心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年06月30日(水) 自戒

全国の精神病床数(ベッド数)は36万ほどです。
その患者数のほとんどが統合失調症の人で占められているのも確かです。
アルコール専門病院ではなく、一般の精神病院に入院したことのある人は、「統合失調症の人はこういうもの」というある種の固定観念を持ってしまいます。それは病院という閉鎖空間でいっしょに生活を続けたのだから、やむ得ないことでもあります。

統合失調症の人口罹患率は1%だといいます。日本には120万人あまりの患者さんがいることになります。病院のベッド数と考えてみると、患者さんの4人に3人は病院の外で社会生活をしているわけです。社会生活が営めないほど病状が悪化した人だけが(開放病棟とはいえ)病院という閉鎖空間に収容されるわけです。「こういうもの」という固定観念は、実は病状が悪化した状態だけから形作られているのです。
とはいえ、「理由もなくいきなり殴りかかってきたりはしない」ということも知っているわけですから、あながち偏見ばかりとは言えません。それと、「ああいう人と一緒にしないでほしい」という人もいますが、違うアルコール依存症という病気とはいえ、それが社会生活が営めないほど悪化して、病院という閉鎖空間に収容されたという点では同一なので、そういった意見に同情しようという気にはなれません。

僕はうつ病でありまして、特段それを隠してはいませんが、明らかにしてもいません。隠さないのはうつ病に対する社会の偏見が減ってきているからであり、明らかにしないのは、そうは言ってもうつ病であることを明らかにして就職することは難しい世の中であることも知っているからです。
うつ病の人間は、基本的に薬を止めて健康に生きたいと思っています。というか、ともかく薬は止めたいという願望は持っています。

統合失調症の人はもっと強い社会的偏見にさらされています。だから、たとえAAの中であっても、そうだとは明らかにしない場合が多いでしょう。彼らはかなり強い薬を飲んでいる場合も多く、副作用に苦しみ、そしてなによりも「薬を飲みたくない」という願望を持っています。彼らの姿が、精神病院で見慣れた「こういうもの」と明らかに違っているので、そうした病気を持っているとはとうてい思いつかないものです。

アルコール依存の私たちは、薬物依存にもなりやすいということは皆がよく知っています。だから、薬を大量に飲んでいる誰かが「調子が悪い」と訴えると、脊髄反射のように「薬は飲まないにこしたことはない」という提案をする誘惑に駆られます。だが相手は「薬を飲むな」と言ってくれる誰かを探している少ない例なのかもしれません。
果たして自分は相手のことがよくわかるだけミーティングを一緒にしただろうか? 何かの見落としをしていないだろうか? 提案をする前にそのことを誰かに相談してみたほうがよくないだろうか?

関係者交流会などに出ると、AAメンバーが医者の代役をしたおかげで命が失われたという批判を受けます。私たちはそれを謙虚に受け止めたほうがいいでしょう。

「見わける賢さ」は祈るから与えられるわけではありません。提案とは、自分が生きるわけでもない人生のことまで考えることを意味しています。アル中は本気で考えることが苦手です。なにせ、目の前の一杯を飲んだら自分の人生がどうなるかすら「考えることを長く拒否」してきたわけですから。

一昨日の朝の電話は、「AAが人を殺した」という電話でした。内容はここに書いたものと違いますが、考えなしの提案をまじめに受け取りすぎた人が自ら命を絶ったという話であります。今に始まったことじゃありませんし、珍しいことでもありません。僕だって失敗を繰り返す人間であります。こんなことを書くのも自戒のためであります。


2004年06月29日(火) 睡眠障害?

最近、昼間眠れません。

りーまんが昼間寝たらおかしいだろう、というご指摘はごもっともです。

プログラマーという仕事は、先進的でも何でもありません。過去の誰かの研究成果を再利用しているだけです。仕事の内容は、多次元のジグソーパズルのようなものです。過去の遺産というピースを組み合わせて全体を完成させるのです。ジグソーパズルと違うのは、ピース同士がぴったりくっつくことは滅多にないので、その間を「自分のコード」で埋めてあげる必要があることです。
設計をするのをシステム・エンジニア、実装をするのをプログラマーと役割分担する場合もありますが、僕のやっている仕事のように、一件一件の仕事が一万行前後なんていう小規模で、ひとりで仕事をする場合には、設計と実装を同時進行させる場合も多いです。

頭の中に立体的なジグソーを組み立てるには、集中力が必要です。そして、人間は集中を始めるのに努力も必要だし、集中を保つ長さも限界があります。コンピューター・プログラマーの場合、集中力の限界は約20分だと言われています。実際には邪魔さえ入らなければ1時間でも2時間でも集中していられるものですが、たいてい邪魔が入ります。例えば電話に応対しているだけで、頭の中のジグソーは崩壊します。「これから打ち合わせするけど、今ひまかな?」という声をかけられる場合もありますが、質問自体がナンセンスであるわけです。

集中が途切れると、再度集中できるまで時間がかかります。その弛緩の時間をどう過ごすか。隣の同僚の手が空いていれば雑談するという手もあります。メールをチェックしたり、ネットサーフィンをしたり、僕の場合には雑文を書いたりしています。
しかし、集中力が強ければ強いほど、弛緩の時間の緩みも大きくなります。そしてプログラマーは、居眠りをすることで脳を休めます。それはトラックを全力疾走したランナーが、倒れこんで休むのに似ています。同僚が寝ているのを見つけたからといって、起こしてあげる必要はありません。起こしてもどうせ仕事にはならないでしょうから。

3月4月と仕事中に眠くて仕方ありませんでした。これは居眠りなんて生易しいものではなく、ふと気がつくと何十分も経っていたりしたものです。その原因を服薬しているミラドールに見つけ、それを切ったことが原因で不安とうつの谷に落ち、量を倍に増やして服薬を再開して、谷からはい上がってきました。

なのになぜか居眠りという小休止ができなくなってしまい、全力疾走とインターバルのサイクルが崩れて、トラックをだらだらと走りつづける状態になり効率が悪くてかないません。


2004年06月28日(月) 考えろ、考えろ、考えろ

朝、仲間からの電話で起こされました。
普通の人であれば起きていて当たり前の時間帯でしょうが、僕にとっては寝ていて当たり前の時間帯です。18秒経っても僕が携帯に出なければ、ボイスメッセージセンターへと飛ばされるように設定してあります。センターが「メッセージ預かり」のメールを送ってよこす頃、やっと僕は布団から抜け出しました。こんな時間にかけてくる人物は、決して僕と親しい人ではありません。

こちらからかけなおすと、話題はアノニミティとAAミーティングでの性的嫌がらせや言葉の暴力の問題でした。アノニミティはともかく、性的嫌がらせや言葉の暴力の問題は、どこが取り扱うべきかと言えば、それはAAのローカルグループでしょう。まあ、グループにその能力がなければ地区委員会とか。

とりわけ複雑なのは言葉の暴力の問題です。
「先行く仲間から伝えられた言葉だから、これをそのままあなたに伝えます」というのは、聞こえはいいけれど単なる思考停止であります。経験も大切だけれど、原理も大切であります。もし先行く仲間からの経験と、原理が矛盾していたら、どうすればいいのか?
そこで悩んで考えるのがAAのプログラムの一部だろうと思います。

たとえば「毎日ミーティングに出よう」という単純な提案は、それ自体は悪いものではないけれど、それができない境遇の人間にとっては「無理強い」でしかありません。繰り返されるなら、それは単なるいじめになってしまいます。
同じ言葉でも相手によって、ありがたい提案にもなりうるし、単なる暴力にしかならないときもあります。「私たちが行っているのは提案であって、どう受け取るかは相手の自由だから」というのは自分に対する甘えを引き出すための、格好の言い訳です。
提案する側が、相手の立場を考えてあげて、どういう提案をするべきか、個別に悩むことが大切なプロセスだと思います。

「先行く仲間の経験」というのは、あてにならないことが多いものです。大切なことは自分で考えること。「考えろ、考えろ、考えろ」のスローガンどおりであります。一つの提案があれば、たいていその逆の提案も用意されているものです。

カルト宗教の特徴は思考停止して従うことだといいます。AAも「思い悩むのはやめて、経験を述べ伝えていきなさい」という単純化をしてしまうなら、カルトと同じであります。そして、カルトでは人を救うことなどできないでしょう。


2004年06月27日(日) メッセージを運ぶこと

僕の町から東京へ出発する一番早いバス便は6時20分発です。
だいたい1時間前に起きることにしています。トイレに行って、顔を洗って、コーヒーを飲んで、ひげを剃って、着替えて出発。途中のコンビニでサンドイッチとお茶を買い、早足で歩いていくと、だいたいバスの出発の5〜10分前というのがいつものパターンです。

今朝は午前中の委員会には出る予定はなかったので、8時20分発のバスにしたのですが、起きたのが7時50分でとても焦りました。バスターミナルまでは、歩いて15分ですから。身体が起きていないのに走るのはとても辛かったですが、そのかわりバスの中でぐっすり眠れました。

新宿着11時半。大江戸線で月島へ。初めてマクドナルドに一人で入りました。委員会の始まる前に仲間に以前の不手際をわびておきました。
AAの会議(business meeting)というのは、どんな種類のものであっても疲れます。慣れるけれど、疲れることには変りありません。「AAのミーティングが愛と分かち合いの場であるように、会議も愛と分かち合いの場であるべきだ」という言葉を聞いたことがあります。
確かなことは、どんなに紛糾する場であっても、それが「まだ苦しむアルコホーリクにメッセージを運ぶ」という原点から離れていなければ、それほど無益なものでもないということでしょうか。しかし、世間の常識というものをAAに持ち込めば持ち込むほど、個人は回復の足場を無くしていくとも言われます。委員会もやはり霊的な原理を基盤に持たなければ、単なる時間の浪費に終わってしまいます。

議題の多い委員会は延々4時まで続くそうであり、セントラルオフィスに寄る都合もあったので、20分前に逃げ出しました。有楽町線・三田線・山手線。日曜日のオフィスは訪問者が多かったです。

帰りはJRの特急。ここでもぐっすり寝てしまいました。誰にも邪魔されずにゆっくり眠れるのは素敵なことであります。でも、布団と違って体の疲れはあまり取れません。

「ひいらぎは大分金を使ってんでしょ」と言われたことがあります。
金銭以外にもしんどいことはたくさんありますが、苦しんだ分だけ与えられるものも大きいと信じています。


2004年06月26日(土) 肝炎

健康診断の結果が来ました。
かなり以前の労使交渉のときに、「会社の費用で健康診断をして欲しい」という希望を出したところ、すんなり通ってしまった経緯があります。その後も毎年5月に診断を受けています。
肝機能・腎機能・すい臓ともに良い数値であります。
僕の場合には、酒を止める直前のときは、飲んでもγGTPがあまり上がらなくなっていました。何だ安心じゃんと思っていたのですが・・・。医者に「γGTPは、肝臓の細胞が今この瞬間にどれだけ壊れているか示すものです。たくさん壊れていると数字が上がります。でもあなたの場合には、もう壊れるだけの細胞が肝臓に残っていません。だから酒を飲んでもγGTPが上がらないのです」と脅されてしまいました。
たしかに肝臓の機能が弱まり、缶ビール2〜3本で長時間泥酔していました。

酒を止めるとγGTPはすぐに正常値に戻ったのですが、GOTの値は2年以上も異常値を示し続けました。肝臓の再生には時間がかかるものですね。

そして、半年後の11月に精神科医のところで、血液検査を受けています。こっちではウィルス性肝炎の検査もついでにしてもらっています(エイズ検査はしていません)。頼んだわけじゃないのに、値段は同じだからと医者が頼んでしまいます。いまのところどの型の肝炎にも感染していません。まあ、感染してないってことを知るのは安心ですが、いきなり「B型肝炎に新規感染しました」とか言われても困っちゃうでしょうね。


2004年06月25日(金) じんかんいたるところせいざんあり

男児立志出郷関 男児、志を立て郷関を出ず
学若無成不復還 学、もし成るなくんば復還らず
埋骨何期墳墓地 骨を埋づむる何ぞ期せん、墳墓の地
人間到処有青山 人間到るところ青山あり

幕末の長州の僧、釈月性の漢詩「将東遊壁詩」です。

少なくとも高校二年の時までは、学で身を立てるつもりでいました。
その道は貧しいだろうけれど、自分には向いているであろうと。しかしそれは何か「あなたは学者になるのがよろしかろう」という植えつけられたものの様に感じて、僕は急速に勉学に対する意欲を失っていきます。

それでも惰性で東京の大学に受かって、上京する前に、この詩を固く心に刻みました。
学が成らねば、二度と故郷には帰らぬだろうと。しかし、その道はうつとアルコールによってあっという間に頓挫します。

東京は墓場の多い街です。というか墓場のすぐ周囲まで家が建って、町の中にぽつりぽつりと墓地がある印象です。学も成らない、財もならない自分は、故郷に帰るわけにも行きませんでした。泥酔の中で「死んだらどこに葬られるのだろうか」と考えました。

骨を埋めるのはどうして先祖代々の墓地のみに限ろうか、いや世間にはどこに行っても骨を埋める場所ぐらいある(だから大志を立てて大いに雄飛すべきである)。

子供の頃から見慣れたあの墓地に入るのは嫌でした。僕はなんとか、東京に青山を獲得したかったです。それはつまり生計を共にする家族を得ることを意味してもいました。しかし、それは叶わぬ夢でした。

今は僕は婿養子となり、つつがなく死ねば、この家の墓地に混ぜられることになるのでしょう。「それはそれでいいか」と思っています。つまるところ僕は、僕が滅した後も僕のことを憶えていてくれて、墳墓へ参ってくれる人を求めていただけの淋しがりやだっただけなのかもしれません。

僕が死ねば、この雑記やウェブサイトも契約期限が切れて存在をやめるでしょう。いつかは消え去るものに、なぜエネルギーを使っているのでしょうか? 生きる意味の自明さは、飲んでいた頃の僕には感じることができませんでした。意味のない生は、スピリチャル・ペイン(実存の苦しみ)そのものでした。
僕が伝えたいことは今となっては単純です。生きる意味は自明であるということです。


2004年06月24日(木) 氷の解ける音

長女の担任の先生が「うつ」になってしまったという話は以前にも書きました。
原因は、慣れた養護学校から普通の小学校に移り、担任も持ったせいで、環境の変化とプレッシャーに押しつぶれたということらしいです。療養一ヶ月という診断書を提出して休んでいたその先生ですが、一ヶ月過ぎた後も復帰できなかったようです(当たり前なんだけどね)。

3月まで担任だった先生が、教師を辞めて遊び歩いていたのを、校長先生が拝み倒して臨時の教師になってもらっていました。その先生が一学期いっぱい担当してくれて、夏休みの後は他の学校で補助役の教員をやっていた先生が正式に着任してくれることが決まったそうです。

「うつ」の先生にとっては戻る場所がなくなっちゃったので、少しかわいそうではありますが、ここはじっくり病気を治してもらうチャンスだと思います。なんと言っても初期療養が大切な病気です。焦って早く復帰すると、またも長期お休みする羽目になりかねませんから。

この前に修理のために郵送したディジタル腕時計ですが、ムーブメントとケース交換(つまり元のままなのはバンドだけ)で返ってきました。請求書が入っているかと思ったら、保証修理だそうです。ちなみに保証期間が切れた後の料金表が同封されていました。今回の件が有償だったら2万円+消費税だったようです(汗)。

ホームグループのミーティング、テーマはBOX-916から「自分の理解する神」。
ミーティングをしていると、たまに仲間の心の中の氷(スピリチュアル・ペイン)が解ける音を聞いたような気がすることがあります。もちろん何も言いませんが「良かったね」という気持ちになります。きっと僕の心の中の氷も、一緒に解かされているのでしょう。
それは「カタルシス」などという無粋な言葉とはちょっと違うような気がするのですが、専門でない僕にはなんとも分かりません。


2004年06月23日(水) ときに信仰について

「AAメンバーが信用できるか、できないかの判断は、その人がハイヤー・パワーを持っているかどうかでできる。ハイヤー・パワーがある人は信用できるし、そうでない人にはどこかで裏切られる」

そう言ってくれた人がいました。理屈っぽく反論するならば、その人がハイヤー・パワーを持っているかどうかを相手じゃなくて自分が決めている点。それに、ハイヤー・パワーがある人だって時には人を裏切ることもあるわけで、それを許せるかどうかの判断に「持っている・いない」を使っているだけのような気がしなくもありません。

でも、その言葉に僕は共感を覚えなくもありません。AAとは平たく言えば信仰であります。キリスト教的な神に限らず、自分の好きな神を選べばいいし、とりあえずAAそのものを信じるということもできるわけです。信仰と言う言葉が嫌いならば、「信頼」と言う言葉に置き換える手段もあります。「AAに対する信頼」というものを人は持てるでしょう。

「信頼には信頼で応える」というのが社会のありようである以上、AAだからと言って特別なしきたりが生きているわけではありません。

話は変りますが、AAの中にも「信仰」と言う言葉を好かない、どちらかというとその言葉は嫌いであるという人もいます。彼らは「AAは何かを信じることを強要しない」という言葉を自分たちの足場にしています。仲間やその交わりであるグループやAA全体を信じる人たちは、その自由を謳歌しています。
僕はそれは、いたってよい事だと思います。でも一つだけ注文をつけるとするならば、AAには明確な信仰を持った人「も」受け入れるだけの自由さが必要だということです。

「AAの核心はいたって簡単であり、個人を主体としたもの」であります。個人個人によって、プログラムの解釈に違いがあるのは当たり前で、だからこそ私たちは集団でいる意味があるのでしょう。

僕のソブラエティのごく初期の頃に、僕の前にいきなり現れて「神様」について明確に語ってくれた人がいました。僕は「AAは宗教じゃないのに、嫌だな」と思った覚えがあります。でも、もし彼のその話がなかったならば、僕はAAの持っている広がりを感じることはなかったかもしれません。だから彼には感謝しています。
「信仰は常にもっと深められる」とあります。僕のように大きく壊れた人間は、簡単な信じ方では救われないのでしょう。

「霊的な成長や感情面での成長は、楽しいときではなく、苦しいときに成し遂げられる」といいます。AAを純粋に楽しめないときがあったとしても、それは問題ではありません。大切なことは僕が、神とAAと他の人を信じられるかどうかという点にあるのですから。


2004年06月22日(火) 脳疲労

神よ我に与えん
変えられざるものを受容する沈着と
変えるべきものを変える勇気と
その違いを分別する知恵を

とある軍司令部の壁に刻まれた文字を日本語として紹介した文だそうです(記憶あいまい)。

僕は変えられざるものを変えようと、無益な努力を続けていたようです。
もちろん、変えられざるものは変えることなど出来ようもなかったのです。
「そのままを受け入れる」と言いながら、行動では変化させようと力を加えるという自己矛盾。
残ったのは徒労感と無力感と心の傷だけです(なんで日本語には複数形がないんだ)。

うつではないのに、調子が良くありません。脳疲労でググって< みました。

夜遅くまでパソコンに向かう、仕事をする、考え事をする、思い悩む等々、脳を酷使している状態に加え、夢をよく見る、寝つきが悪い、浅い眠りなど眠りの質が悪い場合、脳の疲れがとれず慢性的に疲労状態となり、結果的に自律神経の乱れや鬱的気分、情緒不安、記憶障害などが起きてきます。

夜遅くまでパソコンに向かい、仕事をし、考え事や悩み事にふける自分には耳の痛い話であります。もっとも夜はパソコンもそこそこに布団に横になってしまいましたけど。

距離を置いてみて、初めて気付くこともあります。気付きはいつも深刻になってから与えられるのは、知恵を望んでいないからでしょう。
解決の方法なんてわかりません。ただ時間が押し流していってくれると信じるほかはありません。

「時間」は僕が最初に抱いたハイヤー・パワーの概念です。時間は誰にも抗いがたい強大な力で、何もかもを押し流していってしまいます。そして、世の中には時間が解決してくれる問題もあれば、時間だけしか解決できない問題もあります。焦ってみたところで仕方ないけれど、待つことは僕の苦手です。
ここで中島みゆきの「時代」とかを引いたりするとペシミスティックになるのでやめておきましょう。

「無名の性依存症者の集まり(SA)」 のページを紹介するメールを頂きましたので、リンク集に追加しておきます。


2004年06月21日(月) レ・ミゼラブル・コンテストの誘惑

処世訓というものを持っている人もいれば、いない人もいるでしょう。
僕のは「壊れていないなら修理するな」(If it ain't broke, don't fix it.)。壊れていないものを修理すれば、壊してしまうこともあるのです。なぜこれを処世訓としているかと言えば、僕がしょっちゅう壊れていない何かを直そうとして、壊してしまうからです。それは機械かも知れませんし、人間関係かもしれません。

「ソブラエティ一桁なんて、まだまだひよっこで、狂っていて当たり前だ」と仲間に言われてしまいました。確かにそのとおりなので、笑ってしまいました。

台風のせいか、ミーティングの参加者は少なかったものの、一人一人の時間の長い分かち合いができました。人それぞれ悩みはまったく違うものの、悩みのない人はいないという確認でした。僕は思わず「自分が一番不幸」コンテストを開いてしまうところでしたが、救われました。


2004年06月20日(日) 日曜日

こちら の記事でありますが、実は紙の新聞の上には見つかりませんでした。
僕の住んでいるところでは、地方紙以外は夕刊はありません。前日の夕刊の分と、当日の朝刊をあわせた「総合版」というのになります。当然総ページ数は少なくなるので、削られる記事がでます。この記事もそれだったのでしょう。

父が死んだあと、母は淋しさを埋めるためか様々なことを始めました。海外旅行・日本画・洋画・水泳。定年で仕事を辞め、パートにも出なくなった後は、とりわけ油絵に凝っています。今回、地元の美術展に応募し、展示されることになったというので、母と一緒に見に行きました。もちろん無料券があるからこそ美術館に入ってみようという気になったのです。
最終日でもあり、自分の絵を搬出に来たアマチュア画家の人がたくさんいました。大体は年配の方であり、女性のほうがちょっと多め。若い人はほぼ例外なく女性でした。

4月からパソコンの調子が悪くなっていたものの、我慢してあと2年は使おうと思っていました。けれどこの夕方、ついにまったく起動しなくなってしまいました。土日に作業した仕事のデータが取り出せない状態で途方にくれましたが、パーツ類を買ってきて復旧作業にかかりました。

夜、仲間と電話。終わったあと、自分がなぜAAを続けているのが、しばらく考えてしまいました。結局のところ思いつくのはあのリストです。

1.義務感。
2.楽しみだから。
3.自分にこれを分け与えてくれた人へ借りを返すこと。
4.再飲酒に対する保険が少しずつ増えるから。

一年半のサービス活動で、僕の視野は広がり、いろいろなことを知りました。知らないでいたかったことも知りました。AA外部から見たAAの姿も知りました。人は皆不完全でありますから、この共同体もまた不完全で欠点だらけのものであります。もはや「AAって素晴らしい」と無条件に信じられた頃には戻れません。
けれど僕は、いくら不完全であっても、AAを信じ愛することをやめることはできません。なぜならそれは、僕に「生きる意味」を与えてくれた存在であるからです。
例え苦しみが大きくても、そのぶん得るものも大きいと信じて、神様の照らしてくれる道を、ただ歩いていくのであります。

復旧完了は夜2時半。


2004年06月19日(土) 土曜日

朝8時に起きて、下の娘の保育参観(肉体労働つき)へ。
作業は分解されて保管してあったプールの組み立て。この作業はどぶさらいなどと比べて花形の作業であります。上の子の3年間と下の子の2年間を通じて、初めてやらせてもらいました。
睡眠不足で肩がこり、軽く頭痛がしましたが、身体を動かしているとそれも解けてきました。身体を使うのが本職の人に比べれば、やはり僕の身体は貧弱です。まあ努力していないのだから仕方ないです。

朝起きたときの思考で、いつものお決まりのパターンは「今日は保育参観も面倒だし、AAに行くのも大変だよなー」というものでしたが、最近はガイダンスに従って、毎日に感謝し生きる決心をすることにしています。今日も飲まない一日が始まるのだと。

午前中で参観は終わったので、シャワーを浴びて、AAのオープンスピーカーズ・ミーティングへ。実はスピーカーを頼まれていたのですが、保育参観と重なっていたこと忘れていたので、あわててお断りする羽目になってしまいました。
着くと「間に合ったじゃないか」と言われましたが、そこは神の配慮によって替わりに選ばれたスピーカーにお任せしました。

はっきり言って僕はスピーカーが得意ではありません。頼まれれば断ることはしませんが、それでも回数が少ないのが客観的な評価というものだと思います。でもなぜか、「ビル・ゲイツの話をしていた人ですよね」と声をかけられたりするのが不思議であります。珍しいのかもしれません。

帰りは高速道路ではなく国道を走って帰りました。信号の少ない道を走っていると、いろいろなことを考えます。
昨夜の黙想は雑念でいっぱいでした。しかたないんで、教えてもらった祈りをすることにしました。僕が黙想をするのは深夜ですから、たいていの人は寝ているに違いありません。あの人も、この人も、気が会わないあの人も、そして特にこの人も、「ぐっすり眠れているといいな」と願い、「ぐっすり眠れていますように」と祈ります。スピリチュアルな生活は理論ではなく、実践だと言います。
昔、スポンサーに「あなたのことも毎日祈っていますよ」と言われたときに、なんだかひどく照れくさかったし、宗教臭くて嫌でした。「自分のためですよ。あなたにも分かるときが来ますよ」と言われました。プログラムは自発的なもので、押し付けられるものではないとつくづく思います。

帰宅して横になったら、いつの間にか寝てしまったようであります。脳が休みを要求しているのでしょう。


2004年06月18日(金) 金曜日

地方・小出版流通センターのページを見ていたら、ASKの文字を見つけました。「ふーん、なるほどねー」というわけであります。また、地小の契約解除リストを見ていると、小出版社が倒産したり廃業していく姿を見ることが出来ます。

通いだして9年目になる精神科医へ。
「なんか薬の副作用は?」
「喉が渇くぐらいですかねぇ。でも耐えられないほどじゃありません」
「便通のほうは?」
「毎日柔便。時に下痢です」(食事中の方申し訳ありません)
「変だね。喉が渇くのは消化器官全体の働きが鈍っている状態なんです。すると便秘になるのが普通なんだけどね」
「そう言われると変ですね」
「まあ、例外のない法則はないってことですかね」
僕の病気は単極性のうつ病(大うつ病)となっていますが、双極性躁うつ病の況拭覆修Δ良分があいまい)という疑いもあります。

金曜日にメールでソフトを送信するという仕事の約束だったのですが、来週月曜日にしてもらいました。おかげで残業せずに済むものの、土日に自宅へ仕事を持ち帰る羽目になってしまいました。プログラムはZIPディスク1枚に収まりますが、紙の資料は何キロという重さになります。

仲間のバースディミーティングへ。17年と9年・・・。け、煙い。
どうしてAAメンバーの、というかアルコホーリクの集まるところでは、タバコの煙がもうもうと立ち込めるのでありましょうか。やっぱりみんなアディクトなのでしょう。タバコは合法で手軽に手に入る薬物であります。そして、たしなむ皆がアディクトになります。機会的喫煙者なんてほとんどいません。
そういう自分もヘビースモーカーでありました。90分のミーティングをタバコなしで耐え続けることができず、たいてい中座して吸っていました。司会やるときも、話の長い人の時に吸いに出ていました。
ある内科医に言わせると、禁煙の効果が出るのは10年後から、顕著に違うのは20年後だそうです。「だから60才の人には、いまさらやめろとは言わない」そうです。


2004年06月17日(木) ハイゼンベルク

ハイゼンベルクの不確定性原理というものがあります。
位置と運動量は同時に正確には求まらないという、説明するのが面倒な理論です。
電子の位置を知ろうと強い光を当てると、その強いエネルギーで電子の進む向きが変わってしまいます。じゃあ、弱い(波長の長い)光を当てると、今度は電子の場所があいまいになります。
理解してくれなくていいです。もっと簡単にしましょう。

今、目の前にある湯飲み茶碗にお茶が入っていて、このお茶の温度が知りたいとします。
温度計を突っ込んで、赤い棒の伸びが止まったところの目盛りを読むべしと学校で教わりました。それは間違いではありません。
でも、温度計はたいていお茶より冷たいです。冷たい棒を突っ込まれたお茶は、そのぶん冷めてしまいます。目盛りの数字は「お茶の温度」ではなくて、「温度計を突っ込んで冷めたお茶の温度」です。知りたいのは「お茶の温度」だったのに・・・。
始めに温度計をお茶と同じ温度にしておけばいいんですが、その温度を測るために温度計を使ってるんだし・・・(全然不確定原理と話が違うって?)。

何を言いたいかと言うと、「人の心を外部から推し量るのは難しい」ということです。
心の中を知ろうとすればコミュニケーションが必要なのですが、言葉を投げかけると、その言葉によって人の心は変わることがあります。いや、多少でも必ず変わってしまうのでしょう。だから、言葉をかける前の心の状態がどうだったのか、知ることは永遠にできないのだろうと思います。
大体人の心は、プライドだとか不安だとかを抱えていますし、人は正直とは限りません。電子に感情があるかは知りませんが、人には感情があります。

「相手の気持ちを思いやって」と言いますが、相手の気持ちがわからないときには、温度計の暖めようもありません。僕は冷たい男であります。

amazonで色平哲郎という人の本を探していたのですが、目的の本がみつかりません。本の元になったコラムを連載していた新聞社に電話をかけて出版社を教えてもらいました。「源流の発想(風のひと、土のひと)」 であります。本が届いたら、同封の振込用紙で支払うところはAAと同じ仕組みであります。

大手流通ではなく、地方・小出版流通センター扱い の本でした。
AAの本も、とりあえず地小で扱ってもらえれば、一般の書店から注文できるのになぁーと思いつきました。


2004年06月16日(水) 形のあるもの、形のないもの

今週になって、(それなりに)中身のある仕事をしています。
家に持って帰った仕事をするのにも飽き、来るんだか来ないんだかわからない電話を待つのにも飽きて、この文章を書いています。

今週は我が家の洗濯機が新しくなりました。前のは8年半使ったところで、脱水が出来なくなりました。修理も考えたのですが、5Kgしか洗えないという不満もあったので買い換えることにしました。急な出費で頭が痛かったのですが、なんとか8Kgタイプを4万円半ばで調達することができました。前のものは騒音がうるさく、洗濯中は眠れませんでしたが、新しいものは進歩していて静かであります。

昨年6月に買った腕時計のバックライトが点かなくなりました(フィールドでデバッグするプログラマーはほぼ例外なくディジタル式を使います)。こっちは電池切れになったので、100円ショップで電池を買ってきて自分で分解・交換したのがいけなかったのかもしれません。ともかく、保証期間内に修理に出さなくては・・・。

昨年だったか、ずっと愛用してきたビジネスバッグが「ばっくり」壊れてしまいました。鞄がないのも困るので、千円でパソコンバッグを買って当座をしのいできました。しかし、営業にも行くのに、いつまでも千円のバッグじゃいかんだろう、ということで、ちゃんとしたビジネスバッグを買う許可をもらいました。
この業界、服装や髪型はむさいくせに、アイテムにはこだわる人が多いです(ノートパソコンのブランドとか)。バッグも例外ではなく、Tumiだのケンジントンだのブランド物を持っていたりするので油断が出来ません。
前のが壊れてしまったのがショックだったので、今回は耐久性重視ということで、ゼロ・ハリバートンのアルミ製ケースに決めました。多分に見栄が入っております。

形のあるものもいつかは壊れるし、形のないものにいたっては壊れているのかどうかすらわかりません。これからもいろんな事象に振り回されながら生きていくのでしょう。



2004年06月15日(火) モラル・ハザード

僕の住んでいる自治体のゴミの分別方法が変わりました。
週2回出せるのが可燃ゴミ、週1回が(プラスチック)ビニールゴミ、月に1回が資源物(新聞雑誌ビン類)、ペットボトル、埋め立てゴミ、破砕ゴミ・・・。それは変わっていません。変わったのは分別の方法です。

以前は可燃ゴミの中にビニールを混ぜると怒られていたのですが(逆も真)、可燃ゴミにしろビニールゴミにしろ、どうせ一緒に混ぜて焼却炉で燃やしていたので、あんまりまじめに分別しても意味がなかったのです。生ゴミが多い可燃ゴミばかりだと、炉の温度が上がらずに燃え残りがでるのと、ダイオキシンが出るので、一緒に燃やすのは合理的です。でも、何のために分別しているのか、誰にも答えられませんでした。

今回ビニールゴミがリサイクルに回されるようになって、今度は「ビニールゴミにリサイクルできないものを混ぜちゃだめ。他のビニール・プラスチックは可燃ゴミね」という決まりになりました。「リサイクルできるもの」の定義が「包装容器であり、水で簡単に洗っただけでキレイになるもの」だそうです。なかなか形而的です。

たとえばスーパーの袋は包装容器なのでビニールゴミです。でもビーチボールは容器じゃないので可燃ゴミです(空気の容器じゃないの?)。ペットボトルのふたは容器。マヨネーズの袋は容器だけど、水で洗っても油が落ちないので可燃ゴミ。コンビニ弁当の容器は脂っこいので基本的には可燃ゴミ、でもそばやうどん類のはビニールゴミ。子供のおもちゃは容器じゃないので可燃ゴミ。カップラーメンのフタは容器(の一部)だけど、紙で出来てるのは可燃ゴミ、アルミが使ってあるやつは埋め立てゴミ。CDは音楽の容器・・ではなくて、水で洗ってもアルミが取れないので可燃ゴミ。でもCDのトレイはCDの容器です。

ゴミを捨てるたびに「これは容器だろうか?」とか「水で洗うと」とか考えるとだんだん面倒になってきます。

結局のところ、皆が「面倒だから全部可燃ゴミに出しちゃえ」という考えになって、ゴミ分別モラル・ハザードが発生しているのでありました。


2004年06月14日(月) やっとステップ2

ミーティング。テーマは「もう一度底つきについて」。
しかしなぜか話は金銭的自立の話になりました。

祈りについてアドバイスをもらいました。
「神様。もしいらっしゃるなら、私にわかるように教えてください」
これは子供の祈りだといいます。子供の祈りは、すべての人に必要とされているものだそうです。

最近の僕は、ハイヤー・パワーの存在を感じています。信じているのではなく、感じています。その存在は生まれたときから僕と共にありました。ただ僕は、その存在を「感じること」を拒否していただけなのでしょう。
最初は僕も、AAのいわゆる「先行く仲間」を信じることにし、次いでAAそのものを信じることにし、自分にとって好ましい・好ましくない偶然を「神の意思」としてきました。ただやはり(忠告されたとおりに)、それには限界がありました。それは信仰を深めてきたわけでなく、信じたいという信念を深めてきたに過ぎなかったようです。
その時そのときの自分のステップが間違いだったとは言いません。ただ感じられるようになるまでに、ずいぶん時間がかかったなという感慨はあります。
信じている・いないという話ではなくて、共にあることを感じているのですから、もう議論の余地はありません。

人間の奥深くには、神と親密な関係を築くことでしか埋められない、心の隙間があるといいます。アルコールで埋めてきたその隙間を、その存在が少しずつ埋めてくれているようです。
仲間と一緒にいるミーティングは、僕にとって必要ではあるけれども、特別な時間帯ではなくなりました。AAの集まりも、日常の連続の一部になりつつあります。

僕は自分の欠点をハイヤー・パワーに取り除いて欲しいと願います。中には取り除いて欲しくない欠点もありますが、一生それを抱きかかえていたいという思いは薄れました。もちろん、欠点は死ぬまで残るでしょうし、欠点だらけの自分を僕は愛していくでしょう。
弱くて愚かな自分を愛せるからこそ、他の人も愛せるのでしょうから。

「やっとステップ2」といったところでしょうか。


2004年06月13日(日) よりどころを求めずに

免許更新センターに行って、運転免許の更新。
この事件 のおかげで、ゴールド免許とはお別れであります。それでも道路交通法の改正で5年間有効な免許証をもらえました。
片目が弱視で視力がないので、いつも視野検査を受けているのですが、片目で140度の視野を確保するのは難しいものです。そのせいで適性検査でひっかかっております。今回は、弱視の目(遠視)も無理やり矯正したメガネを作り、なんとか片目0.3の視力を作り出しました。実際には0.25ぐらいの視力しかないので、あとは「感」と「運」が頼りでありました。

「安全協会にご協力いただけますか?」という笑顔の質問に、
「ごめんなさい、僕お金ないんです」という返事をしたところ、笑顔が消えて能面のようになってしまいました。そう言いながら一万円札を出して、おつりをもらっていたりします。

25分の映画を見せられました。思ったよりも穏やかな内容で、「交通警察24時間」とか「緊急病棟24時間」とかいうテレビ番組のほうがよほどショッキングであります。あと25分は講義の時間で、道路交通法の改正の話が主でした。飲酒運転関係の罰則も点数もずいぶん重くなりました。飲酒運転は、偶然の犯罪とは違って「故意犯」であるから、厳罰で臨むのだそうです。実際それで件数は減っているので、抑止効果はあるのかもしれませんね。

病院メッセージの輪番の日だったのですが、そんなわけで休ませてもらいました。自分がいなくても物事が動いていく安心感を感じます。でも本音を言うと、ちょっと淋しかったりしますね。まあ、贅沢を言えばキリがなしです。

AAも僕の人間関係も変化を続けています。変化を続ける流れに逆らって泳げば、疲れ果てて人生はすぐ終わってしまいます。絶対的なよりどころを求めずに、ありのままの自分を養っていきたいと思います(センターで暇だったので孟子を読んでいました)。


2004年06月12日(土) 面付け大間違い

こんどのラウンドアップのflier(チラシ)の印刷が仕上がったと印刷屋から連絡がありました。早速取りに行きまして、刷り上ったチラシを見た瞬間、自分のミスに気がつきました。
B5版4ページを、B4版一枚の表裏に印刷し、中央で折って4ページのチラシを作る手はずになっています。
○数字をページ番号だとすると、刷り上りは表|´◆叩⇔◆鱈ぁ辰箸覆辰討い泙靴拭それは僕がそう指定したからです。
本当は|き 鱈↓|というふうに面付けしないといけません。これを折ると| 鱈↓|ぁ辰箸いΕ船薀靴完成します。
しかし|´◆鱈ぁ辰箸いμ棉佞韻世函横書きなのに表紙が右に来て「左開き」になってしまい、さらに| 鱈ぁ鱈◆辰箸いκ僂淵據璽弦柔になってしまいます。
あまりのショックに、8,300円という概算見積もりが、10,600円と二千円以上高くなっているのに、苦情一つ言わずに帰ってしまいました(紙の値段が違っていました)。

さーてどうしたものか? と悩んでいても答えは出ません。刷りなおしたほうが良いか、このままでいいか。
言い訳は山ほど浮かんできますが、5分で済む面付け確認をしなかった理由にはなりません。

幸い、土曜日の晩で実行委員会の何人かがミーティング会場に集まる予定になっていたので、そこへ持ち込みました。

「良く出来てるじゃない」
「一つ問題があるんですよ」(もったいぶり)
「なになに?」
「・・・・・」
「わかんないよ」
「折ってみてください」
「あ、判った」
「間違えちゃって、すみません」
「いいんじゃないの、こういうものだと思えば」
「そうよ」

そうですか「こういうもの」ですか。何週間もかけて作ってくれた原稿を、印刷に出すときに間違えてごめんなさい。
仲間は許してくれました。仲間だからこそ許してくれたのでしょう。仲間は許さないといけないのだそうです。だって仲間だから。
今回はそれに甘えておきます。

お手元にページ順のおかしなチラシが届きましたら、笑ってやってください。


2004年06月11日(金) なにもしない

久しぶりにいきなり(予定もなく)仕事を休んだ・・・と思っていたのですが、日記を調べてみたら前回ラウンドアップの翌日に休んでおりました。その前は3月上旬でしたか。

肉体的な疲れと、精神的な疲れ(仕事もろくにないのに、朝9時から夕6時まで机に縛り付けられているのは拷問ですな)が重なって、もう何もやる気がしないという状態でした。それでも、休んで有給休暇を減らしてしまうのはもったいないと思い、「午後から出ます」と会社に連絡して、そのとおりにするつもりだったのです。

しかし、朝から寝てしまい。宅急便の配達がドアを叩いても気づかないぐらい深く寝ていました。起きるともう午後でありまして、もう一度連絡して一日休むことにしました。来週はなんか仕事が一件回ってきそうであります。

台風のせいか、一日雨の音がしています。雨の音を聞きながら布団に横になっていると、いつの間にか意識が遠くなって眠ってしまいます。気がつくと夕方の7時でした。

そういえば、酒を止め始めて1〜2年ぐらいは、しょっちゅう休んでは、一日夕方まで寝ていたものでした。理由はうつかもしれませんし、過労かもしれません。ともかく、身体も精神も疲れやすい状態でした。

明日も寝ている予定です。あさっては運転免許の更新。


2004年06月10日(木) さ、さいてー

なんだかすごく調子が悪いです。

火曜日に電器店に寄り、ついつい30万円のマッサージチェアに座って「こりほぐし」に設定して、背中と肩ををぐりぐり揉んでもらいました。翌日は良かったのですが、今日になって、張り返し(揉み返し)がきました。背中が痛くてたまりません。

それになんだか、身体がだるくていけません。ラウンドアップのチラシを入稿するために、普段より早く家を出て、結果として早く会社に着いたのに、なにもできません。
午後3時ぐらいまで、ほとんど寝ているような状態でした。
こんなときは不思議なもので、電話もかかってきません。FAXもきませんし、メールも届きません。夕方になってもやる気が出ないので、「電車男」 を途中まで読みました。
仕事は忙しいはずなのですが、会社の支払いの締め日の関係で、来週末でないと機材の発注ができません。機材がこないと仕事にならない上に、納期は伸びないので、忙しくなるのは決まっているのですが、今はただ待っているだけです。

夕方からミーティング。実家に寄ると母から「顔色が悪い。肝臓が悪いのじゃないか」と言われました。そう言われると、なんとなく右わき腹に圧痛(肝臓がはれたときの痛み)を感じなくもありません。でも、それは背中の痛みの続きなのかもしれません。

さすがに僕も若くはありません。いくら朝が遅いと言っても、午前3時に寝る生活を続けていれば身体に無理も来ます。今夜は早く寝ようと思いながら、もう夜半が近づいています。

先日、歌人の方が「初めて川柳を作ってみました」とメールを送ってくれました。「悪魔の辞典」みたいで面白かったので、返信を書いておきました。返句というほど才能はないので、詩を書いて送りました(もちろん冷笑的なやつです)。面白かったですと、電話で返事を頂きました。ありがとうございます。

軍隊に入ると待つのに慣れると言いますが、軍人になる気のない僕は待つのは苦手であります。でも慌てずに、Wait and see というところかな。


2004年06月09日(水) お金で買えない贈り物

少なくとも、今夜ミーティングに行く気になったのは、自分のためではなかったはずです。
何ヶ月ぶりかに訪れたその会場は、僕の最初のホームグループでした。

狭い会場のやわらかい椅子に深々とかけていると、ミーティングが始まりました。テーマは『今日を新たに』から「金で買えない贈り物」。
雑談が終わり、黙想がすんで、ハンドブックを読み、司会者がばっとページを開いて、そのページを読み出したときに、すっと僕の心が軽くなりました。

僕は最近、自分の悩みが深刻だと思っていました。なぜこのような悩み深い毎日を送らねばならないのか、とても理不尽なことだと感じていました。

けれども僕には、もっともっと悩み深い日々がありました。それは自分の酒が止まらない、また飲んでしまうかもしれないという悩みが一番大きかったときです。週に二回あるそのミーティング会場に通い、椅子に深く腰掛けて話をしていたことを覚えています。部屋には新しい椅子が増え、禁煙になって壁紙が張り替えられたので白くなっています。あのころ一緒にやっていた人たちは去ってしまいましたが、会場は変わらずにそこにあります。
そして、そこにいる自分も変わっていません。

「新しく見つけた平和はお金で買えない贈り物である」。今、アルコールからの開放と自由を手にしながら、僕は何をぶつくさ不平をたれていたのか、自分でも笑ってしまいました。
特にユーモアを交えたわけでなく、普通に話をしたつもりですが、くすくす笑い声が聞こえてきました。感謝、与えられたものを喜ぶ謙遜、何を自分が分かち与えられるか考えることを選ぶことも出来ます。一方で、もっとたくさんを与えてもらえないことを不満に思い、不平と恨みを抱えて過ごすことも選ぶことができます。
僕はどちらでも好きなほうを選ぶことができるのです。

10メートル上に浮かんで自分の姿を見つめてみれば、笑ってしまうほどこっけいな自分が見えてきます。きっと僕のはイヤー・パワーはいつも僕の上に浮かんで、僕がばかなことをやっているのを笑って見ているのでしょう。

僕は状況や環境が悪いほうへ変わったと嘆いていたのですが、悪いほうに変わったのは自分自身であったようです。いつも同じことの繰り返しです。回復できないからAAに残っているだけなのかもしれません。今日一日。


2004年06月08日(火) 時流に乗れない人

遊佐未森の こんなアルバム を聴いています。RealPlayerをインストールしている方は こちら で試聴できます。
といっても自宅にはオーディオ環境がありません。5.1chのオーディオシステムを導入してあるのですが、スピーカーは本にうずもれたままであります。なので、聴くのはもっぱら車の中です。
この人もデビュー15周年だそうで、デビュー時に20才だったとしても、もう35才です(実際には僕と同じ学年なのでもっと上)。新しいファン層を獲得できていないと、ファン層の年齢も一緒に持ち上がってしまうので、主なファン層は三十後半の女性ということになるのでしょうか。

本棚に並んでいるCDを眺めてみると、遊佐未森・広瀬香美・飯島真理など音楽大学出身の女性ボーカルが目立ちます。(種ともこもそうかと思ったのですが、調べてみたら同志社でした)別に音大とかにこだわっているわけじゃないのですが、結果的に十年以上歌い続けている人というのはそういう人が多いのかもしれません。
でも新しいファン層を開拓できないと、固定客相手の商売になっちゃうのは誰しも同じなのかもしれません。
そこへ行くと、小学生相手にシングルCDを売り上げてみたり、団塊世代のオヤジたちの心をわしづかみにしてみたりする こちらの人 は「化け物」なのかもしれません。ちなみにこの人は北海道の女子大です。

本を読んだり、考え事をしたりするには、人の声は邪魔なので Mostly Calssical の放送を聴いています。
本はリタイヤしてからゆっくり読むことはできますが、音楽はそうはいきません。

また最近の別のお気に入りは、宇多田ヒカルの Addicted to You だったりもします。

90の道具に 25 を追加しました。


2004年06月07日(月) もし愛がなかったのなら

あるAAメンバーと電話で話をする機会があり、自分の兄弟のアルコホーリクの話になりました。その人は、自分の兄のために今日は時間を使っていたのだそうです。
実を言うと、僕の実兄も「どうしてこの人がアル中という診断をもらって精神病院の内側に行かないのだろう?」と思うぐらい飲む人です。毎晩ビール大瓶2本と焼酎を飲んでいます。休みの日は朝から酒を飲み、酒臭い息でぶつぶつ言いながら農作業をしています。飲酒運転は毎度のことで、事故もしたし、喧嘩もしたし、入院もしました。
母は、僕での経験から、自分ではどうにもならないと諦めています。
「酔っ払っているアルコホーリクは、愛されない生きものだ」。まさにそんな感じです。
まだ苦しんでいるアルコホーリクが、たまたま身内だからといって、僕らに特別なことが出来るわけではありません。僕らは霊的な道具を手にしているだけですし、自らがまだ持っていないものを分かち与えることはできません。
しかし、親子兄弟の縁を切るのは難しいものです。(もしそれがなかったなら、今のAAメンバーのかなりの人が酒をやめる前に死んでいたにちがいありません)。

先週のミーティング後の片づけをしているときに、お湯のポットをひっくり返して、二人で火傷をしてしまいました。今夜のミーティングの後で、ポットをひっくり返した彼が、「お詫び」と言ってお金の入った封筒を僕に渡そうとしました。しかし、それは受け取れません。
彼がポットをひっくり返したのは悪意があったからではないし、僕がそれを反射的に手で受け止めたのは犠牲になろうと思ったわけでもありません。どちらに責任があるというものでもないし、あえて言えば五分五分です。
けれど、彼が封筒を差し出しているのは単なるポーズではなくて、気持ちからの問題でしょう。それは人間関係を大切にしたいというスピリチュアルなものでしょう。僕の拒む気持ちも、同じであります(たぶん)。受け取っても拒んでもしこりが残りそうな気がしたので、相談の結果、そのお金はグループの献金箱に入れることになりました。
お金は霊的(スピリチュアル)なものではありません。しかし、金銭とスピリチュアリティが交わる場所がこの世の中にはあります。それが献金箱の中だといいます。

適切な投薬と黙想、自分の感情を目をそむけずに見つめること。ともかく「うつ」状態からは抜け出しつつあるようです。


2004年06月06日(日) 中古車購入

「先月の統計」 が無事更新されてほっとしています。ひと月に1回しか動かないプログラムの検証は難しいのです。

妻が車を買い換えることになりました。彼女の乗る昭和62年製のランサーは、すでにエアコンが動かなくなって撤去されています(修理部品がないから)。走行6万キロだというのに、クラッチ板の交換も経験済みです。9月に車検になるので、そろそろ次の車を探そうと言うわけです。
そんなわけで、この土日はあっちのディーラーに行ったり、こっちのディーラーに行ったりしていました。試乗をし、見積もりをもらうだけでも最低2時間はかかります。ターゲットは軽乗用車からいわゆるコンパクトカーです。

ホンダのフィットは後部座席のシートも良く出来ていて、CVTもこなれていてよかったです。ダイハツのムーブ、スズキのワゴンR、ともに車内空間を欲張りすぎで車重・車高が増えダルな感じでした。スバルにいったついでにインプレッサの一番安い車種(1.5L FF)に試乗してみました。値段以外は特に不満なし。トヨタのヴィッツも日産のマーチも乗りたかったけれど時間切れでした。

最終的に彼女が選んだのは、スバルのプレオの中古。車検未経験、1万8千キロのを税・諸費用・現有車の廃車代こみで70万円まで値切ったところで商談成立・・・のはずだったのですが、確認のためにおやじさん(僕の義父)に電話したところ、いきなり「ダメ」と言われて事態は混乱しました。

「軽自動車の中古ならOK」ということだったのに、なぜストップがかかったのかは知りませんが、帰宅後の話し合いには僕は参加しませんでした。婿養子は親子の問題には立ち入らないのが賢明です。おやじさんは、自分の車の古を乗って欲しがっていたようですが、そのメーカー最近いろいろと問題あるのと、妻は生まれて初めて自分で選んだ車に「ダメ」を出されてだいぶ怒っていたみたいです。

父親にとって娘とは、たとえ娘が何歳になろうとも、可愛いものであるらしいです(なんとなくそれは分かる)。それに男は女の涙に弱いです。

ちなみに車の費用は、妻が独身のときに形成した財産が使われるので、僕はノータッチです。契約は水曜日、支払いは今月いっぱい。9月の納車までディーラーに預かっていてもらうというわがままぶりであります。


2004年06月04日(金) 佐世保の事件で考えたこと

佐世保の小学校6年生の殺人事件で、ネット掲示板の書き込み が契機になったと聞いて、恐れていたことが現実になったと思いました。

1985年に初めて「モデム」というものを買って電話線とパソコンにつなぎ、パソコン通信というものを始めました。モデムは十万円近くしたと記憶しています。パソコン通信というのは現在のインターネットと違って、それほど匿名性がなく、プロフィールを公開している人も多い上に、ネットニュース(掲示板)やメールの送り元がわからなくても、通信業者はその人の住所氏名は最低限把握しているものでした。

それでも、ニュース上で議論が始まると、それは熱く熱く盛り上がるのでありました。きっかけはたわいのないことで、お互いに揚げ足取りが始まり、重箱の隅をつつくような議論が延々と続きます。時には数十人が巻き込まれて、ニュースグループが乱暴な言葉で溢れ返ることもあります。
顔の見えないメディアなので、相手の表情を見て「言い過ぎ」「やりすぎ」の自分の行為に気付くことができません。相手が(自分も)どんなに傷ついていようが、そんなことはお構いなしで、ノーガードの打ち合いが続きます。

こうなると怒りの感情に支配されてしまい、何日も、時には何週間も、どうやって「勝利を得るか」に思考がとらわれてしまいます。会ったこともない相手に(いや会ったことがあったとしても)、深い憎しみと憎悪を燃やし続けます。

インターネット普及の時代になって、相手の身元を知るのがずいぶんと面倒になりました(難しくはなっていないけど手間がかかるようになりました)。匿名性が増したと言ってもいいかもしれません。それをいいことに、トラブルの種を作る人も増えてきました。

十数年をネット上で過ごして、無駄なエネルギーをたくさん使って、僕は多少なりともフレームをよけて歩くのがうまくなってきたと自覚していました。

けれども、携帯電話やPCのメールで相手を追い詰めて、互いに傷を作ることも珍しくありません。とくに相手をある程度知っている場合にそうです。その点ではまったく人間的成長というものがありません。
それでも、そのせいでより相手のことが理解できて、関係が深みを増すことだってあります。だから、相手を傷つけないように極端に臆病になったり神経質になることもないかなと思っています。ですが、それは僕が(一応は仮にも)大人であるから、背負っているものや体面もあるからであります。

まだまだ身体も心も成長期にある子供たちに、(一見匿名性があるように見える)インターネットという道具を使わせたら、いつかは憎悪が燃え上がって何かの事件がおきるに違いないと思っていたのです。これからも傷害事件ぐらいはいくつでも起きるのじゃないかと思っています。
ネットに規制はかけられませんから、子供にパソコンなどを買い与える時期は、親が責任もって悩まないといけないと思っています。

ネットに毒が巣食っているのではなく、ネットが抱えているのは人間の本性です。


2004年06月03日(木) 免許センターに呼ばれました

車を運転する男性のほとんどが「自分は運転は平均より上手なほうだ」と思っているという統計があります。僕もごたぶんにはもれないわけですが・・・。

車内で一番運転が上手なのはAさん。さすがに何台も廃車にしただけあって、限界を心得ています。ただ助手席に乗っていても酔う事は必至です。まあ、普段はそんなに飛ばさない人です。
一番若いB君は、高速道路はいつも数十キロオーバー。でもなぜか、助手席にいても、後部座席でも疲れません。でもさすがにこの速度だと彼自身が二時間で体力の限界。車間距離が短い人なので、追突事故2回。
今は去ったC君は、唯一の対人事故歴保持者。横断歩道を歩いている老人をはねてしまいました。雨の日なのにヘッドライトを点灯していなかったので、車が来ているのを見落とされたみたいです。でも点灯していなかったのが悪いということで、多数決で「へたっぴ」に決定しました。
故郷にUターンしてきてハンドルを握るようになったDさん。速度は遅いけど、一番安心できる人です。

僕は、こちらで就職することを決めた30才のときに、教習所に通いました。毎日酒臭くて、教官に「お前みたいなヤツには(飲酒運転で事故をおこすだろうから)、絶対免許はやりたくないんだがなぁ。こちとら商売だから、しかたないな」と嫌味を言われながら卒業しました。
初心者マークが取れるころにAAにつながり、車も免許もあったおかげでミーティングに通えました。運命とは不思議であります。

あれ以来10年。事故歴1(被追突事故)、違反歴2(免許証不携帯・速度超過)。可もなく不可もなくといったところでしょうか。免許更新のお知らせがやってきました(つまり誕生日が来るってことです)。
廃車を作ってまで腕を磨こうとも思いません。
ちなみに僕の車は禁煙です。

うつの自己評価をしてみました。
前回 はZung式で69点、ベック式では34点。
今回は、Zung式で53点、ベック式で21点でした。だいぶ改善しています。


2004年06月02日(水) Seeks to control the uncontrollable

大坪家の書庫 のオーナーが書かれている文章の中には、含蓄に富んだ名言がたくさん引用されています。
孫引きなるのを恐れずに引くと、「危機ではなく、幻想の終わりに過ぎない」という言葉が好きです。

現在危機に陥ったのではなく、いままで安全だと思っていたのが幻想だったのだと。
アル中になってしまったのではなく、とっくの昔になっていたのに、自分は違うと信じていた、とか。いよいよミーティングに通わないと酒が止まらなくなってしまったのではなく、いままで自分の力でやめられると信じていたのが間違いだった、とか。
BOX-916の請求額が倍でびっくりしたのだが、実は先月分を払ってなかったのであった(ちょっと違うか)。
ボーナスが出ないという危機ではなくて、いままでひょっとしたらという期待が幻想だった、とか。

今日は昨日と同じような日であり、明日も多分そうは変わらない・・・と思っていても、ある日突然の変化が訪れます。でもそれは少なくとも「突然」じゃなくて、そんなことは起きないという幻想を持っていただけの話です。
AAが永遠に続いていくという感覚も幻想です。僕はいくつかのグループが消滅するのを見てきました。それはそのグループにハイヤー・パワーがいなかったからでしょうか?

翻訳をしていたら、Seeks to control the uncontrollable という文章にあたりました。
コントロールできないものへの制御を捜し求める。
無意識のうちにコントロールしようと懸命の努力をしていた自分です。いや、コントロールできていると信じたかっただけなのかもしれません。コントロールしているという意識すらしていませんでした。
僕は主導権を手放しました。

心は充足されていますが、どこかにぽっかり穴が空いた気分です。その穴には自我という名前がついているのかもしれませんし、違う名前がついているのかもしれません。

人はいつまでも同じではありません。くよくよしないで、今日の風に吹かれなさいと歌われていることであるし。


2004年06月01日(火) 底入れ模様

仕事柄半田付けはするほうです。
もっとも製造ラインに入ったことはないので、へたっぴです。
おっちょこちょいなので、よく半田ごてを指に当ててしまいます。
「あちぃ」というより「いてぇ」という感じがするのです。
でも、他の人のように水ぶくれになっちゃったりは、あんまりしません。

「火傷には強いほうじゃないか」

という妙な自信があったりします。
昨夜の火傷も、「念のため」医者に行ったら、「きれいじゃないのさ。初期治療が良かったね」と言われて、さすがに何もしないわけにもいかないので、潮紅を取る塗り薬を塗り、包帯を右腕に巻かれてしまいました。
きっと神様は、僕を火傷に強く作ってくれたのでしょう。

たっぷりと皮膚科で待たされたおかげで、だいぶ遅くの出社となりました。
昨日休んだので、仕事関係者にはメールを出しておきました。現場の技術者は、「お大事に」とか「ゆっくり養生してください」とか返事をくれました。営業の人は、今朝も一時間おきに「まだか?」と電話をくれていたようです。
プレッシャーの中で作るExcelシートは間違いが多いです。

うつのときに働き過ぎないように、遅く出社しても定時退社。そのままミーティングへ。

途中で食事をしないので、コーラのペットボトルを買っていきました。適度にカロリーがあって、空腹をごまかしてくれるので助かります。

それにしても、昼間の仕事を持つ人々は、職場からミーティング場へ移動する間に食事するのでしょうか? 僕は空腹に耐えられない人間なので、コンビニでおにぎりを買ったり、はなまるうどん で100円のかけうどんを食べていたりします。
何も食べずにミーティングに出る人は、おなかすかないのかなぁ。メンバーシップサーベイで聞いてほしいものであります。

うつは上り坂に入ったようです。景気で言うと「底入れした模様」といったところでしょうか。
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