ケイケイの映画日記
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2008年09月07日(日) 「敵こそ、我が友〜戦犯クラウス・バルビーの三つの人生〜」




いつも仲良くしていただいている、しらちゃんさん御推薦の作品です。いや、本当に感謝します>しらちゃんさん。推薦がなければ、パスしていたところです。私は教養豊かな人間ではありませんが、さりとて人並みの知識は持ち合わせているんじゃないかとは思っていました。しかしクラウス・バルビーなる人、名前も初めて聞き、こんな数奇と言うか、どえらい人生を歩いた人がいたとは、全く知りませんでした。無知を恥じると共に、この歳になっても、世の中知らないことばっかりだ、です。私のような市井の人間も、生きている限り勉強だなぁと、実感したドキュメンタリーです。監督は「ラスト・キング・オブ・スコットランド」のケヴィン・マクドナルド。

戦時中ナチスの親衛隊として、多くのユダヤ人を収容所送りにしたバルビー。その残忍さは桁はずれで、戦後は戦犯必死でしたが、その知識を冷戦時代のソ連との戦略に使いたいアメリカは、彼を雇います。そして更なるバルビーへの指令は、南米ボリビアの軍事政権を成功させるため、影の立役者となることでした。

ナチス親衛隊としてのクラウス・バルビー、アメリカ陸軍諜報部(CIC)で働くエージェント・バルビー、そしてボリビアでのクラウス・アルトマンとしての生活と、彼は三つの人生を歩みます。敵こそ我が友、というのは、敵の敵は味方、ということらしいです。ややこしいですが、ナチス親衛隊として反共主義で戦ってきたバルビーは、米VSソ連→ソ連VSナチス、ナチス❤アメリカ・・・ということだそうで。なんともはや。

それぞれの時代の証言者や歴史学者が出てきて、当時の話を検証していきます。バルビーは拷問のスペシャリストだったらしく、直接手を下した人も大変な人数だったようで、その生き残りの人々の証言は、本当に生々しく彼の鬼畜ぶりを物語ります。なかでも44人の孤児院のユダヤ人の子供たちをガス室送りにした件が、彼の残忍さを物語る上で、重要な鍵となります。その証言の数々に、説得力を持たせるのが当時の記録映像や写真です。死体の山や戦慄の映像を目の当たりにすると、作り物ではないので、底冷えするような人間の残酷さを感じます。

「父は悪い人ではない。教養豊かな優しい人だ」と、何度もバルビーの娘の証言が流れます。彼を最後に弁護したのは皮肉にも共産主義のベトナム系フランス人弁護士でした。「バルビーのしたことは、決して許されるものではない。しかし時は戦時中。彼は国の方針に沿って任務をこなしたのだ」と、擁護します。これでもかと、バルビーの非情な怪物ぶりを見せられて、彼を罵る生き残りの人々の涙ながらの証言に同情しつつ、でも私は不思議にも、この弁護士の言葉に頷きたくなります。

「蟻の兵隊」で、同じ様に自分が戦争中中国人を殺したことを忘れた老人の、「戦争がさせたんだよ・・・」のつぶやきに、自分の罪を全て戦争のせいにするのかと、嫌悪感を抱いた私ですが、バルビーに関しては、納得してしまうのです。何故なら彼は一貫した反共産主義者で、自分のしてきたこと全てに、揺るぎない信念を持っています。ボリビアでユダヤ人と間違われた、バルビーの隣人の証言は、とても良い挿入で、とても端的にバルビーという人の、「永遠の思考」を感じさせます。

これほど残忍に殺戮を繰り返すことに、一片の罪の意識を持たないこと。これこそ政治思想の洗脳の怖さではないかと感じます。そして誰もが嫌悪を抱くナチスの思想がその残党によって、驚くなかれ90年代初頭まで様々な国に関わって活動していたという事実。私が怖かったのは、バルビー個人よりその事でした。様々な国で、利害関係が一致した「需要と供給」があったということです。

このドキュメンタリーでは、戦後のドイツ・アメリカ・フランス・ボリビアを舞台にしたお話ですが、「敵こそ、我が友」という、国と国との繋がりは、脈々と続いているのです。最近では「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」でも、形を変えて描かれていました。

この作品を観てつくづく、今度のアメリカ大統領選挙では、オバマに勝って欲しいと思いました。テレビの報道番組を観ていたら、それはアメリカを外から見ている人は、失地回復にはオバマしかいないとわかるのだが、アメリカ、それも地方の人々は、全くそう思っていないとか。すごく意味の深い解説でした。

フランスでパルチザンとして英雄視されていた人も、絞首刑送りにしたバルビー。このドキュメントは、そのフランスで作られています。身の毛もよだつバルビーの人間性をこれでもかと表現しながら、誰が何が、こんな人間を作ったのか?という問いかけ、そして政治思想の洗脳と言う恐ろしさを浮かび上がらせた、とても公平でわかりやすい秀作であったと思います。



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