-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 恩人

昨日レンタカーを借りて、自分一人で運べる荷物を運び込んだ。で、今日の昼にレンタカーの返却に行ったんだけど、そこで起きた出来事が頭から離れない。

俺の前にお客さんが一人いて、彼は車のキーをインロックしちゃったみたいでタクシーでこの営業所まで合鍵を取りに来ていた。店員はゴソゴソと合鍵を探すが結局見つからずに、「合鍵はありません。自分でどうにかしてください」と客に言った。

確かに鍵をロックしてしまったのは客のミスだが、合鍵を持っていないレンタカー会社もおかしいと思った。しかし、事件はそこから。店員が鍵のシリアルナンバーから合鍵を作ってくれる鍵屋に電話を掛けはじめた。しかし、どこへ掛けても出来ないと断られたり、転送&転送の挙句に切られたりしてるうちに明らかに不適当と思われる汚い言葉を使い出した。

電話を受ける方も、いきなり無理な注文をしてきておまけにスラングだらけの話を聞くわけがないから、適当に断る。そうすると店員がさらに逆上するという悪循環。諦めた店員は客に向かって「鍵をなくしたのは俺じゃない。お前のミスだ。自分でどうにかしろ!」とキレてしまったのだ。

ラチが開かないといった表情で客は店を出て行った。そして俺の番。「車を返却にきたんだけど。」と言うと。引き続きキレた口調で「車をチェックするから表へ行け」と言った。ちょっとカチンときたので、「怒ってるのは分かるけど、俺はさっきの客じゃない。」とやさしく言うと、「オーライ」とは言いながらも舌打ちをした。

車の外観にはまったく傷もなく、ガソリンも満タン。マイレージも制限以内であったからこれで終わりと思ったら、「後部座席にタバコの焦げあとがある」と言い出した。見ると確かに小さな焦げ跡があるが、後部座席には荷物は積んだが、誰も乗せていないので「それは俺じゃない」と答えたが、昨日車を借りる際に点検したときにサインした契約書を見ると、座席に損傷がない、という欄がちゃんとあってそれをしらずにサインしていたのだ。

点検したときにいた店員は、座席のチェックまでしていないはずなんだけど、「それを怠ったのは君の責任だ。現にちゃんとサインしてるじゃないか」とそいつは言ってきた。そこから少し言い合いみたいになって、ついにそいつが言ってはいけない言葉を言った。

「英語もろくに出来ないで、偉そうにするんじゃねぇ、ジャップ」ジャップというのはJapanese。つまり日本人を馬鹿にするスラングだ。聞こえない程度に言ったのかもしれないけど、俺はその一言で「もういい。あなたとは話したくないから他の誰かと変わってくれ」と怒りを抑えて冷静に言った。しかし他の店員はおらず、仕方なくまたそいつと話した。

「タバコの焦げ跡の話をするにも、あんたのその口調ではまともな話が出来ない。でも俺は時間がないし、これ以上あんたと話したくないから、代金を支払うよ・・・」と言いかけた時に、別の客が横から話しに入ってきた。彼はインドからの移民でタクシードライバーだと言った。彼もこの国に来た当時は、英語がほとんど話せないために色々と辛い思いをした、でも明らかに今のは店員の態度に問題がある。と言ってくれたのだ。

年齢は50くらいだろうか。俺と店員よりも遥かに冷静に話を分析し、店員の態度を少しやわらかくさせた。そこから彼の移民当時の苦労話がはじまり、「そりゃ大変だったな」と、店員が相槌をはさむまでになった。俺と店員はそのインド人の話に引き込まれ、気づいた時にはタバコの話など二人とも忘れていた。

そして最後に「小さなタバコの焦げ跡ひとつで、あんたの首が飛ぶのかい?イラついてる憂さ晴らしにしちゃぁ、ちょっとエゲツナイ仕打ちだと思うぞ」と店員に諭してくれた。するとさっきまで頑なな態度を取っていたはずに店員は「OK きっと以前に付いていた焦げ跡に誰も気づかないでいたのかもしれないな」と急にイイ奴に変貌。結局三人で握手をして水に流すことになった。

俺はこのインド人ドライバーのことは一生忘れないだろう。ムカついた店員の顔はもう忘れたが、この恩人の顔が頭から離れないのだ。俺もいつかそういう人になれるだろうか?


2002年03月20日(水)
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