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雲の向こうの遠雷が呟きさえも掻き消すから 3-1

 隊首会は定期的に行われている。
 急を要する事件が起きない限り、隊首会は淡々と、弛緩した雰囲気で行われる。十三隊を束ねる山本総隊長から事務的な連絡がされ、それぞれの隊長が己の隊であったことを報告するだけだ。ときおり、十三隊全体で執り行う事があるとそれについて会議をするが、それも数年に一度のことだった。巨大な虚が現れたり、大群が現れることなど滅多になかったし、あったとしてもそれはすぐに十三隊全体に報告されるから、このような隊首会で目新しい大きな事件が報告され、議論されることはそうあることではなかった。

 山本総隊長の言葉で会が終了となる。隊長達はそれぞれ話をしたり、足早に部屋から出ていったりして部屋はざわめきだした。
 今日の隊首会には藍染は不在だった。南流魂街の戌吊付近で正体不明の虚が出現し、流魂街での虚討伐の担当が廻っていた五番隊から隊長がそれに出向いた、と山本総隊長が簡単に説明した。その虚について刑軍も束ねている砕蜂が、隊長格が必要だと斥候が判断したことを補足説明する。こういうことは希にあったから、誰も何も思わないようだった。ただ剣八が一人、自分が行きたかったと悔しそうにこぼした。それを聞いてギンは薄く笑った。
 藍染が戻るまであと一日はあるはずだった。ギンは扉の向こうに消えようとしている白哉の背を追って部屋を出た。白哉は慌てる様子もなく、しかし決して馴れ合おうともしない背で廊下を歩いている。
「六番隊長さん」
 声を掛けると白哉は鷹揚に振り向いた。
「何だ」
 ギンはゆったりと白哉に並ぶ。そしてへらりと軽い軽い笑みを浮かべた。
「そないに早う戻りはっても仕事仰山せなあかへんやないの。ええ天気やさかい、話しぃひんかなあ思うて」
「用事が特にないならば、私は戻るぞ」
 ギンの提案をばっさりと斬り捨てて白哉は背を向けようとする。それを慌てることなく、ギンは、
「こう早う戻りはったら、阿散井君も気ぃ休まれへんやろ。隊長さんにこう余裕あらへんと、あの子も大変やなあ」
と言った。白哉は動きを止め、ゆっくりと振り返る。顔は無表情だが、眼はギンをじろりと睨んでいる。
「余裕がないわけではない。ただ兄とする話など持ち合わせてないだけだ」
「うわ、取り付くしまもあらへんわ」
 ギンはへらへらと笑い、一歩だけ白哉に体を寄せた。
「別に何でもええやないの。天気でも、噂話でも、身内の自慢話でも」
 そしてギンは慎重にさりげなく言葉を継いだ。
「せっかく可愛らしい義妹さんもいはるんやしなあ」
 ギンはそのままルキアの話を続けようとして、白哉の様子に口を閉じた。白哉の無表情がわずかに揺らいでいた。すぐに白哉は普段通りの綺麗な無表情になったが、眼だけは固くギンを睨んでいる。ルキアの様子を窺おうとしていたギンは、一瞬だけ言葉を選ぶのに逡巡する。そのとき、背後から、
「白哉」
と浮竹の声がした。振り返ると浮竹が青白い顔でこちらに歩み寄ってくるところだった。
「よう、話の途中にすまんな」
「いや、どうせ無駄話だ」
 顔色とはうらはらに快活に笑う浮竹に白哉は無表情で言葉を返す。ギンはへらりと笑ってみせる。
「ひどいわあ、六番隊長さん。無駄やなんて」
「有益な話をしていたわけではないだろう。浮竹、何用だ」
 ギンの言葉には目もくれず、白哉は浮竹に身体ごと向いた。浮竹は苦笑しつつも両手を袖に入れて欄干に寄りかかる。話が長くなることを感じ取り、仕方なくギンは、
「ほな、ボクはこのへんで」
と離れようとした。しかし浮竹は片手を出して横に振る。
「いや、丁度良いから市丸もいてくれないか。吉良にはうちの小椿が伝えているから」
 笑っているが浮竹の目は真剣で、ギンは後ずさった身体を再び前に戻す。浮竹の言葉から察するに、浮竹は最初から市丸に話をする予定でいたようだった。市丸は首を傾げた。浮竹は白哉に眼を向ける。
「白哉、さすがに隣接している地区担当の隊長には耳に入れてもらうことにするぞ。動く前に情報を集めたい」
「別に。ルキアの上司は兄だ。兄の判断に任せる」
 白哉は全く表情を崩さずに淡々と答えた。その言葉に浮竹は少し眉を寄せたが、何も言わずにギンを振り返る。
「俺の部下に白哉の義妹がいるのは市丸も知ってるな」
 何かの導きのようにルキアの話になり、ギンは眼を細めた。ただ口調だけは軽く軽く、
「ああ、ルキアちゃんですやろ。もちろん、知っとりますわ」
と言って笑みを浮かべる。白哉がわずかに眼光を鋭くしてギンを睨んだ。
「兄に親しげに呼ばれる筋合いはないぞ」
 その眼に怯みもせず、ギンは手をひらひらとさせる。
「堅苦しゅうせんでもええやないの。可愛え子を可愛く呼ぶんやもん。で、ルキアちゃんがどないしはったんです」
「彼女は現世の担当地域……空座町で虚退治をしていたんだが、任期が終了したのに、戻ってこないんだ。連絡もとれないし、何より彼女の居所を把握できない……今のところ、任期を延長したことにして、隊内と、白哉にしか報せていないんだが」
 浮竹の言葉にギンは笑みを消す。空座町。じわりと背筋に何かが走るのをギンは感じた。ギンは小さく息を吐いた。
「……そら、また。それ、皆に知れたらえらい噂になりますやろ」
「そうなんだよ。朽木は良くも悪くも目立つからな」
 浮竹は眉を寄せ、袖の中で組んでいた腕を解いて片手で頭を掻いた。長い白髪が指に絡まり、さらさらと音を立てて揺れる。それを白哉は身動ぎもせずにじっと、睨み付けるように眺めている。
「帰還予定日からもう一週間が経った。市丸、三番隊の担当地区が空座町に隣接しているはずなんだ。何か報告を受けてないか? 担当外の虚を退治したとかでも構わない。……妙なんだよ。朽木の居所が掴めないし朽木からの連絡もないし、隊から新しい担当者を派遣しているわけでもない。それなのに、瀞霊廷から送信される虚情報の通りに虚が退治されているんだ。朽木が退治しているのか、それとも通りかかった隣接の死神が退治しているのか。そのへんをはっきりさせておきたくてな」
 浮竹は珍しく厳しい顔をしている。ギンは数十年前の、十三番隊が副隊長を失ったときのことを思い出したが口にはせずに、ただ軽い笑みを浮かべて、
「すんませんなあ。特に妙な報告あらへんのや」
と言った。浮竹は小さく、そうか、と呟く。
「でも、空座町やろ?」
 ギンは声を低めた。そっと周囲を窺い、二人に顔を寄せるようにする。
「……あのお人が丁度いはるやないの。店、今はあの町でやってはったと思いますけどなあ」
「あの男に連絡をすることは許されておらぬ」
 白哉が硬い声できっぱりと言った。
「確かにあの男はこちらの品物を取り扱う店を現世で開いているが、あれは非公式のものだ。あくまであの男を監視下に置くための措置であり、品を卸す者と現世駐在の者以外は接触を禁じられておろう……現世駐在の者にしても、偶然に出会して、店を利用するくらいのことだ。もしルキアに何かあったとして、それをあの者が知ったとしても、そうしたらあの者からこちらに連絡がある。現世に店を出す者はそういう決まりになっている……たとえあの者でもな」
 白哉にしては珍しく饒舌に話し、そして、それに気付いたようにふっと口を閉ざす。ギンはそれを黙って聞いていたが、秘やかな声のまま、
「確かに、そうでしょうなあ」
と答えた。浮竹も硬い表情をして残念そうに息を吐く。白哉も浮竹も、あの店主がまだ瀞霊廷にいた頃には深い付き合いがあったはずだった。ギンは二人の顔を見て歪んだ笑みを浮かべる。おそらく、あの店主の顔は真っ先に二人の中で思い出され、そして真っ先に除外されたのだろう。そう考えて、ギンは自分の顔の歪みを隠すように少しばかり俯いて、息を吐いた。

 ルキアの件についてあの店主が……浦原が、何も知らないはずはないのだ。

 ギンの溜息につられるようにして浮竹がもう一度、大きく溜息をつく。そして顔を上げて、それをわずかに綻ばせた。ギンがその視線の先を見ると、誰かと話していたのかだいぶ遅れて、部屋から日番谷が出てきたところだった。
「おい、日番谷」
 浮竹が明るく笑いかけると、日番谷は目線だけこちらに向けて眉間の皺を深くした。
「……なんだよ。菓子はいらねえぞ」
「いや、菓子じゃない。ちょっと訊きたいことがあるんだ。大丈夫、松本には、お前に用事があるから呼び止める、と伝えてあるから」
 警戒していたのか足を止めていた日番谷だったが、浮竹の言葉に顔を上げるとゆっくりと近づいてきた。浮竹が欄干に深く寄りかかり目線を下げたことに気づいてギンはひっそりと笑った。屈まないだけ日番谷に気遣っているのだろうが、それでもそれは無意識で悪気のない、しかしあからさまな行為で、やはり日番谷は眉間の皺を更に深くしている。自分の腰辺りにある白髪の頭を見下ろして、ギンは笑いを堪えた。
「市丸……笑ってんじゃねえぞ」
「いややなあ、十番隊長さん。ボクが何を笑うんやろ」
「うるせえ。で、浮竹。何だよ」
 二人を見比べてきょとんとしていた浮竹は、日番谷に言われて顔を引き締めた。
「いや、十番隊の担当地区に空座町と隣接しているのがあっただろう」
「空座町? ……ああ、あったな、そんな場所。で?」
「いや、空座町の担当が俺の部下なんだが、ちょっと連絡が取れていないんだ。何か報告が入っているかと思ってな」
 日番谷は眉を寄せたまま上を見るようにしてしばらく考えていたが、やがて浮竹を真っ直ぐに見上げた。
「ない。特別気になるような報告は入っていない。ただ、別に気にすることねえだろ。何か怪我をしたとかじゃねえ限り、一々連絡しないんじゃねえのか」
 日番谷の言葉は確かに尤もだった。現世に滞在する死神の居所、周辺の虚情報は全て瀞霊廷で捕捉している。ゆえに、よほどのことがない限りは、担当者は細かい報告は行わずに全てを一任され、自分の考えで行動することが許されている。
 しかし、浮竹は首を横に振った。白哉もまた、小さく息を吐いて、
「しかし、今回はそうではない」
とはっきりとした声で言った。日番谷が白哉を見上げた。浮竹もまた白哉に目をやり、白哉が頷くのを見て口を開く。
「朽木の場合、任期が終わっているのに連絡がないし、何より居場所がこちらで把握できていない。現世にいる死神の居場所を把握できないなどありえない。通常の状態ならば霊圧が捕捉できるし、何らかの原因で霊圧が弱まっているとしても、義骸に入っているならば必ず捕捉できる。そうすると考えられるのは何か酷く体調を崩して力を失っているにもかかわらず、義骸に入ることすらできていないということだ。確かに、技術局に保管されている朽木の義骸はそのままで、義骸請求の連絡も入っていない。そしてそういった状況なのに、朽木からは全く連絡がないんだ。あいつの性格からは、そんなことは考えられない。まず、任期が終わっている時点で連絡が来るはずなんだ」
 浮竹も、普段と表情がそう変わらずにみえる白哉も酷く真面目な眼をしていた。ギンはそれを薄笑いを浮かべて眺めている。一言も口を挟まず、ただ無言でいたが、ギンは胸の中で諦めの溜息を何度もついた。
 藍染が戌吊に出向いていたことは、ただ崩壊の始まりが延期されただけのことだった。藍染は戌吊でルキアの存在に気付くだろう。そしてこの状況を藍染が耳にするのもそう遠くはない。そうしたら藍染が百数十年前の全容を理解することをギンは確信していた。
 建物の向こう側で人のざわめきが遠く聞こえる。しかし四人の間にはただ温い風が吹いた。
 日番谷は腕組みをしたまま難しい顔をして浮竹の話をじっと聞いていたが、話が一区切りついたところで小さく息を吐いた。
「俺の部下に様子を見に行かせるか? そうしたら、隣接した地区の担当者にすぐに伝える」
「いや、それには及ばぬ」
 白哉は低い声で答えた。そして目を伏せると、
「兄の厚意には感謝するが」
と付け加えた。浮竹は白哉に柔らかな眼を向けて、そして日番谷を見た。
「……朽木は本当に目立つ奴なんだ。立場も、入隊した経緯も何もかも、注目を浴びるしやっかみも受ける。そして現状では表だって探すことは難しい。空座町での虚はちゃんと退治されているし、その事実をこちらは確認している。そこに死神がいないはずはない状況なんだ。それをただ、朽木から連絡がないから、というだけで探しに行くと朽木を取り巻く環境がこれまでより悪くなってしまう。朽木家の令嬢だから甘やかされている、などと、な。……それは、あいつのためにも避けてやりたいし、朽木家にとっても避けなければならないんだ」
「……貴族ってのは、面倒くせえなあ」
 頭に手をやって乱暴に掻きむしると日番谷は今度は大きく息をついた。
「そんなこと言っていたら俺なんかどうすりゃいいんだよ」
 浮竹は苦笑した。白哉は表情を動かさずに黙っている。ギンは浮かび上がる笑みを隠せずににやりと笑った。ルキアが入隊した当時、三番隊の隊長になっていたギンは事の詳細を知っている。
 ルキア入隊の際に、白哉はルキアが席官にならないように根回しをした。それは結果、ルキアが席官にはなれない程度の実力であるのに飛び級で卒業し、入隊まで出来たのは朽木家の権力によるものだという噂を生んだ。噂はルキアを厚く取り巻いて、人を近づけさせなかった。
 日番谷の場合は全く異なる。目立つこともやっかみを受けているのも同じだが、日番谷の場合は全てを実力で黙らせられる。ここでは何よりも死神としての力がものを言う。日番谷は嫉妬と同時に憧憬や羨望も、そして信頼もまた向けられている。刺すような視線を受け続けているルキアとは全く異なるところにいた。
 それに。ギンは懐かしい顔を思い浮かべた。十数年前に死んだ十三番隊副隊長の事件に関わったルキアは、更に孤独になっている。
「お前も大変だろうけどな、朽木は全く別のものを向けられているんだよ」
 浮竹は優しく言った。
「だから、頼みたいんだ。具体的に部下を動かさなくていいから、適当にうまいこと言って注意を払うようにしてほしい。ほんの小さな事でもいいから、報告するようにしてもらえないだろうか」
「わかった。マメに報告を寄越すように言っておく。俺はそれをどっちに伝えればいいんだ」
「浮竹の方でいい。これは十三番隊の任務でのことだ。私に関わりはない」
「お前なあ」
 無表情のまま冷たく言い放った白哉に呆れたように笑うと、浮竹は欄干から離れて両手を腰に当てて軽く溜息をついた。
「そんなんじゃ何も伝わらないぞ……まあ、今言っても仕方ないな。日番谷、俺の方に頼む。市丸も、頼めるか」
 浮竹に顔を向けられ、ギンはへらりと笑って片手を上げた。
「了解。担当の子にそれとなく言うておきますわ」
「すまないな。よろしく頼む。もう一方の接した地域は京楽のところだから、これから行けばいいか……これで何かわかるといいが」
 そう言って浮竹は俯いて溜息をもう一度つき、そのまま咳き込み始めた。白哉は感情の見えない眼で、
「無理をして隊首会に出てくるからだ。もう帰って横になるがいい。京楽のところへは私が行く。では話が終わりなら私は行くぞ」
と言って背を向けると、躊躇も見せずに歩き出した。日番谷は白哉の背を見て、咳き込んでいる浮竹を見上げ、ギンの方に目を向けた。そして動かないまま笑っているギンを見て溜息をつくと、短い腕をいっぱいに伸ばして浮竹の背をさする。
「……や……っ……優しい、なあ、日番谷……っ、ありが……っ」
 浮竹はどこかきらきら輝く眼で日番谷を見た。日番谷の眉間の皺がこれ以上はないというくらいに深くなる。
「礼はいいから、さっさと咳を止めろ」
「いや、本当に嬉し……白哉も、優しいくせに不器用で……げ……っ、げほっ」
 浮竹はひときわ大きく咳き込むと、そのまま喉が裏返って出てきそうな勢いでげほげほと続けざまに咳き込んだ。日番谷が半歩だけ足を引き、しかし小さな手のひらで浮竹の背を更にさする。
「吐くなよここで吐くんじゃねえぞ。血とゲロの片付けはしたかねえぞ」
「いや……大丈夫だ、それはない…………ふう」
 落ち着いたのか、曲げていた背を伸ばして浮竹は明るい笑みを日番谷に向けた。
「ありがとう、日番谷。お礼に菓子をやるよ」
「……結局あるんじゃねえか、菓子」
 低い声で日番谷は呟くが、何も聞こえていないのか、浮竹はうきたった様子で懐に手を入れている。ギンは可笑しくて仕方なかったが、声だけは堪えて笑ってその様子を眺めていた。日番谷の眉間の皺はもう限界まで深く刻まれている。
「浮竹……てめえ、咳で唾だらけの手で掴んだ菓子を俺にくれる気か?」
「いやいや大丈夫大丈夫。ちゃんと包み紙にくるまれているから」
「そういう問題じゃねえ。気分の問題だ」
「気分だなんて。俺の感謝の気持ちがいっぱいに詰まってるさ」
「余計にいらねえ」
 日番谷の言うことを全く意に介さず、浮竹はどこから出してきたのか両手いっぱいの菓子を日番谷に押しつけるように渡す。そしてギンを振り返ると、更に菓子を出してみせた。
「市丸、お前にもやろう。美味いんだ、これ」
「おおきに。今日のおやつにでもいただきますわ」
 ギンが手のひらを出すと、浮竹が白い包み紙で包まれたまんじゅうのようなものを転がした。浮竹は上機嫌な顔をしている。ギンは軽く頭を下げた。
「さあ、一緒に隊舎に戻ろうか、日番谷」
「てめえと一緒に戻る隊舎はねえぞ」
「いや、俺も京楽のところへ行くからな。同じ方向じゃないか」
 日番谷は不機嫌な表情のまま、ギンを振り返った。浮竹もまたにこやかに振り返る。
「じゃあな、市丸」
「じゃあ、頼んだよ」
 ギンはただ笑って片手を上げて、ひらひらと振った。二人はくるりを同時に背を向けて、一方的な談笑をして立ち去ってゆく。まるで親子のような後ろ姿をギンは眺めていた。浮竹は純粋な白髪、日番谷は青みがかって見える白に近い銀髪をしている。影で見ると違うのだが、昼下がりの陽の光の下で見ると同じような色に見えてきて、それが余計に二人を親子のように見せていた。ギンは前髪を右手で摘んで、見上げてみた。青い空を透かすギンの髪は本当に銀色をしている。これも陽の光の下で見ると彼らと同じように見えるのかもしれないが、ギンにそれを見る術はない。少なくともギン自身は、彼らと自分の色は全く違うように感じている。

 先程、浮竹がしていたようにギンは欄干に寄りかかった。浮竹と日番谷はもう角を曲がろうとしている。その消える姿を眺めていて、そしてようやくギンは笑みを消した。
「……聞いてしもたなァ」
 小さく呟いて、ギンは欄干に体重を掛けて仰け反った。少し前まではまだ淡いぼやけた色をしていると感じていた空は、いつのまにか青味を増して高く深くそこにあった。ギンは空を見上げる。空を見上げるといつも思い出す乱菊の言葉が、ギンの耳の奥で響く。
 あのとき、乱菊は確かに言った。
 約束して。ギン。
 枯葉がかさかさと音を立てていた、白っぽく明るい落葉の森。抜けたような青い空を見上げて、乱菊は確かに言った。ギンは約束しなかった。ただ、大丈夫だと繰り返し言っただけだった。
 空に落ちていくまでは、乱菊の手を離さないと。
 ギンは微笑んだ。
「手ェ離さずにいられるやろかねえ」
 乱菊。
 名前だけは口の中で呟く。誰にも聞こえないように、誰にも聞かれないようにギンはその呟きを飲み込んだ。





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