-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 ”まぁいいや”ということ

みんなが「まぁいいや」という言葉を使うのはどういう場面だろう?この言葉が最近嫌いでしょうがない。

聞いた話では、「痴漢にあったけど、ただお尻を触ってるだけだったから”まぁいいや”と思って放っておいた」とか、「敷金を返さないと大家に言われたけど、めんどくさいから”まぁいいや”と思ってそのままにした」とか、”まぁいいや”でかたずけてはいけない部分にまで使われてる気がする。

例えば、「ミソらーめんを頼んだら、チャーシューメンが出てきた。でもチャーシューも好きだし”まぁいいや”」というのなら分かるが、上記の2つの例は明らかに違う。

大げさに言えば、「裁判に掛けられて、罰金で済むはずなのに死刑と言われたけど”まぁいいや”と思ってそのままにした」のと一緒。そんなことは絶対に無いはずでしょ?でも使われ方からすれば一緒じゃない?

きっと自分にとって、どうでもいい事や無関心な事に関しては”まぁいいや”という言葉が便利なんだろうね。特に若い人と話していてこの言葉が出てくるとドキっとする事がよくある。自分の人生を左右するような大きな出来事や、場面でも平気で使ってしまうからだ。

”まぁいいや”と言う事によって、人との争いや、めんどくさい事柄から一時的に逃げることは出来るが、その先の人生は結局”まぁいいや”としか呼べない程度のものになるかもね。

”まぁいいや”そんな人達の事を心配しても余計なお世話と言われるだけだし(笑)


2002年03月22日(金)
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