 |
 |
■■■
■■
■ 【Dolls】
北野武の【Dolls】を劇場で観た。 すいません、遅くて(笑) 総領事館主催のJapanese Film Festivalの一環として 【陰陽師】などと共に上映されたんです。 唯一、まだ観ていない北野作品だけあって かなり楽しみにしていました。
「難解」 と評されているDollsですが、 観終わって、なるほどと思った。 映画としては面白くないし、赤点かも。 元取ろうと思って観にいくじゃない?映画なら。
でも、 映画監督が撮った「映画」としてみれば 赤点のこの映画だけど オイラには、画家が試行錯誤のうえに 描き上げた絵画を観たような感覚に陥った。
至る所にスケッチの線や、塗り潰した下絵、 削り取った絵の具などの痕跡が認められる。 「圧倒的な映像美!」と絶賛されてるけど たけしが本当に出したかった色、 構図、表現は半分もできてないんだろう。 きっと頭の中には、もっと壮大で極彩色な世界が 広がっているのだと思う。 それを二次元に置き換えるのが仕事だと 言うならば、たけしは映画監督ではなく アーティストとしてこの作品に挑んだに違いない。 まだまだ稚拙な部分や、 大雑把な部分もあるけど それは当たり前。 アーティスト北野武は生まれたばかりなんだから。
「アート」って言葉を使うと、鼻につくと思うので あまり言いたくないし、決してそれがレベル高いとは 取って欲しくないんだけど 映画はすべての現実を映すわけじゃない。 そういう観点で観ると、絵画やアートとの関連性は ものすごく多いんだよね。
絵を見ると、「これはこうやって描いたんだな」というのが 分かるんだけど、Dolls観ててオイラは 「あ、たけしはこうやって描いたのかな」と 映画をそういう観点で考察したのは初めてというか 通常の映画を楽しむ視点ではなくなっちゃったよね。 正直。 こういう感覚を与えてくれる映画って そんなにない気がするな。 だから、改めて北野武という人が どういうレベルにいる人なのかを 思い知らされた感じがする。
オイラも画家として、頭ん中の映像や空想を 二次元に落とし込む仕事をしているわけだから それがいかに簡単な作業ではないかを知っている。 薄っぺらな空想には、説得力が生まれないから 圧倒的な世界観をつくるために たくさん実験する、 失敗する、 それもまた作品のプロセスなんだよね。 Dollsを観てて、痛いほどこのプロセスの痕跡が見えて アーティスト北野武の描いた絵を見せられた ような心境になったんだよね。
ある意味、映画じゃないから DVDとか買って、何度も家で観るものじゃない。 MOMAでピカソを観た衝撃を持ち帰って 何度も頭の中で反復させるように この映画も記憶の中で楽しむべき作品として オイラの中に残るだろう。
劇場を出ると、来れないはずだったR子がひょこっと現れた。 Dollsの空虚感を味わった後だけに なんだかとても嬉しく感じた。 人間、単純です。 そういう小さな喜びがあるから 日々、生きていけるんだろう。 Rafiと3人で【Butler's】で夕食。 あ!明日の朝ここに戻って、絵の展示しなきゃいけない・・・ 今朝Queenの【Butler's】で撤去した絵を 明日ここに展示するのだ。 急に現実に引き戻された感じ。
2004年11月21日(日)
|
|
 |