらないことで。 自分が思い出したことを一笑し、乱菊は目の前で刀を構える同僚を睨んだ。 「意味とか、理由とか、どうでもいいわ。そんなこと」 自分の存在の意味など、どうでもよかった。一緒にいる理由などなくて構わなかった。ただ、一人どこかへ消えてしまうあの男の、その思いを知りたかった。その思いの向かう先を、少しでいいから知らせて欲しかった。
『02.気付いてすらいなくて』
「嘘」 自分の体に突き刺さる刀は鈍く光っていた。どうしてだろう、痛みは感じない。雛森は優しく微笑む憧れの人を見上げて、呆然と呟いた。 彼の人は今も優しく微笑んで自分を見下ろしていた。 体の中に異物がある感触が妙だ。途方もない違和感がそこにある。そこから何かが流れ出し、体から力が抜けていくのが分かる。雛森は、自分の体から抜けていくものを知っている。それは生暖かくて少しだけねとりとまとわりつくものだ。思い出せないほどの昔、まだここに来るときにも、自分はそれにまみれていたような気がする。 ああ。 もう一度、あれを繰り返すのか。 自分を見つめる彼の人の眼差しは柔らかく、暖かで。 雛森は見つめたまま、彼の人の姿が遠くなるのを感じた。上にいってしまう。いや、自分の体が沈み込んでいるのか。ぼんやりと感じながら、雛森は初めて気付いた。 注がれる眼差しの奥の奥にあるその仄暗さに。 そうかそうなのかそういうことなのでしょうか。暗く狭くなる視界はさいごまでその眼を捉えていた。
『03.もう何も言えない』
遠くの空がひび割れるのが見えていた。 吉良は座り込んだまま、壁により掛かりその光景を眺めていた。ただ、瞳に映していた。空から下ろされた光は三本。先程の報せを思い出し、あの光の中にいるであろう人は誰かを理解する。脳味噌がゆるりと回転し、自分が担った役割を理解する。そしてその行動によりもたらされた結果は、先程の報せの通りなのだろう。 「ふふ」 思いがけず、乾いた笑いが吉良の口から漏れた。 「ふふふふ、は、ははははは、はは……っ」 笑い出すと止まらない。体の横に投げ出されていた掌が堅く握られ、その拳を太股に打ち付ける。閉じていく空の割れ目を映した瞳はゆらりと滲んだ。 吉良は空を見上げたまま、かたかたと体を震わせて絞り出すように笑い続ける。
『04.空の両手を空へと』
掴んでいた手首は振り払われ、腕の中にいた体は光の中に消えた。 乱菊は閉じていく空を見上げる。もう姿はぼんやりと、光の柱のなかにしみのようにしか見えなかった。途端に、手の中の空洞が大きく感じられ、乱菊は手を堅く握る。 誰も何も言わなかった。 沈黙が降りた双極の丘に、風がゆるりと流れた。それすらも、この重い沈黙を吹き飛ばしはしない。 空のひび割れが完全に閉じる。 その途端、背後からざわめいた霊圧が現れ、それは勢いよく沈黙をうち破った。 「四番隊、ただいま到着致しました」 伊江村が多くの死神を率いて片膝をつく。彼の声に、そこにいた皆が振り向いた。 「雛森副隊長と日番谷隊長の蘇生を現在行っております。松本副隊長、至急四十六室へお急ぎ下さい。まだ油断は出来ない状況です。そして倒れていた吉良副隊長を保護しました。指示をお願い致します」 「よう来た。治療を頼む」 山本総隊長が頷き、乱菊に目線を向けた。 「松本、急ぎ四十六室へ向かえ。そして……」 総隊長の指示は続いていたが、乱菊は礼をすると踵を返して丘を飛び降りるように駈け降りる。ざわめきが背後に遠ざかり、乱菊は何気なく振り返った。 何事もなかったような青空がそこにあった。 一瞬、両手を空へ向けそうになり、乱菊は眉をひそめ、そして顔を歪めた。振り切るように前を向き、速度を上げて四十六室に倒れる上司へと駆けていく。
『05.ただ傍にいたかっただけ』
豆粒のように小さい姿でも、金色に揺れるあの髪のせいなのか単にもう眼が当然のように捉えるのか、ギンは見間違えることなく乱菊を見つめていた。 手首に背中に肩に、まだ気配が残っている。下ろせずにいた手首を見て傷を付けてもらえば良かったと考え、その考えにギンは笑った。傷痕が残ったとしても、もうこの懐かしい気配は溶けるように消えてしまうだろう。 虚の気配が充満する世界に入り、ギンは光の中でもう一度下界に目を向ける。こちらをじっと見上げているその姿を焼き付けるように、瞬きもせずに、赤い眼を開く。
もう少し。 傍にいたかったと、目を伏せる。
裂け目はゆっくりと閉じていった。
全て、あの藍染様さようならの日の出来事です。実は吉良の話を気に入っています。多分、あの光を見たときに本当にショックを受けたと思うのです。そして人はショックを受けたとき、それがあまりに大きいと笑ってしまうことも多いと思っています。私は実は笑う人です。
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