無責任賛歌
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| 2002年12月11日(水) |
ミスキャストの楽しみ方/『耳のこり』(ナンシー関) |
ウチから遠いんでたまにしか出かけないんだけれど、百道にある福岡市総合図書館、ここって結構スゴイとこなんである。 今ここは、2万本を保存できる収蔵庫を設けて、アジア映画や日本映画などのフィルムの収集、保存事業を進めているのだけれど、そのことを知った俳優の高倉健が共感して、なんと自分の出演の記念として映画会社から買い取っていた43作品の16ミリフィルムを寄託したのだ。意外と知られてないけど、高倉健って福岡の出身なんだよ。網走じゃなくて(^o^)。 そのことを受けて、福岡市の山崎広太郎市長は、昨日の定例会見で、来年1月から3回にわたり、「高倉健映画祭」を開催すると発表。一俳優のみをクローズアップして、これほどの規模の映画祭を実施するってのも日本じゃ結構珍しいんじゃなかろうか。 実は私はこの映画祭にすっごーく期待しているのである。いや、高倉健のファンってわけじゃないよ。どっちかっつーと嫌いなくらいなんで(念のために言っておくが本人がではなくて、そのヘタクソな演技がである)。 じゃあ、何に期待してるかって言うと、上映予定の35本の中に、金田一耕助シリーズの『悪魔の手毬唄』が含まれてないか、ってことなのね。 昭和50年から始まった横溝正史ブーム、高林陽一監督・中尾彬主演の『本陣殺人事件』、市川崑監督・石坂浩二主演の『犬神家の一族』、野村芳太郎監督・渥美清主演の『八つ墓村』と、立て続けにその代表作が映画化されていったのだが、それ以前に横溝正史作品の映像化がなされなかったわけではない。 それまでは原作発表の直後に映画化されることが圧倒的に多く、東横(東映)で松田定次監督・片岡千恵蔵主演の『三本指の男(本陣)』『獄門島(前後編)』『八つ墓村』『犬神家の謎・悪魔は踊る』『悪魔が来りて笛を吹く』『三つ首塔』の七本が制作された。私はこのうちの『獄門島』と『三つ首塔』を見ているが、中見はまあ、探偵映画と言うよりは現代版遠山の金さんである。洋装の金田一は原作の金田一のイメージとは似ても似つかないと評されがちだが、さすがは名優片岡千恵蔵、キメの時代劇調ケレン味たっぷりの演技はともかくとして、普段は知的で落ちついた、探偵らしい演技を披露している。 その間、他社も岡譲司・河津清三郎・池部良らを金田一耕助に配して映像化していったのだが、本家本元、東映は片岡千恵蔵の老齢化に伴い、新金田一耕助の白羽の矢を誰に立てるかを模索していた。 で、東映金田一耕助シリーズ最終作の金田一に扮したのが当時はド新人の高倉健だったのである。今でも高倉健はホントに芝居がヘタなんだが、当時、今にも増してどれだけひどかったかは、その数年後に主演した『飢餓海峡』ですら、内田吐夢監督がそのへぼい演技に何度も激昂したというエピソードにも表れている。確かに『飢餓海峡』の高倉健はただのチンピラだ。刑事のムードがまるで出ていないが、私はギリギリ「本物の刑事ってチンピラっぽいのかも」と自分を騙して見ることにしている(^^)。 片岡千恵蔵版の金田一シリーズはたまにテレビに流れることもあるのだが、高倉健の『悪魔の手毬唄』は今まで一度も見る機会がなかった。もちろんビデオ化もされていない。聞けば、原作の連載途中で映画制作が決まったので、原作を使ったのは冒頭の部分のみ、ストーリーは全く別ものだという。千恵蔵のあとをうけて、プレッシャーから高倉健がどんなに右往左往しているかを確かめてみたいというイジワルな楽しみもあるが、何より、その「改変」がどんなものか見てみたいのである。 残念ながら、1月のラインナップに『手毬唄』は含まれていない。2月以降にも果たして上映されるかどうかは定かではない。『網走番外地』以前の主演作品については高倉健自身、記憶から消したいだろうから、寄贈作品の中に入ってないこと自体考えられるのだが、私ゃ今さら『幸福の黄色いハンカチ』なんかにゃ興味ないのよ。 黄金期の日本映画がゴミのような無数のプログラムピクチュアによって支えられていた事実を認識するためにも、名作(と言うほどのものって高倉健作品には少ないけど)偏重のラインナップじゃなくて、珍品を混ぜて上映してほしいんだけれど、難しいかなあ。 『手毬唄』以外にも『ギャング忠臣蔵』とか見たいんだけどね。
『新世紀エヴァンゲリオン』のDVDがリニューアルされることになったとか。ガイナックスのホームページによると、「最新のデジタル技術を使い、10ヶ月に及ぶリマスター作業により、 画質が飛躍的に向上、さらに音声も5.1chのサラウンドへ」ということであるから、特に新作製作、というわけではない模様。 未だに『エヴァ』で食わなきゃならんのかなあ、意外と新婚生活でモノイリが多くて困ってるのか庵野監督、と勝手に邪推しちゃってるが、『ラブ&ポップ』『式日』と、どんどんマイナーな方に進んで行ってる監督の、これは方向修正かもしれない。ガイナックス自体も久しく大ヒットってのがないし、次の企画のための資金集めとしてリニューアル版を庵野監督に依頼したって事情もあるのかもね。これも邪推。 もっとも、ファンの間に冷ややかな反応は多いんじゃないかと思う。テレビシリーズでマクガフィン(客の気を引くもの。ヒッチコックの造語だけれど、ハッタリやコケオドシと考えてもらってもいいかな)撒き散らしたあげくのシメが映画版ラストの「気持ち悪い」だったものなあ。あのとき怒り狂ったファンは今回のリニューアル版に関しても「ケッ」てな見方するんじゃないか。誰とは言わんが、「エヴァはもういい」と嘆息混じりに言ってた人も知ってるし。 でも、あのとき別に怒りもせず、かと言って絶対信奉者にもならず、ただフツーに一アニメ作品として『エヴァ』を楽しんでいた私から見れば、リニューアル版が出ることについて別に文句もない。『ヤマト』や『ガンダム』の続編を作るのとは意味合いが違うんだから。それともかつてのファンは、これが続編製作の伏線と考えて怒り出すのかな? 続はねえよ、インサイドストーリーの可能性ならなくもないが。アレの続編作ろうと思ったら、『バイオレンス・ジャック』方式しかないって(^_^;)。 ごく冷静に考えたら、『エヴァ』はセルアニメのデジタル化やCGアニメがフツーになる直前の、手描きアニメ最後のヒット作だったのである。それをリニューアルすることにどんな意味があるのか、それを確かめるためにもこのプロジェクト、期待して悪いことはない。未だに『エヴァ』と聞いただけで、まるでかつての古傷に触れられたかのように過剰反応してしまう方が恥ずかしくはないかな。 唐沢俊一さんも何かで語っていたが、あれは単純なマクガフィンで成り立ってたアニメなんで、謎解き遊びをあくまで「ごっこ」として楽しむのならばともかく、SFアニメのエポックのように過大評価するのは、鑑賞の仕方としては稚拙に過ぎるのである。あの騒動のおかげで、いいトシしたオタクの鑑賞眼もたいしたこたあない、それどころか、ロクにアニメも映画も見てないってことが露呈してしまった。確かに、クソつまらん美少女&ロボットアニメしか見てなきゃ、映画を見る目なんか育ちゃしないわな。 と同時に、「信者」作るのって簡単なんだなあ、とも思った。もちろん、そういう信者を作ることが庵野監督以下、ガイナックススタッフの本意でなかったことは明らかなので、ああいう客をすっ転ばすような最終回を作ったわけなんである。 だから、言っちゃ悪いけど、あのラストに腹を立てた人はただのマヌケなんである。マクガフィンにもともと「正解」なんてものはないんで、そこに深遠な何かを見出そうとしても、そりゃ、「ご苦労様」としか言いようがない。 私もあの騒動で気の狂った人に関わっちまったことはあるんで、ここでまたその手の人たちを刺激するようなことを書いちゃうのは避けた方がいいんだろうが、私も別の意味でバカだからさ(^o^)。未だに腹立ててる人見てると、いい加減、自分のバカ認めて、も少し映画見ろよ、でないとほかの作品に似たようなハマり方してまた「裏切られたあ!」とか叫ぶことになるぜ? と言いたいのである。あのとき腹を立てたってことはさ、自分が実は「ものにはたくさんの表現の仕方がある」っていうことを知らない、偏狭で自己中心的かつ差別的な価値観しか持ってなかったってことなんだから。周りにそんなのがウジャウジャいたら、わしゃ鬱陶しいんだよ。 あのさ、女に惚れたって、その女が自分を好いてくれるとは限らないんだよ? それが「世間知」ってものなんだから、アニメが自分の思い通りの展開になるなんて思わないこと、『エヴァ』を大傑作だなんて言うつもりはないけれど、少なくとも「失敗作」なんかじゃないよ。アンチエヴァのみなさん、リニューアルの機会に見返してみたらどうかな? ついでに言っとくが、あのとき、うちのしげも『エヴァ』はフツーに楽しんで別に狂ったりしなかったよ。だから、狂ったやつはうちのしげ以下(^o^)。
長いこと修理もせずに放置しておいた寝室の天井の壊れた電球、しげが「いい加減で修理頼もうよ」と言うので、仕事帰りに近所の「ベスト電機」へ。 ビデオデッキもついでに修繕に出そうかと思ったが、どうせだからDVDレコーダーに変えちゃおうと、品定め。実はすぐに買うつもりはなかったんだけれど、特価品があったので、ソニーのDVD−RWを購入。ソニー好きのしげに合わせれば、これしか買えない。HDD内蔵のやつ、パナソニックしか売ってなかったし、ちとばかし値段が高かった。これはまあ、来年買えばいいか。
博多駅に回って、バスセンター上の紀伊國屋で本とDVDを買う。 ついにというかやっとというか、収録映像にミスがあったと言うことで発売延期になっていた『黒澤明DVDボックス』1巻を買ったのである。これで『七人の侍』がいつでも見られるというのは嬉しいなあ。 あと、東京旅行に向けて、ホテルガイドや旅行案内本を買った。もっとも今回のスケジュール、結構タイトになりそうなので、そうそううろつけそうにないのだが。遊ぶにしても渋谷・原宿近辺に限定されそうな気配である。
紀伊國屋の上の食堂街、焼肉屋の「大韓苑」で食事。 もちろんしげが「焼肉食いたい」と言ったからである。久しぶりにこの店に入ったのだが、相変わらず照明が暗い。肉は美味いのだが、こう暗くちゃ、肉が焼けてるかどうか、私の視力では判別しにくいのである。比較的厚切りの肉を出してくるので、つい焼きすぎちゃうのだ。 肉を食いすぎたせいか、しげ、気分が悪いと言い出す。だから毎回三人前食ってるからだよ。結局電話連絡を入れて、今晩の仕事は休みを取ったが、「食いすぎで休み」って、いいのかそんなんで。
帰宅して、テレビドラマ『天才柳沢教授の生活』最終回を見る。 これもなんとなく今まだ見てなかったんだけど、やっぱり全然面白くないな。 松本幸四郎のどこがマズイかと言うと、原作の「線目」を表現できていないことである。んなムチャな、と思われる方もおられようが、別に私ゃ目を閉じて演技せえ、と言いたいわけではない。マンガの表現というのは一つのカリカチュアであるから、そこれが何を象徴しているものかを読み取った上で生身の演技に転換しなければならないのである。それをし損なったマンガの実写ドラマ化はことごとく失敗してしまうのだ。 柳沢教授は人に関わらない。いや、本人は関わっているつもりなのだけれど、その関わり方には常にズレがある。そのズレに、関わられた人たちはイキリ立ち、そこに騒動のタネが生まれる。しかし、何も見ていないように見える柳沢教授の目が、実は相手の気付かぬ真実の心を射抜いていることに、あとになって人々は気付くのである。コミュニケーションを拒否しているのに、なぜかそこに「絆」が生まれてしまう、あの「線目」はそういう目なのだ。 松本幸四郎、セリフはそれなりに気遣っているが、目線をどうするかまで意識して演技をいない。アレは生身でやるときには視線を相手と会わせちゃダメなんだよなあ。そこにはどうしてもコミュニケーションが生まれてしまうから、目線は常に「逸らし」ていなければならないのだ。 コミックの映像化にはそれくらい奇抜な演出を案出しなきゃいけないんだけど、そこまで考えてドラマ作ってるやつっていないんだよなあ。
山本弘さんところであまりに話題になっていたので、ついに『アルマゲドン』を見ようと「ツタヤ」に行く。レンタルにしようと思っていたが、生憎貸し出し中。けれど、決意してここまで来たのだから、手ぶらで帰るのは癪に障ると、ビデオテープを借りるのはなんだか「負けた」気がするので(なんでや)、もうめんどくさいやと、DVDを買ってしまう。2500円と安かったからだが、そのカネすら惜しいと思えるほどに悲惨な出来であるのか。 でもすぐに見るのは怖いので、今日はとりあえず買ったばかりのDVD『七人の侍』を途中まで見て寝る。こちらの感想は後日に。
ナンシー関『耳のこり』(朝日新聞社・1050円)。 『小耳にはさもう』シリーズ、2000年から2002年初頭にかけての分を収録。 すっかり疲れてるのか、消しゴム版画は殆ど誰も似ていない。この絵の荒れも死の予兆だったのかなあ。私の昔の日記を読み返してみると、晩年のナンシーさんについて「エッセイに元気がなくなってる」旨を記した箇所があって、ちょっと胸が苦しくなってしまう。 エッセイの方は絵ほど荒れてはいないが、やっぱり「疲れてはいるなあ」と思う文章が目立つ。 芸能ネタに関して語るときに、自ら封印していたという「くだらない」「視聴者をバカにするな」、この言葉を、ナンシーさんはあえて「松田聖子&郷ひろみ」のデュエット曲に対して使うのである。封印していた理由は簡単で、「芸能ネタはそもそも全て下らない」「誰でも言える考えなしの批判」ということだろうが、それ以外に何も言葉が思いつかないほど、ナンシーさんは脱力していたのだろう。これはもう「毒舌」ではない、ただの「愚痴」である。 悪口や毒舌はたとえ誰かの心を傷つけることがあるとしても、その対象に対して関わろうとする意志の表れである。「仕事だから仕方なく書いてる」感じのエッセイに惹かれることはない。そこまで落ちてはいないが、以前の溌剌とした文章を知っていると、ナンシーさんの文の疲れはやはり「凋落」と映る。 ヤワラちゃんの「最高で金、最低でも金」というフレーズにツッコミを入れて「オリンピック名言に認定だ。はやらないかなあ。『最高で板東英二、最低でも板東英二』とか」と書いてるけど、しげには異常に受けたこのセリフ、私には「切れのないツッコミ」としか映らない。 もうナンシーさん、突っ込んでるようでいて、一歩引いて苦笑いしてる感じなんだよね。「はやらないかなあ」というのは、「この人に突っ込むのはもう私ゃ諦めたよ、誰か代わりにやって」ってことだし。 視点が鈍くなってるわけではない。「野村沙知代タイホ」時に、街頭でされた「野村前阪神監督についてはどう思いますか」というインタビューの答えが一様に「女房の管理もできないのに、選手の管理ができるわけがない」と答えていたのを、ちゃんと「これ、正しい言いぐさなんでしょうか。間違ってると思うけど」と指摘しているのだ。ただ、その口調の「弱々しさ」にも気付いていただけると思う。 未だに寂しさを覚えずにナンシーさんのエッセイを読むことができない。そんな読まれ方、ナンシーさんはされたくはないだろうけれど。
2001年12月11日(火) 夢の宮崎で盆踊り/『伊賀の影丸/邪鬼秘帖の巻(下)』(横山光輝)ほか 2000年12月11日(月) デジタルビデオ、どれがいいか?/『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版』5巻
| 2002年12月10日(火) |
頑張れ爆走�ァ帖弔劼い佞Α進絃呂�疲れてヘロヘロだけどカンベンしてね/映画『ゴジラVSモスラ』ほか |
警備のため職場に居残り。 帰宅が8時を過ぎたので、しげとはすれ違い。 こういう小さな小さなヒズミが、澱のように溜まっていってやがてはリコンへと雪崩れこんでいくのである。早いとこ今の職場から離れよっと。何か大きなミスの一つでもすれば一発なのだが、やりすぎるとクビになるしな。いや、別に何か策略を働かせなくても自然になにかドジは踏むものなのである。重要書類をなくすとか(^_^;)。 しげと一緒に食事はできないので、コンビニでチキンカレー・オムライスを買って食う。せっかく鴉丸穣が部屋を片付けてくれているので、ゴミが散らからないよう、袋に入れる。当たり前だ。
第23回日本SF大賞が、古川日出男『アラビアの夜の種族』(角川書店)と牧野修『傀儡后(くぐつこう)』(早川書房)の2作に決定。 しまった、まだ読んでないや。去年の『かめくん』は読んでたんだけどなあ……って、文庫になるまで本を買わない方針だと、新作はなかなか読めないのである。昔に比べて文庫化のサイクルが短くなってるとは言え、それでも1年程度は待たないといけない。たまに二年待っても三年待っても文庫化されず、待ちきれなくて買った直後に文庫化、という悲しい目に何度もあった(T-T)。ちゃんと待つから、早いとこ文庫化してくれ。
テレビで『踊るさんま御殿』を見ていたら、また千石規子さんが出ていた。しかもやっぱり隣に瀬川瑛子さんがいる。千石さんが出演してるときは瀬川さんに介護を、という図式が成り立っているのだろうか。 ドラマ『アルジャーノンに花束を』、最終回一回前。 でも首尾よくユースケ・サンタマリアはボケ出して、けーかほーこくに最後のヒトコトを書きこんだ模様。ならホントはこれで最終回じゃん? あと一回あるってことはつまり余計なドラマを付け加えるってことだろうな、お涙頂戴の。 すっかり見る気をなくしちゃったので、来週はもういいや。しかしこのドラマを見て「SFってこんなもん」と思われたら悲しいよなあ。まだ昔の『NHK少年ドラマシリーズ』の方が透徹した空気があって、出来がよかったよ。なんだかこのドラマは役者同士の演技も演出も見てるファンもベッタベタに甘えてる感じである。
夜、テレビで『ゴジラVSモスラ』をやってたので見るともなしに見るが、これが平成シリーズで一番ヒットしたってのは情けないよなあ。 冒頭の安っぽいインディ・ジョーンズもどき展開も腹が立ったが、一番腹が立ったのはインファント島に土人がいないことだったな。コトナカレで作られた映画のどこが面白いかね。 今見返してみても、ストーリーはバカだし、役者の演技はカッコつけばかりで見るに耐えないし、特撮はメリハリが利いてないし、平成シリーズの中でも出来の悪いものの一つだ。モスラのような怪獣と言うよりファンタジーとして見せる必要のキャラクターを描くには、設定にもっと説得力を持たせないといけないのである。バトラ要らないじゃん。 平成シリーズの新怪獣が一匹も復活していない事実を、東宝はもっと真摯に受けとめないといけないんじゃないかね。
2001年12月10日(月) “神様”を読むこと/『SFJAPAN vol.3 冬季号 手塚治虫スペシャル』ほか 2000年12月10日(日) 外見でしか人を判断できないヤツ/『あずまんが大王』1・2巻(あずまきよひこ)
| 2002年12月09日(月) |
頑張れ爆走�ぁ身�しい言葉のひと/『ぞうくんとりすちゃん』(藤子・F・不二雄) |
今日は皇太子妃雅子さまの39歳の誕生日だとか。これから1ヶ月弱は私も雅子さまと同い年。別にそれで嬉しいとか言うこともないんだが。 雅子さま、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見して、質問に対していちいちご解答なさっているのだが、いつも思うのは、雅子さまに限らず、皇族の人々のその話ぶりのあまりの類似性である。 無難なことしか喋れない、というのはその通りなのだろうが、例えば結婚に際しての皇后陛下のかつての発言と、今の雅子妃の発言のそれとを比べてみると、どちらがどちらだかほとんど区別がつかないほどなのである。 それは、無個性、というより無意味ですらある。 今回も、北朝鮮の拉致問題について「被害に遭った方々、ご家族の気持ちを思うと本当に胸が痛む」と語られていたが、これほど紋切り型の発言もあるまい。しかし、それを「心が篭っていない」と見る日本人はあまりいないだろう。恐らくは日本人の大多数が、雅子さまと同じ感想を持ち、その言葉に感動し、そして同じように胸を痛めて、それだけで終わるのである。悲しみが募ったとて何かができるわけでもなく、何もしないで、今日と同じ明日を過ごしていく。 その意味では、雅子さまもまた実に日本人の「象徴」であらせられるのだ。 そんな無意味な言葉でも、亡母は「ああいう人がいてくれなければ困る」と生前言っていた。どんなに世の中が乱れようと、人の心が汚れて行こうと、あのような「模範解答」を清らかに述べる人がいてくれれば安心できるのだそうだ。 それがただの幻想であることはハッキリしているが、結局人間は、宗教を信じない者でも何らかの幻想にすがりつかなければ生きて行けないのである。それを自覚することには一抹の寂しさを覚えるが、それもまた次の瞬間には過去の記憶である。 私が信じてるものはなんなのだろう。アニメか?(^_^;) 東京はちょうど、大雪である。何かを流し落とすための雪だろうか。
テレビ、『子連れ狼』の最終回をようやく見る。 今までの回を見逃してたので、どんなもんか見てみたのだが、あくまで第1部最終回ということで、柳生烈堂との決着はつかず。 ……いやね、ここしばらくの時代劇の中で一番ひどいものを見たって印象だね。 北大路欣也が拝一刀に見えないってだけじゃない、柳生烈堂も夏八木勲って、いったいどこから発想したキャスティングなんだ? 原作の持ってる迫力のカケラもないぞ。 殺陣は少しは見られるかと思ったが、たった一回の鍔競り合い、火花を散らしただけ(明らかにバレバレの合成の火花が白ける)でもう痛み分け。ふざけてるのか? いや、それよりもっとひどいのは、前田愛の超大根演技。ほとんど突っ立ってるだけで芝居にも何にもなっちゃいないし、時代劇のセリフが板に付いてないどころか、小学生の学芸会並のひどいセリフ回し。あれならウチの役者のほうがナンボかマシだ。妹の前田亜季との演技力の差が天と地ほども違うぞ。 なんだかムチャクチャ腹が立っちゃったので、口直しにと思って、昔の若山富三郎版の『子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる』をビデオ録画してたのを見返して見たが、これも若山富三郎が太り過ぎてて、拝一刀のイメージではないのであった。カメラワークが悪くて、殺陣もきちんと撮れてないしなあ。
なんだか疲れてしまったので、日記も書かずに寝る。 昨日はせっかく更新急いだのに、また逆戻りである。
絵本、藤子・F・不二雄『ぞうくんとりすちゃん』(小学館・1470円)。 藤子さんが1974(昭和49)年に『めばえ』に連載した「文章のないお話絵本」の初の単行本化。 絵本とは言っても、内容は4ページの4コママンガ。 例えばヒトコマ目でりすちゃんが風車を持って立っている。 フタコマ目でぞうくんが鼻から息を吹き出して風車を回してあげる。 サンコマ目で息を吸いこんだぞうくんの鼻に枯葉が舞い落ちてくる。 ヨンコマ目でクシャミをしたぞうくんの鼻息で、風車もろともりすちゃんも吹き飛ばされる。 幼児向けとは言え、オチの付け方はいかにも藤本さんらしい。 こういう埋もれた作品が、他にもあると思うんだよな。小学館が一番版権持ってるんだから、出し惜しみしないで全集を出してほしいものである。安孫子さんと合作したものの復刻は難しいだろうけれど。
2001年12月09日(日) 短いけどともかく更新/アニメ『サイボーグ009』第9話「深海の悪魔」ほか 2000年12月09日(土) 今日はちょっと食いすぎた/『分化祭ウラ実行委員会』1巻(江川達也)ほか
| 2002年12月08日(日) |
頑張れ爆走��/変わるわよ♪……何が?/DVD『WX�掘ゝ‘扱抻.僖肇譽ぅ弌治魁� |
晴れて「ゴジラ女優」の仲間入りを果たした釈由美子、釈由美子、高橋ツトム原作のマンガ『スカイハイ』(未読だけど面白いのかな?)のドラマ化(テレビ朝日系1月17日午後11:15よりスタート)でも主演を張ることになったそうだが、そのときのコメントが振るっている。 「私自身も霊感が人より少し強い。この台本を読んでいると、そばに(霊が)いるんですよ。興味があるのか、応援してくれているのか…」。 天然なのか、そういうキャラとして売ろうとしてるのか判然としないが、こういうキャラは役者として大切にしていってもらいたいものだ。いや、マジで「神懸り」的な人って、伸びるんだわ。もともと「演技」ってもの自体が「神降ろし」から始まってるからね。大竹しのぶや荻野目慶子を見よってなもんで。もっともトシ食ってホントにアチラの世界に行っちゃうと、それはそれで困るんだけどね。
えーっと、私もうそろそろオトコとしては枯れてきてるんで、若い女の子になんか興味ないんですが、セクシー巨乳軍団「R.C.T」ってのがいるそうですね。でもって、セガのイメージキャラクターになってチチの谷間をブリブリ見せてることなんて全然知らないんだけれども、巨乳アイドルのMEGUMIってのもいるんだそうですね。その二者が合体した写真集『キューティーハニー with MEGUMI〜女神計画〜』ってのが発売されたそうなんです。 このR.C.T(森ひろこ、根本はるみ、小林恵美、北川友美、五十嵐結花)とMEGUMIが、キューティーハニーの七変化をコスプレするっていうんですけどね、それが「ポリス、ナース、スッチー、チャイナドレスほか」だって言うんですよ。 でも永井豪の旧アニメをご存知の方ならおわかりだと思うんですが、キューティーハニーの七変化って、基本は以下の通りなんですよ。 1.キューティーハニー(愛の戦士) 2.如月ハニー(女子高生) 3.ハリケーンハニー(レーサー) 4.ミスティーハニー(シンガー) 5.フラッシュハニー(フリーカメラマン) 6.ファンシーハニー(デザイナー&モデル) 7.アイドルハニー(国際線スチュワーデス) スッチーはいるけど、ポリスとかナースとかチャイナドレスはどこに? いや、七変化と言いつつハニーはいろんなのに変身してましたからね(エンゼルハニーとかコンバットハニーとか)、もしかしたらポリスとかにもなってたかもしれませんけど、コスプレ写真集を出そうってのにベースを押さえてないってのはどうもねえ……。 いったいどの程度原作に忠実なコスプレになってるのか、永井豪ファンとしては気になってしかたがないんです。でも購入したりしたら、またしげが巨乳のねーちゃん目当てで買ったに違いないとか、私にあらぬ疑いをかけてくると思うんですね。もちろん私は妻にメロメロのベタボレなので、そんな写真集の女になんか興味は全く無くって、あくまで純粋に永井豪ファンとしてそれを見たいだけなんですけれど、しげの誤解を招くのがイヤでこっそり買ったりして、もし見つかったりしたら、やっぱり心のどこかにやましいところがあるんじゃないかって勘繰られると思うんですね。そんないやらしい気持ちは全然ないんですけれども。 ですから、この世のどこかにとっても奇特な方がいて、「よしよし、それじゃあ、それをプレゼントしてあげよう」って人がいたら、これはさすがにしげも捨てたりなんかできないと思うんですが、いかにセチガライ世の中とは言え、まだまだ人と人との絆というか、義理と人情は消え去ってはいないと思うんです。もちろん匿名でこっそり送ってくださる人を募るような、そんなセコイまねはしようとも思ってませんので、私はただただ自分の運命を信じるのみなんですが、クリスマスも近いし、ちょっとくらいサンタさんに祈ってもバチは当たらないと思うんですが、いかがでしょうか。
朝から『ハリケンジャー』『龍騎』『どれみ』ほか、アニメ・特撮三昧。 もうどの話も最終回に近いなあ。でも漫然と見てるので、どこがどう盛りあがっているのかよくわからない。朝方はやはり脳細胞がよく働いていないのである。 『新婚さんいらっしゃい』を見てたら、夫が19歳、妻が17歳、一児ありという夫婦が出てくる。話はからっペたなんで面白くもなんともないのだが、桂三枝の聞き出し方もどうしょうもないくらいヘタで見るに耐えない。姿勢もハスに構えてて「こんなやつとマトモに会話できるか」という傲慢な態度がミエミエ、これが何十年もトークショーをしてきた芸人の取る態度か、と思うといささか呆れる。 だいたい、この人は落語もトークも全然上達しないまま固まってるので、どうして人気が出たのか、私には未だによく分らないのである。本当に「オヨヨ」と「いらっしゃ〜い」の一発ギャグだけで凌いできたんじゃないかとすら思える。 でも関西じゃ重鎮なんだろうなあ。こういうののさばらせとくと、関西の芸そのものが一段低く見られちゃうと思うけど、それでいいのか関西芸人の諸君。
アニメ『ONE PIECE』第136話「ヤギの島のゼニィと山の中の海賊船!」。 思い出したように見た感想書いてるけど、オリジナル編に入るとやっぱりつまらない。原作付きでもつまらないんだからそれも仕方ないかもしれないが、原作の味わいを出そうとして、無理やりルーティーンなギャグ(しょっちゅう騙されるチョッパーとか)を入れるのはもういい加減でやめたらどうか。マンガとアニメは別物なんだから、原作以上におもしろい展開にしたってバチは当たらんと思うんだけどね、それに触発されて原作の方も少しはドラマらしくなってくれれば言うことなしだし。
『笑う犬の情熱』、ベッキーの「浜崎テンコー」ネタが笑える。 まだ18だって言うけれど、ナンちゃんとの掛け合いの間がいいのだ。この子、コメディエンヌの才能があるんじゃないか。見る目のあるディレクターがきちんと使えばいずれ森光子レベルにまで行けるんじゃないかという期待すらしてしまう(若い人にはこの例えよくわかんないだろうが、ムチャクチャ誉めてるのである)。
DVD『WX�掘ゝ‘扱抻.僖肇譽ぅ弌治魁戞▲灰瓮鵐織蝓爾鯤垢�ながら鑑賞。二種類あるうちの、出渕裕、とり・みき、ゆうきまさみの三者の対談を選択。 映画の感想自体は以前に書いたけれど、やはり前半のディテールを積み重ねた描写の上手さには唸らされる。元の脚本はとりさんの話によれば相当監督によって書き変えられたそうで、冒頭、秦が野球試合でピッチャーをしているシーンも高山文彦監督の創案だとか。 初めから刑事だとは気付かれないようにした演出だと言うが、なるほど細かい。まず、主人公に感情移入させる方法としては基本であろう。もっとも最近の若い人の鈍い感受性では、これらの細かい演出がどの程度効果を奏するか、疑問ではあるが。マイナス点はせっかくのその演出が、ゆうきまさみの亡羊としたキャラデザインによって消されちゃってることだが。 やっぱりどうしたって、視点は杖をついてる久住の方に行ってしまうのである。とりさん、ハッキリと「久住が杖をついてる理由を語るつもりはなかった」と言明。やっぱりねえ。創り手の意図がちゃんとこちらに伝わった時の快感は、これを味わったものにしかわからぬものだろう。本作を「説明不足」と捉えた観客は結構いたようだが、わっかりやすいテレビドラマに馴らされちゃって、鈍感になってんだろうね。 それは所詮は個人個人の感受性の問題だから、どうにもならないことなんだけれど、「その作品が理解できない=駄作である」という短絡的な思考を持つのはやめようよ。自分のほうがアホって場合も多いんだからさ。 もっとも、ディテールにこだわってると言っても、意味ないものもやっぱりある。「図書館のシーンが出てくるのは『ガス人間第1号』」だそうだが、そんなんオタク以外にわかるかっ! で、わかったところで何の意味もない(^_^;)。楽屋落ちにだって芸はいるんだから、あまり80年代的なパロディ感覚を引きずって脚本書いたってなあ、と思うんである。 「警察会議のシーンはやたら『パト』のあと、真似された」との発言もあり。やっぱり『踊る大走査線』のこと、『パト』のみなさん、気に入ってなかったんだな(^o^)。もちろん『パト』だって岡本喜八の『独立愚連隊』シリーズが根底にあるのだけれど、決してまんまパクったりはしてない。創意工夫の感じられない『踊る』は私から見たら全然つまんないんだが、あれがウケたってことはやっぱり世間の人たちって、日頃、映画もアニメもロクに見てないんだね。それで堂々とモノを言う傲慢な姿勢が情けないんである。
2001年12月08日(土) レディのタメのオタクスベース/映画『おいしい生活』(監督ウディ・アレン) 2000年12月08日(金) ぐるぐるにゃーぐるぐるにゃー/映画『インビジブル』
| 2002年12月07日(土) |
頑張れ爆走�◆振元い鮓討嵒�屋/『全日本妹選手権!!』3巻(堂高しげる) |
土曜日、鴉丸嬢の片付けも今日で三度目である。 片付けても片付けてもゴミが減らないので、鴉丸嬢も随分神経をやられている模様。これ、悪口じゃなくて実話ね。 ペットボトルの飲みかけのお茶が腐っていたので、中身を捨てて洗い、新しいお茶を入れ直して冷蔵庫にしまっておいたら、鴉丸嬢、それを見つけて、けたたましく笑い始めた。 「あはははははははは!」 「ど、どうしたの!?」 「捨てろよ、そんなの!」 「いや、中洗ったから大丈夫だし……」 「あはははははははははは!」 笑いが止まらなくなっちゃったらしい。 腹を抱えて苦しげにひ〜ひ〜言っている様子を見てるうちに、段々と怖くなってきた。だって目がマジで逝っちゃってんだもの。 確かに鴉丸嬢の言う通り、もう捨てたって構わないのだが、それを指摘するのに大笑いするというのは明らかにキている。 逃げるようにソロソロと後ずさりすると、パソコンの椅子に座って黙々と日記書きを始める。ヒステリーを起こした女性の近くほどオソロシイものはない。 けれど、ウチに掃除に来たらみんな神経に異常を来たすってジンクスが出来たらいやだなあ。
鴉丸嬢が来てくれるまでの平日の間、少しでもしげが苦労をかけまいと片付けをしていたかと言うと、もちろん全然しない。やはり人でなしである。 今日は其ノ他君もやって来て、粗大ゴミに出すとカネがかかっちゃうソファを解体してくれる。ベランダに出て「このっ!」とか言いながらバラバラにしていく様子を見ていると、男の子だよなあ、と思う。 でも、もともとこのソファ、家が狭くなるってのに無理やりしげが買ったものなんである。しかもソファとして使わずにどんどん荷物置きにしていったのだ。こういうもったいない捨て方をするくらいなら、初めから買うなと言いたい。 3週間の労働の甲斐あってか、ほぼ部屋の片付けは終了。広い面積が使えるようになる。全くありがたいことであるが、感謝する相手は鴉丸嬢と其ノ他君に対してだけで、しげにではない。しげは卑怯なだけである。 頼むから、こんな夏休みの宿題を最後の3日で片付けようなんてマネ、もうしないでくれ……と言いたいが、頼んでもどうせまた無視するのだ、こいつは。 「自分の妻をコントロールできないのは夫のせい」と非難される方もおられようが、心の底から腐ってるやつには何をどう言ったところでムダなんである。「結婚」した時点で、しげは私に対して「どんなに被害を与えたって構わない」と思っちゃってんだから。実際そう公言してるし。 しかも「イヤなら出てけ」と私に言うのだ。そりゃどっちのセリフだ(T∇T)。
片付けの間、しげは自分のメシを外で買ってきている。もちろん、私の分まで買ってきてくれるような優しさはない。 仕方ないので、自分で三食、一人でカレーを作って食う。 気分はサビシイを通り越して枯淡の境地に入りつつあるような。なんとなく俳句でも詠みたくなったきちゃったよ。あははは……。
アニメ、『クレヨンしんちゃん』「こたつから出たくないゾ」「寒い朝でもジョギングだゾ」の二本。 アニメ見ながら、部屋は片付いたが、コタツは出してないな、と気づく。 やっぱり冬はコタツだよな、と思うのだが、しげは「どうせ荷物置きにしかならないし部屋が狭くなるし」と言って出そうとしないのだ。 だから、荷物だのゴミだのが出たら、その都度片付ければいいだけじゃん。結局、家事の手を抜きたいだけなんだよなあ。
ZUBATさんの名前で、添付ファイルが送られてくる。 こちらから何かを頼んだ覚えもないし、本文が全くないので、これはウィルスかも、と思い、念のためZUBATさんに連絡を入れる。 伝言をしておいたら、折り返し連絡が入って、「何も送っていませんよ」との返事。どうもどこぞの誰かのパソコンがウィルスの被害にあっているらしい。 と言っても私はウィルスについての知識なんてないから(一応ウィルスバスターはしげがインストールしてくれてるらしいが)、どこにどういう被害があって、どう対策を取ればいいやら見当がつかないのである。ともかく添付ファイルは削除。これをお読みの方で、「誰それから謎のファイルを貰った」ということがありましたら情報をお寄せ下さい。つきあわせてみれば、どこのパソコンが元凶なのか、見当がつくかも。
マンガ、堂高しげる『全日本妹選手権!!』3巻(講談社/アッパーズKC・540円)。 てっきり今年のオタク大賞はこれだと思ってたんだがなあ。と言うのはウソ(^o^)。 でも岡田斗司夫さんが強力にプッシュしてたし、候補の一つではあったのではないかと思う。しかしよく3巻まで続いたね。 同人ヒステリー女騒動も記憶に新しいし、これだけオタクをからかってたら、他にも何か物議を醸しちゃうんじゃないかと思っていたが、作者の後書きを読むと、やはり単行本に収録できなかったネタがあった模様だ。 アッパーズ本誌を読んでないんで、初めはなんのことだか分らなかった。 こういうときに役に立つのが2ちゃんねるである(^o^)。検索かけて漫画版を調べてみると、ちゃんとありましたね、『妹選手権』スレッド。さすが2ちゃん、目が行き届いてる。 それによると、154ページでエロオヤジが操とエンコーしようとしているカット、連載中は『世紀末リーダー伝たけし』のキャラだったそうである。うっひー(゜∇、°)。なるほど、確かに単行本化はしにくいだろうねえ。っつーか、まず雑誌に掲載されたって時点でスゲエよな(^_^;)。しかも他社のマンガだしねえ。想像だけれど、集英社から講談社にクレームが来たんじゃないかなあ。 さて、そういうウラ事情を知っちゃうと、次のコマの清美の「ハハハハ……こりゃピッタリだ!!」のセリフが実に生きてくる。恵美の「単行本バージョンですね?」も改変を余儀なくされた作者の悔しさがさりげなく表れている。 他人のキズをムヤミに抉ったりするもんじゃない、というご意見の方もあるかもしれないが、堂高さんは同業者が犯した犯罪について怒っているだけである(本人は「愛」と言い張ってるようだが)。いささか直截的に過ぎる嫌いはあっても、その罪を露骨な形で描くのは正当な「告発」であろう。これって当然の反応じゃないのかな? それとも堂高さんを非難したい人はどんな犯罪者に対しても寛容になってやれって言いたいのかね? 連続強姦魔にも連続殺人鬼にも? 政治漫画じゃ政治家のスキャンダルを戯画化するのは当たり前だし、芸能人の下ネタがからかわれることだって珍しいことじゃない。マンガ家だけを特例のようにそうやって保護するってのもおかしな話だ。揶揄されても仕方がないことを島袋さんはしたんだって認識は、この「たけし」ネタを「規制」した人にはなかったのかねえ。 けど、このネタが規制を食らったってことは、確実に島袋光年、集英社は復活させる気でいるな? チト甘くないか? 更生の機会を与えるのが悪いとは言わないけれど、過去を「無かったこと」にしていいってわけじゃないからな。そこ、勘違いするなよ集英社。
中身に触れるの忘れてたが(いつものことだが)、またもやアブナい妹が登場。ヤンキーだけど「サンデー」フリークの長瀬亜紀、メカフェチお嬢様・連城明日香、関西キャラ萌え娘・遠野愛。テコ入れが必要なのかねえ。このマンガに……と思ってたら、三人出した直後に『モーションコミック』(私も全巻持ってるよ)とか「妹戦隊」とか「お日様くんタイホ」ネタとか、濃い&ヤバネタのオンパレードになっちゃってたから、好き勝手するたるのテコ入れだったんだろうな、やっぱり。 「品のないパロディマンガ」と貶すのは簡単だけれど、某声優に対して「勘違いして『アーティスト宣言』とかやらかして声優の仕事をおろそかにしたらアカン」とか、「ムカつくのが『アニメは夢があっていい』とかいう安いコメント!! 頭悪そうなタレントに限って『アニメ=夢』みたいに安易にククりやがるのよね」とか、「オタクのほうも安易にマスコミ批判するだけじゃなくて自分のフリも見直したほうがいいと思うな」とか、チラホラとフザケてるだけじゃないなあ、とわかるセリフが散見するのである。「オタク」とか「同人女」というククリの中にヌクヌクと安住してヨシとしてるヤカラは、いっぺんこのマンガ読んでみたらどうだろうか。それで腹を立てずに冷静に読めたらまだ「更生」の余地はあるんじゃないかと思うが。 しかし、堂高さんから見たら、もしかしてしげも「オレ女」に映っちゃうかなあ。こいつはただ単に「広島出身」だから「オレ」使ってるだけで、妄想の果てに立ち役に走ってるわけじゃないと思うんだけど。
2001年12月07日(金) なっまえっ、そっれっはっ、もっえっるっ、いっのぉちっ/『ガゥガゥわ−太』1巻(梅川和実)ほか 2000年12月07日(木) 仕事三昧、遊び半分/『虚無医院』2巻(林光默)
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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