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雰囲気的な5つの詞(ことば):祈

01.その姿は祈りに似ている
02.ともすれば零れそうな想いが
03.誰でもない、君の為に
04.献花の如く、それは
05.祈る言葉なんて持っていないけど


拍手御礼文050926-1013 配布元 Title--Melancholy rainy day




『01.その姿は祈りに似ている』

 ギンが、また姿を消した。
 朝、隣の空間を見て乱菊は溜息をつく。いまだ幼い自分の手を置くと、そこにはまだ微かに温もりが残っていて、ギンが出ていったのはつい先程だと知らせていた。無駄だと知りつつ、それでも乱菊は戸口へと向かう。
 戸を開けると、朝靄で何も見えなかった。
 乳白色に包まれて、乱菊は二、三歩進んで足を止めた。
 唇を引き結び、まるで睨むかのように靄の奥まで見るかのように真っ直ぐに眼を前に向け、乱菊はどこに向かっているのかすら知らないギンを見送る。背筋を伸ばし、脚を肩幅に開き、ただ一人。
 わずかに空気が流れ白い靄が流れ、それに溶けるように山吹色の髪が揺れる。乱菊は身動ぎもせず、遠いギンをただ想っていた。何も見えない白い世界に溶けるようで、けれど決して混じらない高潔さで、乱菊は見えない先を見つめていた。







『02.ともすれば零れそうな想いが』

 十番隊副隊長が怪我をしたという一報が三番隊に入ってきた頃には、すでに彼女は四番隊から十番隊に戻っていた。
「……えらい珍しいなあ、副隊長さんが。イヅル、詳細聞いとる?」
 反射的にソファから体を起こし、一拍置いて落ち着かせてから、ギンはその一報を持ってきた吉良に尋ねる。声に本音が混じりそうで、ギンは口元の笑みを深くした。
 ただのお喋りとしてそれを話していた吉良は、書類から顔を上げた。
「現世での任務中、部下を庇って虚を斬った際に足場が悪くて転んだだけらしいですよ。右足首の捻挫だそうで。確かに珍しいですよね、松本さんが」
 少しおかしそうに笑って話す吉良に、ギンは眉間に入っていた力を抜いて笑みを浮かべた。
「なんや、捻挫なん。ほな心配いらんねえ」
「お元気そうでしたよ。先程、雛森君と十番隊にお菓子を持っていったら喜んで召し上がってましたから」
「抜け駆けしよったね、イヅル。……ボクの分は?」
「この書類を書き上げてくださったら休憩時間です」
 吉良から渡された書類を手に持ち、ギンはつい息をついた。そこから何かが零れていってしまいそうで、誰にも見せられない何かが零れてしまいそうで、ギンはソファに寝そべると、隠すように顔の高さまで書類を持ち上げた。







『03.誰でもない、君の為に』

 中庭を挟んだ向こうの渡り廊下に銀髪が輝くのを見て、乱菊はほうっと息をついた。
「どうしたんですか」
 隣にいた雛森が覗き込むように尋ねてくる。乱菊は雛森に振り返ると、無言でただ微笑んだ。雛森は乱菊の見ていた方向を見て、そして明るい声で、
「あ、吉良君だ。無事に帰ってきたんだ」
と言った。そして乱菊を振り仰ぐ。
「難しい任務って聞いていたから少し心配していたんです。よかったあ」
「そうね。あたしもそう思って」
「やっぱりそう思いますよね。吉良君ってしっかりしてるのに、ときどき、あれっ? てところで怪我したりするから」
 雛森はそう笑うと、ギンの後ろを歩く吉良に手を振る。こちらに気づいていたらしい吉良が、遠目でもよく分かるほど嬉しげに手を振り返した。前を歩いていたギンがそれに気づき、こちらを見る。
 微かに微笑んだ気配がした。
 慌てて礼をする雛森の横で乱菊は小さく会釈をする。表情もよく見えないこの距離で、それでも伝わるだろうと乱菊は思う。もうあまりに遠すぎて、肌にほんの少し、感じられるくらいだろうけれど。
 この安堵も、祈りも。
 ただ一人にだけ向けられているこの笑みも。







『04.献花の如く、それは』

 ときどき、夢を見た。

 あかいあかい緋色の夢に溢れるのは誰のものともつかない屍の山。その中に佇む自分も死んでいる。死んでいるのに、殺し続ける自動人形。刀は錆び、欠けて、もう役に立たないそれで無理矢理に斬っていく。嫌な感触。嫌な音。
 そしてやがて目の前に神を名乗る男が現れる。
 穏やかで、優しげで、慈悲に溢れた表情をして、他人の血で紅く染まった男が手折った花を持ってやってくる。
 山吹色の花を持ってやってくる。






 ほら。
 君が求めていた花じゃないのかな。






 目を覚ますとそこには闇しかなかった。ギンはひっそりと嗤う。
 冷たい汗が背中を流れ落ちた。

 死ぬときに、花はいらない。
 あの花でなければ欲しくはないし、あの花は手折らない。手折らせない。
 ただ咲いているのを見ているだけ。
 ただ咲き誇るのを眺めているだけ。
 それだけで。







『05.祈る言葉なんて持っていないけど』

「おや。これ、本当に美味しいね」
「そうなんですよ。是非ご一緒にと思って」
 一口、透明な液体を口に含んで笑みを浮かべた京楽に、乱菊は誇らしげに微笑んだ。月の光がそれを照らし、縁側に柔らかな影が落ちる。二人の間にある硝子の徳利の中で揺れる酒を通った光が朱塗りの盆に揺らめき遊ぶ。
「美しい女性にそんなことを言われるとは、光栄だねえ」
「何を仰いますやら」
「いやいや、美しい人の前では本心しか言えないんだよ、僕は」
「七緒が来られなくて寂しがっていらしたくせに」
「はは。寂しさもまた肴になるよ。こんな月夜の晩にはね」
 猪口の酒を飲み干して、京楽は澄んだ眼を月に向けた。僅かに欠けた月は、それでも余すところ無く天を照らし地を照らしている。月光が溶けた闇は柔らかく周囲を漂っていた。乱菊もまた天を仰ぐ。月はいつかみた時と同じ姿でそこにあった。
「確かに、寂しさすら透きとおって溶けてしまいそうですね」
 乱菊の言葉に、京楽が優しく微笑んだ。
「そう。こんな綺麗で静かな月の光になら、孤独も憂いも哀しみも溶けるものだよ。陽の光は、時にあまりに強すぎて残酷だったりするからね」
「……そうですね」
「こんな夜には、何かをそっと願ったり祈ったりして眠ればいいのさ」
 京楽はもう一口、酒を口に含む。空いた猪口に乱菊が徳利から酒を注いだ。酒が満ち、京楽の骨張った掌に光が零れる。
「何に、祈るんですか」
「さあね」
 戯けたように京楽が首を傾げる。
「僕らは神と呼ばれる者だけれど、別に願い祈る対象ではないからね」
「現世で言うような神様なんて、いませんしね」
 乱菊は呟くように言った。
「まあ、少なくとも僕は会ったことがないね……でも」
 京楽の口調は静かで柔らかかった。
「何かに祈ればいいのさ。たとえば空を流れる星でもいい」
 二人の目線の先で、一筋の光が流れる。乱菊は眼を細めてその行方を追った。
「何か、祈りました?」
「内緒。君は?」
「……言葉になんてならないようなことですが」
 自分を見つめる京楽に、乱菊は消え入りそうに微笑んだ。
「いつも、どこかでずっと思っていることを、とりあえず」
「それでいいのさ」
 京楽が口角を引き上げて笑った。







 四番目と最後をけっこう気に入っています。ギン乱生誕祝いの一環として書いたものですが、それにしては二人が絡まないのでどうしようかと思いました。京楽隊長を書くときには、大人・気障・分かりやすいと繰り返し呟きながらセリフを考えています。

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