-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 北米大停電

午後5時。突然PCの電源が切れた。「ブレーカーが落ちたかな?」と思ったら、周囲の店の電気も消えているので、一時的な停電だろうと最初は思った。しかし、30分、40分経つにつれ「これは長く掛かりそうだな」と思い、6時に約束がある【Bit's】のオフィスへ徒歩で行くことにした。

その時点で、路面電車は乗り捨ててあるわ、交差点では一般市民が交通整理しているわ、止まった地下鉄から人々が這い出してくるわで、街は異常な様相を呈していた。

これが北米東部に渡った大規模な停電だと知るまでに、かなり時間が掛かった。台風の目と同じで、その真っ只中にいると、自分が今、どういう状況に置かれているかを知る由が無いのだ。たまたま電池式のラジオを持った人がいて、その周りを囲むように幾重にも輪が出来ている。

オフィスに辿り着いたものの、編集部員は既に帰宅した後。仕方ないのでそのまま引き返した。俺は歩いて帰れる距離だから良いものの、遠距離の人はタクシーを捕まえようと必死。それも諦めた人々の列が車道まで拡張し、車が身動き取れないほどに膨れ上がっていた。

今晩は復旧の見通し立たず、というデマがアッという間に広まり、食料を求めてホットドッグの屋台に長蛇の列が出来た。商店はどこもロック・アウト。下手に店を開けると、パニック状態の市民による略奪や混乱が容易に予想できた。

家に帰ると、友達が数人集まっていた。皆、心細さもあるけど、突然降って沸いた大停電という”イベント”に興奮していた。しまってあったローソクを並べ、懐中電灯の電池を確かめる。日中、珍しく30度を超えたのもあって、ローソクの熱気が部屋に充満する。

9時過ぎに日没を迎え、非常灯すら点かない街の景観に恐怖すら感じる。それとは裏腹に、街に繰り出す若者は、手にローソクや発光灯を持ち、ぬるいビールを求めてレストランに集まり出した。俺も、電気が無ければ、何も手につかないので、今夜は仕事の事を一切考えずにいようと思った。

友人達とローソクの明かりの中で、くだらない話を沢山した。昨晩、ちょうど【北の国から】の第一話を見たばかりだったから、純が五郎に言った「電気が無かったら暮らせませんよ!」というのは名言だ!とか、日本だったら電気が無くてもガスがあるから料理は出来る、とか。

幸い、水は使えたので、飲料やトイレに困ることは無かったが、高層マンションなどでは水を汲み上げるポンプの電源まで落ちてしまっていた。電話機もコードレスや携帯はアウトで、旧式の電源がいらないタイプだけが作動した。改めて、自分達の生活は電気によって支配されてることを考えさせられた。

夜遅く、街を歩いてみると、驚くほど近くに星が見える。こんな夜も悪くないな、と思えたのは、きっと数日後には復旧するはずだという前提があってのこと。馬鹿騒ぎをしてる連中も、きっと同じなんだろう。

ケンジントンのKaraで、「作れるものだったら、何でも良い」と、食べ物をオーダーして、とりあえずの夕食を済ませる。深夜1時頃、この辺り一帯の電気が戻った。一気に夢から現実に戻されるが、復旧したのは本当にここの一部分だけで、ウチのQueen stは依然闇の中。

明日には復旧して欲しいという希望と、もう少しこのままでも良いという気持ちが入り混じりながら、蒸し暑い夜のベッドに入った。

2003年08月14日(木)
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